ふたりきり
「アンリさん……?」
クラモが私の頭から飛び立ち、まるでふたりから私を守るように羽を広げた。
え、何この空気……。もしかして、お二人は知り合いとか?
でも、それにしては、緊迫感ありすぎな気が……。
先に口を開いたのはアンリさんだった。
「これはこれは、まさかこのような場所で――」
「やあやあ! アンリ・ド・ラメール! 先日は助かった。改めて礼を言う」
シオンさんがアンリさんの言葉を遮りハグをする。
その時、シオンさんがアンリさんの耳元でささやいたように見えた。
一瞬、アンリさんが困惑したような表情になったが、すぐに笑顔に戻り、
「……いえ、礼など無用です」と、小さく頭を下げた。
もしかして、シオンさんってかなり地位の高い人なのかも……?
アンリさんは貴族御用達商人だし、平民相手ならこんなに気を遣うとは思えない。
「あのー、おふたりって、お友達……」
「ん?」「え?」
ふたりが同時に真顔でこっちを向く。
「って、わけじゃないですよねー、あはは……」
慌てて私はごまかし笑いを浮かべた。
「アンリは友人さ、なぁ?」
「友人ですか……大変光栄ですね」
どこか含みのある言い方に、シオンさんの眉がピクッと動く。
「やけに他人行儀じゃないか、ナギの前だからって遠慮しなくてもいいんだぞ?」
「ナギ……? おや、お二人はずいぶん仲がいいんですねぇ?」
アンリさんが天使のような笑みを崩さずに言う。
「あ、いや……アンリさん、その……」
こんな綺麗な顔なのに怖いっ!
「そんなことより、あのポーションはもしかしてナ――」
「いいえ、あれは別の方です。偶然手に入りましたので」
今度はアンリさんがシオンさんの言葉にかぶせた。
ポーション……? ゴールドαのことかな?
なんでシオンさんがポーションのことを……。
『クアーッ!』
クラモが機嫌悪そうに羽をバタバタさせる。
「おや、クラモのご機嫌を損ねたようですね……」
アンリさんが言うと、シオンさんはクラモの様子を見て、
「……まあ、いい。今日はこの辺で失礼する」と、諦めたように言った。
「承知しました」とアンリさん。
「じゃあな、ナギ、またどこかで会おう」
「あ、はいっ! お達者で……あ、いや、お元気でっ!」
ああっ……緊張で時代劇みたいにっ!
シオンさんは一瞬、不思議そうな顔をしたが、「……またな」とそのまま手を上げ、街の中へ消えていった。
「ふぅ……」
いやいや、なんで私がこんなに緊張しなければいけないのか。
さて、早くお使いを済まさなきゃ……。
振り返ると、すぐそこにアンリさんの顔があった。
「――ひゃっ⁉」
「ナギさん? いまの方が誰か……ご存じなんですか?」
「いえ、あまり詳しくは……森で素材採取していた時にご挨拶をしただけで……」
『これだから目を離せないんだよ……』
アンリさんがボソッと呟き、短く息を吐いた。
「えっ?」
「いえ、こっちの話です、お気になさらず」
「あの、シオンさんって……貴族の方なんですか?」
「……」
アンリさんがじっと私を見つめる。
えっ……私、何かいけないことを聞いてしまったのでは⁉
少し間を置いて、
「……シオン様のこと、気になりますか?」と、なぜか悲しそうに眉を下げるアンリさん。
「あ、いえいえ! しょ、商売上のルールとか、色々とありますもんねっ!」
「ルール……そうっ、ルールですね! ちゃんとご紹介したかったのですが、いやぁ、本当に残念でなりませんね。うんうん」
何だか無理矢理感が拭えないが、アンリさんが言いづらいのなら聞くつもりはない。
貴族相手の商売だし、色々あって当然だもんね。
大変そうだなぁ……。
「……今日は、これからお出かけですか?」
私の持つ手提げ袋を見て、アンリさんが言った。
「あ、そうなんです。カレンさんのお使いで、ル・シエル・アジュールに」
「ふぅん……。そうだ! アジュールなら顔が利きますし、良かったら僕にエスコートさせてもらえませんか?」
そう言って、アンリさんは発光するような笑みを浮かべて、私に腕を差し出した。
ぐはぁああっ⁉ め、目がぁああ‼
「ナギさん?」
「あ、はい……」
エ、エスコート……。
いいよね⁉ これくらいは……異世界だし、別にどうってことないよね?
断るのも失礼だし……ね?
「じゃあ、失礼します……」
私は小さく咳払いをし、そっと、アンリさんの腕に掴まった。
うわぁ、アンリさんって細く見えるのに、意外と逞しい……!
やっぱり男の人なんだなぁ。
「では、参りましょうか?」
その瞬間、風が吹き抜け、アンリの白金の髪が舞い上がる。
非現実的な美しさに、私は思わず息を呑んだ。
「……は、はいっ!」
こ、この距離はいけないっ……!
大丈夫なのか、私の心臓!
急に恥ずかしくなってきた。
大丈夫かな……顔、赤くないかな?
『クアー?』
クラモが頭の上から私をのぞき込んでくる。
ぐっ……またからかって。
「ちょ、ちょっとクラモ!」
「ナギさんは本当にすごいですね」
「えっ?」
「だって、僕もクラモとは長いけど、ナギさんが来るまで、相手にされたことなんてなかったから……。何だかクラモが優しくなった気がします」
「そうだったんですか……」
「へへへ、クラモって私のこと好きなのかなぁ~?」
『クアーッ!』
アンリさんと腕を組んだままの私を見下ろし、クラモは明らかに不満そうな声を上げる。
そして、まるでこれ以上見ていられないとでも言うように、突然、羽ばたきを強めて飛び立った。
「あっ! クラモっ⁉」
工房の方角に飛び去る背中には、何となく拗ねた雰囲気が漂っていた。
「あれは照れ隠しか、それとも焼き餅かな? ふふっ、いやぁ、貴重なものを見せてもらいました」
「怒ってなきゃ良いんですけど……」
「大丈夫、賢い鳥ですからね。今頃、何食わぬ顔で工房にいますよ」
「ありえそう……」
「「あははは!」」
仕方ないかと思いながら、ふと気づく。
え、待って……アンリさんとふたりきりじゃん……っ⁉
明日もお昼12時更新です。
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