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第一部完【連載版】思ったよりも異世界が楽しすぎたので、このまま王都の片隅でポーションスタンドでも始めてのんびり暮らします。  作者: 雉子鳥幸太郎
第一部

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もうひとつの精霊祭

*今回はヒロイン視点ではありません、シオン視点です。

馬車の窓から王都の景色を眺めていると、ふと見慣れた露店が目に入った。


「……あれは」


思わず声が漏れる。

店の前に立つ少女の姿に見覚えがあった。


「どうしたんだ?」


向かいの席でうとうとしていたベクターが目を開ける。

人目のない馬車の中では、幼馴染みらしい物言いで話しかけてくる。


「いや……何でもない」


だが、確かにナギだった。

あの笑顔は間違いようがない。見ていると、思わず口元が緩みそうになる。


「ほう……珍しく良い顔してるな」

「気のせいだ」


「なぁ、今年の精霊祭には例の宮廷魔術師団長も来るんだろ?」

「ああ」

「どうなんだ? アイラ様は確かに美人だし、家柄も申し分ないぞ」


俺は目を細めた。


「まだ、そんな気持ちにはなれないだけさ」

「お前には選ぶ権利がないんだぞ? その点では同情するけどな」

「ベクター、その辺にしてくれ」


「すまん、つい余計なことを」と、ベクターは苦笑する。


公爵家の跡取りに生まれた以上、自由な選択など許されない。

アルヴォラリスの名を受け継ぎ、後世に残すことも、俺に課せられた使命だった。


――自由に生きてみたい。


そんな気持ちは、とうに捨てたはずだった。

先日の流行病騒動で、改めて自分の立場を自覚した。

覚悟は決まったと思っていたのに……。


「シオン?」

「ベクター、さっきの露店で何か買ってきてくれないか」

「お? 珍しいな。まあ確かに、公爵家の跡取りが露店で食事なんて見られちゃ面白くないもんな」


ベクターは御者に指示を出し、馬車を露店まで戻らせた。


「店主が驚いてたぜ。さすが公爵家の馬車ってとこか」

「悪いな」


受け取った包みからは、香ばしいチーズの香りが漂う。


「これは?」

「チーズヌードンだそうだ」


表面のパリッとしたチーズの膜を破ると、中から麺が顔を覗かせる。

俺は思わず目を細めた。


「はふ……はふ……」


ベクターとふたりで無言で食べ進める。

麺に絡む濃厚な旨味が、次々と食欲をそそる。


「かぁ~うめぇ! これ、癖になるな」

「ああ、城の料理人に同じものが作れないか相談してみてくれ」

「ははっ、殿下のご命令とあらば」


ベクターが大仰に一礼する仕草に、俺は頬を緩めた。



* * *



屋敷に戻ると、侍従達が精霊祭の衣装を持って待っていた。

白い祭服には、銀糸で家紋である双剣に獅子の紋章が刺繍されている。


着替えを済ませ、鏡に映る自分の姿を見つめる。

今年の精霊祭で、俺は初めて次期当主として公の場に立つ。

そして、隣には婚約者として宮廷魔術師団長のアイラ・ファウンゼンが控える。


ファウンゼン家は由緒ある魔術師の家系。

特にアイラは類まれな才能を持ち、全属性魔法のスキルを有する天才だった。

若くして宮廷魔術師団長に抜擢されたのも、納得のいく話だ。


だが、この縁談には違和感があった。

父上とファウンゼン家に繋がりはないはず。

母上の実家も、爵位を持たぬ魔術師の家とは関わりが薄い。


アイラと初めて会ったのは、まだ剣も満足に握れない頃のことだった。

王宮での騎士見習いの稽古帰り、彼女は怪我の手当てを申し出てきた。


「回復魔法を使わせていただけませんか?」

「結構だ」

「でも、痛そうですから……」


痛みは自分の未熟さを教えてくれる。

そう信じていた当時の俺は、アイラの申し出を断った。


「俺は大丈夫だ」

「ご、ご迷惑でしたか……申し訳ありません」

「違う、気遣ってくれてありがとう」


それっきりだった。

あの日以来、彼女とは言葉を交わしていない。

それなのに、いつの間にか婚約者として名が上がっていた。


父上は一体、何を考えているのだろう。



* * *



「失礼いたします」


控室で出番を待っていると、白い祭服に身を包んだアイラが入ってきた。

その姿はたしかに美しい。ベクターが騒ぐのも納得がいく。

俺は立ち上がり、丁寧に会釈する。


「アイラ殿、シオン・アルヴォラリスです。本日はよろしくお願いします」


「シオン様……実は、以前お会いしたことが――」

「申し訳ありません、よく覚えていなくて」


覚えていた。

だが、なぜか素直に認められなかった。


「あ、いいんです。ほんの一瞬でしたから……ふふっ」

「どうかしましたか?」

「いいえ、あの頃とお変わりないなと思いまして」


アイラの瞳が柔らかな光を帯びる。

俺は言葉に詰まった。


合図のファンファーレが鳴り響く。

『――シオン・アルヴォラリス殿下、アイラ・ファウンゼン様、ご入場です』


俺は黙ってアイラに腕を差し出した。

アイラの手が、そっと腕に触れる。


「……嬉しい」

「え?」

「いいえ、何でもありませんわ。参りましょう」


かすかに聞こえた言葉の意味を考える間もなく、俺達は式典会場へと足を踏み入れた。


天井から吊るされた水晶のシャンデリアがほのかな光を放ち、大広間を優しく照らしている。

青と金の装飾が施された白い壁の間を、魔法の光玉が静かに漂っていた。


柱に掛けられた銀の飾り布が風もないのに揺れる。

足音を吸い込む深紅の絨毯の上を、俺たちはゆっくりと歩を進めていく。


大広間に拍手が鳴り響いた。


誇らしげな父上と母上の姿。

公爵家に連なる貴族達とファウンゼン家の面々。


万雷の拍手を浴びながら、俺は微かな違和感を覚えていた。


己の立場も、求められる役割も、頭では理解している。

なのに、どこか心が落ち着かない。


精霊への祈りは、本来最も大切な人と捧げるもの。




――ナギ、君は誰と祈るのだろう。


その想いが、どうしても心から離れなかった。


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明日も12時更新です。よろしくお願いします!

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