事務する農家
ーー僕はこの世界で生きようと改めて決心した。
僕は大曲辰家。色々あって異世界に転生し、ノクリアさんというギルドの人に拾われて、スキルが弱すぎて事務職をし始めたとこだ。
ノクリアさんは僕をギルドに連れてくるとせかせかと話を進めた。しかし、貧弱なステータスと職業スキルという戦闘に役立たない異能をもつ僕は一旦は事務職ということで雇われることになった。
「いよいよ今日から業務開始ですね!」
昨日僕はギルドに一泊させていただいた。
さらに、冒険者に比べると収入が劣るとは言え、住み込みで雇ってもらえることになったので安定して生活を送らせていただけるようになった。本当にノクリア様様だ。
でも、
「僕事務職なんてやったことないですよ?」
「だーいじょうぶですよ。私のお手伝いみたいなものですし。一旦ですから。一旦。」
ノクリアさんはこの「一旦」という言葉をよく使う。
「まぁ確かに…」
「はい、ということでタツヤくんにお仕事を教えていきまーす!」
そういうと、ノクリアさんはバタバタとギルド内を駆け回り始めた。
「ここは受付です。基本的にはここにいれば大丈夫ですよー。」
「こっちはカウンターです。お客様はここに座っていただきましょう!」
「これはマニュアルです!昨日夜更かしして作っておきました!」
「クエストの受注はここ!クエストボードの難易度とギルドカードを照らし合わせながらクエストを決めましょう!」
「2階は私用スペースです。昨日みたいな感じでじゃんじゃん住んじゃってください!」
あっという間に説明が終わった。
ぱぱぱっとしすぎてよくわからないところもあったがまあ大丈夫だろう。それよりもなぜか心が浮き足立っている。感じたことのない感覚だ。そう思いながら僕は椅子に腰掛けていた。一度2階に行ったノクリアさんが1階に駆け降りてきている。
トタタタタタタ
ノクリアさんは素早く扉に手をかける。
「タツヤくん、本当に申し訳ないのですが私は王宮へ行ってきます。一週間程度で戻るので、それまであなたにこのギルドをお任せします!よろしくお願いします!」
ノクリアさんはこちらへぺこっと一礼をして扉の奥に姿を消した。
「……えぇ…?」
混乱して動きが遅れた。慌てて扉から飛び出すとノクリアさんは外にあった馬車のようなものでどこかへ行ってしまっていた。
よく考えてみれば確かにノクリアさんはどこか結論を急ごうとしていた。
おそらくギルドかどこかへ行くのに留守を任せる人物がおらず、僕にそれを任せたのだろう。
だが、彼女は打算的なのではなく、むしろお人好しであると思う。でなければわざわざマニュアルなど作るだろうか。
じっくりと考えると、ノクリアさんはわざわざ僕を救ってくれ、さらに僕を必要としてくれている。置き去りにされていうことでもないが、僕は初めて頼られて嬉しいと感じたのだ。
向こうの世界では別に僕がいなくても気にしていないだろう。帰るかどうか迷ってはいたが、そもそも帰り道もわからないし、僕が命を救われ、僕の存在を認めてくれる人の役に立ちたいと感じた。
ノクリアさんから受けた生命と存在価値という大きな恩を返すために僕はこの世界で生きようと改めて決心した。
とはいえ、ノクリアさんがマスターを務めるこのギルドは王宮やら都会やらからは離れている辺境の地で、結局ノクリアさんが帰るまでの一週間近く、客は来ておらず、ただ住まいだけを享受している状態だ。
さて、日も傾きはじめたし、そろそろ閉店…閉…閉ギルドに取り掛かろうかな。
今日はノクリアさんが帰ってくる日だ。帰ってきたらいろいろ言いたい気分だ。すると、
カランコロン
「邪魔すっぞー。」
「いらっしゃいませ。」
客が来た。
筋骨隆々で僕より一周りか二周りは確実にデカく、何らかの革の鎧を着た、いかつそうなお兄さんだ。僕の体は思わずこわばる。
ふとこちらに目をやり、受付カウンターにいる僕にのっそりと近づいてくる。
「おーてめぇ、見ねぇツラだなぁ。誰だ?」
「あっはい!ノクリアさんに雇われて働かせてもらってます!」
近くで見るとより怖い。目の周りに刺青とか入れちゃってる。もしや転生者にありがちなギルドで冒険者に絡まれるイベントか?というかそれを事務職がくらうのか?
「ほぉ、それはまたずいぶんと珍しい。そうか。今はノクリアの奴も留守みてぇだなぁ。」
言うなり彼は手を上へと振りかざす。
やられる。
そう覚悟して僕は目をつぶる。
「まあ大変だと思うが、頑張れよ。」
振りかざされた手は僕の頭を猫でも愛でるかのように撫でていた。
「あ、ありがとうございます…」
どうやらいい人のようだ。
しかし善人がするファッションではないと思う。
が、それはそれ。ノクリアさんから託された仕事はしっかり遂行しなければ。
「ところで、本日のご用件は?」
大男は室内のいすにドスンと座り、背負っていた革袋を机の下に置いた。
「あぁ、ノクリアにちょっとことづけしなきゃならないから俺はノクリアを待つとするかな。」
「ノクリアさんならギルドの本部?かどこかに行っていて、今日の夜までには帰るって言ってたのでそろそろ帰ってくるかと。」
「おい、ノクリアのやつギルド方面に行ってるのか?」
声に重みが増している。
何かまずいことを言ったか?
「えぇ、そう仰っていましたが…」
「おーい入れ違いかよぉ。」
そう言って大男は天を仰ぐ。
どうも遠路はるばるやってきたもののノクリアさんと入れ違いになったらしい。なんとお気の毒な。
深くため息をつき、大男は続ける。
「それはぁ、しゃあねぇなぁ。おい新入り。食いもんなんかないか?朝にギルドを出てから馬に乗りっぱで腹が減った。」
どうもここと都心は馬に乗っても朝から夕方までかかるほど遠いらしい。どうりであんなに落ち込むわけだ。
確かに腹は減りそうだが、あいにく今日分までしかなかった食べ物をお昼方に食べてしまったため、うちの食糧庫は空っぽだ。
「すいません、多分ノクリアさんが買って帰ることになっていまして…」
「おーい、おぉ…」
大男は疲れ切ってものも言えないように机に突っ伏した。
可哀想すぎる。何かしてやれないだろうか。
「そういえば僕〈農家〉っていう異能を持ってまして…どうにかして野菜を出せませんかね?」
「うにゃ、職業スキルだから〈農家〉って言っても効果は色々だろ?お前の異能はどんな効果なんだよ?」
「えっ、特に何も書いてないですけどね…」
「本当かぁ?どれ見してみろ。」
僕は〈状態開示〉で自分のスタータスを大男に見せた。
「これ…phaseって…お前…」
来たか?
当たりスキルか?
「どういう意味なんだ?」
あんたも知らんのかい。
「とりあえず、ほい。」
大男は僕のステータス画面のphaseの文字に触れた。その瞬間、
名前:タツヤ・オオマガリ
体力:D
物理戦闘力:D-
異能操作力:C
所持異能:職業スキル〈農家〉phase.1
複合:〈異能菜園〉 new!
:〈無限種袋〉 new!
なんか出てきた。
ガタン
隣で大男が腰を抜かしている。
「おい…お前こんなスキルを2つも隠してやがったのかよ!お前一体何もんなんだ?」
どうやら強力な異能を隠していたと思われたらしい。
あるいはある種の強者から感じる気配の隠匿が完璧だと思われたか。
まぁまずは
「僕はノクリアさんのお手伝いをしている大曲辰家と申します。」
何もんだ、と言われたらこれしかあるまい。
ノクリアさんに恩を返すべくこの世界にいるのだ。
大男は立ち上がり言う。
「おっ、おぉ。俺はセルディア。セルディア・クラッシュだ。えっとー、なんだ、そのー、うん。お前そこそこ強いんじゃないか?」
ありありと混乱の感情が伝わってくる。
そりゃ困惑もするだろう。強い(らしい)スキルを所持しているのに受付やっていたら。
あるいは、受付係が強い(らしい)スキルやその気を完璧に隠匿しきっていたら。
「そうなんですかねぇ。何せ僕も初めて見たもんで。」
「お前も知らないスキルなら使ってみるのが早いんじゃないか?」
少しリスクはあるが、妥当な判断だろう。
「わかりました…〈状態開示〉と同じ感じでいいんですか?」
「あぁ。大丈夫だ。」
「なるほど、いきます!」
僕はなんとなく手に力を込める。
「〈異能菜園〉!」
その瞬間、僕の体は緑茶色の光に包まれた。
僕は咄嗟に眩しさから目を瞑る。
空を飛んでいるような感じがする。
と同時に地底に引き摺り込もうとされているような感覚も覚える。
「うぁああ」
思わず声が漏れる。
しかし先ほどの感覚も長くは続かない。
だんだんと鎮まっていった。
次に目を開けた時、僕は知らない土地にいた。
目の前には広大な平野。
そしてその中にはすでに耕された耕地。学校にあった野球のグラウンドほどの大きさだろうか。
さらに僕の左の手元には何度か出現させたことのあるステータス画面のようなものも浮遊している。
〈異能菜園〉
気候:晴れ〈変更〉
地形:平野
病気異常:なし
肥料効果:なし
おそらく僕は〈異能菜園〉という世界に入ったのだろう。そしてこの空間内ではある程度自由に気候を弄れるようだ。試したところ雨や雪を降らせることができた。どうやらこのスキルで農業をしろと言うことらしい。
とすれば次は、
「〈無限種袋〉」
先ほどと同じように手に力を込めると今度は手のひらに種粒が出てきた。
一旦耕地に種を蒔き、雨を降らせる。
どうやらすぐ育ったりはしないようだ。
さらに色々試したいところだが置いてきたセルディアさんのことも気になるので、異能菜園スキルを再発動し元の世界…と言っても異世界なのだが、とにかく菜園を抜け出した。
「ただいま帰りました。」
「何を言ってんだ?お前光っただけで何も起こってないぞ?」
どうやら菜園の中にいる間は菜園外の時間が経過しないらしい。
「えっとぉ…一応、よくわからないところに飛ばされて、そこで軽く農業してきました。あと、そこに行くとこの世界の時間は止まるようです。」
「なんだよそのよくわからないスキルは。ずいぶんパッとしない異能だなぁ。」
ごもっともだ。
カランコロン
「すみませーん、ただいま戻りましたー。」
ドアが開き、淡紫色の髪が目に映る。
ノクリアさんが帰ってきたようだ。
「あ!お疲れ様です、ノクリアさん!」
「いえいえ、こちらこそありがとうですよタツヤさん。」
顔を見合わせ互いに微笑み合う。
「ほぉ、新入りが入るだけで珍しいと思っていたがなぁ…人嫌いで有名な王女様にえらく懐いてんじゃねぇか、タツヤさんよぉ。」




