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第一部完【連載版】思ったよりも異世界が楽しすぎたので、このまま王都の片隅でポーションスタンドでも始めてのんびり暮らします。  作者: 雉子鳥幸太郎
第一部

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精霊祭の前夜

善は急げと、カレンさんとマリーさんのところへ行くことになった。


「ナギ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

「は、はい! でも……」

『クァックァー』


ちゃっかりクラモも一緒に来ている。

緊張する私を見て楽しんでいるように見えるのは気のせいだろうか……。


「マリーさんの方からオファーがあったんだし、断るわけでもないじゃない」

「そ、そうですよね」


少し肩を動かして息を整える。

ふと周りを見ると、何だか街の雰囲気がいつもと違っていた。


「精霊祭の準備ですかね……?」

「そ、明日の夜から精霊祭だもの。どこもこの時期はてんやわんやよ」


大通りは活気に溢れ、人々の往来が普段よりも多い。

店の軒先には色とりどりの布が飾られ、誰もが笑顔で精霊祭を迎える支度に勤しんでいる。


「わぁ……綺麗」


色とりどりの布に、金や銀の糸で精霊の姿が刺繍されている。

風にたなびくたびキラキラと輝いていて、まるで精霊が舞っているようだ。


「あれはね、精霊様への感謝を込めて刺繍するのよ」

「へぇ、色々な精霊様がいるんですね……」

「決まった姿じゃなくて、それぞれが思い描いた姿を刺繍するからね」

「そうなんですか……面白いですね」


動物の姿だったり、抽象的な姿だったり、人間の姿の精霊様もいる。

でも、どの精霊様からも優しい気持ちが伝わってくるようだった。


露店の店主たちも、いつもと様子が違っている。

普段は商品を並べる屋台に、今日は精霊祭用の装飾を施していた。


「あ~ら、カレンじゃない。今年は誰と祈るの?」

通りがかった店主に声を掛けられ、カレンさんが「まだ決めてないわよ」と、照れ臭そうに答えた。


――誰と祈る。


そう、精霊祭は大切な人と一緒に祈る日なんだ。

ヴェルターさんにそう聞いた時から、ずっと気になっていた。


カレンさんは……。

カレンさんは、誰と祈るんだろう……。


「ナギ? どうかした?」

「え? あ、いえ……その……」


精霊祭の話を切り出せないまま、私達は聖母マリーさんの診療所に到着した。

建物は古めかしいけれど、温かみのある雰囲気がする。


「着いたわよ」

「は、はい!」


商談のことを考えようとしても、どうしても精霊祭のことが頭から離れない。

でも、今は聖母マリーさんとの約束が大事、しっかりしなきゃ!


深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

よし、がんばるぞ……。


「あら、来てくれたのね」


玄関で私達を出迎えたのは、馬車で会った時と同じ、あの優しい笑顔のマリーさんだった。


「さぁどうぞ、お入りなさい」


マリーさんは私達を診療所の奥へと案内してくれた。

クラモは両翼を広げて飛ぶ代わりに、私の頭の上で軽やかにバランスを取っている。


「来てくれて嬉しいわ」


小さな応接室に通され、私とカレンさんはソファに腰を下ろした。

奥から誰かが紅茶を運んでくる。


「ありがとう」


マリーさんがお礼を言うと、看護師らしき人が一礼して部屋を出て行った。


「さて、本題に入りましょうか」


マリーさんの視線に気圧されそうになる。

聖母だと思ってしまうと変に意識しちゃって駄目だ。

平常心、平常心……。


ちらりと横を見ると、カレンさんが小さく頷いてくれた。


「えっと、失敗ポーションの件ですが……マリーさんのおっしゃる通り、小さな子や高齢の方にも使いやすいと思います」

「ええ、効能の加減が絶妙だわ。副作用を気にしなくていいから一般の方にも勧めやすいし、なにより、価格が手頃だと嬉しいわね」と、マリーさんが微笑む。


「そうですね。一本につき……銅5枚ではいかがでしょうか?」

「ふむ……量はどのくらい用意できるの?」


「一日に10本程度なら……」

「わかったわ。多少、追加をお願いするかもしれないけれど……ざっと見積もって月200本は必要だから、週に50本納入してもらえないかしら?」


「えぇっ⁉」

思わず声が上ずってしまう。


「難しい?」

「い、いえ! 大丈夫ですっ!」


むしろ、コンスタントに作れる量で嬉しい!

精霊祭の準備で忙しい時期も、これなら十分対応できる!


「それで、納入方法なんですが……」


私はちらりとクラモを見上げた。

すると、クラモが『クァッ』と短く鳴いて応える。


「クラモに任せてもらえないでしょうか?」

「理由を聞いても?」


「はい、クラモは私の兄弟子なんです。とても賢くて、運び方も丁寧なんですよ。それに……」


私は少し言葉を切り、クラモを見上げた。

クラモが誇らしげに胸を張る。


「空を飛べますから、納入時間も正確ですし、何より……安全面は折り紙付きです」


私の言葉にクラモが『クァッ』と短く鳴いた。


運搬をクラモに頼むことは、事前にカレンさんから提案を受けていた。

私も助かるし、高位魔鳥のヴォルホークを襲おうだなんて命知らずな賊などいない。


マリーさんは目を細めて、じっとクラモを見つめた。

クラモも真っ直ぐにマリーさんを見返している。


少しの間、ふたりの間に沈黙が流れた。

そしてふと、マリーさんの目が何かを悟ったように輝きを帯びる。


「なるほど……賢い子ね。あなたにぴったりだわ」


何だか意味深な言葉に首を傾げかけた時、マリーさんが立ち上がった。


「それじゃあ、試しに来週から始めましょうか。一週間ごとに50本ずつ。最初の一ヶ月は様子を見て、問題がなければ長期の契約にしましょう」


「あ……ありがとうございますっ!」


「ナギ、大丈夫よ。きっとうまくいくわ」


カレンさんが私の背中をそっと押してくれる。


「クラモも、よろしくね?」

『クァー!』


その時、外から賑やかな声が聞こえてきた。

窓の外を見ると、大きな布を掲げて歩く人たちの姿が見える。


「あら、もう一年が経つのね、どんどん早く感じちゃうわ」

「ですよねぇ」とカレンさんが相づちを打つ。


ふたりの言葉に心臓が小さく跳ねる。

精霊祭の準備は、着々と進んでいるようだった。



 * * *



契約を終え、私達は診療所を後にした。

クラモはマリーさん達が納品のシミュレーションをしたいとかで、そのまま残ることになった。クラモは本当に賢くて凄いなぁと感心してしまう。


街は精霊祭の準備でますます賑わいを増していた。

家々の軒先には銀色の風鈴が吊るされ、まるで精霊の囁きのように、涼やかな音色を奏でている。


「そういえば、風が冷たくなってきましたよね」

「冬が来るわね、精霊様が冬を置いていくって言われてるの」


「できれば持って帰ってほしいですね……私、寒いの苦手で」

「ふふっ、でもシチューやスープが美味しくなるのよ?」とカレンさんが微笑む。

「やっぱり必要ですね……」

「あはは、ナギったら」


そう言ってカレンさんは私を見た後、不意に「おめでとう」と言った。

「え?」


「これが第一歩ね、家のローンもあるんだから頑張らないとね」

「そう、ですね……ありがとうございますっ!」


ローンかぁ……定期収入もできたことだし、アンリさんに支払いについても相談しておかないと……。


道端では、職人達が祭壇を組み立てていた。

白木の祭壇に精霊の刺繍を施した布が掛けられ、飾り付けをする者、供え物を並べる者、それぞれが笑顔で準備に勤しんでいる。


その光景を見ながら、私はチラチラとカレンさんの横顔を見ていた。

その度に、胸がドキドキする。



明日、私と一緒に祈ってくれませんか――。



口に出したい言葉を、何度も飲み込む。

大切な師匠だから。

だからこそ、断られるのが怖い。

ぎゅっと手を握りしめる。


「あ、そうだ、ナギ。明日は休みを取ってね」

「えっ⁉ ど、どうしてですか?」


「ちょっと用事があるのよ」

「あ、そうなんですね……わかりました」


それ以上は何も語らず、カレンさんは前を見て歩き続けた。

いつもなら自然と出てくる会話が、今日は上手く続かない。


結局、聞けないまま別れ際を迎えてしまった。


「じゃあ、仕事始めは明後日だからねー」

「あ、はい……わかり……」


返事を言い終える前に、カレンさんの背中は人混みに消えていった。

クラモもいない。

なんだか、いつもより寂しい帰り道だな。


リロンデルに着き、テレサさんと顔も合わさず、すぐに部屋に戻った。


窓際に腰掛け、暮れゆく王都の街並みを眺める。

賑やかな通りを、親しげに寄り添って歩く人々の姿が目に入った。


どの通りにも精霊祭の飾り付けが施され、夕陽に照らされた街が、まるで黄金に輝いているかのようだった。


遠くから聞こえる風鈴の音が、どこか切ない。


光の帯のように長く伸びた雲が、オレンジ色に染まっていく。


王都の夕暮れは、いつ見ても綺麗だ。


でも今日は、その美しい景色さえも、私の胸をざわつかせる。


カレンさんは……誰と祈るんだろう。

そう思うたび、胸がチクチクした。


早く夜になれば良いのに。

でも、夜になって欲しくない。


期待と不安。

答えの出ないループが続く。


「はあ……」


私は深いため息をついて、額を冷たいガラス窓に押し付けた。

窓に映る自分の顔が、寂しげに歪んでいる。


明日の夜、私は……誰と祈ればいいんだろう。


明日もお昼12時更新です。

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