アンリの剣
*今回はヒロイン視点ではなく、アンリ視点です。
僕はクラモを連れたまま、とある屋敷へ向かっていた。
馬車に揺られながら、隣にいるクラモに話しかける。
「クラモ、ナギには黙っててくれよ?」
『……』
返事は無い。
だが、僕にはわかる。
クラモは恐ろしく賢い。
言葉が話せないだけで、きっと誰よりも状況を理解していると……。
* * *
林道を小一時間、馬車で走るとまるで城のような邸宅が見えてくる。
ここへ来た目的は、シオン・アルヴォラリス次期公爵殿下への謁見であった。
「さっき会ったばっかりなんだけどねぇ……」
馬車を降りると公爵家の使用人が出迎えてくれる。
「ようこそ、アンリ・ド・ラメール様、シオン殿下がお待ちです」
「ああ、ありがとう」
「あの……そちらは」
使用人が馬車の中のクラモを見て、恐る恐る尋ねてきた。
「ああ、彼はここで待っているだけですから」
目を見て微笑むと、使用人はそれ以上何も言わなかった。
通された部屋は、謁見の間ではなく応接室だった。
へぇ、普通なら謁見の間で待たされるところなんだけど……。
街で会ったことで、距離を縮めたいと思っているのだろうか。
それとも、ナギさんのことを知りたいと思っているのか……。
どちらにせよ、いまはそれどころじゃない。
ラマニフ家がナギさんと間接的にでも関わりを持つなんて、絶対にあってはならないことなんだ……。
「失礼いたします。アンリ・ド・ラメール様をお連れいたしました」
「ご苦労、下がっていい」
使用人は低頭し、音も無く部屋を後にした。
「さて……アンリ・ド・ラメール、話を聞こうか」
ソファに座ったシオンが向かいのソファに手を向ける。
街で会ったときとは顔つきが違う。
鋭い眼光に気圧されそうになるが、こっちも伊達に修羅場をくぐっちゃいない。
僕は下腹にグッと力を入れ、笑顔を作った。
「ありがとうございます、では……」
腰を下ろし、シオンと向き合う。
「そんなに構えないでくれ、俺は君に借りがあるし、借りを返したいと思っている。それに……」
「ナギさんのことでしょうか?」
「んっ……ま、まぁ、それも……あるか」
シオンは、ばつが悪そうに頬を指で掻いた。
「それはまた別の機会にしましょう。殿下、ラマニフ家が関わっています」
「――⁉」
シオンの目つきが変わった。
「……何があった?」
「ル・シエル・アジュール……殿下のお店ですね?」
「……」
「この身に誓って、他言はいたしません。あの店で食中毒が発生したことは?」
「ああ、聞いている。だが、毒消しポーションが手に入ったことで大事には至らなかったと報告を受けた」
「はい、被害にあった方は全員無事です」
「なら――」
「その被害者の中に、ラマニフ家の三男坊、フィーゴ・ラマニフがいたのです」
シオンの頬がピクッと動いた。
「それは……厄介だな」
そう呟いた後、口元を手で覆う。
目線を下に向け何か考え込んでいるようだ。
「状況を説明いたします。回復後、フィーゴはマカロンさんに犯人の特定を迫るように、店に嫌がらせを行っていたそうです。マカロンさんは犯人の特定を約束し、錬金術師のカレン、私の姉に調査を依頼しました」
「ナギの工房か?」
「ええ、私の姉の工房でもあります」
「そうなのか⁉ すまん、それは知らなかったな……なるほど、通りで……」
「殿下が何を推測されたのか、私にはわかりませんが、私と殿下の利害は一致しているかと存じます」
「ほぅ? 聞こうか」
「私はマカロンさんを救いたい。そして、ナギさんをラマニフ家なんかに関わらせたくないのです!」
「たしかに、利害は一致しているようだ」
「では……」
話を進めようとすると、シオンに遮られる。
「ナギを助けたいという気持ちはわかる。だが、なぜマカロンを救いたいと思う? 君とマカロンは、どういう関係なんだ?」
「……私と姉は幼い頃、両親を失いました。当時、マカロンさんだけが私たちに食事を与えてくれた。ただ、その恩に報いたいだけです」
シオンはじっと僕の目を見つめた。
それから、フッと笑って力を抜き、「わかった」と言う。
「俺も他言しないと誓おう。ただ、今回の件、俺が出ると色々と問題が大きくなる可能性が高いのはわかるな?」
「ええ、たしかに……」
ラマニフ家は爵位を持たない。表向きは貴族御用達商人だ。
それに対し、シオンは次期公爵――。
平民相手の揉め事に顔を出したとなれば、シオンの器量を疑われてしまう。
そして、それは同時に、ラマニフ家の影響力を高めることになる……。
「安心しろ、こういう時のために彼奴がいる」
「……?」
「おい、ベクター!」
シオンが声を上げると、すぐに一人の男が部屋に入ってきた。
「お呼びでしょうか、殿下」
「アンリを覚えているか?」
ギョロッとした目で僕を見る。
騎士らしく眼光は鋭いが、その視線に敵意はない。むしろ好意的だ。
「ええ、当然です。彼は騎士団を救ってくれた恩人ですから」
「ベクター、その恩を返せるぞ」
「……」
ベクターは剣を前に掲げ、シオンの前で片足を付く。
「ご命令を――」
「シオン・アルヴォラリスが命じる。筆頭護衛騎士ベクター・クリスよ、私の許可があるまで、アンリ・ド・ラメールの剣となり、万事解決せよ」
「はっ、我が剣は主のために――」と、ベクターが、僕の方へ向き礼を執る。
シオンがニヤッと笑みを浮かべた。
「アンリ、君ならばベクターを使い、問題を解決できるだろう?」
「……」
なるほどね。
ふんっ、ただのお坊ちゃんではないということか……。
「わかりました、殿下。このアンリ・ド・ラメールが必ずや解決してご覧にいれましょう」
「うむ、期待している」
シオンは紅茶のカップに口をつける。
僕は丁寧に礼をして、応接室を後にした。
* * *
いつでも連絡が取れるように、クラモとベクターを顔合わせした後、僕はル・シエル・アジュールに馬車を向かわせた。
車窓にぽつり、ぽつりと雨粒が当たる。
「クラモ、雨だね。本降りにならなきゃいいんだけど……」
『……』
図らずも、僕は『剣』を手に入れた――。
その剣は間違いなく王国で一番強い剣だ。
だが、相手は王国の闇……。
実体のない相手を斬るにはどうすればいいのか。
答えは簡単だ。
斬らなければいい。
光が当たれば、影はおのずと消えるのだから。
明日もお昼12時更新です!
よろしくお願いします!




