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巻き戻り令嬢は婚約破棄も国外追放も受け入れます

作者: 冬里 尊

冒頭のセリフを思いついて勢いで書いたのにまた長くなってしまった……。

今回はラブラブハッピーエンドです!

マジでゆるふわ世界観なのでゆるふわでお読みください。

「ミセリコルデ! 俺はお前との婚約を破棄する! そして、貴様は俺の愛するミミィを醜い嫉妬から害した!! その罪により国外追放とする!!」


「ハイヨロコンデー!!」


 一瞬、時が止まった。

 一気に凍り付いた会場の空気を感じ、ミセリコルデは艶やかに笑ってみせた。



 侯爵家令嬢であり、王太子の婚約者であり、淑女の鑑とも讃えられるミセリコルデ。


 今日はそんな彼女の誕生日パーティーが王城で開かれていた。名だたる貴族達が集まる中、ミセリコルデはただ一人で挨拶回りをしていた。

 国王や王妃、ミセリコルデの父である侯爵は外せない用事があり不在。そして特に用はないはずの婚約者である王太子すらも不在であることに嘲る目や憐れむような視線が集まるが、ミセリコルデはそれらを歯牙にもかけず凛と一人で立っていた。飾りすらほとんどないシンプルなドレスも彼女の清廉さを引き立て神聖ささえ醸し出しているようで、思わず見惚れる者も多かった。


 パーティー開始から大分遅れて、主役である彼女をエスコートしなかったというのに堂々と王太子が入場した。フリルが多すぎる子どもっぽいドレスを着た可愛らしい少女を連れた王太子は、真っ直ぐミセリコルデに向かったかと思うと彼女を指さし婚約破棄だと騒ぎだした。

 それに、まるで市井の飲食店の接客のようなハキハキした大声で、間髪入れずにミセリコルデが返事をする。


 いつも淑やかな微笑みを浮かべ、耳に心地いい優しい声で喋る彼女が、威勢のいい大声を出した。どこかで発声練習でもしたのかと思う程、小気味いい返事だった。

 突然の王太子の暴挙に眉をひそめていた者も、突如始まった見世物に下卑た笑みを浮かべていた者も、冷静に状況を観察し情報を得ようとしていた者も、その腕に抱かれて勝ち誇った笑みを浮かべていた少女も、婚約破棄を言い出した王太子さえも、全員が一瞬呆然とする。

 その隙を逃さず、微笑みを浮かべたミセリコルデが畳み掛ける。


「オーダーありがとうございます! 他にご注文はございますか!?」


「あ、え、そ、そうだ! このミミィに謝罪をし」


「大変申し訳ございませんでした~。他のご注文はございませんね?」


「えっ、えっ」


「無いようですのでご注文繰り返させていただきます。婚約破棄と国外追放でお間違いなかったでしょうか?」


「あ、い」


「はい、承りました! では婚約破棄と国外追放、以上速やかに遂行いたします! ご注文ありがとうございました~」


 軽い返事とは裏腹に丁寧な礼をすると、ミセリコルデはさっさとパーティー会場を後にする。

 想定外の事態についていけない人々の隙間を器用に縫い、あっという間に立ち去る淑女の中の淑女と讃えられた令嬢の背中を、皆ポカンと見送るしかなかった。


 我に返った王太子が連れ戻せと叫び出すまでには、しばしの時間を要した。



(第一関門クリア! 急げ急げ急げ~)


 淑女らしい淑やかな笑みを浮かべながら、ミセリコルデは見咎められないギリギリの速度で廊下を歩いていた。

 すれ違う時に頭を下げ道を譲る使用人達に、いつも通り柔らかな笑みを向けるのも忘れない。あくまでいつも通りでなければならないのだ。違和感に気付かれるわけには、いかない。


 途中で与えられている部屋に寄り、ドレスを脱ぎ用意してあったメイド服に着替える。この為に持っている中でも特にシンプルで一人でも速やかに脱ぎ着出来るドレスにしたのだ。メイド服は急なことだったので実家である侯爵家の物だったが、幸い今日のパーティーの為使用人を連れてくる家は多い。王城のメイド服ではないからと目立つことはないだろう。

 着替え終わると最低限持っていきたい物だけバッグに詰め込み、着ていたドレスは少し迷った後ドレッサーに紛れ込ませた。どうせ、今日のミセリコルデのドレスをしっかり覚えている者はいない。同じようにシンプルなドレスが並ぶドレッサーに入れると、自分でもどれかわからなくなったくらいだ。証拠隠滅はこれでいいだろう。

 目を引く金髪はメイドキャップに手早く押し込み、顔を隠すように大きな眼鏡をかければ、ごく普通のメイドにしか見えない、はずだ。


(礼儀作法が行き届いてるのは隠せないけど、良家のメイド、しかも王城に連れてこられるレベルの中であればそこまで目立たない、はず! あーもうもっと時間があれば色々準備出来たのに!!)


 王妃教育を受けてきたミセリコルデが粗野に振舞うのは難しい。令嬢として最上級の教育を受けてきた彼女は、もはや意識せずとも指の先まで行き届いた動きが出来る。逆に言えば、意識しなければ高貴な雰囲気を隠せないのだ。接触する人数は出来るだけ減らしておきたい。

 ミセリコルデは出来るだけ人通りが少ないルートを思い浮かべた。少し遠回りになるが、急がば回れともいうしそちらを通った方がいいだろう。

 幸い王城の使用人ではない以上、ミセリコルデがよく知らない使用人用の道は使用しない方が自然だ。そう考えると逆に侯爵家のメイド服でよかったのかもしれない。

 冷遇してると示す為に王城の外側に近い部屋を与えられていたのも幸運だった。王家のプライベート空間に近い部屋であれば警備も厳重でうまくいかなかっただろうが、ミセリコルデの部屋はたまに見回りの兵士がやってくるくらいだ。今日はパーティーの警備に回されているだろうから、やってくることはないだろう。現にここまで来る時にも全く見かけなかった。

 人生何が幸いするかわからないものだ。


(とりあえずお母様の遺品も回収出来て、ここまでは順調。後はさっさと脱出するだけ!)


 最後に部屋をちらりと確認する。

 殺風景と言っていい部屋だった。仮にも令嬢の部屋だというのに可愛らしい小物の一つも置いていない。家具は流石王城だけあって高級だが、アンティークの格式高いものばかりで年頃の娘らしい華やかさとは無縁だった。ずっとこの部屋で寝泊まりしていたというのに、生活感もほとんどない。いつまでも余所余所しく、王城の人々と同じくミセリコルデを受け入れていないようだった。

 少しだけため息をつき、部屋を後にする。その足取りには、未練は欠片もなかった。


 メイドに扮したミセリコルデは人気のない道をしずしずと、しかし許されるだけの急ぎ足で歩く。

 幸い、慌ただしい王城の、しかも人が少ない道で地味なメイドに注目するものはいなかった。

 あっさり城を抜け通用門に到着し、ミセリコルデはほっと息をつく。

 駆け出したい気持ちを抑え、一歩一歩門へと近づく。その足取りは緊張からか少しだけ震えていた。


 通用門とはいえ城に繋がる門だ。当然門番はいるが、中に入る特に比べて出る時はそこまで厳重ではない。荷物を抱え明らかに誰かの遣いであろうメイドをわざわざ呼び止めはしないだろう。

 パーティー会場を後にしてそれ程時間が経っていない今ならば、誰も外に出すなとの命令もまだ来ていないはず。現に、使用人だろう者達が外に出ていくのを止めていない。ミセリコルデがその中に紛れ込んでも問題はないはずだ。

 ミセリコルデは覚悟を決め、出来るだけ自然に見えるよう歩き出した。


「おい、待て」


「!!」


 門をくぐろうとしたところで、思いがけずかけられた声に心臓が跳ねる。悲鳴をあげるのを何とかこらえ、ミセリコルデは振り向いて声をかけてきた人物を見た。

 それは門番の片割れであった。服装からして、兵士、それもあまり位が高くないものだろう。

 ニヤニヤ笑っているその顔からは品性が感じ取れない。身体を固くするミセリコルデを上から下までジロジロと舐め回すような目で見て、門番はしまりのない笑みを浮かべた。


「城のメイドじゃなさそうだが……。パーティーからもう帰るのか? ご主人様はまだ楽しんでるだろ」


「私、先に屋敷に戻り片付けと出迎えの準備をするように言いつけられたんです。帰ったらすぐに就寝するので、その支度をしておくようにって……」


「ほぉーん。まぁ、こんなイイ身体のメイドがいちゃあお嬢様方より注目されそうだしな。追い出されたのか」


 ミセリコルデはとっさに荷物を抱え込み胸を隠した。

 抜群のプロポーションはメイド服でも隠せていないとはいえ、こんな下世話なことを仮にも王城の兵士が言ってくるとは!

 やはり、かなり腐敗は進んでいるようだ。もう一人の門番もミセリコルデを助けるでもなく興味なさそうに欠伸をしている。どうしようもない人達だ。

 でも、それならそれでやりようがある。


「申し訳ございません。馬車を待たせておりますし、もし間に合わなければお叱りを受けてしまいます。これで、通していただけませんか?」


 そう言って銀貨を差し出すと、門番はにやけた顔で受け取った。もう一人の門番もこんな時ばかり見てきたので渡すと、さっさと懐に仕舞った。


「へへ、あんがとよ。やっぱ上等な服を着た子はわかってんねぇ。いいぜ通りな。……あぁ、もし慰めてくれる奴を探してるならいつでも来なよ。大概は俺が門番してっからよぉ」


「ご親切にどうも。失礼いたします」


 慇懃に頭を下げ、ミセリコルデはさっさと通用門を抜け歩き去る。あの門番の言動から見るに、揉めるのを面倒がって金で解決するであろう上級貴族のメイドやらを選んで絡んでいるのだろう。それも初犯ではないはずだ。そんな奴をずっと門番にしておくなんて、どうかしている。

 目的地に向かいながら、ミセリコルデは門番達への苛立ちをため息一つで押し出した。あんな下っ端まで腐敗していると思えば、すべて見限り逃げ出す罪悪感も薄れるというもの。やはりこの国はもうどうしようもない。ミセリコルデ一人足掻いたところでほとんど意味はないのだから、好きにしてもいいだろう。


 物思いにふけりながらも進む足は止めない。

 王城から十分に離れた後、人目を避けるように停められた馬車を見て、ミセリコルデはパーティーが始まってから初めて心からの笑みを溢した。

 ほとんど走るようにして馬車にたどり着くと、荷物を中に放り込みいそいそと馭者席に乗り込んだ。先に座っていた青年が困惑しながらも乗るのを手伝ってくれて、ミセリコルデの笑みはますます深まった。


「お待たせ、シリウス。メイド服をありがとう。調達するの面倒じゃなかった?」


「いいえ、私の方は特に問題ございません。お屋敷の方は滞りなく。私の不在に気付くまでしばらく時間が稼げるかと思います。お嬢様の方こそ何かございませんでしたか?」


「もう! お嬢様は禁止よ! 万が一私にたどり着かれたら困るもの。私の方も問題ないわ。私の部屋からの足取りは掴めないんじゃないかしら。そうだ、今から愛の逃避行なんだから、名前も変えないと……。そうね、ミーシャって呼んで」


「わ、私ごときがそのような……!」


「私がいいって言ってるのよ? ……それとも、やっぱり私の手を取ったこと後悔してるの? この先お荷物にしかなれないもの。止めるなら、今からでも遅くないわよ」


「そんなっ! そんなわけありません!! おじょ……ミーシャ、の手を取ることを私がどれ程望んでいたか……!!」


 とっさに言い返したシリウスの顔には、抑えきれないミセリコルデーーミーシャへの思いが溢れていた。切なげに見つめてくるシリウスに、少し頬を染めたミーシャが微笑む。


「なら、問題ないわね。さぁ、すぐに発ちましょう。王太子殿下がいくら無能とはいえ、私がいないことに気付いたら必ず追手がかかります。王都や国境を封鎖されては困りますわ。すぐに出立いたしましょう」


「はい、直ちに」


 ミーシャが命じると、丁寧に頭を下げたシリウスが馬を走らせ始めた。

 彼の肩にもたれかかり、ミーシャは深い深いため息をついた。緊張しているのか強張るシリウスの体にミーシャまで照れてしまうが、それでもここまでこれた安堵感に、力が入らないのだ。少しの間許してもらおう。


(やっぱり命じる時とかはミセリコルデが出てしまうわね。気を付けないと……。でもよかった。なんとかなりそうだわ。…………本当に、どうしてこうなったのかしら)


 そっと目を伏せ、ミーシャは()()()の生の記憶を辿る。

 始まりはそう、やはりあの婚約破棄だろう。あそこから、すべてが動き出したのだ。




「ミセリコルデ! 俺はお前との婚約を破棄する! そして、貴様は俺の愛するミミィを醜い嫉妬から害した!! その罪により国外追放とする!!」


「は……?」


 誕生日パーティーだというのに一人で挨拶周りをする屈辱に耐えながら必死に笑みを浮かべていたミセリコルデにとって、王太子のその言葉は理解できないものだった。


 急に頭が悪そうな装飾過多なドレスを着た少女を連れて壇上に立ったかと思うと婚約破棄だと叫び出した王太子に、ミセリコルデの周りにいた貴族達は巻き込まれたくないとばかりにさっと身を引いた。ぽっかり空いた空間に、仕方なくミセリコルデは王太子の前に進み出る。

 誰もかれも突然始まった見世物に面白そうな顔をしているか興味なさげな顔をしているかで、ミセリコルデに助け舟を出そうというものはいない。


「どういうことでしょうか、殿下」


「ハッ白々しい。俺の愛するミミィに醜く嫉妬をし虐げていたこと、とっくに調べはついているんだぞ!!」


「ぐすん、ミミィ怖かったです……」


「私には身に覚えがございません。証拠はございますか?」


「証拠ぉ? ミミィが俺に噓をつくというのか! それに、王太子である俺の言葉なのだぞ! それだけで十分であろう!!」


 つまり、ミミィとやらの証言だけということか。

 話にならないとミセリコルデはそっとため息をついた。呆れたような顔をするだけで狼狽えないミセリコルデが気に入らないのか、王太子の眉間にしわが寄った。


「ふんっ! 可愛げのないやつめ。そういうところが気に入らないのだ。……そうだ、いいことを思いついた。国外追放にするにしても、今日このままというのは流石に悪女といえど気の毒ではある。追放は明日にしてやろう。俺の寛大さに感謝するがいい」


 そういうと、王太子はニヤリと愉悦に満ちた笑みを浮かべた。


「だが、ミミィを虐げるような性根の腐った奴は野放しにしておけない! 罪人だからな、一日牢で大人しくしていろ!! おい誰か、こいつを牢屋へ連れていけ!!」


 ざわっと会場の空気が揺れた。流石のミセリコルデもこれには顔色を悪くする。

 今この場で一番身分の高いのは王太子だ。ミセリコルデにはその命令をどうすることもできない。

 生粋の貴族令嬢である彼女は、当然牢になど近付いたことすらない。その中に、しかも無実の罪で入れられようとしているのだ。恐怖を感じて当たり前だった。

 王太子の命に応じ即座にやってきた警備兵に取り押さえられ、ミセリコルデは痛みに顔を歪めた。


「……触らないで! 一人で、歩けます」


 矜持をかき集めて一人立つミセリコルデの両腕を、警備兵がしっかりと押さえる。

 ニヤニヤと下卑た笑みで見つめる王太子とミミィを喜ばせるだけだとわかっていても、ミセリコルデは身体の震えを抑えることが出来なかった。

 引きずられるようにして歩くミセリコルデを助けるものは、誰もいなかった。


 乱暴に牢に入れられ警備兵が去った後、ミセリコルデは痛む腕を確認した。

 幸い怪我はしていないようだ。だが、白く細い腕に生々しい手の痕がついていて痛々しい。おそらく痣になるだろう。

 恐る恐る周囲を確認すると、どうやら周りには誰もいないようだ。他の囚人どころか見張りすらいない。しかし、頑丈そうな鉄格子にはしっかりと鍵がかけてあり、抜け出すことは出来なさそうだった。

 そっと息をすると饐えた匂いと黴臭さが鼻につく。牢の中は寝台すらなく、薄汚れた毛布が置かれているだけだ。汚れている床よりはマシだろうと、ミセリコルデはそこに座り込んだ。

 ぎゅっと自分の身体を抱き締める。カタカタと震える身体をどうすることもできない。


「……大丈夫、大丈夫よ。今は王太子殿下より上の方はいないけど、明日には国王陛下も帰っていらっしゃる。今夜だけ我慢すればいいの……」


 ミセリコルデの誕生日を祝いたくないがために視察という名の外遊をしているだけの国王夫婦に、太鼓持ちがてらついていっている父。そんな人達でも、流石にこの状況は無視できないはずだ。誕生日だというのに一人で立たされ、牢屋で過ごすことになったミセリコルデの心は放置するだろうが。

 いつものことだから慣れてしまったが、ミセリコルデの事を思いやってくれるのは亡き母ともう一人だけ。


「シリウス……」


 ミセリコルデ専属で仕えてくれている執事の名前を思わず呟く。

 道端で倒れていた孤児だった彼を拾い必死に看病したミセリコルデを、生涯の主だといってよく仕えてくれている彼は、どうしているだろうか。彼にだけは誕生日パーティーで一人佇む惨めな姿を見せたくなくて侯爵家に帰しているから、王城のことなど何も知らずいつも通りミセリコルデの為に仕事をしているのだろう。それを思えば心が慰められた。


「私、何もしておりませんのに……」


 ミミィとやらのことは存在すら知らなかった。王太子に嫌われるようなこともやっていない。

 国王や王太子、父に嫌われる心当たりはあるが、それはミセリコルデのせいでは断じてないのに。何故ここまでの仕打ちを受けなければならないのか。

 じわりと滲んだ涙を誤魔化すように、ミセリコルデは物思いにふける。



 すべての始まりは、現国王が王太子時代に婚約を破棄したことだ。

 彼には幼い頃から決められた婚約者が居たが、とあるパーティーで出会った可憐な令嬢に一目惚れし、のぼせあがり、一方的に婚約者を捨てた。

 当然普通であれば認められるわけはないが、あまりの事に激怒した当時の国王が怒りのあまり卒倒し、そのまま息を引き取ってしまったのだ。その混乱の中、どさくさ紛れで現国王は即位すると共に一目惚れした令嬢を妃とし、邪魔な元婚約者は側近に無理矢理嫁がせた。

 当然元婚約者の実家は怒ったが、彼女の産んだ子どもを次代の王妃とすることでなんとか決着とさせたのだ。


 その元婚約者こそが、ミセリコルデの母である。

 身勝手な男どもに振り回された彼女は、それでも憎んでもいいはずのミセリコルデを可愛がってくれた。


『ミセリコルデ、可愛い可愛い私の宝物。あなたに会えただけで、すべて報われた気がするわ』


 そう言って撫でてくれる母の手が大好きだった。


 けれど生粋の貴族令嬢である母の身体は、理不尽な仕打ちに耐えきれなかったのだろう。母は次第に体調を崩し、ベッドから起き上がれないようになってしまった。

 そして、幼いミセリコルデを一人残すことだけが心残りだと嘆きながら、短すぎるその生涯を終えた。


 母を失い泣きわめくミセリコルデを慰めてくれたのは、まだ元気だった時の母と出かけた際に見つけ、保護したシリウスだけだった。

 父は押し付けられた母を疎ましく思っていたのかほとんど屋敷に寄りつかず、当然ミセリコルデとはろくに会話したこともない。母が居なくなった後も放置され、母の葬儀の次に会ったのは、王城に無理矢理連れていかれた時だった。


 突然父が帰ってきたかと思うとドレスを着せられ、説明もなしに王城に連れていかれたミセリコルデを迎えたのは怒りに顔を染める王太子だった。


『お前がこんやくしゃとやらか! ……ふん、なんてかわいげのない顔だ。おれもははうえのようにすばらしい人を探そうと思っていたのに、こんなのが相手だなんて……。ははうえ、今からでも変えられないのですか?』


『まぁ、本当にあの女そっくりの嫌な顔! 可愛い坊やがあまりに可哀想です。あなた、なんとかなりませんの?』


『無茶を言うな。お前が生まれる前から決まっていたことなんだぞ。まぁ、気に入った女がいれば愛妾にでもすればいいだろう。我慢しろ。……しかし、本当に似ているな』


 好き勝手なことをいう彼らは、ミセリコルデのことなど何も考えていないと短い間でも分かった。言われるがまま何も反論しない父も、ミセリコルデの味方ではなく敵だとはっきり理解してしまった。

 何より気持ち悪かったのが、ミセリコルデを見る国王の目だ。じっとりとミセリコルデを見るその目は元婚約者であった母のことを思い出しているのか、やたらと粘着質で気味が悪かった。

 王太子妃教育の為に王城に留まることになったのだが、自分の子どもだけでなく夫も奪おうとしていると思ったのか王妃の怒りを買ってしまい、与えられた部屋は王族の居住区から遠く離れたところだった。わかりやすく冷遇されているミセリコルデを使用人も大切にする気はないらしく、最低限の世話をされるだけで食事も一人部屋で摂らされることとなった。

 教師たちは厳しく、王太子が遊び惚けているのを横目に苛烈に知識を詰め込まれる日々だった。


 救いは、なんとか家から連れてこられたシリウスだけだった。

 最低限の世話しかしない使用人に代わってミセリコルデの身の回りの細々としたことはすべてやり、ミセリコルデが少しでも快適に過ごせるよう心配りをしてくれた。

 教師が厳しくついていけなくなりそうだったミセリコルデと一緒に予習と復習をしてくれた。

 美味しいお茶と美味しいお菓子を用意して、気の抜ける時間を作ってくれた。

 様々な楽しい話をしてくれて、疲れ切ったミセリコルデを癒してくれた。

 王太子の婚約者として最低限のドレスや装飾品しかもらえないのを、毎回なんとか見られる程度まで整えてくれた。


 ミセリコルデが心から笑えるのは、シリウスの前だけだった。

 優秀なミセリコルデをますます疎ましがる王太子も、美しく育っていくミセリコルデを妬み嫌がらせしてくる王妃も、元婚約者とよく似た容姿に育っていくミセリコルデを嫌な目で見る国王も、ほとんど顔を見に来ることもなく国王にただ従うだけの父にも、シリウスがいたから耐えられた。


 だから、本当に婚約破棄と国外追放をされたとしても、シリウスさえいてくれるなら、別に構わなかったのに。

 そんな都合のいい、夢のような話には、当然ならなかった。



 物音に反応し、ミセリコルデの意識が現実に戻る。

 気付けば朝日が差し込んでいた。一睡も出来ず同じ体勢でいたため固まった筋肉がひどく傷む。痛みを無視してぎこちなく立ち上がると、向かってきた一団の中にいる父と目が合った。

 久しぶりに顔を見る父は不機嫌そうだったが、もしかしたら助けに来てくれたのではと、ミセリコルデはほんの一瞬だけ期待した。すぐに裏切られたけれど。


「ふん。牢に一日入っただけではそんなに変わらんな。……これでは王太子殿下の溜飲はおりんだろう。おい、やれ」


 父が指示すると、使用人が前に出てきたかと思うと手にしたバケツの中身をミセリコルデにかぶせた。


「きゃ!?」


 冷たい水を突如かけられ悲鳴をあげるミセリコルデのドレスに、さらに泥が投げつけられる。濡れ鼠となりみすぼらしい姿で震える娘を見て、父は納得したように頷いた。


「よし、これなら王太子殿下にもご納得いただけるだろう。おい、そいつを連れてこい」


 乱暴に手を引かれ、痛みに顔をしかめるミセリコルデを誰も気にしないまま、引きずられるように王の前に連れていかれた。

 痛みと寒さで惨めに震えるしかないミセリコルデを、王は無表情で、王太子と王妃は満足げに出迎えた。


「この度は娘がご迷惑をおかけし、大変申し訳ございませんでした。王太子殿下に見捨てられれば行くところもなく、死ぬしかない惨めな小娘です。何卒、お側においてやってはいただけませんか」


「ふん……。侯爵には世話になっているからな。今回だけは、侯爵の顔を立てて我慢してやってもいい。ただし、俺の愛はミミィだけのものだ。二度と危害を加えようなどと考えるなよ。お前は形だけの王妃になって、仕事でもしているんだな。俺の側に置いてやるんだから感謝しろ。……ふ、しかし、お前は惨めに震えてるのが似合うな」


「まぁ、なんて優しい子なのかしら。こんなに慈悲深く育ってくれて母は嬉しいわ。……あなたも見習ったらどう? 父親に頭を下げさせて自分は謝罪の言葉一つ言わないなんて、貴族以前に、人としてどうかと思うけど?」


 ミセリコルデを嘲り、好き勝手に言ってくる王太子達。王も侯爵も助けようという素振りすらなく、ただミセリコルデを見てくるだけだ。

 理不尽に断罪され、牢に一晩入れられ、冷たい水を被せられ、さらに謝罪までしろとは。ミセリコルデのプライドを、矜持を、どれだけ踏みにじれば気が済むのか。

 それでも、ミセリコルデは震えを押し込め立ち上がり、痛む筋肉をすべて無視して美しい礼をしてみせた。こうしなければいつまでも責められるだけだと、わかっていたから。


「……我が身の未熟さでご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」


「…………ふん。まぁいいだろう。俺の寛大さに感謝しろよ」


 その後も色々と言われたが、ミセリコルデはすべて礼をしたまま聞き遂げた。

 無理がたたったのかやっと解放された時には意識を失ってしまったが、目が覚めた時に居たのは泣きはらした目をしたシリウスだけだった。


「お嬢様! よかった。目を覚まされたのですね!!」


「シリウス……?」


 朧げな意識の中ミセリコルデが差し出した手を、シリウスはしっかりと握ってくれた。

 シリウスの切れ長な瞳からハラハラと涙が零れるのをぼんやりと見つめ、ミセリコルデは周囲を見回す。見覚えのない部屋だった。ミセリコルデに与えられた殺風景な部屋よりも広いが、同じように最低限の家具だけ置かれた部屋は寂しい印象を受けた。


「ここは……?」


「……新しくお嬢様の部屋になった場所です」


 立ち上がって中を確認する。

 鉄格子の嵌められた窓から覗くのは王妃お気に入りの庭園だ。見栄えのいい花だけ集められ調和の欠片もないそれを見間違うはずもない。これがあるのは、王族の居住空間がある城の中心部だけだったはず。


「……そう。逃げ出さないように城の中心に閉じ込められたのね。見張りの兵もいるのかしら」


 顔を強張らせたシリウスの反応を見るに、いるのだろう。

 ミセリコルデに逃げられるようなことをした自覚はあるのだな、とそっとため息をついた。


「馬鹿ね。私に逃げる場所なんてないのに」


「…………ッ! お嬢様への仕打ち、もはや許せません! 私と! 私と一緒に逃げましょう!!」


 耐えかねたように訴えるシリウスにミセリコルデは一瞬目を見張った後、切なげに笑った。


「……あのパーティーの前なら、もしかしたら出来たかもしれないわね。でもこうなったらもう無理よ。城を出る前に捕まって、シリウスは殺されてしまうわ。ねぇお願いシリウス、もう二度とそんなこと言わないで。もし誰かに聞かれたらどうなるかわからないわ。私、貴方を失ったら生きていけないの」


 誰かは知らないが、シリウスを一緒にした人は賢いとミセリコルデは皮肉気に笑った。

 もしミセリコルデが逃げても死んでも、シリウスは確実に罰せられる。それをわかっているミセリコルデが動けないことを知っているのだろう。

 シリウスはミセリコルデに対しての人質なのだ。


「そんな……」


 顔色を悪くするシリウス。聡い彼はすぐに自身のせいでミセリコルデが動けないことにも気付くだろう。それでも、どうしても手放す選択だけは出来なかった。


 ミセリコルデが目を覚ましたことがわかると、侍女達が押し寄せてきた。

 今まで半ば放置されていたのが噓のように、ミセリコルデの周囲から人が消えることはなくなった。命令されているのか、侍女達がミセリコルデから目を離すことはない。

 シリウスと二人きりになる機会などなく、半ば軟禁されたまま結婚式の日になってしまった。


 豪奢なドレスも視界を遮るベールも、ミセリコルデを縛る拘束具のようだった。

 王太子は不機嫌さを隠そうともせず、最低限のエスコートを渋々行うだけだ。

 二人が神への誓いを立て正式に夫婦になった時も、あまりに雰囲気が悪い為か招待客の拍手はまばらだった。


「いいか、お前は俺の情けで娶ってやっただけだ! お飾りなんだから大人しく俺の役に立て! 当然、俺の寵を得られるなんて思いあがるなよ!!」


 初夜ということで磨き上げられたミセリコルデにそう怒鳴ると、王太子は部屋に入ることすらなく去っていった。愛妾として侍ることになったミミィとやらのところに行ったのだろう。

 王太子のその行動は密かに使用人にも伝わり、顧みられることのない王太子妃としてミセリコルデはますます軽んじられることとなった。


 仕事をしない王太子や王妃の分まで仕事をさせられ、義娘になったミセリコルデと仲を深めるためと嘯く王や王妃の茶会に呼ばれては不快な時間をやり過ごし、王太子やミミィに会えば嘲られる。地獄のような日々だった。

 そんな日々をミセリコルデが耐えられたのは、必死に支えてくれるシリウスが居たからと、一つの希望があったからだ。


「お前を王家に嫁がせる契約は果たしたんだ。もう離縁しても問題ないだろう。俺とミミィの間に子供が出来たらミミィを王太子妃にすることにした。お前はそれまでは居させてやる。父上からの許可も得ているから、お前が何をしても無駄だ」


 珍しく会いに来た王太子に、そう告げられたのだ。

 離縁さえすれば、この生活から抜け出せる。それだけがミセリコルデの希望だった。

 だが、ミミィに妊娠する様子はなく、無為に時間は過ぎていった。


「あんたがいるせいよ! ミミィの場所にあんたみたいなのがいるから、子を授かれないのよ!! ミミィが王太子妃になるはずだったのに、あんたが邪魔したせいだわ!!」


 たまたま顔を合わせた時、ミミィは恐ろしい顔でそう詰ってきた。

 最近は王太子が何故かミセリコルデの周囲でうろつくようになり、ミミィの元から足が遠のいていたのもあってストレスが溜まっていたのだろう。ミセリコルデを睨みつけ去っていく彼女には、何かやらかしそうな危うい雰囲気があった。


 そして、その時は思ったより早く訪れた。

 部屋で一人仕事をしていたミセリコルデが用意された紅茶を飲むと、いつもと違う風味がしたのだ。

 不思議に思ったミセリコルデは飲むのをやめたが、次の瞬間喉に灼けるような痛みが走り、気付けば血を吐きながら倒れ伏していた。


(これ、毒ね……。しかも強力だわ。駄目、意識が消えていく……。あぁ、貴方を一人にしてしまうわ。ごめんね、シリウス)


 資料を取りに席を外していたシリウスが帰ってきてミセリコルデの状態に気付いたらしく、必死に走ってくる。その姿を最後に見て、ミセリコルデは永遠に覚めない眠りについた。はずだった。



「許さない。絶対に、絶対に許さない……。すべて殺してやる。お嬢様の、ミセリコルデ様の痛みを、思い知らせてやる……!!」


 ミセリコルデの亡骸を抱え慟哭するシリウスの横で、気付けばミセリコルデはふわふわと浮いていた。世界は霞がかかったように上手く見えないけど、シリウスのことだけははっきりと見えた。でも絶望に顔を歪める彼を抱き締めることも涙を拭うことも出来ず、ただ寄り添うことしかできなかった。


(私、死んでしまったのね……。不思議ね、なんで意識が消えてないのかしら。まぁなんでもいいわ。それより、シリウスが悲しんでるのに何も出来ないのが辛い……)


 そっと手を伸ばしても、すり抜けるだけで触れることも出来ない。

 それでも離れるのが嫌で、ミセリコルデはずっとシリウスの側にいて、彼がすることを見ていた。


 何故かミセリコルデの死を嘆く王や王太子や父を闇を煮詰めたような目で見ていたシリウスは、職を辞すとすぐに動き始めた。

 まずはミセリコルデの母の家や王弟の元を訪れ、ミセリコルデの悲劇を訴えた。ミセリコルデの母の実家は二代続けての理不尽な所業に怒った。王弟はミセリコルデの母を好きだったらしく、その忘れ形見が遭った仕打ちに憤怒していた。

 それからもシリウスは王に不満を持つ者を見つけては焚き付け、気付けば王弟を筆頭に反乱軍が出来上がっていった。


 元から王妃や王太子は仕事もせず遊びまわっているだけで、王もそれを補えるほど優秀ではない。ミセリコルデがいてギリギリ回っていたのだ。

 汚職や賄賂が蔓延る王城の兵士は腐りきっていて、反乱軍の猛攻を受け我先にと逃げ出した。

 王や王妃、王太子にミミィはあっさりと捕まり、泣き叫びながら処刑された。


 そして反乱軍も、すべて終わり油断したタイミングで話を聞いた隣国が侵略してきて、疲弊した彼らでは太刀打ち出来ず王弟やミセリコルデの親族は全員殺され、あっさりとこの国は消えることとなった。


 そんな地獄絵図の中、すべてを引き起こしたシリウスはミセリコルデの遺品を大事に抱え、一人歩いていた。

 そのすぐ側で、ミセリコルデもふわふわと浮かんでいる。

 廃墟になった王都を抜け、死体が転がる道を通り、どれ程歩いただろうか。シリウスは不意に足を止めた。


「あぁ、ここだ。お嬢様、見てください。綺麗な花畑でしょう。一度でいいから、貴方に見せてあげたかったんです」


 そこは一面に花が咲く、綺麗な花園だった。

 誰かが手入れしているわけでもない自然のままのその雄大さに、ミセリコルデは息を呑んだ。

 見晴らしのいい場所にミセリコルデの遺品を置くと、シリウスはその横に腰かけた。

 ぼんやりと景色を眺めるシリウスは窶れていたが、元の顔立ちが秀麗なだけにその様には凄味があった。まるで、すべてを殺し尽くす為に研がれた刃のようだった。


「どうしようもないと思っていたのに、終わってしまえば簡単なことでしたね。ふふ、憎い奴らをすべて殺したら少しは気が晴れるかと思ったんだけどなぁ……。まあ当たり前ですね。お嬢様を追い詰めた一番の罪人は、何もしなかった俺です。攫って逃げればよかったと何度思ったか……」


 ポツリと呟くシリウスの顔は凪いでいた。その表情のまま、そっと懐から小瓶を取り出す。それを手で弄びながら、シリウスは不意にポロリと涙を零した。堰を切ったように溢れ出す涙を拭うこともせず、ただぼんやりと小瓶を眺めている姿にはそのまま消えてしまいそうな儚さがあった。


(それは違うわ。シリウスは、出来ることを精一杯やってくれていたもの!!)


 ミセリコルデが必死に叫んでも、シリウスに届くことはない。気付けばミセリコルデの瞳からも、涙が零れ落ちていた。


「これはお嬢様を殺した毒です。王妃とあの愛人が共謀して盛ったんですよ。あぁ、もっと苦しめてやればよかったなぁ。あっさり処刑させるんじゃなかった。今さらですけどね」


 それだけ言って、シリウスはふぅ、と息をついた。


「……お嬢様と同じ毒で死ぬなんて罪人には過ぎた待遇ですが、これだけは許してください。清らかなお嬢様と同じところにいけないだろう俺の最後の我儘です」


 それだけ言うと、シリウスはあっさり毒を口にした。

 シリウスは何もしなかったすべてを憎んでいた。復讐の対象は王達だけではなく、自分にも向いていたのだ。

 ミセリコルデはシリウスの命の灯が消えるのを、泣き叫びながらただ見ることしか出来なかった。



『やばいの』

『やばいの』

『くにほろんじゃった』

『おこられがはっせいするです?』

『はっせいするです。おやつぬきのけいもはっせいするです』

『それはやばすぎますの~』

『なんとかしなければ~』


 シリウスが緩やかに目を閉じた時にミセリコルデと現世をつなぐ何かが切れた気がして、ふと気付けば何もない空間に立っていた。

 周囲には何も見えないのに、幼子のような甲高い声で何かを話しあう声がどこからか聞こえてきていた。


『まきもどすです?』

『それもおこられがはっせいするです』

『おやつぬきのけいよりましでは』

『それもそうか』

『でもただまきもどしてもいみないです』

『そこにいるこにまかせるです?』

『まかせるですか?』

『あのやんでれおとこどうにかできるのこのこだけです』

『それもそうです』

『いままでのきおくだけでいい?』

『たぶんたりないです』

『おまけつけるですか』

『ですです』


「ちょ、ちょっと待って!」


 何やらとんでもないことを言っているし、自分の先行きを勝手に決められそうになってるのを察して、ミセリコルデは慌てて声を上げた。

 その途端喋り声がやむ。


「どうなっているの? 説明がほしいわ! そもそもここはどこなの!?」


『せかいのはざまです』

『きみたちのいうかみのせかい?』

『ぼくらきみたちのくにたんとうですの』

『でもほろびちゃった』

『おこられがはっせいするです~』

『こわこわ~』


 素直に答える声だが、言っている内容が壮大すぎてミセリコルデには上手く飲み込めなかった。

 それでも無理矢理納得すると、一番気になっていた事を聞く。


「シ、シリウスはどうなったの?」


『しんじゃった~』

『しんじゃった~』

『でもこれからなかったことになりますの』

『あんしんなんです?』

『よろこびなんです?』


「なかったことって何!?」


 やはり、と悲しく思う暇もなく、あまりにも不穏なことを言われてミセリコルデは思わず叫んでいた。びっくりしたように一瞬だけ声は止まったが、すぐにまた喋り出す。


『そこまでせつめいするじかんないですの』

『せかいとめとくのもげんかいです』

『まきもどすのつかれるですね』

『おやつのためです』

『いたしかたなし~』

『でもせつめいほしいです?』

『じゃあいれとくですね』

『おまけもたっぷり』

『ではそういうことで』

『そういうことで』

『『ぼくらのおやつのために がんばってね~』』


 無邪気な声だった。そして、ミセリコルデの言い分など聞き入れる気はないとわかる程、薄情な声でもあった。

 文句を言う暇もなく、ミセリコルデは何かに引きずられるような感覚に抗えないまま、また意識を飛ばした。



 ぼんやりとした意識の中、ミセリコルデは微睡みの中ある少女の一生の記憶を見ていた。

 それは前世の自分だと教えられなくてもなんとなくわかった。

 日本という恵まれた国に産まれながら親に恵まれなかったその子は、ろくでもない親から逃げ出して、日々懸命に働き自分の力で生きていた。

 中でも好んでしていたのは飲食店のバイトというものだ。学歴がなくても雇ってもらえて、さらに賄いが出るのが貧しい中本当に有り難くて、真面目に一生懸命働いていた。

 その働きを見て正社員になってみないかという話をもらい、大喜びで帰宅する最中その子は両親に見つかってしまった。育ててもらった恩を返せと連れ戻そうとする両親に必死に抗う内に揉み合いになり、その子は突き飛ばされ、頭を強かに打ち亡くなってしまった。

 ぼやける頭で次はちゃんとした親がいいなぁと心から願ったのが、最期の記憶だった。



「半分しか叶ってないじゃん……」


 目を覚ましたミセリコルデは思わず頭を抱えた。頭が割れるように痛むのだ。

 ミセリコルデは先ほど神を名乗る存在が言っていた、説明を入れておくということの意味を痛みと共に理解した。本当にこちらの負担を考えず、色々と詰め込まれたようだ。もしもう一度会えるなら一発殴りたいと心から思った。

 しばらく経ちなんとか頭痛が収まった後、状況を整理するため与えられた知識に向き合う。


 どうやら、ミセリコルデは婚約破棄される当日の朝に戻されたらしい。もう少し、出来れば母が生きていた時代まで戻してほしかったが、神を名乗る存在が戻せる限界が今らしい。そこからならぎりぎりなんとかなるはずですのーという幻聴が聞こえた気がしたが、気のせいということにした。


 そしておまけとやらが、先ほど見た前世の記憶だろう。

 全く違う世界の記憶は今もミセリコルデの中にある。前世の人格までは蘇らなかったが、理不尽な親から逃げ出し一人逞しく生きたその記憶は少なからずミセリコルデに影響を与えた。


 今までのミセリコルデは大人しい少女だった。母が生きていた頃はお転婆なところもあったが、その後の虐待じみた教育と王妃からの嫌がらせですっかり自信を無くし、諦め癖がついてしまったのだ。

 だがその結果殺されシリウスまで死んでしまった記憶と前世の記憶のおかげで、今のミセリコルデは以前とは違う。死の記憶と一般庶民の中でも貧しい方の暮らしの記憶は、ミセリコルデを図太く変えてくれたのだ。


 もうミセリコルデは自分の幸せの為に動くのをためらわない。絶対にシリウスと一緒に幸せに生きるのだ。

 それにもし死んでしまったらシリウスが国を滅ぼして多くの人が犠牲になる。それだけは絶対に避けたい。

 これからどう動くかを考えていると、部屋にノックの音が響いた。ミセリコルデの身体に緊張が走る。胸の中は色々な感情が混ざり合い、ぐちゃぐちゃだった。

 だってミセリコルデの部屋に朝早くから来るのは、たった一人だけだ。


「お嬢様、失礼いたします。あれ、もうお目覚めですか? では朝食の準備を致しますのでしばらくお待ちください」


 二コリ、と優しく微笑むシリウスがそこに居た。

 最期の骨が見えてしまいそうなほど窶れた姿とは違い、今のシリウスはいたって健康そうだ。

 ミセリコルデは思わず一歩踏み出し、次の瞬間なりふり構わず駆け出してシリウスの胸に飛び込んでいた。


「お、お嬢様!?」


 ひどく驚きながらも抱き留めてくれたシリウスの体をぎゅうっと抱き締めた。

 さわれる。触れることができる。それだけのことがたまらなく嬉しかった。

 着やせするのか、線が細く見えるシリウスの身体はがっしりとした筋肉に覆われ思いの他逞しい。

 顔を擦り付けるとふわりと爽やかな香りがして、もっと嗅ぎたくて深く息を吸い込む。


「お嬢様!? 駄目です! はしたないですよ!!」


 顔を真っ赤にしたシリウスに引き離され、ミセリコルデはいやいやと首を振ってもう一度シリウスの胸に飛び込む。離れないと示すように力いっぱい抱き締めるミセリコルデに流石に違和感を覚えたのか、シリウスが訝しそうに顔を覗き込んでくる。


「お嬢様……? どうか、されましたか?」


「好き。好きなの。好き。好き好き大好き。結婚して」


「はぇ!?」


 目が合った瞬間、ミセリコルデの口からは愛の告白が転げ落ちていた。


 どうしようもなくシリウスが愛しい。

 死ぬまでは気付かないよう必死に目を背けていた。王太子との婚約は無力なミセリコルデにはどうしようもなかったから、せめて気付かないようにすることで心を護っていたのだ。

 だか、一度死んだことでもうとっくの昔に限界だった心は容易く崩壊した。


 好きだ。シリウスのことが大好きだ。


 シリウスが幸せになってくれるならそれが一番いい。自分の死なんか忘れて幸せになってほしいと思っていたくせに、本心ではミセリコルデの死を嘆いて嘆いてすべて恨んで滅ぼす道を選んでくれたのが嬉しかった。

 誰にも心を許さない姿が悲しかったはずなのに、心の底では仄暗い喜びを感じていた。


 死んだ後、手遅れになってから気付いた気持ちは、手に入るかもしれない可能性を前にして爆発してしまったのだ。

 子どものように縋りついて泣き始めたミセリコルデを引き剥がせず、シリウスは彼女が落ち着くまで優しく背を撫で続けた。



「迷惑をかけてごめんなさい……」


「謝らないでください。迷惑だなんて思ってませんよ。むしろご褒美と言いますか……」


 しばらく後、ようやく落ち着いたミセリコルデは顔を赤くしていた。幼子のように泣き縋ってしまった。こんな醜態をさらしたのは初めてだと思う。ミセリコルデにつられてか、シリウスの顔も赤みが差しているように感じる。


 シリウスの言葉は最後だけやたら小さかったので、聞き取れなかったミセリコルデは少し不思議そうな顔をしたが、気を取り直して表情を引き締めた。

 それを受けシリウスも真剣な顔になる。


 ミセリコルデは緊張のあまり渇く喉に水を少しだけ流し込み、話し始めた。


「これから話すことは噓でも冗談でもない、本当のことなの。驚くと思うんだけど聞いて。……私、これから先の記憶があるの。未来を変えるため、時を遡って今ここにいるのよ」


「そうなんですね」


 シリウスに信じてもらえなくてもしょうがない。なんとか説得するしかないと覚悟を決めたミセリコルデに、シリウスはあっさり頷いてみせる。

 予想外のことに目を丸くするミセリコルデ。大人しく話の続きを待っているシリウスに、もしやミセリコルデの言葉を真面目に取り合っていないのでは、と不安が募った。


「えっと、それだけ……?」


「それだけ、と申しますと?」


「我ながら信じ難い話ということは自覚しているの。突然時を遡ったなんて頭がおかしくなったと思われても仕方のない話だし、今出せる証拠もない……。シリウスも、疑っているのなら遠慮なく言ってちょうだい。信じてもらえるように頑張るわ」


「信じますよ」


 当然のようにシリウスはそう言った。真摯な瞳には嘘をついている様子はない。


「今までずっとお嬢様を見てきたんです。お嬢様のことならなんでもわかりますよ。嘘をつかれているかなんてわからないはずないでしょう。それに、本日のお嬢様は昨日までと全く雰囲気が違います。昨日までは限界まで張り詰めた弦の様で、何かあれば儚く消えてしまいそうなほど弱々しかったのに、今日は生命力に満ち溢れ、触れれば火傷しそうな程の輝きに満ちていらっしゃいます。何かあったのだろうとは思っておりましたが、そのような経験をされたなら納得できます」


「シリウス……」


 巻き戻り前のミセリコルデはすべてに疲れ切っていた。この時期は特に自分の誕生日パーティーが憂鬱で塞いでいたと思う。

 雰囲気が変わったことに短時間で気付いてくれたのが嬉しかった。シリウスが自分の言葉を信じて受け止めてくれるのが本当に幸せで、ミセリコルデの顔が緩む。

 そのまま少しつっかえながら巻き戻り前でミセリコルデが死ぬまでのこと、不思議な空間のことを話す。シリウスが国を滅ぼしたというのは、少し迷ったけどぼかすことにした。ミセリコルデの母の生家と王弟の反乱、その後他国から攻め込まれ国が滅んだことだけ伝える。

 すべて話し終え一息ついたミセリコルデに飲み物を渡した後、シリウスは深々とため息をついた。


「なるほど……。お嬢様にそんな苦労をおかけするなんて、前の自分の不甲斐なさには呆れます。そして、このままではお嬢様が同じような目に遭うということですね……。そうですね。お嬢様の境遇に憤慨したということであれば、お母上様の生家に救援を依頼するのが得策かと思います。お嬢様のお母上様の葬儀に誰も来なかったので情はないものだと思っていましたが、思えば二代にわたって面目を潰されたようなものですからね。貴族として動くには十分な理由でしょう。後ろ盾さえあれば好き勝手される可能性も減るかと。あぁ、でも差し当たっては本日のパーティーですね。公衆の面前でお嬢様を辱めるのも、牢屋なぞに入れるのも本当に許し難い。早急に対策を打たねば……」


「そのことなんだけどね、シリウス。私、婚約破棄も国外追放も受け入れるわ」


「は……?」


 ブツブツ呟きながらすぐにでも動き出しそうなシリウスにミセリコルデは慌てて話しかけた。

 目を丸くして見てくるシリウスに、ミセリコルデは微笑みかける。


「私、王妃になりたいだなんて思ったこともないの。今までは言うことを聞いていればお父様が私を見てくれるかもしれない、大事にしてくれるかもしれないって心のどこかで思っていたし、他に選択肢なんてないから従っていたのよ。でも巻き戻る前の仕打ちで愛想も尽きたわ。私、貴族なんてやめて自由になりたい。幸せに、なりたいの」


 ミセリコルデはひたとシリウスを見つめる。興奮しているのか、少し紅潮した頬とキラキラ輝くような生気に満ちた瞳が眩しくて、シリウスは少し目を細めた。

 思えば、ミセリコルデのこんな生き生きとした表情を見るのはいつぶりだろうか。城で教育を受けるたび、王妃や王太子、使用人に冷たくされるたびに元気を失っていく彼女をシリウスはずっと無力感に苛まれながら見ていた。見ている事しか、出来なかった。


 そんな彼女が幸せになりたいと言ったのだ。なら、どんなことをしてもそれを叶えるのがシリウスの役目だ。


「わかりました。私に出来ることならなんだって致します。何なりとお申し付けください」


「じゃあ結婚して」


「……は?」


 意気込んでいたところに予想外のことを言われ、シリウスはポカンと口を開けた。

 その隙を逃さず、ミセリコルデは距離を詰め畳み掛ける。


「結婚してシリウス。私、貴方のことが好きなの。愛しているの。貴方さえいればそれでいいの、貴方の幸せが私の幸せなの。二人で一緒に幸せになりたいの。好き。好き好き好き。シリウスは? シリウスは私のこと好き? もし好きじゃなくても諦めないわ。私のこと、嫌いではないでしょう? それとも嫌い? 鬱陶しい?」


「お、お嬢様のことを嫌うなんてありえません! お嬢様は世界一尊く大切なお方です!!」


 聞き逃せなかったシリウスが思わず叫ぶと、ミセリコルデは嬉しそうに笑った。大輪の華が咲き誇るような、美しく魅惑的な笑みだった。


「嬉しい。ならいいわよね。結婚してシリウス。私と一生一緒にいて。貴族の身分を失っても、今まで叩き込まれた知識はあるもの。主要な外国語はすべて習得済みだし、それを活かせばこれからの生活もきっとなんとかなるわ。不自由させないように頑張るから私と結婚してください」


 きりっとした表情でそう言われて、シリウスは思わず胸をときめかせてから我に返った。

 情熱的なプロポーズだが、問題は山積みだ。ミセリコルデの将来を思えばきっと受けるべきではないのだろう。シリウスには一国の王妃以上の身分など用意できない。もし逃げたとして追手もかかるだろうし、シリウスが彼女を守り切れる保証はない。


 だが、ミセリコルデの手は震えていた。懸命に隠そうとしているようだが、シリウスにはわかる。勢いで押し切ろうとしていたが、彼女も未来への不安を感じている。それでも、シリウスの手を取りたいと、そう思ってくれているのだ。


 なら、それなら、シリウスがミセリコルデの手を取ってもいいのではないだろうか。一緒に幸せになりたいと、望んでもいいのではないだろうか。


 大切な大切な、それこそ自分の命よりも大切なお嬢様。

 そんな彼女が横で笑ってくれるなら、なんだって出来る気がした。

 覚悟の決まったシリウスは、ミセリコルデに向き直った。


「お嬢様……。実は、私これでも鍛えております。城の連中は碌な護衛も寄越さないので、荒事の経験もございます。恐らくそこらの騎士には負けません」


「そうなの……?」


 想定外の返事だったからか、ミセリコルデはきょとんとあどけない表情を浮かべる。震えの止まった彼女に微笑みかけ、シリウスは目の前に跪いて優しくその手を取った。


「頭の方も、お嬢様と一緒に勉学に励みましたので悪くはないかと思います。主要言語は習得済みですし、日常会話もこなせます。それに、お嬢様に心地よく過ごしていただく為のお世話は誰にも負けない自信がございます。少しですが伝手はありますので、この国さえ出れば不自由なく暮らしていける環境も、整えられるかと思います。

 ……私は、私も一生貴方と共にいたい。今まで頑張ってきた貴方を、世界一愛している貴方を、幸せにしたいんです。どうか、私と結婚してください」


「ッ! はい! はい……ッ! 喜んで!!」


 泣きながら飛び込んできたミセリコルデをシリウスはしっかり抱き留め、壊れないように、でも力強く抱き返した。


 しばらくして落ち着いた後、二人は照れ臭そうに微笑み合った。

 だが、いつまでもそうしていられない。タイムリミットは今夜の夜会が始まるまで。いや、身支度をする必要があるのを考えればもっと短い。


「今夜のパーティーの後は牢屋に入れられ、出された後もずっと見張られていたわ。パーティーまでに抜け出すのは、いつも以上に警備が厳しいから難しいと思う。用意も出来ていないし、今逃げ出すべきではないわね。……パーティーが始まってしまえばそこ以外の警備は薄くなるから、やっぱりそこがチャンスだわ」


 ミセリコルデは前回のパーティーを思い出す。

 一応主役であるミセリコルデが出席していないとわかればすぐに探され、捕まるだろう。王太子が婚約破棄と言い出した後なら傷心したミセリコルデが会場から姿を消しても不自然ではないが、牢に入れられたら逃げ出せなくなる。


 王太子がミセリコルデを牢に入れると言い出す前に抜け出さなければならないが、タイミングが難しい。どうせならオマケにチート能力でもくれればよかったのに、ミセリコルデが貰ったのは前世の記憶だけだ。飲食店でバイトした経験だけでどうしろというのか。


(あれ、待って、使えるかもしれない……)


 会場の度肝を抜く方法を思いつき、ミセリコルデはニヤリと笑った。

 そうと決まれば抜け出した後の事をどうするかだ。


「シリウス、馬車の馭者は出来る?」


「はい。問題ありません」


「よかった! では家から馬車を持ってきて。あとこの部屋に私が着れそうなメイド服を用意してほしいの。それに着替えて抜け出すわ。質の悪い門番のいる場所を知っているの。ふふ、皆私がいても気にせずお喋りするから助かっちゃったわね。散々軽んじられてきた甲斐があったかしら」


「お嬢様……」


 痛ましげな目を向けてくるシリウスに、ミセリコルデはにっこりと微笑んだ。


「大丈夫。気にしてないわ。未練が残らなくて有り難いくらいよ。……そうだ、シリウスは何か持っていきたい物とかある? 挨拶したい人には落ち着いてから手紙を出してもらう形になってしまうけど……」


「ありませんし、いません。私にとって大切なものは、お嬢様だけです」


 さらりと言われ、ミセリコルデの頬が赤く染まった。

 気を取り直すように咳払いすると、後は何をすべきか考える。


「出来たらシリウスと私の分の市井に溶け込めそうな服も欲しいのだけど、難しいかしら」


「お嬢様の気品は隠しきれるものではございません。町娘の着るような服よりはメイド服の方がまだ目立たないかと。ここを離れてからそれなりの服を入手しましょう」


「そうね。完璧な準備はこの時間では難しいし、最低限必要なのはそれくらいかしら。家に持ってこれなかった大事なものは無いし、当面の食料だけ準備をお願い。資金は……お母様の宝石を少し売るしかないかしらね」


 大切な母の遺品だが、ミセリコルデ個人の持ち物はそれくらいしかない。この状況で手放すのなら母も許してくれるだろうと売る宝石を選ぼうとするミセリコルデを、シリウスが優しく止める。


「資金はご心配なく。使う機会がなかったので、一応当面は問題ないくらいの貯えがございます」


「え、でもそれはシリウスのものよ」


「私の財産はすべてお嬢様のものです。……一緒に生きてくださるのでしょう?」


「…………ありがとう。何もかも頼ってしまってごめんなさい」


「とんでもございません。やっとお嬢様のお役に立てる事が何より嬉しいのですから」


 そう言って微笑むシリウスは心の底から嬉しそうだった。

 何かあった時の為に少量の現金だけミセリコルデに預け待ち合わせ場所を決めると、シリウスが諸々の準備を整えるため出ていこうとするのをミセリコルデが引き留めた。

 夜会の準備に取り掛かるまで、少しだけ時間がある。


「少しだけ、布石を打っておきましょうか」


 ミセリコルデは便箋を手に取り、淑やかに微笑んだ。


 準備をしてパーティーに赴く前にシリウスに手紙を預ける。流石に侯爵家の紋章の入った封筒を放置することはない、とは思う。無事に相手が見てくれるのを祈るしかない。

 シリウスは心配そうに何度も振り返りながら部屋を出ていく。それを見送って、ミセリコルデは不安を誤魔化す為大きく深呼吸した。


 ミセリコルデは用意をすべて終わらすと覚悟を決め、パーティーに乗り込んだ。

 このパーティーでミセリコルデの望む運命に辿り着けるかが決まる。絶対に、やり遂げてみせる。




「…………シャ。ミーシャ。起きて。見せたいものがあるんだ」


「うぅん……?」


 ミーシャは優しく揺さぶられ目を覚ました。どうやら記憶を整理しているうちに、いつの間にか眠ってしまったようだ。

 ぼんやりした頭のまま、横の温かくて心地よいものに身体を預け、スリスリと頭をこすりつける。いい匂いがする。嗅いでるだけでホッとするような、とても心地よい香りだ。今までにない程安心できて、ほぉっと吐息が漏れた。

 もっと感じたくて、気付けば温かいものにぎゅっと抱き着いて胸いっぱいにその香りを吸い込んでいた。


「お、お嬢様!?」


 動揺しきった声を聞いて、ミーシャは今度こそ意識をはっきりさせる。そしてすぐに身体を硬直させた。

 顔を真っ赤に染めたシリウスとの距離が近い。近すぎる。瞳の中に映る同じく頬を紅潮させたミーシャまではっきり見えてしまう距離だ。

 それも当たり前だ。ミーシャが先ほどまでくっついていた温かくて心地よいものとは、シリウスだったのだから。今もその名残のように腕に抱き着いてしまっているのに気付き、ミーシャは声にならない悲鳴をあげて距離をとった。だが狭い馭者台では充分な距離はとれず、二人の距離は先ほどよりマシとはいえ依然近いままだ。


「ごごごごごごごごめんなさい!! あったかくていい匂いがしてついあああなんでもないごめんなさい!!」


「いや大丈夫です問題ありませんむしろ役得といいますかあああ違う申し訳ございません!!」


 慌てながらお互いに謝り合う二人の顔はこれ以上ないほど赤く、落ち着くまでにはしばしの時間を要した。


「すっかり寝てしまったわね……。ごめんなさい」


 なんとか気持ちを落ち着かせたミーシャが謝ると、シリウスは慌ててかぶりを振った。


「とんでもございません! お……ミーシャは疲れていたのですし、本当はもっと休んでいただきたいくらいです」


「もう! シリウスったら、また敬語になってるわよ。シリウスの方こそ疲れているでしょう? 交代で休むつもりだったのに、失態だわ」


「問題ありま……ないよ。この程度で音をあげるような鍛え方はしてないからね。……それに、今はミーシャが横にいるんだ。いくらでも頑張れるよ」


「まぁ……。ありがとう。でも、私お荷物にはなりたくないの。次からは遠慮なく起こしてね」


「あぁ、わかったよ」


 二コリと微笑むシリウスは誤魔化す時の顔をしていた。シリウスには期待できなさそうなので、ミーシャは今後はちゃんと起きれるよう自力で頑張ろうと心に決めた。

 家や王城にいた時は寝坊なんかしたことはなかった。これ程安心してぐっすり寝れたのは母が生きていた時以来かもしれない。もしや、シリウスが隣にいたおかげだろうか。そこに思い至ったミーシャは頬を真っ赤に染めた。


(そ、そういえば寝顔を見られてしまったのよね……。やだ、変な顔してなかったかな)


 何とはなしに髪を整える。ついでに口元もさりげなく確認したが、汚れはない、と思う。少なくともよだれをたらして寝こけていたということはなさそうでホッと息をついた。


 ついで周りに目を向けるとそこは深い森だった。なんとなく既視感はあるのだが、知らない場所、だと思う。まぁミセリコルデの行動範囲は非常に狭かったので、王都を出てしまえばほとんど知らないところしかないのだが。


「ここはどこ? 見せたいものって?」


「あぁ、ここは王都近くの森だね。目的地はもう少ししたら着くよ。どうしても、ミーシャに見せたかったんだ」


 首をかしげるミーシャに優しく笑いかけながらもシリウスにはそれ以上詳しいことを説明する気はないらしく、いたずらっぽく微笑んで口を閉ざした。

 それに倣いミーシャも口をつぐみ、二人はなんとなく無言になった。ぽくぽくという馬の足音や風に揺れる梢の音だけが響く空間は不思議と優しく、気詰まりな感じは全くない。あまりの居心地の良さにミーシャはまた訪れた眠気と格闘する羽目になった。

 どれくらい経っただろうか。ミーシャの瞼が落ちる寸前、馬車が止まった。


「……着いたよ」


「ふぇ!?」


 静かなシリウスの声に、ミーシャは眠りに落ちかけていた意識を覚醒させた。

 慌てて首を振って眠気の残滓を吹き飛ばし、そして、目の前の光景を見て息を呑んだ。


「ここって……」


 眼下に広がるのは一面の花園。

 昼間の日光の元生き生きと咲き乱れる様子と違い、夜のさやかな光で照らされる花々は神秘的な美しさを秘めていた。静謐な空気さえ感じる空間だったが、ミーシャが息を呑んだのはその雰囲気に飲まれたからではない。

 この場所には、ひどく見覚えがあった。生きているミセリコルデが直接見たことはないが、それでも今も脳裏に刻み込まれた、忘れようのない場所だった。


 だって、ここは、巻き戻る前のシリウスが、死んだ場所だ。


 服毒して倒れるシリウスの姿を幻視して、ミーシャは巻き戻る前の無力なミセリコルデに戻りそうになる。口から声にならない小さな音が漏れた。

 それを引き留めたのは、ぽつりと呟かれたシリウスの言葉だった。


「本当は追手がかかる前に早く隣国に逃れるべきだとわかってるんだ。でも、どうしてか君と一緒にこの花畑を見たくてどうしようもなかった。本当は、明るいところで咲き誇る姿を見せたかった……。綺麗ねって笑うミセリコルデ様の姿が見れればそれでよかった。お嬢様が喜ぶ姿を、普通の女の子のようにはしゃぐ姿を、ずっと、ずっとずっと見たかったんです」


「シリウス、あなた……」


「どうしてでしょうね。今二人でここに居る、それだけで泣きそうになるほど嬉しいんです」


 そう言って泣き出す寸前のような顔で微笑んだシリウスの顔を見て、ミーシャは静かに息をついた。

 おそらく、巻き戻り前の記憶があるわけではないのだろう。でも、本人も理解できていないその感情は、きっと巻き戻り前の、全てに絶望して壊し尽くそうとしたシリウスの残滓だ。

 ミーシャはぎゅっとシリウスに抱き着いた。当然のように触ることができる、それが何より嬉しい。シリウスも何も言わず無言で抱き返してくれて、二人一緒にほっと息をつく。


「ねぇシリウス、私もずっとこの景色をあなたと見たかったの……連れてきてくれてありがとう。ずっと、そう言いたかった」


「お嬢様……」


「大丈夫、大丈夫よシリウス。私は今生きてここにいるわ。それに、これからもずっと一緒にいるのだもの。これから色んな景色を一緒に見ましょう。色んな場所に二人でいって、一緒に色々なことをしましょう。これからいくらでも時間があるのだもの。今まで出来なかったこと、全部ぜーんぶやっていきましょうね。勿論、一緒に」


 ミーシャがにこりと微笑んでみせると、シリウスも泣き出しそうな顔を無理矢理笑みの形に歪めた。

 より一層力を入れて抱き締められ、ミーシャも精一杯抱き返す。

 しばらくそうしているとシリウスも少し落ち着いたようだ。じっと美しい瞳でミーシャを見つめ、少しだけ顔を下げる。察したミーシャが目を閉じ少し背伸びをすると、シリウスはさらに顔を近づけ、ミーシャに触れるだけのキスを落とした。ずっと乾いていた心が満たされるのを感じて、ミーシャはかすかに息を吐いた。


 多分これが、貴族令嬢であるミセリコルデが消え、シリウスと一緒に生きる普通のミーシャになった瞬間だったと思う。

 花畑が恋人達を祝福するように、風に優しくそよいでいた。




「号外! 号外だよー! 王国でクーデターだ! 王族は皆捕らえられ処刑されたよ!!」


「おじさん! 一部ちょうだい!!」


「あいよ!!」


 新聞売りから手慣れた仕草でコインと引き換えに新聞を受け取り、それを鞄に仕舞った少女は足早に市場を歩く。

 聞こえてくる会話は王国のクーデターの事が多い。真偽や推測が入り混じった内容だが、一貫しているのは王弟が圧政を敷く王に反旗を翻し、とっくに見切りをつけていた真っ当な貴族達の支持の下王位を奪ったということ、そして、前の王や王妃、王太子とその妃は捕らえられたということだ。

 鼓動が早くなるのを感じた。騒ぐ心臓を宥めながら、少女はほとんど走るように家路を急いだ。


「ただいま!」


「おかえり、ミーシャ」


 微笑んで出迎えてくれたシリウスに、少女―-ミーシャは飛び込むように抱きついた。

 なんでもない顔をしてミーシャを抱き留め、シリウスは柔らかい笑みを浮かべる。


「どうしたんだい。今日は一段とお転婆じゃないか」


「だってしょうがないわ! これを見てシリウス!!」


 鞄から取り出す時間すらもどかしいと言わんばかりの顔をしたミーシャがシリウスに新聞を押し付けると、シリウスはさっと一通り目を通し、息をついた。


「あぁ、もう民衆にまで情報がきたのか。思ったより早かったね」


「そうね。本当にこの国は上も下もキチンとしてるわ」


 無事に隣国に落ち延びたシリウスは、いつの間にか作り上げていた商会の主として働き始め本当にミーシャに苦労一つかけなかった。

 どうやら、ミセリコルデがもし助けを求めてきた時に助けられる手段として用意してくれていたらしい。多分巻き戻り前はシリウスや反乱軍の資金源として使われたのであろうその商会をミーシャの為に使えて、シリウスはとても嬉しそうだった。

 ミーシャも今まで詰め込まれた教養を活かして通訳等の知識面で大いに活躍し、二人は瞬く間に商会を大きくした。


 心配していた王国からの追手は来なかった。何故なら、それどころではなかったからだ。


「思いつきだけど、布石がうまくいって本当によかった。王弟殿下には感謝だわ」


 ミセリコルデが最後に行ったこと。それは王弟と母の実家に全てを伝える手紙を出すことだ。

 その手紙には文字通りすべてを書いた。母の冷遇から始まり、ミセリコルデが受けた仕打ちの全て、そして、教育の中で知り得た知識さえも書き記した。

 王弟がどこまで知識があるかは知らないが、巻き戻り前のミセリコルデは王妃として多様な仕事をこなしており、当然機密事項も多く知っていた。そういった知識や王宮の隠し通路の位置まですべて書いたのだ。きっとクーデターの手助けになったことだろう。

 更に今までの仕打ちに愛想が尽きたこと、もしミセリコルデを連れ戻すつもりなら機密情報が他国にばら撒かれる手はずになっていることも書いた。放っておいてくれるなら何もする気がないということも。

 信じてもらえるかは賭けだったが、どうやら運はミーシャに味方したようだ。今のところ、王国からの追手が来た様子はない。


 安全をとるのなら、もっと遠くに逃げ出すべきなのはわかっていた。

 でも、例え非常にリスクが高くても、どうしても王国の近く、すぐに情報が手に入る場所にいなければいけなかったのだ。


「王達が見限られていたおかげで、クーデターはあっさり成功したわ。前のように国力が弱らなかったから、この国も攻め込もうとする空気はないわよね?」


「あぁ、今のところ物価の高騰はないよ。武器や食料を国が買い集めている様子もないし、攻め込むつもりはない、と考えていいと思う」


「これなら、王国は滅びないよね?」


「……そうだね、心配いらないと思うよ」


「…………よかったぁ」


 力が抜けたミーシャはへなへなとその場にへたり込んだ。シリウスが優しく抱きあげソファに座らそうとしてくれるが、ミーシャは抱き上げられた時にぎゅっと抱き着いたきり離れる様子がなかったので、諦めたシリウスがミーシャを抱きかかえたままソファに腰を下ろした。

 シリウスの膝の上、ミーシャはシリウスの体温を確かめるようにますます力を入れて抱きつく。小さく震える身体を宥めるように、シリウスは優しく抱き返し、頭を撫でてくれた。


 ミーシャが何より恐れていたこと。それは、王国が滅びることだ。


 あの神を名乗る存在は、別にミセリコルデを憐れんで時間を巻き戻したわけではない。

 王国が滅び自分が怒られるのが嫌だから、それを回避するため戻しただけなのだ。


 もしミセリコルデが逃げ出した結果同じように国が滅びたら、今度は別の人間を起点に巻き戻しをしてくる可能性があった。

 例えばそれが王子だとして、原因であるシリウスを殺してミセリコルデを飼い殺しにしてしまえばいいと考えたら。そして、それを実行したら。


 ミセリコルデにはきっと、どうすることもできない。


 ミセリコルデだけに巻き戻り前の記憶というアドバンテージがある今回だけがチャンスだったのだ。

 最大の危機を脱したことでミーシャはすっかり気が抜けてしまったのだが、問題はこれで終わりではない。

 国が安定した後、王家の秘密を知るミセリコルデの存在は必ず問題になる。今まではクーデターを成し遂げる為放置されていたのだろうが、成功に終わった今、このまま放っておいてくれる保証はない。だが、それを見越して既に手は打ってある。


「シリウス、準備はいいかしら」


「いつでも構わないよ。商会は既に引き継ぎは終わってるし、船の手配も済ましてある。身分証も新しいものを用意してあるから心配しないで」


「流石ね。……ごめんなさい。また全部シリウスに捨てさせてしまうわ」


「ふふ、気にしなくていいのに。私にとって大切なものはミーシャだけ。それはずっと変わらないんだから、君の幸せのためならなんだって惜しくないよ。商会だってミーシャに不自由させない為の資金源でしかないんだし」


 サラリとそう言ったシリウスは、本当に作り上げた商会に執着してないようだった。

 シリウスはその気になれば国一つ滅ぼしてみせる程の能力がある。それを今はミーシャの幸せの為だけに費やしているのだ。多分必要ならまた一から作り出せばいいと思っているのだろうし、それも可能なのだろう。頼もしすぎる恋人にミーシャはぎゅうっと抱き着いた。


「じゃあすぐに発ちましょう。私、ずっと東の島国に行ってみたかったの」


「あぁ、言っていたね。わかった。最終目的地はそこにしようか」


 商会で取り扱う商品を確認していた時に、東の島国からの輸入品として米や醤油があったのだ。

 前世の記憶にある食品の数々に興味を持ったミーシャは、出来ればそこに行ってみたいとずっと思っていた。すべて片付いた後にそこでシリウスと暮らせたら、と、コッソリ考えていたのだがシリウスにはお見通しだったようだ。


「ありがとう、シリウス。嬉しい! ……やっと肩の荷が下りたのだもの。絶対に、一緒に幸せになりましょうね」


「私はミーシャが一緒に居てくれるだけで充分過ぎるほど幸せだけど」


「そ、それは私もそうだけど……! シリウスとなら、きっともっと幸せになれるわ。例えば、そう、シリウスの子どもとか絶対可愛いと思うんだけど……」


 ミーシャはシリウスを上目遣いで見る。状況が落ち着かないと駄目だと言って、シリウスはミーシャにキスしかしてくれないのだ。

 もっと先があるらしいことはなんとなく知ってるものの、ミセリコルデにもミーシャにもそういう知識を教えてくれる人はおらず、前世の記憶もそういう事には縁がなかったらしく情報がほとんどない。

 今までは優しいキスで満足していた。だが、今なら次のステップに進むことも出来るのではないだろうか。


 期待に満ちた目をしたミーシャに、シリウスは微笑んでいつもと同じく口付けを落とす。

 むっとするミーシャにシリウスは苦笑してみせた。


「これから旅に出るんだよ? 身重の体でさせられるわけないだろう」


「むぅー。それはそうなんだけど……」


 シリウスのそういうところが好きだけど、好きなんだけど! 恋人同士なのだからもうちょっと甘い触れ合いがあってもいいんじゃないだろうか……。

 へそを曲げたミーシャはぐりぐりとシリウスの肩口に頭を押し付ける。だから、その時のシリウスの顔は見ていなかったが、もし見ていたらきっと顔を真っ赤にして悲鳴をあげていただろう。


 シリウスの優しく細められた目は妖しい輝きに満ち、一心にミーシャだけを見つめている。その視線は蜜よりもなお甘く、見られるだけでとろりと溶けてしまいそうな程熱っぽい。

 そして、甘やかさに誤魔化されているが、その視線は狩人のものだった。極上の獲物を狙うように、その一挙手一投足を見逃さないように、冷静に強かにミーシャの様子を観察している。

 ミーシャを抱き締める手はあくまでも優しいものだが、もし逃れようとしても絶対に出来ないように急所は全て押さえられている。それも、悟られないように。


「私、シリウスに一生敵わない気がするわ……」


 不満げにそういって見上げてくるミーシャに、シリウスは先ほどまでの様子を綺麗に隠し、そっと微笑む。


「私こそミーシャには敵わないんだけどな……」


「うそぉ」


 疑いの眼差しで見てくるミーシャに、シリウスは甘く優しく微笑む。


「本当だよ。世界と君なら迷わず君を選ぶほど、愛してるんだからね」


 そう言って、シリウスは腕の中で真っ赤になっている可愛い恋人にまた口付けを落とした。





巻き戻り物ははじめてかな? 楽しかったのでまた思いついたら書きたいです。

ニ作続けて悲恋だったので、たまにはこういうハッピーエンドまっしぐらなのもいいですよね。

長いのに最後まで読んでくだりありがとうございました。


以下簡単な人物設定です。


ミセリコルデ(ミーシャ)

普通の心優しい女の子だけど運が死ぬほど悪い。前世も運が悪い。可哀想。

深窓の令嬢+自尊心とかバッキバキに折られていたので一周目はわりとされるがままだった。能力は高いが自分のために動くとか考えることも出来ない。多分鬱気味。

二周目の人生は幸せに過ごせるの確定してるし、前世の記憶のおかげでわりと活発になった。好きな人と好きなこと出来るの楽しい!

恋愛関係はわりと押せ押せだが押されるとすごく弱い。あまりにも弱い。シリウスのターンになった瞬間に敗北が確定してるから、精々それまでの春を謳歌してくれ……。


シリウス

スパダリに見えてわりと激ヤバヤンデレ。

一周目の何も出来ずに最愛の人を死なせた後悔が彼のリミッターをこじ開けた。

王家も王弟もミセリコルデの実家も全て憎い。何よりも自分が憎い。ので国を滅ぼした。

実はミセリコルデの魂から離れなかったので前回の名残を少しだけ持ち越してる。磨き上げた能力と、世界を滅ぼすほどの絶望と愛を。

ミセリコルデが幸せなら問題ないが、絶望して死んだらまた世界に牙をむくよ。

恋愛関係は受け身と見せかけて外堀から綺麗に埋めていくタイプ。キチンと快適な檻を作り出してから手を出すつもり。なんと待ての出来るヤンデレである。もう逃げられない。


おやつのためにまきもどしたらあかんたいぷのまぎれてましたのー。

当然上位の神にバレ、しこたま怒られて無事におやつ没収の刑と相成った。そんなー。

人間でいうところの幼児みたいなもので、別に人間がどうなろうとどうでもいいタイプ。ミセリコルデが危惧していたように、彼女が失敗したら別ので試そうと思ってた。

おこられがはっせいしたのでもうできませんのー。かなしみです? かなしみですのね。



蛇足かも


実はミセリコルデの母に未練たらたらである。妻にした真実の愛(笑)の相手にはすぐに飽きたが、その頃にはもうミセリコルデの母を自分の指示で嫁がせた後だったから取り戻すことは出来なかった。

ミセリコルデは母によく似ていたので、王太子とも不仲のようだし自分で娶ろうかと考えていた。疲れ切った雰囲気がそそられなかったので、ひとまず様子を見ていたら死んだ。その後自分も死んだ。

二周目は死にはしないが劣悪な環境でどうしてこんなことにと嘆きながら生きることになる。


王妃

王の愛が既にないことも、ミセリコルデの母に未練たらたらなのも知っている。

ミセリコルデの母を殺しても変わらなかったので、腹いせに娘をいじめにいじめまくった。

息子は満たされない思いを慰めるように愛玩動物のように可愛がって育てた。

王と同じように一周目は殺され、二周目は劣悪な環境+ミセリコルデの母を殺した犯人ということがばれて一緒に幽閉された元王にも疎まれながら生きることになる。死ねない。


王太子

なんでも思い通りになる中、はじめて現れた思い通りにならない存在、ミセリコルデが滅茶苦茶気に障った。

真実の愛をミミィと育んでいたつもりだったが、当てつけ半分だったのと長く一緒に過ごすうちに粗が見えてきたのでどんどん疎ましく思うようになり、ずっと美しいミセリコルデが気になって周りをウロチョロするようになる。俺が気になるだろう? 声をかけることを許してやってもいい、みたいな感じ。

一周目はミセリコルデが殺されたことに本気で嘆いたが時すでに遅し。もしミセリコルデが失敗していたら巻き戻るチャンスはあったが、もう絶対にないよ。


ミミィ

色仕掛けがたまたまうまくいったせいで逆に不幸になった。

王太子からの愛は容姿が衰えるごと、些細な失敗をするごとに冷めていく。

ミセリコルデには愛嬌以外勝る所がないのに、それさえも愛を失えば価値を失う。

振る舞いも容姿も明らかに格上のミセリコルデについに王太子の愛さえとられそうになり、王妃と共謀して毒を盛った。

一周目は処刑され、二周目は市井に放逐される。贅沢を覚えたせいで平民の生活など出来るわけがない彼女の未来は暗い。


侯爵

国王の腰巾着してたら憧れの令嬢を妻に出来た。

高嶺の花すぎるミセリコルデの母に気後れしてあまり家に帰れない、とまごまごしてたら王妃に殺されてしまった。ちなみに殺されたということは知らない。

もうどうでもよくなって国王達の言うことをハイハイ聞いてたら忘れ形見の娘も死んで後悔した。

一周目も二周目も家族を失い孤独に生きる。


王弟

ヘタレ。

婚約破棄された初恋の君を颯爽とかっ攫うことが出来なかったヘタレ。

どうしようか手をこまねいている間に適当な相手に嫁がされ殺されていた。

その娘までひどい目に遭っているのを知りようやく重い腰をあげたが時すでに遅し。

二周目は情勢が落ち着いた後にミセリコルデを探すが見つからず、諦めてしっかり者の令嬢を娶り尻に敷かれる。多分そっちのが幸せ。


ミセリコルデの母

普通の令嬢だったが周囲に振り回された可哀想な人。

王に対する愛は別になかったし、夫もふーん無理矢理娶らされてお気の毒ね位にしか思ってない。

娘と拾った男の子だけは本当に可愛くて可愛くて愛情たっぷりに育てた。最期の時は二人のことしか考えてなかったし、二人の幸せだけを願ってた。

二人が結婚したことを知ったらすごく喜ぶ。

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― 新着の感想 ―
王も王弟も侯爵も、おそらく臣下たちも無能揃い?!!なんてことだ。でも、シリウスすらヘタレた結果、ミセリコルデを死なせたわけで、男連中がそろってム、むの―…… てか、王と王太子がそっくりなのに油断しまく…
うわぁ、その神あっさり狩れそう…難易度1程度じゃん。(狩りゲー民) とりあえず大剣持って出合い頭にジャンプしてから空中溜め→ダウンしたら真溜めに繋がる連携で一気にいけそう。 素材はゴミ辺りだから金に換…
ミセリコルデの母にもそれなりに愛するものとかあって良かった…!彼女がわりと辛い立場なので…。あと王弟ヘタレ過ぎるので尻に敷かれててよかったね…??みたいな。 シリウスが出来るヤンデレで良かった…どこ行…
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