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第一部完【連載版】思ったよりも異世界が楽しすぎたので、このまま王都の片隅でポーションスタンドでも始めてのんびり暮らします。  作者: 雉子鳥幸太郎
第一部

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生活の軸

「な、なんですか、その……聖母って……?」

「そっか、それも説明しておかないとね、うん、じゃあ、お茶淹れてくるからそこ座ってて」

「あ、私が……」

「いいのいいの、私が淹れてあげたいのよ」


ふふっと笑って、カレンさんは作業部屋を出て行った。

私はテーブルの椅子に腰をおろし、ふぅっと小さく息をはく。


三賢人っていうのも気にはなるんだけど……。

それよりも、ヴェルターさんに聞いた精霊祭のことが頭から離れなかった。


「お待たせー、はい、ナギはミルク多めー」

「わぁ、ありがとうございます」


何も言わなくても、ちゃんと私の好みを覚えててくれてる。

こういうのって、嬉しいな……。


「カレンさんはミルク少なめの砂糖多めですよね」

「おっ? やるねぇ~、もうナギに教えることはないかな」

「いやいや、さすがにそれは……」

「「あははは」」


ひとしきり笑った後、聖母に話題が戻る。


「まず、そうね……このエルドラン王国には王に認められた三人の賢人がいるの。蛮族の侵略から、その知略を持って国を救った賢者ルゥ=ゾシモス。不可能と言われた王都上下水道を完成させた名工デルミス・ローエ……」

「……」


「そして、医療の最高峰である王宮医師団長の座を捨て、民間のための医療を続ける、孤高の聖母マリー・ブラックウェル……」

「あわわ……どうしよう、あのお婆ちゃんがそんな凄い人だったなんて……」


「お婆ちゃんかぁー、となると……恐らく、ナギがあったマリーという人は聖母マリーで間違いないと思うわ」


カレンさんが困ったような笑みを浮かべる。

が、次の瞬間、その目がキラリと光る。


「ま、でも、これはチャンスよ、ナギ」

「チャンス……?」


「いい? 話を整理しましょう――。まず、仕事内容は、毎月決まった量の失敗ポーションを卸すこと。相手はあの聖母マリーだし、支払いについては問題なし」

「……」


私は小さく頷き、緊張しながらカレンさんの言葉を待つ。


「今のナギなら失敗ポーションを作ることに、さして労力はかからない。しかも……」

「しかも……?」


「マリーと仕事をするということは、ナギにとって想像以上の助けになると思うわ」

「信用面……ってことですか?」


元の世界でも、大手企業と取引があるだけで、相手方の印象が変わったもんなぁ……。


「そう! さすがわかってるわね~。私たち錬金術師はトラブルに見舞われることも、巻き込まれることも多い。でも、あの聖母マリーと取引があるとなれば、相当な抑止力になるでしょ?」

「なるほど……あ、でも、私じゃなくて、失敗ポーションはカレンさんが教えてくれたものですし、この工房で受ければカレンさんも喜んでくれるかなって……」


カレンさんはゆっくり顔を左右に振った。


「これはナギがね、この世界で生きていくための軸となるお仕事だわ。いくら錬金術師が稼ぎやすいといっても、安定収入があるだけで計画も立てやすくなるし、生活にもリズムが生まれるのよ」


カレンさんが手をそっと私の手に重ねる。


「ホントはね、私がナギの軸を用意してあげたかったんだけど……。まったく、この子ったら、自分で見つけて来ちゃうんだもんなぁ。師匠としては、ちょっと寂しいけど……やりなさいナギ、自分の居場所は、自分で作るのよ」


「カレンさん……」


「それにしても、あの聖母にまで気に入られるなんてねぇ……」

「いや、たまたまですって!」


「いーや、ナギが可愛いせいだぞ、このっ、このっ!」


悪ノリしたカレンさんに、ほっぺをぎゅーっと引っ張られる。


「ちょ、いててて……もぅ!」

「ふふっ、何だか昔を思い出しちゃった」

「え?」


「私も初めて仕事を依頼された時、いまのナギみたいに師匠に相談したの」

「カレンさんも……?」


「そう、それで……師匠に言われたの。自分の居場所は、自分で作るんだって。えへへ、さっきのね、実は師匠の受け売りなのよ」


カレンさんは髪を耳に掛け、

「そっか……師匠って、こういう気持ちだったのかなぁ」と呟くように言った。


カレンさん、師匠のことが好きだったのかな……。

師匠の師匠はどこに行っちゃったんだろう。

うーん、でも何となく聞きにくいよねぇ……。


「――ねぇナギ、この世界のこと……好き?」

「へ?」


その時のカレンさんの顔を、きっと私は一生忘れないと思う。

期待と不安がごちゃ混ぜになったような……。


カレンさんにそんな顔をさせたくない――

そう思うと同時に席を立っていた。


「す、好きです! この世界での生活が楽しくて仕方がないです! 私は……この世界にいる自分が好きです! 嘘をついて笑わなくてもいい、感じたことを素直に言葉にできます! 何より……カレンさんに出会えました! 元の世界に戻りたいなんて、これっぽっちも思いませんっっ……!」


い、言ってやった……。


「……ナギ」


目を丸くしていたカレンさんが、ぷっと吹き出す。


「あはは! ごめんなさい、気を遣わせちゃったわね」

「そんな、私は……」


――ふわっと良い匂いに包まれる。

カレンさんが私を抱きしめてくれた。


「ありがとう、ナギ……嬉しい。これからもよろしくね」

「はいっ……」


窓の外から風が吹き込んで、カレンさんの髪が揺れる。


『クアッ!』


いつの間にか窓辺に戻っていたクラモが、朝陽に向かって高らかに鳴く。

私はカレンさんの胸の中で、そっと目を閉じた。


この世界に来て、本当に良かった。

そう、心の底から思えた朝だった。


明日もお昼12時の更新です。

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― 新着の感想 ―
異世界の生活がうまくいっているからとはいえ、元の世界でよほどひどい生活していたのかわからないが 元の世界に全くもどりたくないのは違和感があると思います。
元の世界よりも良い新しい世界 満喫してください
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