異世界に来てはじめての朝食
異世界で迎える初めての朝――。
ピピョ、ピピョピョ、ピョピョ……。
「ん……んん……」
ヤバいっ、寝坊したかもっ⁉
慌てて上半身を起こす。
うぅ……眩しい……。
あれ? ここはどこ……?
肌に感じる空気感がいつもと違うような……。
目を開けた瞬間、飛び込んで来た光景に理解が追いつかなかった。
窓枠にとまったカラフルな小鳥たち。
その向こうに広がるオリエンタルな街並み。
――そうだった。
私、異世界に来たんだ……。
ベッドから降りて窓を開けると、一斉に小鳥たちが飛び立つ。
部屋の中にカラッとした心地よい風が吹き抜けた。
「ん~~~良い風っ! はぁ……天国だわ……」
なんて気持ちの良い朝だろう。
眠気も吹っ飛び、早く色々と見て回りたくてウズウズする!
こんなにワクワクするなんて何年ぶりかな……。
私は急いで着替えを済ませた後、部屋に鍵を掛け一階へ降りた。
今日は午前中にカレンさんと洋服を見に行く約束をしている。
召喚された時は、オフィスカジュアルな白シャツだった。
昨日、街を見た限り、白シャツならそんなに違和感はないと思う。
でも、せっかくの異世界なんだから、こっちのお洒落も楽しみたいと思うのが普通。
それに、今後のためにも、仕事用の服は揃えなきゃと思ってる。
それが終わったら、午後からはカレンさんのお店でポーション作りを始める予定だ。
さてさて、お楽しみの朝食は……。
バルに行くと、テレサさんが「おや、眠れたかい?」と声を掛けてくれた。
「はいっ! とっても寝心地が良くて久しぶりに熟睡できました~!」
「そりゃよかった。今日の朝食はパンとシチューだよ、もう食べるかい?」
「はい、お願いしますっ!」
やったぁ! シチューだ! どんな味がするんだろう。
それにしても、昨日のステーキ美味しかったなぁ……。
「パンはそこの籠から好きなのを取っとくれ」
そう言って、テレサさんが私の前に香り立つシチューを置いてくれた。
おぉ……ビーフシチューだ。
ごろっとした艶やかなお肉だけじゃなく、色とりどりの野菜がたっぷり入っている!
「ありがとうございます、わぁ……どうしよう、迷うなぁ……」
私は悩みに悩んだ後、籠からこんがりと焼き上がった短めのバゲットを選んだ。
「はぁ~っ、良い匂いっ! なんたる香ばしさ……!」
あぁっ、バゲットを通して呼吸し続けたい!
ん? 元の世界よりも、小麦の甘い香りが強い気がする。やっぱり小麦の種類も色々と違うんだろうか。落ち着いたら、自分でも焼いて食べ比べとかしてみよーっと。
ではでは……。
バゲットを一口大にちぎって、とろりとしたシチューに軽く浸して食べてみる。
「うっ……うまぁっ……!」
うまいっ! 濃厚でコクのあるシチュー、表面カリッとしたバゲットと食感、ほどよい塩味が絶妙にマッチしちゃってる!
しかも、このバゲット、噛めば噛むほどに小麦の甘みを感じる……!
うーん、たまらん。初日の朝食でこれってヤバくない⁉
明日以降が楽しみすぎるんだけど……メニュー表とかあるのかな?
私はバルの中を眺めながら、幸せを噛みしめる。
そういや、元の世界じゃこんな余裕なんてなかったな……。
いつもバタバタしてたし、食事もコンビニで済ますことがほとんど。
朝はいっつもイライラしてて、何かに追われるような感覚があった。
それがどうよ? 電車の時間も気にすることなく、こんなにも味わいながら食べられるなんて……最高では?
何か申し訳ない気持ちになるけど、今のところ異世界にメリットしか感じてない。
え? これ……元の世界に戻る必要あるかな?
どう考えても、こっちの方が幸せなんだけど……。
「どうだい? 気に入ったかい?」
テレサさんが様子を見に来てくれた。
「ごちそうさまです! それはもう……最高で――あぁっ⁉」
ど、どうしよう……いつの間にかシャツにシチューがっ!
うわぁ……これはシミになっちゃうかぁ……。
まあ、この後、洋服買いに行くし……はあ、仕方ないよね。
「なにしてんだい、ナギは生活魔法を使えないのかい?」
「へ? 生活魔法……?」
「ったく、弟子だってのに、カレンの奴は何を教えてんだか。ほら、見せてごらん」
テレサさんがシミに手を翳して『洗浄』と唱えると、光の渦のようなものが現れ、シミを綺麗に消し去ってしまった。
「ええぇええーーーっ⁉」
「アンタ、魔法も知らないって……見かけによらず苦労してきたんだねぇ」と、テレサさんが心配そうな目をする。
「あ、いえ、まあ、はい……」
うーん、特に苦労はしてないんだけど、まあ、ここは流れに任せよう。
「あはは……ありがとうございます。そうだ、私も魔法を使えたりしますかね?」
「ああ、魔法協会で取得すれば使えるさ。カレンの弟子っていうくらいなんだから、ナギは錬金術師の適性があるんだろ? なら問題ないと思うけどねぇ」
「なるほど……魔法協会ですか」
「使える魔法には個人差があるけどね。ま、心配しなくても、生活魔法なら誰でも使えるよ」
これは真っ先にカレンさんに相談しなければ!
生活魔法は是非とも取得しておきたい……洗浄って体にも使えるのかな?
だとすると、めちゃくちゃ便利だわ。
「ありがとうございます、カレンさんに相談してみます!」
「まあ、魔法も良いけど、この街には美味しい店がたくさんあるからね。いろいろと食べ歩いてみな」
「それは気になりますね……あ、でも、当分はここでいただくつもりです」
「フフッ、好きにしな」
テレサさんも良い人だなぁ……。
それに、マイホーム感っていうのかな。
何かお母さんって感じで、そばにいるだけで安心感がすごい。
それからしばらくの間、私は少し他のお客さんやテレサさんの仕事ぶりを眺めた後、食器をカウンターに置いて、テレサさんに「いってきまーす」と声を掛けた。
「あぁ、頑張んなー、気を付けるんだよ」
「はーい!」
こんな何気ないやり取りが嬉しい。
すごくあたたかい気持ちで心が満たされていく。
うーん、やっぱ異世界最高かも!
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