愚者の行進
新エネルギーによって進化した科学、新しいことが判明するのに伴って発覚する世界の不明瞭さに立ち向かっていく?物語です。
主人公はこの世界で生きる全てのもの・・・なわけはなく、もっとも世界の真実に近しい人達と、その周りの人たち。
世界の在り方を大きく変える方法が有り、その方法を知っている者は一体何をするのか・・・
まだまだ不明瞭な魔素というファクターに対して、無知なる人類はどうアプローチするのか。
ガーデンボックス【愚者の行進】では、未知の領域に立ち向かうオーメッド独立研究所の研究者達にスポットライトを当てて物語は進行します。
未知の領域という設定なので、特に世界観の説明が多くなりそうです。
オーメッド独立研究所第2区画 ルメル・アーメッシュの部屋―――
ばさばさばさっ!
紙が擦れる、乾いた音を立てて大量の書類が室内に舞った。
「―――もうムリ。そもそもあたしにゃ机仕事なんて向いてないのよねぇ・・・
さぁって、実験室の様子でも見てこようかしら~」
タイトなジーンズをはき、黒いTシャツの上に白衣を着た赤毛の女性は、言い終えると同時に先ほどまで座っていた椅子を勢い良く後ろへ倒しながら、机に飛び乗った。
・・・しかも土足で。
このお世辞にも行儀の良いとは言えない女性は、オーメッド独立研究所の第2研究区画長、ルメル・アーメッシュ女史だ。
外見からして、年齢は20代後半になるかなるまいかといったところか。
背中ほどまである長い赤毛の先を黒いリボンで束ね、白衣のポケットに眼鏡を引っ掛けている。
容姿を説明するのに流麗の一言で済む、美人とはこういう人を言うのだ、と他人に説明するのに打って付けの美人である。
長い睫、髪と同じ真紅の瞳、そして計算されたように整った妖艶な肢体が色香を漂わせている。
「はぁ・・・」
部屋の中にもう一人、ルメル女史と同じ顔をして、彼女と同じ真紅の髪を肩で切り揃えた女性が溜め息をついた。
彼女の実妹で、第一研究区画長であるサリア・アーメッシュ女史だ。
「・・・姉さん、私が居る前でそんな暴挙が許されるとでも?」
少だけ凄みを利かせて姉を制止するサリア。
「うっ・・・い、いいじゃないの少しくらい!
ここ最近、書類の処理ばっかりで腐りそうなのよ!」
そもそも書類が溜まっているのは、自分が今まで溜め込んできたからだというのに、ルメルに悪びれた様子も無い。
大人びた外見とは裏腹に、彼女には子供っぽいところも有る。
好奇心旺盛なところや、自分の手で体験したがるところ、知的探究心が深いところなどは彼女の研究者としての人生にも多大な影響を及ぼしてきた。
研究者としては、いわゆる実践派の研究者というヤツか。
「ホラ、ねえさんが仕事しないで困るのは下の人達なんですから、しっかりしないと」
ふてくされて仕事をはじめようとしないルメルを、サリアはまるで子供を諭すような口調で諌める。
「む~~~~~・・・」
そしてまるで子供のように頬をぷくーっと膨らませるルメル。
「・・・ねえさん?だいたいねえさんが書類の提出期限を守らないから私が所長から言われてこんな・・・」
「あー、はいはい、あたしが悪かったさね。以後、気をつけるよ」
「口だけじゃないでしょうね?今まで何度そう言って・・・」
そうして、くどくどと説教を始めるサリア。
「いいですか、そもそもねえさんは・・・」
初めはルメルも黙って説教を聞いていたが、説教が始まってから5分を過ぎるかどうかというところで我慢の糸が切れたようである。
「あー、あー、あー!」
突然、話の途中に声を上げてサリアの説教を遮った。
「・・・あーもう五月蝿い。これからさっさと片付けるから出てけ」
いかにも面倒くさそうな、うんざりとした顔をしながら、しっしっと手を払っている。
「・・・ハイハイ、分かりました。」
サリアは少しだけむっとした表情を見せたが、すぐに不満を飲み込みながら背を翻して廊下へ繋がるドアへ向かい、ドアノブに手を掛けたところで立ち止まった。
「・・・あ、そうそう。ねえさん?」
わざとらしく、後ろで机に脚を乗せて書類を睨むルメルに声を掛ける。
書類に眼を落としたまま、ルメルが反応する。
「んあー?何さー」
「あと30分ほどしたらガーラントが様子を見に来るそうです」
ガーラントという名にびくっと体を震わすサリア。
「そういえば、最近コレクションが増えたとかで喜んでいましたよ?」
サリアが戦慄した理由は彼女の弟の趣味である、“コレクション”にある。
「・・・あんまり知りたくないけど、一応聞いておこうかしらね・・・
あいつは一体どんな物騒なものを手に入れたわけ?」
「えっとたしか・・・アイアン・メイデン?」
「・・・っっっ!!」
満面の笑みで言って、ばたん!と音を立ててドアを閉める。
後ろでは、
『あの馬鹿弟・・・!
って、うきゃーーーーーーっ!』
ばさばさー、がったーん!
と、絶叫とともに書類の山が崩れ、椅子をひっくり返す音。
(さては盛大にひっくり返ったかな、うふふ)
サリアはにやりと暗い笑みを浮かべながら、これで気が済んだ、とでも言うように背伸びをした。
「さて、これでねえさんも仕事をはじめるだろうし、私も自分の部屋に戻りますか!」
サリアは自身の仕事にとりかかるべくその場を後にしようとしたが、
「ちょっ、ちょっと!」
ばたん!
後ろでドアが開く音とともにルメルが飛び出してきて、とんでもないことを言い出した。
「サリアっ・・・!
お願い、書類片付けるの手伝って!!」
「いや、だって・・・ねえさん、私にも仕事が」
「あんた仕事と姉さんの命とどっちが大切なのよっ!
いいから手伝いなさい!」
言いながらサリアの白衣を引っ張って部屋に引きずり込もうとしている。
「何言ってんですか!私だって仕事終わらせなきゃ所長に何言われるか・・・」
「あんたは小言で済むでしょうけど、あたしは命かかってんのよ!?」