錬金工房
「はあ……何でこんなことに……」
見慣れぬ街を歩きながら、数時間前の出来事を思い返す。
――私は神楽木 凪。
山猫商事の営業部に勤める会社員、年は二十代とだけ言っておく。
いつものように、得意先を回り一段落したところで遅めのランチでも……と、お店を物色していたところ、なぜか足元から閃光が放たれ、気付くと不気味な石造りの部屋に立っていた。
先程の魔術師さん達が感嘆の声をあげ、「成功だ!」「聖女さまだ!」と口々に叫んでいたのを覚えている。
そして、あれよあれよと豪奢な椅子に座らされ、妙な水晶玉を持たされる私。
しかし、待てど暮らせど何かが起きる気配はなく、次第に魔術師さん達の顔が曇っていくのがわかった。
「これマズいよね……」「どうする?」
「上は?」「今更言えないだろう……」
ボソボソッと聞こえてくる不穏なワード。
彼等にとって、何か非常に好ましくない状況なのだろうと私は察していた。
しかし、このまま黙っていても仕方がない。
恐る恐る事情を尋ねてみると、どうやら聖女召喚というものを行ったらしい。
彼等の言い分は、大きく三つ。
曰く、『聖女の力を持った女性が現れるはずだった』
曰く、『聖女の力があれば水晶が輝くはずだった』
曰く、『聖女以外は召喚されないはずだった』
何とも無責任な言い訳にしか聞こえない。
しかも、元の世界に戻る方法はわからないと言う始末。
とりあえず、これからどうすればいいのかと問い詰めた結果が、先程の理不尽な対応なのだが……。
「はあ……」
漫画やアニメじゃあるまいし、異世界だなんてどうすりゃいいのよ⁉
あの様子だと、魔術師さん達は我関せずを貫くつもりだろう。
かと言って、この世界の勝手がわからないまま、下手に騒ぎを起こして投獄なんてされた日には目も当てられない。
抗議するにしても、相手の利害関係やこの世界の状況をしっかり把握しなきゃ……。
「だる……顧客の事前調査みたいじゃん……」
それにしても……あぁもうっ! どこなのよここは⁉
まるで中東の街のような……。
街中に緑もあって、あれあれ? 意外と清潔っていうか……。
空も青く澄んでいる。
太陽はひとつ。真っ白な雲もあった。
道は石畳で舗装され、大きな荷馬車や巨象に乗った人々が行き交う。
建物と建物の間に渡されたロープにはカラフルな染め物が干されており、それが風になびく様は、私の中のオリエンタルなイメージそのままだった。
「うわぁ……何だか異世界っていうよりは……異国って感じ?」
街の大通りを歩いていると、次第に好奇心の方が勝ってきた。
道の両脇に並ぶ露店は、大勢のお客さんで賑わっている。
うー、見たいけど我慢我慢、この数の露店を回ってたら日が暮れてしまう。
日中は治安も良さそうだけど、たぶん夜は別の顔があるはずよね。
危険な地域の海外支社に来たとでも思って行動しなければ……。
「えっ⁉ 文字が読める……どうなってんの⁉」
なんと、驚くことに看板や店先の案内もなぜか読めてしまう。
言葉も通じるし、これ、いけるんじゃないかという思いが私の中に芽生えてくる。
「あ……!」
ふと、看板の中に『錬金工房カレンG』や『魔導具ショップ ベン・リリベル』など、それっぽいワードを見つけた。
うーん、錬金術師か……。たしか、私には適性があるとか言ってたなぁ。
元の世界に戻る方法がわからない以上、この世界で生きるしかないわけだし……。
まあ、こういう時は前向きに考えないとメンタルが持たない。
落ち込んだってどうしようもないからね。
よしっ、飛び込み営業で鍛えたこの鋼の心臓を見せてやろうじゃないっ!
私は近くの『錬金工房カレンG』に入ることにした。
そっと扉を開けると、映画で見た昔の喫茶店みたいに、カランコロンとベルの音が鳴った。
「……いらっしゃーい」
カウンターには、赤髪を後ろでひとつに縛った気怠げなお姉さんが座っていた。
私が小さく会釈をすると、向こうも会釈を返してくれる。
お姉さんは魚が死んだような目で、緑色の粉末の分量を量っていた。
何かの作業中かな? だいぶお疲れのようだけど……。
私はお姉さんのことを気にしないようにして、店の中を見て回った。
店内の壁には棚があり、色とりどりの小瓶が並んでいる。
へぇ、ポーションか。香水瓶みたいで綺麗……。
いろんな形の瓶がある。色のバリエーションも豊富で可愛い。
棚は『麻痺』『回復』『解毒』などの用途に分けられており、置かれた値札も銀三枚とか銀二十枚など、種類によってかなり違っている。
「どう? なかなか揃ってるでしょ?」
お姉さんが声を掛けてきた。
ハスキーな声がとても格好良い。
「あ、はい! というか……すみません、実はあまり良くわかってなくて……」
「ん?」
うーん、王城のことは言わない方がいっか……。
面倒な相手だと思われても嫌だし。
私は王城から放り出されたことは伏せ、錬金術師の適性があることと、まったくの初心者だということをやんわり説明した。
「なるほどねぇ……アンタ、名前は?」
「はい、神楽木 凪といいます」
「珍しい名前ね……。ね、何て呼べばいい?」
そう言って、カレンさんはカウンターに両肘を付き、両手に顎を乗せて私を見ながらニコッと微笑んだ。
ぐっ……び、美人だ……。
ちょっとお疲れ気味だけど、ノーメイクでこのビジュは羨ましすぎる……。
「あ、では、ナギでお願いします」
「ナギね、私はカレン、よろしく」
「よろしくお願いします!」
簡単な自己紹介を終え、王都で活動する錬金術師のカレンさんに、仕事の相談に乗ってもらうことになった。
「そうねぇ……ひと口に錬金術師と言っても、薬を煎じたり、金属錬成したり、仕事なんていくらでもあるんだけど……ナギは何をしてみたいの?」
うーん、いまいちイメージがわかない……。
「えっと、できるだけ簡単な仕事が良いんですが……」
「その選び方じゃ続かないわよ? 少しでも興味のあるものにしたら?」
そうか……たしかにそうだよね。
ふと、棚の可愛らしい小瓶に目がとまる。
「あの、わたしもこういう可愛い瓶でポーションをつくってみたいです!」
「おっ! この良さがわかる? ナギは見所があるわね」
カレンさんがカウンターから出て、棚のポーションを手に取る。
「ポーション用の瓶ってさ、普通は同じ物を使うんだよね。買う方も売る方も何かと便利だから。でも、家に置いておく物だし、私は可愛い瓶の方が良いと思って」
「わかりますっ!!」
私は何度も大きく頷いた。
家には好きなデザインの物しか置きたくない。
実用性も大事だけど、お気に入りの物の中にデザイン性を度外視した物がぽつんとある時のストレスったら……。
「あ、ありがと……そんなに同意してくれる人なんてナギが初めてよ」
「いえ、きっとみんな言わないだけですよ。可愛い方が良いに決まってますもん!」
「ふふっ……、ナギって面白いのね」
「そうですか……?」
「いいわ、ナギ可愛いし、ポーションの作り方を教えてあげる」
「えっ! いいんですかっ⁉」
「ええ、でもその代わり条件があるわ」
カレンさんの言葉に思わず身構える。
そんな私を見てカレンさんはクスッと笑った。
「そんなに構えなくて大丈夫だから、ちょっとこっちに来てくれる?」
「あ、はい……」
カウンターのカーテンを開けたカレンさんに「どうぞ」と中に通される。
「失礼します……うわぁ……!」
そこには木箱に入った大量の空き瓶と、たくさんの野草が入った籠が置かれていた。
カレンさんはそれを見て「はぁ……」と大きくため息をつく。
「ご覧の通り、いま大口の発注が入っててね。もう猫の手も借りたいって状況なのよ……。だから、ナギが作ったポーションはウチで買い取らせてくれない?」
「えっ? それが……条件ですか?」
「うん、何だか利用してるみたいで悪いんだけどさ……」
「そんなっ! 私からすればこんな良い条件ありませんっ!」
「そ、そう?」
「はいっ! だって、作り方を教えてもらえて……そのうえ報酬までいただけるなんて、この世界に来て不安でしたけど、カレンさんのお陰で、やっと希望が持てましたっ!」
「この世界?」
「あ……」
やばい、つい口走ってしまった……。
お昼12:00更新です!
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