ポーションを作ろう
カレンさんの工房に着き、私は奥の作業場に案内された。
「散らかっててごめんねー、前にも言ったけど、いまホント大変で……」
「全然大丈夫です! お片付けとか何でもやりますっ!」
袖を捲り、やる気満々をアピールする。
「ふふっ、ありがと。でも、ナギには一日でも早くポーションを作れるようになってもらわなきゃ」
「は、はいっ、頑張ります!」
「じゃあ、そこの机をナギの机にしよっか。上に乗ってる物は、その隅に置いてくれる?」
「はい!」
よぉーっし! やるぞ!
私は机の上に乗った錬金術の器具?や、材料になるであろう何かの種や粉末、乾燥させた草を束ねたものなどを作業場の隅に運ぶ。
うん、体も軽い。片付けをしてるだけで楽しい!
こんなにやる気に満ちあふれているなんて、学生の時以来かなぁ……。
「うん、綺麗になったわね。じゃあ、この机に『洗浄』をかけてみましょうか?」
「えっ⁉」
カレンさんはキョトンとした顔で私を見る。
「さっき覚えたでしょ? 生活魔法」
「あ、は、はい、覚えましたけど……どうやって使えばいいのか……」
「大丈夫、魔力通しは終わってるんだから、普通に考えるだけでいいのよ。机を綺麗にしたい、だから洗浄の魔法を使うって考えて『洗浄』という言葉にしてあげるの」
「言葉に……」
カレンさんが、私の両肩に優しく手を添えた。
「そう、言葉にするの。じゃ、やってみよっか?」
「は、はい!」
私は薄汚れた机の前に立ち、机が綺麗になるイメージを持つ。
「洗浄!」
言葉にした途端、机の周囲に光の粒子が舞い、みるみるうちに汚れが消えてなくなってしまった。
「す、すごい……!」
「うん、上出来上出来、ナギは筋がいいわね」
「ほんとですかっ!」
「ええ、イメージを繋げるのに苦労する子もいるのよ。でも、ナギは問題ないみたいね。この調子なら、ポーションもすぐに作れるようになるわ」
「よかったぁ……ありがとうございます」
「よし、じゃあ、早速作業を始めましょう。と、その前に……ちょっと待ってて」
カレンさんはお店の方から何かを手に持って戻ってきた。
「これ、わたしのお下がりになっちゃうんだけど……」
目の前で広げて見せてくれたのは、作業用のエプロンだった。
カーキ色でたくさんポケットが付いていてプロっぽい。
「わぁ! いいんですかっ⁉」
「いいのいいの、昔、使ってたやつだから」
「ありがとうございます、大事に使わせてもらいます」
「あと、これ手袋。熱い物を扱うことが多いからね」
「すみません、何から何まで……」
「気にしないで、ちゃんとその分ポーションで返してもらうつもりだから」
ニッとカレンさんが笑う。
本当にやさしいなぁ。よーし、頑張って期待に応えるぞ!
私はエプロンを着け、「準備できました」とカレンさんの隣に立つ。
「うん、似合ってる。ナギはエプロン姿も可愛いわね」
「う……」
か、顔が熱い……。カレンさんって、こういうことを恥ずかしげもなくサラッと言っちゃうんだもんなぁ……。めちゃくちゃ嬉しいんだけど……素直に喜ぶのも恥ずかしいというか、照れくさいというか。
「じゃあ、始めましょう。まずは錬金術を知らなきゃね。見てて――」
カレンさんは透明のビーカーのような瓶に青い液体を注ぐ。
「これは魔鉱石を粉にして水で溶いたもの。色々な薬のベースになる地水といわれるものよ」
「綺麗な色ですね……」
「青く光ってるのは、結晶化した魔力が少しずつ発散しているからなの」
「へぇ……」
「だから、地水は基本的に作り置きしない。作業量に合わせて用意するの」
「なるほど……」
ラーメンのスープみたいなものか……。
「地水って粉を混ぜるだけでいいんですか?」
「ええ、普通は魔鉱石を仕入れて、必要な分を削って使う。最初から削ってる工房もあるけど、それは生産量が高い大手工房ね」
何か錬金工房界隈って狭そうだし、新規参入の壁が高そう……。
「魔鉱石の仕入れって、例えば一見さんお断りとかあったりしますか?」
「ナギって……ほんとに不思議。魔法を知らなかったのに、そんな専門的なことは知ってるのね?」
「あっ、いや……以前、物を売る仕事をしてた時、そういう卸業者さんがいたので……」
「ふぅん、そうなのね。たしかに、顔見知りにしか売らないって人は多いかな。でも、昔と違って、いまは冒険者からも買えるし、ギルドでも卸してくれるのよ」
「そうなんですね」
「でもね、問題がひとつ――。魔鉱石って、品質を見極めることがとっても難しいのよ……」
「品質……魔力の含有量とか?」
「そう! やっぱナギ、どっかの工房で働いてたんじゃない?」
「い、いえ、違います、何となくそうかなって……」
「まあ、詮索はしないけど……。その通り、含有量が違うのよ。で、その一見さんお断りの業者は、昔から一定の品質以上の魔鉱石を供給した実績を持っている人達ってこと」
「……品質を見極めるコツとかあるんでしょうか?」
カレンさんは短くため息をつく。
「それがわかれば苦労しないんだけどさ。まあ、鑑定スキルでもない限り、数をこなして、経験を重ねるしかないかも。私もやっと区別が付くようになってきたってところだしさ」
「……」
ヤバい、私、鑑定持ってるんですが……。
これ、言わない方が良い? うーん、後ろめたい気もするけど、もう少し様子を見た方がいいかな……。
「はい、じゃあ地水に話を戻すわね。これは色んな薬のベースになるって言ったけど、基本的な考え方があるの」
カレンさんが三種類の植物をビーカーの前に置く。
「左から、星大葉、月見草、陽泉花ね」
星形の葉がたくさん付いているのが星大葉。
黄色いランプシェードみたいなお花は月見草。
真っ白で花びらがピエロの靴みたいに、くるんと丸っこいのが陽泉花か……。
覚えやすい形だし、お部屋に飾りたいくらいの可愛さがある。
「どれも可愛らしいですね」
「でしょ? ふふっ、それぞれ薬効があって、星大葉は麻痺に、月見草は毒に、陽泉花は生気回復、基本中の基本、三大薬草って言われてるの」
「ちょっとメモを取ってもいいですか?」
「ええ、もちろん」
うーん、楽しくなってきた。
錬金メモに簡単なスケッチと薬効をメモメモ……。
「地水は効果を高める性質があるの。例えば、回復ポーションを作ろうって思ったら陽泉花のエキスを地水に混ぜてやれば……」
「薬効が高まる……?」
「そう! 薬草が持つ力を地水で増幅させてやるイメージね。これがポーション作りの基本的な考え方よ」
「なるほど……薬効の強さって調整できるんですか?」
「ええ、単純に濃度を変えてもいいし、量を減らしてもいいかな。ただ、高濃度のポーションは内臓に負担がかかるリスクもあるわ。回復ポーションで体を壊すなんて、おかしな話だけどね」
カレンさんがクスッと笑って続ける。
「あとは作る人の魔力量も影響があるんだけど、今は考えなくていいかな。一気に理解しようとしないで、まずは作成法から覚えていきましょう」
なるほど、ちゃんと順を追って教えてくれるなんて助かる~。
カレンさんめっちゃ教え上手だし、私以外にも弟子とかいるのかな?
「ちなみに、ポーションが買えるのは錬金工房だけですか?」
「いや、魔法協会やギルドでも冒険者用にポーションを売ってるし、ダンジョン付近だと行商もいるわね」
「なるほど……」
ポーションの需要はかなり高そうだ。
ただ、冒険者用ってことは、効果もそれなりに求められるはず……。
ライバルも多いし、カレンさんとも競合しちゃうのか。
まだ作り方も覚えてないけど、自分が売るポーションのコンセプトみたいなものは、考えておいた方がいいかな。
卸専門ってのも気楽で良いし、逆に多種類を揃えるポーション専門店ってのもいいかも。あとは……カレンさんがくれた飲む栄養ドリンク的なポーションとか?
それなら仕事の合間に手軽に飲めたりするのかなぁ……。
「じゃあ、まずは魔鉱石を削って粉にするところから始めましょうか」
「はいっ、お願いします!」
次回予告、やっとモフモフ登場⁉
そう簡単に懐くとおもうなよっ!
をお送りします、お楽しみに!笑
明日もお昼12時の更新です!
よろしくお願いいたします!