大好きな街
厨房の中でまるで円卓を囲むように、私たちは調理台を囲んで座った。
「なるほど、そうでしたか……」
私とカレンさんが調べた情報を聞き、アンリさんが考えるように顎に細い手を当てる。
「その話を聞いて確信しました。フィーゴ・ラマニフは、この店から金を取るつもりなのでしょう」
「そんな……」と、マカロンさんが頭を抱える。
「大丈夫です。実は、僕に考えがあります」
アンリさんの言葉に皆が注目する。
「作戦はこうです……。フィーゴに呼び出されたマカロンさんが、席に向かう途中でベクターさんに呼び止められる。二人はなるべく親密な関係を装ってください」
「ほぅ……ひと芝居打つってわけか」
ベクターと呼ばれた男性は太い声で相づちを打った。
誰なんだろう……ちょっと怖そうだけど……。
そのとき、一瞬目が合ってしまう。
思わずサッと目を逸らしてしまった……。
「お二人が話している間に、私がフィーゴに接触し、彼が手を引くように不安を煽ります」
「ちょ、ちょっと、アンリ!」
心配したのか、カレンさんが話を遮る。
「大丈夫だよ、カレン。もし、僕に何かあったとしたら、心配しなきゃいけないのはフィーゴの方だからね」
そう言って、アンリさんはベクターさんの方を見る。
ベクターさんは微笑して「造作もないさ」と肩をすくめた。
「あの、失礼だとは思いますが、貴方はいったい……」
「カレン、聞かない方がいい。ただ、彼が味方だということは僕が保証する」
「……わかったわ」
「こんな美人に自己紹介もできないのは辛いねぇ」
厨房が静まりかえる。
笑うところだとわかっていても、皆、得たいの知れない相手の言葉で、笑う気にはなれなかったのだろう。
「すまん、こんな時に。許してくれ。俺は訳あってアンリを手伝っている。決して、君たちを害するような真似はしないと誓うよ」
さっきまでと違う真剣な表情で謝罪するベクターさんを見て、私はカレンさん、マカロンさんと小さく頷き合った。
* * *
「ナギさん!」
「アンリさん……」
時間まで店内を見ていようと厨房から店に向かっている途中で、アンリさんに呼び止められた。
「あの、ナギさん、ありがとうございました」
「いや、私は別に……」
「いえ、こういう時は、確証を得るということが一番重要なんです。削られた絵、目撃証言、ロクジュソウ、これらの情報があるからこそ、僕は強気になれる」
「お役に立てて良かったです」
そのとき、スタッフさんが慌てて通路に入ってきた。
「あ、き、来ました、ラマニフ家の方々です!」
『クァ……』
クラモが低く警戒するような声を上げる。
「……わかりました。普段通り、席にご案内してください」
「は、はいっ」
スタッフさんは素早く頭を下げると店内に戻った。
アンリさんが振り返り、
「ナギさん、お願いがあります」と私をまっすぐに見つめる。
「な、なんでしょうか……」
「僕がフィーゴと話している間は、絶対に近づかないで。フィーゴの顔も知らなくていい、貴方が見る価値なんてない相手です」
「アンリさん……」
私を心配してくれているのだろう。
どんな人なのか気にはなるけど、この好意を無下にするほど私は子供じゃない。
「わかりました、アンリさんを信じてます」
「ありがとう」
「でも、わたしからもひとつだけ」
「何でも仰ってください」
「駄目だと思ったら、大声でクラモを呼んでください」
「……ふふっ、何を言うかと思ったら……」
「い、いや、私は真面目に……」
「大丈夫、クラモも呼びますし、必ず手を引かせて見せます」
アンリさんは、優しい声で言うと「では、またあとで」と言って、店内に向かっていった。
* * *
「こちらでございます」
スタッフの声に合わせて、店内の空気が一瞬、凍りついた。
フィーゴ・ラマニフの一行が店内に入ってくる。
背の高い痩せ型の男が、まるで、獲物を探すような目を周囲に向け、自分の家のように
堂々と店の奥まで歩いていく。
傍若無人な態度に、周りの客が思わず目を伏せた。
背後から鋭い視線を感じ、アンリは一瞬固まった。
見てはいけない……。
フィーゴ一行が席に着くのを確認してから、アンリが立ち上がりゆっくりと彼の元へ歩み寄った。
それは先ほどまでのアンリではない。
貴族御用達商人という仮面を被った、アンリ・ド・ラメールであった。
「失礼します。フィーゴ・ラマニフ殿かとお見受けしますが、ご挨拶をよろしいでしょうか?」
当たり障りのない笑みを浮かべ、声をかける。
「あぁ? 誰だお前は?」
「アンリ・ド・ラメールと申します」と、アンリは丁寧に頭を下げる。
「フンッ、アンリ・ド・ラメールか……聞いてるぞ? 随分と羽振りが良いそうじゃねぇか」
「いえいえ、ラマニフ家の足下にも及びません」
「ケッ……見え透いたことを。何の用だ? お前のような奴がわざわざ俺に話しかけてくるってことは、何かあるんだろう?」
「ご慧眼恐れ入ります。実は、フィーゴ殿にはお耳にいれておこうかと……」
「勿体ぶるな、さっさと言え」
アンリはそっとフィーゴに耳打ちをする。
「実は、この食中毒事件、どうやら仕組まれたもののようなんです」
「何?」
「絵画の顔料に削られた痕跡があったとか……。先日、王宮から錬金術師を連れた審問官が下調べに来ていたそうなんです」
「――審問官⁉」
フィーゴの顔色が変わった。
それもそのはず、審問官が絡むのは重大事件のみ。
その取り調べは徹底的に行われ、疑われでもすれば何日もの厳しい審問が続くのだ。
「人が死んだわけでもないのに、なぜ審問官が来るんだ?」
「何でも、ここの常連客のひとりだったそうです。この店には、身分関係なく様々な方がいらっしゃいますからねぇ……」
声を潜めて言うと、フィーゴは苦々しく顔を歪めた。
「……」
「しかし、命知らずにもラマニフ家のフィーゴさんに毒を盛ろうだなんて……。あ、きっと審問官が真犯人を見つけ出してくれるはずです」
「そ、そうか、まぁ、俺はさほど怒っちゃいねぇんだが……」
明らかに逃げ腰になっている。
あと、もう一押しだ……。
「なんと! さすが私などとは度量が違う……」
「ん⁉ お、おいラメール、あれは……」
フィーゴがマカロンと話し込むベクターを指さした。
「ああ、あれはフリン家の紋章ですね……。さすがマカロンさんは顔が広い」
「フリン家……」
「アルヴォラリスの懐刀、いやぁ、お近づきになりたいですが、私ではまだまだ分不相応なお相手です」
「……ラメール、俺は急用を思い出した。マカロンには、今回のことは特別に水に流すと言っておいてくれ。審問官まで煩わせたとなると、ラマニフ家の家名にケチがつくからな」
「さすがはフィーゴ殿、全体を見据えた配慮をなされる……。では、マカロンさんには私から責任を持ってお伝えしておきましょう」
「う、うむ、頼んだぞ」
「おい、行くぞ」
「「は、はいっ」」
逃げるように立ち去るフィーゴ達。
その背中が見えなくなった時、ベクターがアンリの隣に立った。
「フンッ、損得勘定はできるようだな」
「ええ、リスクに見合わないと踏んだのでしょう」
上手くいって良かった。
これでマカロンさんも……そして、ナギさんにも火の粉が掛かることはない。
「まあ、これで一件落着ってわけだ。なあ、アンリ、ちょっと聞きたいんだが……お前はどうやってオーナーのことを知ったんだ?」
一瞬、ベクターの視線の奥に冷たいものを感じる。
「……隠しても無駄なようですね」
アンリは諦めたように短く息を吐き、説明を始めた。
「土地の所有者と金の流れを追ったんです。農家や食材卸、芸術家の支援金など、すべてフリン家の従家に繋がっていました。となれば、おのずと後ろにいる方が見えてきましたので、失礼を承知でお伺いを……。探るような真似をして申し訳ございませんでした」
「優秀だな、彼奴が気に入るわけだ」
「え……」
「ま、後はお前に任せるよ」
ベクターは胸に手を当て、
「ではアンリ殿、私はお役御免ということでよろしいかな?」と笑みを浮かべる。
「はい、ご助力いただき、本当にありがとうございました。このご恩は忘れません」
「……上手く収めたのはお前だ、気にするな」
アンリの腕をポンと叩いて、ベクターは店を後にした。
「おぉ、アンリ……」
「マカロンさん……」
マカロンさんがアンリにハグをした。
「ありがとう……ありがとうな、アンリ……!」
「……」
アンリはマカロンさんに抱かれながら、涙を堪えるように上を向いた。
* * *
私が店内に戻ると、すでにベクターさんは帰った後だった。
あの絵の近くの席に、皆が集まっている。
マカロンさんが皆に向かって「ありがとう」と一礼をして、
「皆には世話になった。何かお礼ができればいいんだが……」と言った。
皆で顔を見合わせると、アンリさんが口を開いた。
「それなら、マカロンさん、《《あのシチュー》》を食べさせてもらえませんか?」
「ふふっ、いいわね。私も食べたい」
「わ、わたしもっ!」
『クアァー!』
クラモも珍しく甘えた声を上げた。
「そんなもので良いのかい……? もっと、良いものを……」
「いいのいいの!」
「あれが良いんですよ」
「……わかった、じゃあすぐに作ろう」
マカロンさんは照れくさいような、困ったような笑みを浮かべる。
「やったぁ!」
「楽しみですね」
「マカロンさん、人参多めでお願いします」
「ったく、子供なんだから……」
カレンが目頭を押さえる。
しばらくすると、厨房からシチューの香りが漂い始めた。
差し込んだ夕陽で、店内が美しい赤に染まっていく。
「懐かしい匂い……」
「ああ、本当だね」
二人は本当に強い絆で結ばれているんだと感じる。
ん? でも、どうして別々に暮らしているんだろう……。
「お待ちどうさま、ご所望のシチューでございまーす」
マカロンさんとスタッフさんがシチューを運んできてくれた。
順にならんでいく具だくさんなシチューから美味しそうな香りが漂う。
「「いただきまーす!」」
「カレン、ほら、人参がこんなに!」
「ちょっと、アンリ、いい年してそんなに騒がなくても……」
『クアァクアァ!』
目を細めて微笑むカレンさんの横顔、無邪気な笑顔を見せるアンリさん。
それを見て微笑むマカロンさんとスタッフさんたち……。
ふふっ、クラモまで美味しそうに食べちゃって。
こうして眺めているだけで胸がいっぱいだ。
この人達に出会えて、本当に良かったなぁ……。
「あ~、ナギが人参残してる~!」
「ち、違います! これは……楽しみに取っておいただけです!」
パクッと一気に頬張る。
「ん? 甘い……! すっごく美味しいですっ!」
「でしょ?」
カレンさんがニンマリと笑う。
「さぁ、おかわりはいくらでもあるぞ~」
マカロンさんが嬉しそうに言った。
皆の歓声が上がる中、私は『日暮れの街』に目を向けた。
ふと、リリーさんの言葉がよみがえる。
『……私の大好きな王都の日常を詰め込んだつもりなんですよ』
「私もこの街が大好きだなぁ……」
夕陽の柔らかな光に照らされた絵は、まるで静かに息づいているようだった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
今回で第一部完となります。
この後はいよいよナギのお店作りを書いて行こうかなと思ってます!
書き貯めがまだ足りないのですが……汗
楽しみだと思ってくださったら……第二部執筆の力となります!!
ぜひぜひ、ブクマや下の★から応援をお願いします!
ポーションスタンド開店のためにも、よろしくお願いします!




