マリーさんの正体?
「んっ、んん~っ!」
ベッドの上で背伸びをする私。
大きく息を吐き、窓に目を向けると、カーテンの隙間から朝の光が漏れていた。
うーん、もう起きようかな……。
昨夜は家のことを考えてしまってなかなか寝付けなかったが、不思議と体は軽い。
寝る前に、失敗ポーションを飲んだからかな。
ベッドから降りてカーテンを開け、窓を開ける。
寝起きの火照った体に、ひんやりとした早朝の空気が心地よい。
「すぅ~っ……はぁ~っ……」
大きく深呼吸をして、王都の街並みに目を細めた。
まだ完全に陽がのぼっていない。
薄いブルーグレーに染まった建物が、東の方から徐々に輝きを取り戻していく。
いやぁ、何て贅沢なロケーションなんだろう……。
朝から最高かよ、異世界。
さてと……カレンさんにマリーさんのことも相談しなきゃだし、新しい作業部屋のことも聞きたい。
でも、まだお店に行くのは早いか……。
あっ、そうだ! ヌードン食べてから行こっと!
* * *
「おはよぉー」
すっかり馴染みの顔をして、露店の椅子に座る私。
こういうのも、ちょっと嬉しかったりする。
「おぅ、ナギ、いらっしゃい」
「チーズヌードンで」
「どうした? 今日はずいぶん早いじゃん」
「うん、何だか目が覚めちゃって」
ヴェルターさんが片眉を上げ、覗き込むように私を見る。
「ははーん、さては何か良いことあったなぁ?」
「いや、そういうわけ……ごめん、実はあった」
「はははっ! 何で謝んだよ」
「へへへ……もしかすると、新しい仕事がもらえるかもしれなくて」
「へぇ! 凄いじゃん!」
調理台から顔を上げ、ヴェルターさんが興味深そうに私を見る。
「やっぱあれ? 錬金術関係の?」
「うん、マリーさんってお医者さんと知り合ってね、定期的にポーションを卸してくれないかって相談されたの」
ヴェルターさんの手が一瞬止まる。
「マリー? もしかして……マリー・ブラックウェル?」
「んー、どうなんだろ? マリーとしか聞いてなくて……」
どこか意味ありげな様子に私は首を傾げる。
ヴェルターさんは何か言いかけて、口を閉じた。
「……ふぅん、そっか。まあ、気にしないでくれ」
そう言って微笑むと、ヴェルターさんが出来あがったヌードンを出してくれた。
う~ん、チーズの焼けた香ばしい匂いが食欲をそそる……。
何を言いかけたのか気にはなるけど、それよりもこれこれ、チーズヌードンっ!
「いただきまーす」
「熱いから気をつけてな」
「はーい」
はふはふ……。
濃厚な旨味と程よい塩気のチーズが麺と合う~!
このグラタンっぽい感じが良いのよねぇ……。
「ん~っ、これこれっ! この程よいモチモチ感が最高~っ!」
思わず足をバタバタさせてしまう。
「ほんとナギの食べっぷりは気持ちがいいな、作った甲斐があるよ」
ヴェルターさんが、ニヤニヤと笑いながらこっちを見ている。
「ちょっともうっ! そんなに見られると恥ずかしいんですけど……」
「ははは、悪い悪い」
「あ、そうだ。ヴェルターさんって、元々冒険者だったんでしょ? どうして露店を始めようと思ったの?」
「――それだよ」
ヴェルターさんが私の顔を指さす。
「え?」
ヴェルターさんは、ぐっと顔を近づけ、
「その笑顔が見たいからさ」と私のほっぺを指でつついた。
「ちょっ……⁉」
思わず顔が熱くなった。
「もうっ、真面目に聞いてるのに……」ジロッと睨むと、
「悪い悪い、ちょっとからかいたくなってさ」とヴェルターさんが笑う。
「まぁでも、そんなにふざけたわけじゃないんだ。自分の作った料理を美味いって食べてくれる人がいるからってのが、一番の理由かな」
「そっか……やっぱり、人って、誰かに喜んでもらうのが一番嬉しいのかな?」
「ナギは嬉しくないの?」
「そりゃあ嬉しいよ、カレンさんの手伝いをしてると実感するもん」
「だったらいいじゃん。嬉しいに一番も二番もないよ、だって嬉しいんだから」
「あははっ、何それ」
ヴェルターさんのサラッと軽いノリに、つい心が緩む。
こういう何気ない会話が、この世界での日常になっていることを実感する。
「ありがと、ごちそうさま。あ~、美味しかった~。満足満足……」
「おぅ、まいどー。あ、そうだナギ、精霊祭もうすぐだな。誰と祈るんだ?」
「へ? 誰……と?」
胸の中に影がさしたような気がした。
* * *
カレンさんの店に着く。
一呼吸置いて、エプロンを身に付けてから作業部屋へ。
精霊祭のことは……今は聞かないでおこう。
いまはマリーさんのことを相談しなきゃ。
「おはようございまーす」
いつもの声を出そうと努めるものの、どこか力が入ってしまう。
ヴェルターさんの言葉が、まだ頭から離れない。
「おはよーナギ、早いわね」
『クアー』
「早起きしちゃって……クラモもおはよー」
クラモの胸元をわさわさと撫で、いつものように手触りを楽しむ。
この何気ない仕草が、少し落ち着きを取り戻させてくれる。
「カレンさん、ちょっと相談があるんですが……」
「あら、なぁに?」
「えっと……あ、先にお茶淹れますね」
「うん、ありがと」
カレンさんはテーブルの上で組んだ腕に顎を乗せ、私の動きを見守っている。
この空気感が、どこか懐かしい。
「お茶淹れるの上手になったねー」
「ほんとですか? やった、へへへ」
私はカップをカレンさんに差し出した。
「どうぞ」
「うん、良い香り……」
カレンさんがカップに口を付ける。
私もカップに口を付け、ふぅっと息を吐いた。
「それで……相談って?」
「実は、先日、居住区に行った時……」
私はマリーさんとの一部始終を説明した。
話しながら、あの時の温かな雰囲気を思い出す。
診療所での優しい物腰、的確な判断力、そして何より、あの威厳のある佇まい。
すごく格好いいお婆さんだったなぁ……。
「ねぇナギ? マリーさんって、マリー・ブラックウェルじゃ……」
「その方、有名なんですか? ヴェルターさんも言ってましたけど……」
カレンさんが困ったように笑いながら言った。
「あ、あのね、ナギ。もし、そのお婆さんがマリー・ブラックウェルだとしたら、大変なことなの」
「えっ……もしかして、怖い人だったりしますか?」
「そうじゃなくて……」
カレンさんは言葉を選ぶように間を置いて、ゆっくりと口を開いた。
「エルドラン三賢人のひとり、聖母マリー・ブラックウェルのことなのよ」
私の中で時間が止まったような気がした。
せ、聖母……三賢人?
その言葉の重みが、じわじわと実感として沸き上がってくる。
「……」
な、なんか凄そうなのきたぁーっ……!
どうしよう……!
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