精霊祭 上
精霊祭の朝――。
毛布の中で、いつもより早く目が覚めた。
毛布越しに朝の気配を感じる。
でも、なかなか毛布から出る気持ちになれない。
このまま精霊祭が終わるまでくるまっていようか……。
む……。
だめだ、ちゃんと起きよう。
ベッドから出て、私は窓を開けた。
すでに王都は祝祭の喧騒に包まれていた。
いたるところに掲げられた色とりどりの祝布。
時折、風に乗って聞こえてくる風鈴の音。
「わぁ……すごい」
折角だし、異世界で初めてのお祭りだもんね。
ちょっと見てみようかな。
私はテレサさんに声を掛け、リロンデルを出ると大通りに向かった。
* * *
「うわぁ、すごい人……」
普段なら露店の人たちと挨拶を交わしながら歩くのだが、それもままならないほど、ごった返している。
ふと、甘い香りに誘われて振り向くと、白い花の形をした菓子を売る屋台があった。『精霊の祝福』と書かれている。
いつもは見ない屋台で、店主も初めて見る顔だった。
たぶん、祭りの時だけ出店してるのかも。
綺麗だと思ったけど、なぜか買う気にはなれなかった。
まだ、心のどこかで今日の夜のことが引っかかっているのかな……。
通りには大勢の人が行き交い、笑顔で会話を交わしている。
祭壇には次々と供物が捧げられ、その前で手を合わせる人々の姿があった。
これほど賑やかなのに、どこか寂しさを感じる。
いつもの王都なのに、まるで違う街に来てしまったような気分だった。
視界の端に飛び交う鳥の影を見つけては、つい見上げてしまう。
でも、それはクラモではなかった……。
空には雲ひとつない。
こんなに良い天気なのに胸が重い。
ふと立ち止まると、目の前の祭壇に供えられたポーションが目に入った。
あれは……カレンさんと作ったポーションだ!
そっか、ここにも納入されてたんだ。
陽の光に照らされ、透き通った瓶の青い液体の中で光の粒子が踊っている。
私はその光景に思わず息を呑む。
綺麗すぎて、また胸がチクチクする……。
あまり考えないようにしようと街を散策していたら、自然とヴェルターさんの露店に足が向いていた。
「おぉ、ナギじゃん、いらっしゃい」
「ヴェルターさんのところも忙しそうだね」
「そりゃあな、毎年恒例ってやつさ。今日もチーズヌードン?」
「うん」
空いた席に座って、人の流れを眺める。
家族連れも多いなぁ……。
その時、皆の視線が一台の馬車に集まる。
普通の馬車よりも一回りくらい大きくて、立派な臙脂色の馬車が走って行くのが見えた。馬車を引いている馬も毛艶が良く、御者の身なりも立派だ。
馬車に見入っていると、チーズヌードンを持ってきたヴェルターさんが「双剣に獅子の紋章か、ありゃアルヴォラリス公爵家の馬車だな」と教えてくれた。
「ひぇ~公爵様、すごいんだね……」
「まあ、俺達には縁のない雲の上の御方さ」
「公爵様も誰かと祈るのかな?」
「ははは、そりゃそうさ」
「……ヴェルターさんも?」
「ああ、俺は昔の仲間とな。ナギは――」
「そっか、あ! せっかくのヌードンが冷めちゃう、いただきまーす」
ヴェルターさんの言葉に被せてしまった。
ごめんなさい。でも、その質問には答えたくない……。
「んー! 美味しっ!」
貴族も商人も大人も子供も、今日は誰かと祈るんだ……。
* * *
ヴェルターさんのお店を後にして、どうしようか迷ったけど、カレンさんのお店に向かった。
窓越しに覗くと、お店の中は暗い。やっぱりお休みだ。
もしかしたら、なんて思ったけど……どこかに行ってるみたいだ。
「……どうしよっかな」
異世界に来てから、ずっとワクワクして、楽しいって思ってた。
いまでも初めて見る物や知ることが多くて楽しい。
楽しいんだけど……。
店前をウロウロといったりきたりしてみる。
もう、そろそろ陽が暮れそうだ。
大人しく明日の朝まで寝ようかな……。
と、宿に帰ろうとしたその時だった。
「ナギ?」
声に振り返ると、祭壇を抱えたカレンさんと、荷物を持ったクラモの姿があった。
「カレンさん……クラモ……」
「え? ちょ、ちょっと、どうしたの? 何か忘れ物とか?」
「いえ、そういうわけでは……」
カレンさんが祭壇を石床に置き、私の手を取った。
「もぉー、冷えちゃってるじゃん! 用意が終わったら迎えにいくつもりだったのにぃー、店で待っててもらった方が良かったかなぁー」
「迎えに……?」
「そうよ、知り合いの細工師に精霊祭用の祭壇を頼んでたのよ。ほら、今年は今まで通りってわけにもいかないでしょー?」
カレンさんが嬉しそうに祭壇を私に見せた。
細かな白木の細工で、クラモとそっくりな鳥の精霊が舞っている姿。
「ほら、私の精霊様のモチーフはクラモなの、綺麗でしょ?」
「あ……は、はい」
どう答えていいのかわからない。
祭壇は綺麗だ。とてもセンスが良いと思う。
でも、どういうことかわからずに戸惑ってしまう。
そんな様子に気付いたのか、カレンさんが恐る恐るといった感じで尋ねてきた。
「……もしかして、ナギ、誰かと祈る約束でもしてるの?」
「へ? い、いや違います! そうじゃなくて……わ、私、誰と祈ればいいのか……わかんなくて……その……」
「あぁーっ! そういうことっ⁉ ごめん、ナギ! 今年からナギがいるから、祭壇も新しくしなきゃって思って……私、ちゃんと言ってなかったんだね、ごめんっ!」
「じゃ、じゃあ、お店が休みっていうのは……」
「うん、最近忙しかったし、用意ができるまでナギには休んでてもらおうと思って……夜には迎えに行こうかと……」
「良かったです、てっきりカレンさんは他の誰かと祈るんだ――うぐぅっ⁉」
「もぉーっ、そんなわけないじゃない! このこの~!」
言い終える前に、カレンさんにほっぺをぐにぐにされる。
そして、ぎゅっと抱きしめられた。
「私の大切なナギ……。来年も、その次も、あなたが嫌だって言うまで、ずっとずっと一緒に祈ろうね……」
じんわりと、胸の奥にぬくもりが広がっていく。
やばっ……嬉しくてちょっと泣きそう……。
「……知りませんよ? わたし、ずっと一緒に祈りますから!」
カレンさんは私の目尻を指で拭い、
「望むところよ」と笑みを浮かべた。
『クアーッ!』
クラモが私の頭に乗る。
「わかってる、クラモも一緒だよ?」
『クアッ!』
「「あははは」」
「さてさて、じゃあ、お店に戻って準備しましょっか?」
「はいっ!」
『クァッ!』
さっきまでと世界が違って見える。
お祈りが終わったら、カレンさんたちと街を見て回りたい。
どこかへ消えていた好奇心も、すっかり戻ってきたようだ。
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