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第一部完【連載版】思ったよりも異世界が楽しすぎたので、このまま王都の片隅でポーションスタンドでも始めてのんびり暮らします。  作者: 雉子鳥幸太郎
第一部

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精霊祭 下

「えっと、こっちでいいのかな……」


私は精霊様の像が刻まれた白木の祭壇を、部屋の中央に置こうとしていた。

クラモが『クァッ』と鳴いて、もう少し右にずらせと指示を出す。


「うん、そうだよね。光の入り方的に、こっちの方が良さそう」


祭壇の周りには、カレンさんが用意してくれた白い陽泉花が活けられている。

普段は作業場として使っているこの部屋が、まるで小さな聖堂のような神聖な雰囲気に包まれていた。


「カレンさん、まだかなぁ……」


着替えを手伝おうかと声をかけようとしたけど、なんだか照れくさくて言い出せなかった。そんな私の気持ちを見透かしたのか、クラモが『顔赤いぞ?』と言わんばかりに羽で顔を扇いでくる。


「もぅ、からかわないでよね!」

『クァックァッ』


クラモが楽しそうに鳴く。

まったく……でも、クラモとはかなり距離が縮まったと思う。

こうやってふざけられるのも、心を開いてくれた証拠だもんね。


「お待たせー」


振り向くと、そこには見慣れない人が立っていた。

いや、カレンさん。カレンさんなんだけど……。


銀糸で鳥の精霊の姿が刺繍された純白の祭服に身を包み、普段は後ろで一つに束ねている髪を、真珠のような光沢を放つ簪で上品に留めている。


「うわぁ……」


思わず息を呑んでしまう。

こんなに綺麗なカレンさんを見るのは初めて。


「どう? 似合う?」

「は、はい! とても……その、綺麗ですっ! すっごく!」


カレンさんがクスッと笑う。

その仕草に、普段の親しみやすさが垣間見えて、少し緊張が解ける。


「ありがと。さ、ナギも着替えましょ?」

「え?」


「はい、どうぞ」


そう言って、カレンさんが白い布包みを差し出してきた。

上質な布で丁寧に包まれた祭服が入っていた。


広げてみると、銀糸で精霊の花が刺繍された純白のドレスで、カレンさんのものと同じ生地が使われている。


「こ、これ、私の分、用意してくれたんですか⁉」

「当たり前じゃな~い。大切な弟子なんだから、ふふっ」


私は思わず目頭が熱くなる。

カレンさんは私のことを、本当に大切な弟子として考えてくれているんだ……。


「ありがとう……ございます」

「どういたしまして。さ、着替えてきなさい。手伝おうか?」


「い、いえ! 大丈夫ですっ!」


慌てて奥の部屋に逃げ込む。

扉を閉めた途端、ドキドキが止まらなくなった。


「ふ~っ……」


祭服を広げて、身体に当ててみる。

うわぁ、こういう洋服を着るのって初めて。


ちょっとコスプレ感覚で楽しいな。


「よっと……」


うん、サイズもぴったり!

大丈夫かな……似合ってるといいんだけど……。


まあ、年に一度のお祭りってことで、多少のことは見逃してくれるでしょ!

よしっ、と勇気を出してそっと部屋を出た。


「あのー、どうでしょうか……?」


私の声に振り向いたカレンさんの顔が、パッと明るくなった。


「まぁ! かわいい~っ! やっぱり似合うと思ったのよねぇ~!」

「ほ、ほんとですか……?」


カレンさんって、ちょっと私に甘いところがあるからなぁ……。

嬉しいけど、話半分で聞いておこう。


『クァクァ!』


「ほらほらー、クラモも似合ってるって」

「ありがと、クラモ」


クラモに褒められると、ちょっと真に受けてしまいそう。

祭服はカレンさんと色はおそろいだけど形が違う。

カレンさんのは大人っぽいドレスタイプ、私のはワンピースタイプだ。


「さて、じゃあお祈りをしましょう。手はこうやって組む、で、祭壇に向かって今年一年の感謝と来年の無事を精霊様に願うの」

「わかりました」


いわゆる恋人つなぎか……。

なんだか照れるなぁ。


差し出されたカレンさんの手にそっと手を乗せる。

クラモは私の頭の上に飛び乗った。


そして、カレンさんが微笑み、祭壇に向かって目を閉じる。

私もそれにならって、目を閉じた。


――精霊さま、ありがとうございます。

私、この世界が大好きになりました。来年もその先も、ずっとカレンさんとクラモ、出会ったみんなと楽しく過ごせますように……。


蝋燭の炎が静かに揺れ、白木の祭壇に陽泉花の影を落とす。

私たちの祈りに応えるように、夕暮れの光が部屋全体を優しく包み込んでいた。


「ナギ?」


カレンさんの声で目を開ける。


「なぁに? ずいぶん真剣にお祈りしてたけど、何をお願いしてたのかな~?」

「あ、いや、その……皆で楽しく過ごせるようにって……」


「あら、それなら早速、お願いが叶ったみたいね~。さ、冷えるから上着を着て行きましょ?」

「……え?」



 * * *



街灯の明かりに照らされた石畳の道には、精霊祭の装飾が美しく輝いていた。


外はすっかり夜に包まれ、冷たい空気が肌にしみる。

寒がるクラモを上着の中に入れ、私はカレンさんの後ろを歩いていく。


「うぅ~っ! さっぶいね~……」

カレンさんの白い息がふわりと宙に溶ける。


「え、カレンさん、ここって……」


連れて来られたのは、すでに実家感漂うリロンデルだった。

暗闇の中、まるで灯台みたいに暖かい光を放っている。


一階の食堂からは楽しそうな声が漏れ聞こえ、寒さの中でも少し心が温まる気がした。


「おぉ、来た来た、遅ぇぞ!」

「ナギさん、こっちこっち!」

「よぉ! 嬢ちゃん、もう始めてるぜ!」


「み、みなさん……どうして?」


中に入ると、リロンデルの食堂に大勢の人が集まっていた。

アンリさん、職人頭のドノバンさんにヴェルンさん、ヴェルターさんに門番のブロンさんまでそろっている。その他にも、宿泊客や街の露店主の姿がちらほら。暖炉の火が心地よい温かさを放ち、テーブルには精霊祭の伝統料理が並んでいる。


「毎年、祈り終わったら、こうやって集まんのさ。ほら、早く座んな」


そう言ってテレサさんが、両手にジョッキを持ったまま私にウィンクをする。


「ナギさん、こっちですよ」

アンリさんが椅子を引いてくれている。


「あ、すみません、ありがとうございます」

「上着、お預かりします」

「えっ、あ、ありがとうございます……」


『クアァー!』

上着の中からクラモが飛び出してきて、アンリさんがのけぞった。


「えぇっ⁉ クラモ⁉ び、びっくりしたぁ~!」

「あ、ごめんなさい、外が寒かったんで……」

「いえいえ、ちょっと驚いただけですから……」


うわぁ、上着を脱ぐとなんだか恥ずかしいなぁ……。

私の祭服を見たアンリさんが目を輝かせた。


「わぁ、その祭服、とっても良く似合ってますね」

「あ、ありがとうございます……」


うぅ~っ! 恥ずかしくてアンリさんを直視できないっ!

俯いていると、アンリさんが私の耳元でささやく。


「今日のナギさんが見れただけで、来た甲斐があったよ」

「っ……⁉」


私を見て目を細めてくるのはやめてっ!

まぶしすぎる……っ!


「よいしょっと」

「ぬぁっ⁉」


私とアンリさんの間に、ほぼ、ショルダータックルのような感じで、椅子を持ったカレンさんが割って入った。


「はい、邪魔邪魔ー、アンリ、私の上着もお願いねー」


顔を引きつらせつつ、アンリさんは笑顔でそれを受け取る。


「みんな盛り上がってるわね~」

「いやぁ、こうやって見ると二人とも姉妹みてぇだな」

「ええ、お二人とも祭服が良くお似合いですね」


向かい側のドノバンさんとヴェルンさんが言った。


「またまたー、嬉しいこと言ってくれるじゃない。ほら、飲んで飲んでー!」


カレンさんは軽やかに酒を勧め、あっという間に場がさらに賑やかになる。

いいなぁ~、こういう雰囲気。この場にいるだけで楽しくなっちゃう。


そんな中、ドノバンさんがふと言った。


「カレン、もうお祈りは済ませたんだろ? グリズリーは来たのか?」

「馬鹿ねぇ、来るわけないでしょ? それに、こ~んな可愛い弟子がいるんだから、ナギと祈るに決まってんでしょー? あ、クラモもね」


まるでお説教でもするように、ドノバンさんにフォークを向けるカレンさん。

その冗談めいた仕草に、場の空気が少し和らぐ。


「そうかい、そいつは良かったな」


「よぉ、カレン、ナギちゃん、今年も一年ありがとよ」

「ブロンさん!」


ジョッキ片手にブロンさんが顔を出す。


「クラモも元気そうで良かったな。カレン、来年は戻ってくるさ」

「あー、いいのいいの、どーせ、どっかで野垂れ死んでんのよ」


カレンさんは冗談っぽく、ひらひらと手を振る。

でも、その声には微かな寂しさが混じっているような気がした。


「そんなことより、みんな飲んでんのー?」


聞きそびれてしまった……。

なんだかちょっと気になるけど……いつか、カレンさんから話してくれるよね。

うん、だって、ずっと一緒に祈ろうって言ってくれたんだし……。


「私、飲みまーすっ!」

「おっ⁉」

「だ、大丈夫か?」


ふふふ、伊達に営業やってたわけじゃありませんから!


「んぐっ……んぐっ……」


一気にジョッキを飲み干す。


「ぷはーっ! うまいっ!」


「「おぉ~!」」


「いいぞナギー!」

「飲みっぷりがいいねぇ!」

「なんだぁ、ナギ、いける口じゃん!」


うへへ、楽しいな。

それにこのお酒も美味しい!


「おい、見ろよ、雪だぞ!」

「おぉホントだ!」

「雪だ雪だ!」


皆でリロンデルの外に出る。

薄暗い中に雪が降っている。


「わぁ……」


この世界に来て初めての雪だ。

当たり前だけど同じなんだなぁ……。


雪を見上げていると、

「冷えますよ」と言って、アンリさんが上着をかけてくれた。

「ありがとうございます……」


ひゃぁぁ、雪とイケメンの組み合わせ、これって反則では……。



「アーンーリィー?」



そのとき、背後からすさまじい圧を感じて振り返ると、カレンさんが不機嫌そうにこちらを睨んでいた。


「カ、カレン⁉ いや、僕は上着をかけただけで!」

「じゃ、わたしのも取ってきてー」


「ぐ……わ、わかったよ」


しぶしぶ中へ戻るアンリさんを見送りながら、カレンさんが満足げに笑う。


「あはは! そう簡単には渡せないよねぇ」

『クァックァックァッ』


アンリさんの背中をみながら、カレンさんが笑う。

クラモまで一緒になって笑っていた。


「さぁ、料理が冷めちまうよ、戻った戻った!」


テレサさんの声に促され、皆が再び食堂へ戻る。


降り積もる雪を見ながら、ふと思った。

これが、精霊様が冬を置いていくということなのかもしれない、と――。


冷たいけれど、静かに心を満たしてくれるこの雪は、きっとみんなへの粋な贈り物なのだ。


私はもう一度、夜空を見上げた。



面白い、続きを!と思ってくださった方は……

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明日もお昼12時更新です、よろしくお願いします!

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