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リロンデル

「あ、いや! その……錬金術師の世界ってことですよ⁉ 職人っていうか、専門的な世界ですもんねぇ~、あはは……」

「まあ、そう言われるとそうかもねぇ」


危ない危ない……。

内心でホッと胸をなで下ろす。


「じゃあどうしよっか? 住むところもないのよね? 良かったら良い宿紹介するけど……」

「ほんとうですかっ⁉ ぜひっ!」

「OK、このカレン姉さんに任せなさい!」


お店を一旦閉めて、カレンさんは宿に案内してくれた。

なんていい人なんだろう……!


綺麗だし、頼りになるお姉様って感じ。

気を付けないと『好き』がどんどん加速してしまう……。


「なぁに? 顔に何か付いてる?」

「い、いえっ! カレンさんは王都に住んで長いんですか?」


「うーん、成人してすぐに田舎から出て来たから……もう十年くらいになるかな?」

「十年! お店もその時に?」


「ううん、最初は私もナギみたいに飛び込みで工房を回ったわ。でも、いくら錬金術師の適性があっても女はどこも門前払いでね……そんな中、私の師匠だけは何も知らない私を弟子にしてくれたのよ」


カレンさんは懐かしそうに笑って、

「だから、これは恩返しの意味もあるかな……」と呟く。


「そうだったんですか……」


「まあでも、一番の理由はナギが可愛いからだけど」と、カレンさんが悪戯っぽく笑って私の顔を覗き込む。


「ひゅんっ……⁉」


思わず耳まで真っ赤になってしまう。

違う扉が開きそうで怖いっ!


「ほら、着いたわよ」


案内されたのは大通りから一本奥へ入ったところにある宿屋。

その名もリロンデル、幸せを運ぶ鳥と言う意味があるらしい。


陽光に照らされた真っ白な化粧漆喰(スタッコ)の壁と、涼しげな青い窓枠の組み合わせ。南国のリゾートっぽさと清涼感が半端ない!


「うわぁ……素敵ですねぇ~!」

「ふふっ、でしょ? 中も綺麗よ、行きましょう」

「はいっ!」


カレンさんに続いて中に入る。


一階はバルとフロントが一緒になっていて、想像よりも広く感じた。

ちらほらとお客さんもいて、美味しそうなパスタや肉料理とワインを楽しんでいる。


「一階は食事もできるから、夜に出歩かなくてもいいわ。この辺はまだ治安が良いけど、それでも夜は出歩かない方がいいからね」

「外に出ずに食事ができるのはありがたいですね!」


奥から大柄な女将さん?が顔を見せた。


「おや、カレンじゃないか。あんたこんなとこで油売ってていいのかい? 精霊祭の準備は終わってるんだろうね?」

「あー、もぅテレサってば、それ言わないでよ。ちゃんと間に合わせるから……」


カレンさんが額を押さえながら小さく(かぶり)を振った。


「ならいいんだけどねぇ、おや、そっちの可愛らしいお嬢ちゃんは?」


「私、神楽木凪といいますっ! ナギって呼んでください」


何事も第一印象が肝心。

営業で培ったスマイルで丁寧に挨拶をする。


「ナギちゃんね、あたしはテレサ、このリロンデルの女王様だよ」

「じょ、女王様っ……⁉」


「はーっはっはっは! 冗談さ!」


腹を抱えて豪快に笑うテレサさん。


カレンさんがごめんねーって顔で私を見た後、

「ねぇテレサ、この子に部屋を用意してくれない?」と言った。


「お安い御用さ。2階は1泊銅5枚、3階は銀1枚だよ」

「どう違うんですか?」


「2階は素泊まり、3階は朝晩食事付。いまなら3階は角部屋が空いてるよ」

「じゃあ、その角部屋でお願いします」


「わかった、荷物は?」

「いえ、ありません」


そう答えると、テレサさんの目がギロリと光る。


「あんた……訳ありかい?」

「ひっ……!」


す、すごい迫力……!


「あー、テレサ、私が身元を保証する。大丈夫、ナギは良い子だよ」


カレンさんがそっと私の肩に手を置いて、テレサさんに言ってくれた。


「カレンさん……」


「はっはっは! 安心しな、ちょっと聞いただけさ。しかし、アンタがそこまで言うなんて珍しいじゃないか」

「でっしょ~? VIP待遇でお願いね?」


「ああ、任せな。ナギ、ほら部屋の鍵だよ」

「わぁ、ありがとうございます」


テレサさんが、部屋の鍵を渡してくれる。

首紐が付いているので、なくさないように首に掛けておこっと。


「で、何日くらい泊まるつもりだい?」


うーん、カレンさんからポーションの作り方を習って、自分でやっていけるようになるまではお世話になった方がいいかな。それに、住む場所も探さないと……。


「ポーションなら一ヶ月もあれば問題なく作れるようになるわ。まあ贅沢さえしなきゃ、一日一本、月に三十本も作れば、十分食べていけるわよ?」

「なるほど……」


意外と最低限の生活を維持するハードルは低そうだ。

錬金術師の適性のお陰かな? 稼ぎやすい職業なのかもしれない。

お城の魔術師さんが言ってたのはこういうことなのかな……。


暦的なものや、物の名前なんかも大抵は元の世界と同じだし……うん、ますますいけそうな気がしてきた!


「なんだい、カレンの弟子かい。なら、いま決めなくても、前金で払ってくれればいいさ。ゆっくり考えな」

「ちょっとテレサ、ナギは弟子ってわけじゃ……」


カレンさんが私を気遣うような目で見る。

だが、これはチャンス……私はカレンさんの弟子になりたい。

ここは強引にでも周りから固めていくべき!


「そうなんです、カレンさんの弟子みたいなものでして。じゃあ、とりあえず一ヶ月分を先にお支払いしておきますね」


 私は有無を言わさず断言し、銀三十枚を数えてテレサさんに渡す。


「28、29……ああ、確かに受け取ったよ。食事は朝8時~10時、夜は18時~飲みの客が引くまで、そこのカウンターで注文しておくれ」


「はい、わかりました!」


 カレンさんは複雑そうな表情で、

「ちょっとナギ、あなた弟子って……いいの?」と小声で聞いてくる。

「ご迷惑でしょうか……?」


「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……」

「では、《《弟子》》でっ!」


「あ、う、うん……でもねぇ……」

「カレンさん、弟子に気遣いは無用ですよ?」


「はあ、わかったわ……。でも、お願いだから『師匠』だなんて呼ばないでよ?」

「はいっ、わかってます、カレンさん!」


「もう……ナギったら調子良いんだから」

「ひひひ……」


「フンッ、青臭くて見てるこっちが恥ずかしくなるよ。アンタ達、飯はどうする? 何か食ってくかい?」


「いいの? テレサの手料理、久しぶりに食べたいわ!」

「わ、私も食べたいです……!」


「じゃあ、二人とも空いてる席に座ってな」

「「はーい」」


テレサさんに言われて、私とカレンさんはバルの空いた席に座った。

カレンさんは嬉しそうに鼻歌を歌いながら料理を待っている。


「やったわね、テレサの料理は美味しいって評判なのよ」

「そうなんですかっ⁉」


「ええ、今日のおすすめは……子牛の煮込みステーキ、これも絶品ね。もう身がトロけるくらい柔らかくてね、口に入れると濃厚なソースと肉汁が混ざって……」


「カレンさん! そこまでにしてください。も、もう……限界です」


お腹がぎゅるるると鳴る。


「あははっ! ナギってば、可愛い!」


カレンさんに聞かれてしまった……。

うぅ、恥ずかしい……。


そこに、テレサさんがもうもうと湯気を立てるステーキを運んできた。


「はい、お待たせ~。今日のおすすめだよ」


「これこれっ! ありがとうテレサ~!」

「きゃぁーっ! 美味しそう~!」


甘いソースの薫りの中に、香ばしい肉の焼けた匂いが合わさって、どうしようもなく食欲を掻き立てる。


「飲み物はワインでいいかい?」

「「はいっ!」」


「はっはっは! さあ、冷めないうちにお食べ」


テレサさんがワインをテーブルに置き、奥へ戻っていく。

私はカレンさんと目を合わせた。


「じゃあ、遠慮無く食べちゃおっか?」

「はいっ! いただきます!」


ゴクリと喉を鳴らしながら、分厚いステーキにナイフを入れる。

て、抵抗がない……なんて柔らかいんだろう⁉

元の世界でもこんなの食べたことないわ!


口に入れると旨味でほっぺたがぎゅぅっとつねられたみたいになる。


「ん~~~~っ!!!」


思わず足をバタバタさせてしまう。


「お、美味しいっ! なんですかこのお肉! ホロホロでジュワッと旨味が広がりますね……!」

「ふふっ、でしょ? 最高よね~」


私、異世界にいるんだよね?

ああ、こんなに幸せでいいんだろうか……。


「カレンさん……本当にありがとうございます」

「いっとくけど、大変なのはこれからなんだからね?」


「はいっ! よろしくお願いします、師匠!」

「だから師匠はやめろって言ってんのにっ……!」



「「…………」」



二人で顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出す。



「「あははは!」」



こうして、私の異世界生活は驚くほどスムーズに始まったのである。

お昼12:00毎日更新です!

よろしくお願いいたします!

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