修羅場か、広場か
「ナギー!」
作業部屋の扉がガチャッと音を立て、カレンさんの顔が覗く。
「ごめん! あと三本追加ねっ!」
カウンターでの接客に追われているのか、顔を出したまま慌ただしく言って、すぐに引っ込んでしまった。
「はぁーい、今作りまーすっ!」
カレンさん、大丈夫かな……。
今日は朝からてんやわんやだった。
いつものように、リロンデルでテレサさんの作る朝食を堪能し、のんびりと工房に向かったのだが……。
王都の中心部にある人気高級レストラン『ル・シエル・アジュール』で食中毒が発生したという知らせが入り、毒消しポーションの注文が殺到しているのだ。
「もう何本目だろう……」
朝からずっと作り続けているせいか、腕が少し重たくなってきた。
でも、具合の悪い人を待たせるわけにはいかないよね。
「よしっ」
私は深く息を吸い、気持ちを入れ直す。
毒消しポーションは、月見草を使う。
黄色いランプシェードみたいな可愛らしいお花だ。
まずは、ちょっと抵抗があるけど、お花の部分をすり鉢で丹念にすりつぶす。
花の原型がなくなったら、裏ごししてペースト状にっと……。
そして、地水は先に容器に満たしておいて……。
布でペーストを包み、容器に浸す。
「……ふぅ」
包みからじわじわとペーストの成分が地水に染み出していく。
容器に火をかけたら、ゆっくり弱火で煮込みながらマドラーで混ぜる。
その際、マドラーから魔力を注ぎ入れるイメージ。
これが肝なのだ……。
ゆっくり、慎重に……ここでのイメージは角砂糖じゃなくて、ガムシロップにした。
しかも、喫茶店とかであるような小さなミルクピッチャーみたいなやつで入れるイメージ。
これなら魔力の注ぎすぎも防げると思ったからだ。
魔力がうまく調和すると、ポーションの色が鮮やかな黄緑色に変わる。
黄緑色に変わった液体を見つめながら、「鑑定」と呟く。
――――――――――――――
名称:毒消しポーション
品質:★★★☆☆
効能:食中毒や軽度の中毒症状に即効性のある効果を発揮する。
――――――――――――――
よし、品質もちょうど良い、これなら大丈夫……!
そこですぐに火から下ろし、別の容器に移し替える。
「ふぅ……あと二本!」
――二時間後。
「ナギ~、ほんと助かった! ありがとう~!」
「いえ、間に合って良かったです」
「レストランの人たちも大事に至らなかったようだし、ひとまず安心ね」
「でも、食中毒って、何が原因だったんでしょうか?」
「さあ……、あの店は料理人もちゃんとしてるし、衛生面も王都の検査は厳しいから問題はないと思うんだけど……」
そっか、この世界にも検査とかあるんだ。
たしかに街も綺麗だし、衛生的に無理だと思ったこともないもんね……。
「ちょっと様子見てきてもいいですか?」
「あ、それなら、これ持って行ってくれる?」
カレンさんは大きめの手提げ袋を出してきた。
「店主のマカロンさんにカレンの使いだって言えばわかるから」
「は、はい……わかりました」
何だろう?
まあ、行けばわかるか。
「クラモー! 一緒にいこー!」
店の奥に声をかけると、クラモが飛んできた。
「すっかり仲良くなっちゃって……ふふっ」と、カレンさんが微笑む。
「へへへ、私のボディーガードですから」
『……クァ~』
クラモが私の頭の上で、ため息のような鳴き方をする。
「えーっ、何その嫌そうな感じー⁉」
『クァクァクァ』
今度は愉快そうに笑っている。
どうもクラモにからかわれているようだった。
「あはは! もぅほら、急がないと日が暮れるわよ?」
「はーい、じゃあ行ってきます」
『クアーッ』
「いってらっしゃーい」
小さく手を振るカレンさんに手を振り返して、私はクラモとル・シエル・アジュールへ向かった。
* * *
ル・シエル・アジュールは、噴水前の広場から南に入った場所にある。
高級店だが客層は幅広く、中でも貴族と平民が同じ店内で飲食するお店は、王都広しといえどもこの店だけだろう。
カレンさんやブロンさんから、とても美味しいと話には聞いていたけど、実際に行くのはこれが初めてだ。
今回の食中毒は残念だけど……原因がわかれば毒消しポーション以外にも、何か役に立てるかもしれない。
噴水前の広場にさしかかると、クラモが何かに反応した。
「どうしたの?」
『……』
返事が無い。どうしたんだろ?
何か美味しそうなものでも見つけたのか……。
クラモの視線の先を追うと、そこには広場のベンチに座るシオンさんの姿があった。
あれ? シオンさんだ……。
見間違いかと思ったが、あのイケメン具合は間違えようもない。
これだけ引きで見ても周囲の空気感が違う。
恐るべし……。
どうしようかな……お使いもあるしなぁ。
かと言って、このままスルーしていくのも気が引ける……。
あれこれ迷っている間に、シオンさんと目が合ってしまった。
向こうも気づいたようで笑顔で手を振ってくれている。
これは行くしかないか……。
腹を括って、私はシオンさんの元へ向かった。
「こんにちはー」
「やあ、ナギ。今日も兄弟子と一緒か?」
爽やかな笑みを浮かべて、ベンチの隣をポンポンと叩く。
手元には何とテイクアウトのチーズヌードンがっ⁉
「それ、シオンさんもお好きなんですか⁉」
照れる間もなく、チーズヌードンのお陰ですんなりと隣に座ることができた。
「ああ、これ? この前、初めて食べたんだけど癖になるな」
「そーなんですっ! この絶妙な塩加減と焼けたチーズの香ばしさがたまらなく……オホンっ、王都でシオンさんに会うと、何だか不思議な感じがしますね」
「俺もだ。初めて会ったときはヴォルホークを連れてるし、ふふっ、森の民かと思ったよ」
「森の民⁉ えっ、本当にいるんですかっ⁉」
「あはは! いるわけないじゃないか。いたとしても、俺たちの前には姿を見せないだろうな」
「どうしてですか?」
「……そうか、ナギは知らないのか。それなら、王立図書館に行ってみるといい。あそこなら詳しい文献がある」
王立図書館……⁉ すばらしい響きだ。
そんなものがあるなら是非行ってみたいっ!
「シオンさんっていろいろと詳しいんですね」
お仕事とか聞いてみたいけど……ちょっとなれなれしいかな。
そう思っていると、シオンさんが先に尋ねてきた。
「ナギはたしか……錬金工房で働いているんだったよね?」
「あ、はい、まだ半人前ですが……へへへ」
『クアッ!』
「「っ⁉」」
突然クラモが鳴き、シオンさんとふたりでびっくりする。
それからシオンさんと顔を見合わせ、どちらからともなく笑った。
「「あははは!」」
「クラモも半人前だっていってますね」
「くっくっく、兄弟子は厳しいんだな」
楽しそうに笑うシオンさんを見て、私も嬉しくなる。
「そうか、早く一人前の錬金術師になれるといいな」
「はいっ! そのためにも頑張らないと」
「大丈夫、ナギなら――」
シオンさんが私の後ろを見て眉をひそめた。
「ナギさん……?」
その声に振り返ると、そこには美しい白金の髪をなびかせたアンリさんが立っていた。
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