01.裏切り
親の顔は知らない。
セイラは、気づいたときには孤児院にいた。搾取するばかりの施設もある中、運よくそこは運営がまともなところで、セイラに生きる術を身につけさせてくれた。
そうしてやがて孤児達は、それぞれの能力に見合った奉公先に引き取られて行くのが常だ。ただ、一定の年齢になった仲間の中に、行き先を告げずにいなくなる者がいることは不思議だった。
衣食住は満たされていたし虐待も無かったけど、家族の愛を望むには恵まれない子供が多すぎた。セイラは家族に憧れながら、自分には縁の無いものだと諦めていた。
セイラは物覚えが良かったから、そこで教わる一通りのことはすべて身につけた。
孤児院の中で年齢が上になり仲間や通いの教師に教わることが無くなったとき、孤児院に出入りしていたひとつかふたつ年上の少年が、より難しい単語や複雑な計算まで教えてくれるようになった。
『孤児院に来てくださる先生よりアルの方が分かりやすいわ』
『そう言ってもらえると教え甲斐があるなぁ。次はもう少し難しいものも持ってきてみよう』
そう言って眩しそうに自分を見つめる彼を、セイラは本当の兄のように慕っていた。
その少年はアルと呼ばれていた。孤児院の子供達とは明らかに身なりや所作が異なっていて、孤児院の少女達の中には彼に憧れる者も少なくなかった。
彼に体術を教わっている少年達も、自分達とそう変わらないように見える体躯から繰り出される技の鮮やかさにすっかり虜だった。
孤児院には色んな事情を抱えた子供がいたから、他人のことには立ち入らない処世術がセイラには自然と身についていた。アルも例に漏れず訳ありげだったが、セイラは孤児院の仲間と同じように彼と接し、アルの方もそれを愉快そうに受け入れていた。
孤児院を出て行かなくてはならない年齢に近づいていたセイラは、これからの自分のことで精一杯で、男達からの視線に不快な何かが混じり始めていることに気づかなかった。
これまで一人で何でも解決する癖がついているセイラだが、一緒に育ってきた同い年の男子には最近やたらと絡まれることがあり、その対応に苦慮していた。
『少しくらいいいだろ』
当番の食堂の掃除をサボって、少し街に出ないかと誘われた
『ダメよ。それに今日はアルが勉強を教えてに来てくれる日だから出かけられない』
それでも中々納得してくれず困っていたら、約束の時間より早めに着いたアルが食堂に顔を出してくれて何とか掃除を終わらせることが出来た。
アルにはそんな男達の不愉快さは無かったと思うし、むしろふとしたときの温かい眼差しは、寄る辺ない孤児院の生活にあって数少ない幸せな瞬間だった。
何か伝手があるようで勤め先もアルが仲介してくれることになっていて、院長達もそれに異論は無いようだった。そんな風にセイラはアルを兄のように慕っていたのに、彼の方はそうではなかったのだ。
勤め先について詳しく話したいとアルに呼び出された待ち合わせ場所には、結局、彼は現れなかった。代わりに彼が手引きした見知らぬ男性達に犯されそうになった。16歳の時だった。
何かの間違いだと思いたかったが、呼び出し状は彼の筆跡に違いなかった。ここのところ毎日のように見ていた流麗な筆跡を見間違えるはずはなく、セイラは彼の裏切りを悟った。
ギリギリのところで何とか逃げ出すことが出来たが、孤児院にはアルが出入りしていたから、セイラには行くところも帰るところも無くなった。




