作業部屋
楽しかった精霊祭も終わり、街はすっかり通常モードに戻っていた。
寒い日が続く真冬の中、今日は珍しく暖かな陽気に恵まれている。
私は午前中でカレンさんのお手伝いを切り上げ、新居に向かっていた。
新しい作業部屋の図面を見せてもらえると、ヴェルンさんから連絡があったのだ。
頭上ではクラモが気持ちよさそうに旋回している。
雲ひとつない澄んだ空に、時折吹く涼やかな風が心地よい。
新居の近くまで来ると、クラモが私の頭の上に舞い降りた。
『クアッ』
「おかえりー」
さてと、手土産の回復ジュースよしっ!
クラモよしっ! いざっ!
満を持して、私は新居の門をくぐった。
中へ進むと、作業に勤しむ職人さんたちの姿が見える。
うわー、頑張ってくれてるなぁ……ありがたい。
「こんにちわー」
「ん? あぁ、ちょっと待ってね。親方ー、親方ぁーっ!」
職人さんが大声で親方を呼んでくれる。
「ったく、うるせぇな! なんだ!」
プリプリと怒りながら親方のドノバンさんが顔を見せた。
そして、私に気づくと、
「おぉ! 嬢ちゃんか、待ってたぞ、ほれ、こっちこっち」と手招きをする。
私は職人さんにペコッと頭を下げ、親方についていく。
親方は庭と繋がる作業部屋になる部屋に案内してくれた。
「この前も言ったが、ここが作業部屋になる予定だ」
「ここが……」
まだ、部屋には何も無い。
むき出しの壁と柱があるだけの部屋なのに、見ていると何だかワクワクしてくる。
「どうもナギさん、お待ちしてました」
奥から図面を抱えたヴェルンさんが顔を出した。
「こんにちわー、今日はよろしくお願いします。あ、これ、差し入れです。良かったら、みなさんでどうぞ」
「すみませんね、あっ、これ良いですよねぇ~、次の日が全然違いますよ」
「本当ですか! 良かったです!」
へへへ、喜んでもらえると嬉しいな。
「おい、ヴェルン、そんなこたぁいいからよ、さっさと図面だせ図面」
「はいはい、ちゃんと持ってきてますから……」
親方に言われ、ヴェルンさんがまるで子供をあやす母親のような口調で答える。
ヴェルンさんは床に大きな図面を広げた。
「これは、ホルン錬金工房を造った時の図面だね」
図面をのぞき込む。
細かい数字や記述は、正直意味がわからないけど、間取りに関しては元の世界の不動産屋にあるような間取り図に似ていて、ある程度直感的に理解ができた。
「次は、ライオット錬金工房の図面です。ここは比較的、コンパクトな造りですね。特徴的なのは、錬金釜があることでしょうか」
「錬金釜?」
「なんだ、知らねぇのか?」
親方に言われ、ちょっと悔しくなる。
「……勉強しておきます」
「はっはっは! 錬金釜ってのは、金属や固形物を溶かすためのものさ」
「なるほど……」
そっか、錬金術ってポーションだけじゃないもんね。
宝石とか、特別な金属とか造るのかな?
まあ、私はポーションだけでいいんだけど。
「ナギさん、この二つの工房の図面を見て、何か気づきませんか?」
「え……」
うーん、間違い探しとか苦手なんだよねぇ……。
ライオットの方が狭くて、ホルンの方が広い。
テーブルの数でもないし、錬金釜ってわけでもなさそう……。
導線はどちらも作業部屋を中心に各部屋に繋がっている。
なんだろう……まったくわからない……。
「……わ、わかりません……!」
「まあ、素人には難しいだろうな」と、親方がニヤニヤしている。
くっ……素人認定! 悔しいっ!
「実はどちらも北側に窓があるのがわかりますか?」
「あ……そう言われてみると、はい」
「これは北側採光というもので、工房を造るときには重要なポイントなんです」
「ノースライト……はじめて聞きました」
「工房では様々な素材を扱いますよね? それに、細かな作業をする際、室内の光は一定であることが望ましいです」
「ええ、たしかに……」
「ノースライトはそういった問題をクリアできる採光方法なんです。材料も痛みにくいですよ」
「へぇ! それはいいですね!」
カレンさんの工房も、思い返してみると直接光が入ってきたことがない。
でも、不思議といつも明るいのはそういうことなのか……。
横から親方が口を挟む。
「だからよ、ここも北側の壁をぶち抜いて、採光窓を造ろうと思ってな」
「わかりました、ぜひそれでお願いしますっ!」
「よし、じゃあ早速取りかかる。ヴェルン、嬢ちゃんに少し中を見せてやれ」
「いいんですかっ!」
「ああ、その代わり少しだけだぞ、楽しみがなくなるからな。わははは!」
「ありがとうございます!」
「では、ご案内しますね」
私は親方に頭を下げ、作業部屋を出る。
ヴェルンさんに連れられ、リビングの方へ向かった。
「どうぞ、こちらがリビングです」
「おぉ~っ!!」
素晴らしいっ! 壁がめっちゃきれいになってる!
ターコイズブルーだ……刺繍模様ってやつかな?
うわ~、これはテンションあがっちゃうな~!
「最っ高~ですっ! ありがとうございますっ、ヴェルンさんっ!」
思わず、ヴェルンさんの手を取り、ぶんぶんと上下に振ってしまう。
「あ、ああ、はい、喜んでいただけて光栄です……」
ちょっとやり過ぎたかな……。
いや、そんなことも気にならないくらい素晴らしい!
この部屋で過ごす未来が、急に現実味を帯びてきた。
あ~早くここで優雅なティータイムを過ごしたい……。
午前中はノースライトの作業部屋でマリーさんに卸す失敗ポーションを作り、午後にカレンさんのお手伝いなんかをして、気が向いたときには街でショッピングとか……。
あ、お店を持つのもいいかも!
錬金工房だと敷居が高いから、私はポーション専門で……そうだ!
ポーションスタンドとかどうかな?
色んな種類の回復ジュースを置いて、働く人たちを元気にする!
病気予防にも良いし、みんなの役に立てるかもっ!
「あの……ナギさん?」
「あ、すみません、ちょっと夢広がってて……」
「いいですね、夢はとても大事です。ナギさんなら、きっと叶いますよ」
『クアーッ!』
クラモが戻ってきた。そろそろ時間だ。
「あまり長居してもお邪魔だと思うので、そろそろ」
「いえいえ、ナギさんのお家なんですから、いつでもいらしてください」
「はいっ! 作業部屋、楽しみにしてますね!」
「あっと驚くほど完璧に仕上げて見せますからー!」
ヴェルンさんの見送りを受けながら、私はクラモと共に家路についた。
自分だけの工房を持つ。その夢が、一歩ずつ現実に近づいていく……。
その確かな手応えを感じた午後だった。
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