ル・シエル・アジュール
目隠しの植木に囲まれた、隠れ家のようなお店。
それがここ、ル・シエル・アジュールだ。
白い壁にはカラフルなステンドグラスがはめ込まれ、王都のど真ん中とは思えないほどの静けさが漂う。
「うわぁ……すごい! めちゃくちゃお洒落ですね!」
店内に一歩足を踏み入れると、そこには異世界とは思えないモダンな空間が広がっていた。
華やかな服装の貴族から、休日を楽しむ家族連れの平民まで、様々な客で賑わっている。
「ここのオーナーが支援している若い芸術家たちが、ディスプレイデザインを手掛けているそうですよ」と言って、アンリさんが黒と赤を基調とした絵画に目を向ける。
モチーフは王都かな? 夕日に照らされた街が、黒と赤にわかれていた。
細部まで丁寧に描き込まれた建物の輪郭が、どこか郷愁のような物憂げな印象を醸し出している。
「どおりでお洒落なわけだぁ……」
「ナギさん、マカロンさんに用があるんですよね?」
「あ、はい、これを渡すように言われてるんですけど……」
私は手提げ袋を持ち上げて見せた。
「ご心配なく。僕が案内させていただきますよ」
アンリさんは慣れた様子で、スタッフに目配せをする。
すると、スタッフが奥のバックヤードに続く扉を開けてくれた。
「あの、アンリさん……入ってもいいんですか?」
私が小声で尋ねると、アンリさんは少し考えるように上を向き、
「んー、普通は入れませんね……」と言って柔らかな笑みを浮かべた。
「ですが、僕は少し顔が利きますので」
た、頼もしい……!
やっぱカレンさんの弟さんだよなぁ……うんうん。
もしや、最強の姉弟なのでは?
私はアンリさんについて、バックヤードに入る。
細長い通路の奥に調理をする人影が見えた。
「ほら、奥が厨房になっているんですよ」
「なるほど……」
奥へ進み、厨房に入る。
中は通路と違ってかなり広く、料理人たちが忙しなく働いていた。
「マカロンさん!」
アンリさんが声をかけると、大柄で丸っこい男性が顔を上げた。
「おぉ! アンリじゃないか」
マカロンさんは他の料理人たちに指示を出した後、私たちの方へやってくる。
「お待たせ、いやぁアンリが彼女連れだなんて初めてじゃないかい?」
「かっ……かのっ……かのっ……」
突然のことで思わず息が止まりそうになる。
「ナギさん⁉ ちょ、し、しっかりして⁉」
「おい、水だ! 水をくれ!」
マカロンさんにお水をいただき、何とか落ち着きを取り戻す。
「大丈夫かい?」
「はあ……すみません、ご迷惑をおかけしました……」
「いやいや、私も軽率だったよ。すまんね、年頃の子に……」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
「マカロンさん、改めて紹介します。こちら僕の姉のお弟子さんでナギさんといいます」
「へぇ! カレンの……彼女が弟子を取るだなんて初めてじゃないかい?」
「ええ、そうですね」
え、そうなんだ……!
私が初めての弟子……へへ、嬉しいな。
「ナギさんはまだ、錬金術師になったばかりですが、実力は姉のお墨付きですよ」
「いえいえ、そんな……」
「ほぅ、そいつは期待できるな。なんせ、アンリもカレンもお世辞なんて頼んでも言わない性分だからなぁ、はっはっは!」
「さすがマカロンさん、よくご存じで」
クスッとアンリさんが笑う。
二人はかなり気心が知れているというか、かなり付き合いが長そうに感じた。
「あ、そうでした! これを渡すように言われてきたのですが……」
私は手提げ袋をマカロンさんに手渡す。
「ああ、そうそう、ちょっと待ってくれるかな……」
マカロンさんはそう言って、厨房の棚から食材を少しずつ手提げ袋に入れていく。そして、袋がいっぱいになるとマカロンさんが戻ってきた。
「では、これをカレンに渡してもらえるかい?」
「これは……」
玉ネギに人参、ジャガイモ……?
カレーを作るわけでもなさそうだけど……。
私が不思議に思っていると、マカロンさんが顔を寄せ、少し声のトーンを落として言った。
「ウチで食中毒があったのは知っているよね?」
「あ、はい……」
「カレンの毒消しポーションで悪化することもなく、どうにか丸く収まったんだけどねぇ……ちょっと、面倒なことになってしまって……」
「――面倒なこと?」
アンリさんが片眉をあげる。
「実はね……、食中毒になったのはある貴族家の団体客だけだったんだ」
「えっ⁉」
狙われたってこと……⁉
私はアンリさんと顔を見合わせる。
「事件性がある、と?」
「いやいや、そんなことは無いと信じたい。だが……問題は、その客があのラマニフ家の三男坊だったってことなんだ……」
「――⁉」
サッとアンリさんの顔色が変わる。
そんなに怖い人なのだろうか……。
「その坊ちゃんが連日、犯人捜しと称して店に来るようになってね。店の雰囲気も悪くなるから、こちらで調査させてもらうってことで手を打ったんだ」
「なるほど、だから食材を……」
「ああ、カレンなら何かわかるかも知れないからな」
マカロンさんは力なく言った。
目の下のクマが、この件での不安な心情を物語っている。
「わかりました、そういうことならお任せくださいっ! すぐにカレンさんに調べてもらいますから!」
考え込んでいたアンリさんが、口を開く。
「……ラマニフ家が関わっているとなると、一刻も早い方がいいでしょう。ナギさん、すぐに工房へ戻りましょう」
「はいっ!」
「悪いなアンリ、よろしく頼む」
「いえ、マカロンさんには、返しても返しきれない恩がありますから……」
そう言って、アンリさんは「さ、行きましょう」と私の手を取った。
自然と手を引かれる形になり、細長い通路を行く。
「あ、あの、アンリさん……」
アンリさんが振り返り、
「何が起きるかわかりません。少なくとも、この店を出るまでは僕の側を離れないでください」と言った。
離れないで……離れないで……。
ぐ……こ、このパワーワード……!
違う、そういう意味じゃ無いってわかってるのに!
あぁ~、もうっ! こんな時に私は何を馬鹿なことを……。
たぶん、ラマニフ家という人たちは、アンリさんが警戒するほど危ない存在なのだろう。
だからこそ、私に何かあってはいけないと、こうして……。
その気遣いを素直に受け止めなきゃいけないのに、どうして胸がドキドキしてしまうんだろう……。
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