狩猟する農家
ーー僕は[噛兎]を、刃きらめく鎌の柄の部分で打ち返した。
僕は大曲辰家。異世界に転生し、所属したギルドで一人で初の接客作業を終えたところだった。が、
「…え?ノクリアさんって」
「はぁあ、バレたくはなかったんですけれどねぇ…」
そう言ってノクリアさんはセルディアさんを軽く睨む。
僕が接客したお客様であるセルディアさんが、ちょうど帰ってきたギルドマスターのノクリアさんに対して、王女と呼んだのだ。
「なんだ、言ってなかったのか、すまんすまん。」
豪快な男であるセルディアさんも心なしか小さく萎んで見える。
「ノ、ノクリアさん!王女ってどういう…」
「言葉の通りです。私はこの国、トキシウェイ王国の王女、ノクリア・ハイドレンジア、いえホノカ・アズサアイなのです。」
思ったよりも冷静な反応に驚く。
けれど、よく考えたら僕を拾ったギルドマスターが王女になっただけだ。大した違いは無いのかもしれない。
様々な想いが錯綜し、僕が言葉を選んでいる間にセルディアさんが口を開く。
「そんでもって俺はノクリアのお友達兼お目付役のセルディア・スネイルズだ。」
「あっ、基本呼び方はノクリアさんなんですね。えっとー、ノクリアさん、王女はわかりました。さっきの人嫌いというのは?」
先刻セルディアさんがボロを出した際に言っていた「人嫌いの」王女様についてだ。
人嫌いなら僕を拾ったりするだろうか。
「私にだって良心はありますから、人が倒れていたら助けますよ。普段なら少し介抱してはいさよならなんですけどねぇ。」
ノクリアさんはどこか憐れみを、それでいて恍惚的な感情を顔に浮かべて言った。
「一目見た瞬間ビビッと来てしまったのですよ。この今まで蔑まれ生きてきたと言わんばかりの目の動き。自分は誰にも必要とされていないと自認しているが故の所作。打ち捨てられた子犬のような…」
「ちょ、ちょっとノクリアさん、ど、どういうことですか?」
「あ、すいません。うふふ、私ったら、少し興奮してしまいました。詰まるところ、あなたは私と似たような雰囲気を醸し出している、私の癖に刺さる人物だったのです。」
どうも僕は、命の恩人の癖だったらしい。
めちゃくちゃ罵倒された気もするがそこは命の恩人だから…というか、「私と似たような雰囲気」ってノクリアさんの自認はああなのか?
考え出すとキリがないのでそこに目を瞑るとさらに別のところが気にかかる。
「僕はおっしゃったその通りの人生を送ってきたのですが、一国の王女が僕と似ているのですか?」
「えぇ、私も誰からも必要とされないような人生を送ってきました。」
いつのまにかノクリアさんは見たこともないような真剣な表情になり、語り出した。
「父、いや、王は強情な性格で血を継ぐことのできない一人娘の私をいらないものとして扱い、私を半ば幽閉していました。私が15歳の頃までは、母親や心優しい貴族がいて幽閉された先でも私に世話を焼いてくれていました。しかしある日、母は外出した折に何者かに斬られ、亡くなってしまったのです。」
ここでいっそう悲しい顔をしたノクリアさんが一呼吸置く。
「この頃から、大ギルドによる王族の乗っ取りが始まりました。周囲の貴族は暗殺され、あるいは寝返り、誰も信用することができなくなってしまいました。私に優しくしてくれた貴族が謁見という名で私を何度も自分の手駒に加えようとするのです。私もこのままでは殺されてしまうと母の召使だったセルディアと共に城を抜け出し、母の仇を取るべく大ギルドに潜入しているのです。」
明るい雰囲気の裏にノクリアさんは重く壮絶な過去を持っていた。
確かに人との距離がある点や必要ないと言われた点では僕に似ているといえるかもしれない。
「この前から王宮に行っていたのは、最近の王族の様子を確認するためでした。もう王族は王しか残っておらず、もうじき大ギルド直々に王の首を取ることでしょう。大ギルドが政治をすれば…いや、この話は置いておきましょう。父は仮にも血縁ですし、まだやり残したことがあるので放っておくわけにはいきません。しかしどうにも…」
ノクリアさんの言葉が詰まる。
確かに僕は戦闘はできないし、他二人のみで大きなギルドに逆らうというのも無理な話だろう。
ふっとノクリアさんが何も映さなくなった窓を見る。
「タツヤさん、今日はもう遅いですし、お休みになられたらどうです?」
「え、あ、はい、そうさせていただきます。」
重苦しい雰囲気の中、僕は手早く晩御飯を食べて眠りについた。
「おはようございますタツヤさん。もう朝ですよ。」
朝になるとノクリアさんも元気になっていた。
「おはようございますノクリアさん。」
朝の挨拶を済ませ、僕は朝ごはんに手をつけた。
外ではセルディアさんが馬の手入れをしている。
「ところで、昨晩セルディアさんから聞いたんですけど、一週間後にギルド主催の狩猟祭があるそうなんですよ。」
よくない予感がする。
「これに参加しないと、どうもギルドとして存続できなくなってしまうらしいのですね。そうすると色々まずくて…どうにか、どうにか参加していただけませんか?。」
「セルディアさんが参加すればいいんじゃないですか?」
「セルディアは別のギルドマスターでして参加できないのですよ…お願いします、この通りです。」
そう言ってノクリアさんは左右の手のひらを合わせる。
昨日あんな過去を聞いたばかりではさすがに断りずらい。
「わ、わかりました。参加します。参加するだけですよ、本当に。」
そう言った瞬間、ノクリアさんの顔が明るく弾ける。
「ありがとうございます!それでは早速セルディアさんに申し込みをお願いしてきます!」
そう言ってセルディアさんのいる外へ飛び出して行った。
そこから一週間は大変だった。
セルディアさんに異能に頼らない戦い方をレクチャーされ続けた。
僕は別に参加するだけだし、と思い軽く練習していたのだがセルディアさんが思ったよりスパルタだったし、かっこよさを選考基準にしたため武器は鎌を選んだのだが、自分の体ほどある大鎌は扱い辛くて精神的にも肉体的にもきつかった。
日頃運動してないしね。
まあそのおかげで僕が助けられた林のあたりに出るスライムくらいなら倒せるようにはなった。十分な出来だろう。
そうして狩猟祭の日を迎える。
「じゃあ、頑張れよぉ。」
そう言ってセルディアさんが自分のギルドへ帰っていく。
「はい!ありがとうございます!」
僕はそれを見送った足で軽く林に出てスライムを探す。ちなみに普段は学校の制服みたいなシャツとズボンにギルド支給のオーバーオールを着ているのだが、一応狩猟なので革の鎧やグリーブを身に着けている。
「あれ?いないなぁ。」
珍しく、いつもスライムが溜まっている場所にぷよぷよとした影が見られなかった。
「スライム倒すだけなら訓練要らなかったよなぁ。」
独り言を呟くとザワザワと同意するように草木の擦れる音がする。
ガサガサ
ガサガサガサ
止まない。
ふと後ろを振り返る。
「ここがノクリアギルドか?」
「うわ!びっくりしたぁ!」
軽い装備をした冒険者がいた。
背にはメイスを背負っているが、そんなに筋肉質な体でもない。
無精髭を生やし、いかにもクズそうな感じがする人物だ。
まあどんな客であれとりあえずギルドへと案内する。
「あらお客さん?」
ノクリアさんも驚いている。
「えぇ、そう見たいです。それで、どんなご用件ですか?」
「狩猟祭に決まってんだろ!辺境ギルドで適当な混沌倒してギルド一位を取ろうてわけよ。」
ずいぶん横柄だな。というか、
「混沌?混沌ってなんですか?」
「はぁ!?お前あんま人を馬鹿にするんじゃねぇぞ。その辺にいるスライムみたいな奴らのことに決まってんだろ。」
知らんかった。あとこいつめんどくさい客だ。
「あ、そうですよねぇ。すいません、登録のためにギルドカードのご提示をお願いします。」
「ほらよ。」
ギルドカードが投げ飛ばされてきた。
あまり舐めるなよ。
心を落ち着けて、ギルドカードを見るとC級冒険者と書いている。そんなに強くないのだろう。
とりあえずマニュアル通りに登録する。
同時に本格的に僕の特訓がいらなくなった。
「はい、登録が終わりました。それではいってらっしゃいませ。」
「お前もどうせ暇だろう。俺の狩り手伝えよ。」
え?嫌だよ。
「いえ、僕は事務員なので…」
「うるせぇ、着いてこいっていってるんだよ!」
困った顔でノクリアさんの方を見つめるが笑って手を振っている。どうも行くしかないらしい。
「…わかりました。お手伝いします。」
こうして僕は横柄な冒険者と共に林とは反対の野に放り出された。冒険者はどんどん進んでいくため、頑張ってついていくと、遮蔽物が少ない原っぱでもあっという間にギルドが見えなくなってしまった。
「お、[噛兎]じゃんか、あれ倒すぞ!」
あれは知っている。噛みついてくるうさぎだ。動きが素早いのでできるだけ距離をとって正面から向かってきたところに攻撃を返すのが良いらしい。
「おりゃぁああ!突撃じゃあ!」
セルディアさんから教わったセオリーとは正反対に、横柄なC級は剣を構えてに突っ込んでいく。
「どりゃぁ!」
剣を縦振りするも、[噛兎]は左に跳んでかわし、C級の左脇腹に頭突きを入れる。
「うぐっ」
C級は野原に倒れ込む。
いくら相手がうさぎでももろに脇腹に攻撃を喰らってはひとたまりもない。
「大丈夫ですか?」
C級の後ろにいた僕は庇うように前に出る。
気に食わない冒険者だが守るほかないだろう。
その僕を狙うように[噛兎]は真正面から跳んでくる。
「おりゃあ!」
僕は[噛兎]を、刃きらめく鎌の柄の部分で打ち返した。これぞ僕達が特訓で編み出した戦術。大鎌の刃の部分を使わずに長い柄で殴り、軽い棍棒のように用いることで扱いにくさや体の負担を軽減しているのだ。
練習の甲斐あってか[噛兎]は野球ボールのように数メートルほど弾き飛ばされ、地に体を強く打ち付けたのちに動かなくなっている。
狩猟祭はそれぞれの混沌に設定された部位を剥ぎ取って、戦利品として提出しなければならない。申し訳ないがお命を頂戴することとしよう。
僕は[噛兎]から剥ぎ取りを始めようとする。[噛兎]に設定された戦利品は大きく突き出た前歯だ。
「さて、いただきます。」
そうナイフを突き立てた瞬間だった。
「いってぇ!」
僕の大腿部の裏に何かで殴られたような衝撃が走り、思わずうずくまる。
「あー、わりぃわりぃ。やっちまった、へへ。まぁ俺の手伝いの癖に狩りを邪魔したお前が悪いわな。」
僕を殴ったのは、眼前でメイスを構え、僕が倒した[噛兎]を肩にかけたC級の冒険者のようだ。前々から横柄な態度が気になってはいたが、助けてもらっといて人を武器で殴るなんて…
「…あんた…やっていいことと悪いことってのがあんでしょうよ。」
「はっ、たかが事務職がいきがってんじゃねぇよ。なんだぁ、やんのかぁ?やんならかかってこいよぉ。」
ここで僕も武器を向けたら同じ土俵に立ってしまう。
この挑発に乗ってはいけない。
僕は荒立つ感情を抑えながら、どうするべきかを模索する。
「ほら、結局やれねぇんだろ、あんまでけぇ口叩いてんじゃねぇよ。」
刹那、僕は一つの案を思いつく。
「…すいませんでした。[噛兎]はギルドまで運ばせていただきます。」
「そうこなくっちゃなぁ、事務員さんよ。ほらこれ背負っとけ。」
そう言って[噛兎]の死骸をこちらに投げてよこしてくる。
「ありがとうございます。安全のために前歯は切り落としておきますねぇ。」
「あぁ、勝手にしろ。」
内心でほくそ笑む。これで手柄は僕のものだ。
ギルドへ歩み出した道中の野原にも、まるで僕を称賛するかのように心地よい風が吹いてくる。
僕の前にいるC級冒険者がこちらを向いて口を開く。
「にしても、ずいぶんと遠くまで来ちまったなぁ。」
「えぇ、まあもうすぐで着くでしょう。」
「このギルドでは俺がい……がはっ」
「どうしたん…うわぁ!」
C級冒険者の右肩甲骨のあたりに金属片のようなものが突き刺さっている。
C級は息はあるものの痛みで立ち上がることができないようだ。
そして、倒れたC級冒険者の先には、両の翼に風を纏った、鋼色に光る大きな鳥が現れた。




