魔鉱石の扱い方
「あ゛ぁ~……手が、手がぁ……」
まだ魔鉱石を削り始めて1時間も経っていない……。
しかし、ぬるま湯のような現代社会で生きてきた私のスライムの如き軟弱な手は、すでに悲鳴をあげていた。
カレンさんは用事で外出中だ。
私に課せられた使命は、このざる一杯に盛られた魔鉱石を削ること……。
「なんか効率がよくないっていうか……」
魔鉱石はとんでもなく硬い。
鉄ヤスリで削っているのだが、いまのところティースプーン一杯分といったところ……。
うぅ……これではカレンさんに合わせる顔がない。
ハッ、まさか、サボってたと思われてしまうのでは……⁉
「うわああああーーーーっ!!!」
必死にヤスリで魔鉱石を削る。
しかしそんな闇雲に力任せな作業が続くわけも無く……。
「はぁ……はぁ……はぁ……む、無理……」
手、手がしぬぅ……もう何も握れない……。
血豆ができちゃってるし……。
「おつかれー、調子はどう……って、ナギ⁉」
あ、ヤバ……。
サッと手を後ろに隠すと、カレンさんが私の手を掴んだ。
「もうっ! 何やってんの! あぁ~ほら、血豆になってるじゃない……。力任せにしたんでしょ? ちゃんと休みながらねって言ったじゃない!」
「ごめんなさい……」
戻ってきたカレンさんに、しっかりと怒られてしまう……。
「まあ、ナギの頑張らなきゃって気持ちもわかるわ……。私もそうだったから」
「カレンさんも?」
「ええ、師匠にいいところを見せて、早く一人前になりたかったの」
「じゃあ、私と同じですね」
そう答えると、カレンさんが短くため息をつき、
「やっぱ師匠に似ちゃうのかな~、弟子って」と苦笑した。
「かもですね……へへへ」
「さ、手当するから見せて」
「あ、はい……すみません」
「謝んなくていいわよ。ちょうどいいからこれも錬金術の勉強にします!」
「勉強?」
「ええ、傷を治すのはポーションだけじゃないのよ? ちょっと待ってて……」
カレンさんは作業場の棚から小さな背の低い瓶を持ってきた。
「それは何ですか?」
「ふっふーん、カレン特製の治癒軟膏『ナオール』よっ!」
「おぉ……!」
オ●ナインみたいなものなのかな?
「これも作るの苦労したんだから~、さっきの陽泉花をベースにしてるの。魔獣の油と香草を練って、地水に陽泉花を煮詰めたものと混ぜ合わせる。それを絹で裏ごしすれば完成よ。これが結構売れてね、この店を持てたのはこれがあったからなのよ」
「へぇ~……すごい」
私はまじまじと軟膏を見つめた。
むむむ、ヒット商品というわけか……。
「どう? 匂いも悪くないでしょ?」
「はい、爽やかで良い匂いがします……」
「でっしょ~? じゃあ、効果も実感してみて?」
カレンさんが手の平に優しく軟膏を塗ってくれる。
おぉ……この軟膏、カレンさんの優しさでできている!
はぁ……、決めた。
師匠に一生ついていこう、うん。
そんな風に目頭熱くなっていると、すでに手の痛みが消えていた。
「あれ? すごい、痛くない……! ていうか、血豆も治ってる⁉」
「どうよ? カレンさんの腕前は?」と、ニヤッとした笑みを向けてくる。
「さすが師匠! ほんとにすごいです!」
「あはは、でしょー! って、まあ冗談冗談、これくらい誰でもできるから」
瓶を片付けながら、カレンさんはあっけらかんと笑う。
その笑顔を見た瞬間、私の胸の奥から自然に気持ちが溢れてきた。
なりたい……。
私も……私もカレンさんみたいに格好いい錬金術師になりたいっ!
「……カレンさん、魔鉱石の削り方、もう一度教えてくれませんか?」
私は要領が良い方じゃない。手先が器用でもない。
営業もトークが下手だから、その分、数を回ってカバーした。
頑張ることなら、たぶん……人よりも多くできる自信がある。
カレンさんは「ふぅん」と満足そうな笑みを浮かべる。
「わかった。なら、できるまで帰さないわよ?」
「……はいっ!」
――その日の夜。
「……うん、粉の目もちゃんと均一になってるわ、合格!」
「や……やったぁ!」
何とかざる一杯の魔鉱石を粉にすることができた。
コツは魔鉱石の石紋に沿って削ること。
魔鉱石は割るとそれぞれに波模様があって、その流れに逆らって削ろうとすると硬くて削るのが大変になってしまうのだ。
それがわかってからは、意外と簡単に削ることができた。
生活魔法の火を使って少し温めてやると、もっと削りやすくなる。
ただ、この温め方が難しい。
直接、魔鉱石に火を当てると熱で石紋が変わってしまう。
なので、私はヤスリの方を温めてから削るようにしたのだ。
「ヤスリの方を温めるってのは、良いアイデアね。私も真似させてもらうわ」
「ありがとうございます!」
「じゃあ、今日はここまで。もう遅いから、リロンデルまで送らせるわ」
「送らせる?」
「ええ、ちょうど紹介しておきたかったし――クラモ、クラモ!」
カレンさんが声を上げると、遠くからバサバサと羽音が聞こえ、作業場の中に鳥が飛び込んで来た。
鳥は作業場の天井付近をくるっと回ってからカレンさんの肩にとまる。
鷹、というのが一番イメージに近いかな。羽根の色も似ている。
「この子はクラモ。私の同居人よ、その辺の男よりよっぽど役に立つし、ボディガードにもなるの。ちょっと人見知りなんだけど……たぶん、ナギなら大丈夫」
鳥の頭を指で撫でながらカレンさんが言った。
「おぉ……格好いい鳥ですね」
「でしょ?」
胸元がもっふもふだぁ……触りたいなぁ。
「この子はヴォルホークっていう珍しい魔鳥でね、とても賢くて魔法も使えるのよ。それに、こっちの言葉もわかってるの。クラモ、この子はナギよ、あなたの妹弟子になるのかな? ふふふ」
「よろしくねークラモー?」
クラモが鋭い眼で私を睨んだ。
「う゛っ⁉」
こ、この圧……さすが兄弟子というべきか……ふ、普通に怖い……!
「ちょっとクラモ? 仲良くしなきゃ駄目よ?」
クラモはフンとそっぽを向いている。
うぅ……仲良くなれるかなぁ……。
「ま、まあ、ちょっと気難しいところがあるけど、悪い子じゃないから」
「……認めてもらえるよう頑張ります!」
「じゃあ、仲良くなるためにも、クラモ、ナギをリロンデルまで送ってあげなさい」
『……』
クラモが渋々といった感じで私の頭の上に飛び移る。
「あ、あたまが……」
「ご、ごめんねナギ……最初だけだと思うから……」
「大丈夫です、爪は立ってないので……クラモ、よろしくお願いします」
クラモが『クワッ』と短く鳴く。
たぶん、許してくれたのだと思う。
店の外に出ると、辺りはもうすっかり陽が落ちていた。
露店の明りや街灯のランプもあるので真っ暗ではなかった。
「じゃあ、カレンさん、明日もよろしくお願いします」
「ええ、お疲れ様。気を付けてね」
カレンさんに手を振り、私はクラモを頭に乗せたまま宿に向かって歩き始めた。
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