失敗ポーション 下
「――⁉」
倒れた男性の顔は真っ白になり、唇も青白くなっていた。
「た、大変! 大丈夫ですか!」
「……」
すると、隣のお婆さんがスッと立ち上がり、手早く男性の脈を取りながら呼吸を確かめる。
「呼吸は正常ね……脈も安定しているようだわ」
そう呟き「聞こえる? わかりますか? 聞こえますか?」と男性に呼びかける。
「う、うぅ……」
男性が唸り声を漏らすと、お婆さんは小さく頷いた。
「意識もあるから、座らせてあげましょう。あなたたち、手伝ってくれる?」
「「は、はい!」」
私はミカちゃんのお母さんと一緒に、お婆さんの指示で男性を座席に座らせた。
お婆さん格好良すぎなんだけど……お医者さんなのかな?
「す……すみません、少し休めば大丈夫ですから……」
「あなた、かなりお疲れのようね。ちゃんと眠れてる?」
「いえ……最近、仕事が忙しかったもので……」
うーん、過労ってやつか、こっちの世界でもあるんだ。
クラモが心配そうに私の肩に止まり、バッグの中を覗き込んで嘴で私をつつく。
『クアァ?』
あ、そうだ! さすが兄弟子っ!
失敗ポーションがあったわ!
「あの、良かったらポーションのようなものがあるんですが……」
私はバッグから失敗ポーションを取り出した。
「これは?」
「私、錬金術師の見習いをしていまして、これは失敗ポーションと呼んでいるものなんです。失敗といっても、効能が弱いだけで疲労回復には結構効くんです」
「失敗ポーション……。ちょっと見せてもらえるかしら?」
「はい、どうぞ」
お婆さんは瓶に手をかざして「鑑定」と言った。
すごい、このお婆さん鑑定まで使えるんだ⁉
「うん、問題ないわね」
そう言ってお婆さんは、男性に「飲めるなら飲みなさい、楽になるわよ」と瓶を持たせる。
「あ……ありがとうございます」
男性はゆっくりと失敗ポーションを飲む。
すると、みるみるうちに顔色が良くなっていく。
クラモは男性の様子を見守るように首を傾げ、回復を確認すると安心したように羽を整えた。
「血色も良くなったから、もう大丈夫でしょう。ただ、一度ちゃんと診た方がいいわね。その方が貴方も安心して仕事に専念できるでしょ。時間があったら訪ねて来なさい、居住区で医者のマリーと言えばわかるから」
「お気遣いありがとうございます、必ず時間を作って伺わせてもらいます」
男性は深く頭を下げた。
やっぱりお医者さんだったんだ!
うわぁ……格好いいなぁ……。
「あなたたちも手伝ってくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそお医者さまがいてくださって助かりましたよ、ねぇ?」
「はい! お役に立てて良かったです!」
ミカちゃんのお母さんは「それじゃあ」と、頭を下げミカちゃんの待つ席へ戻った。
「ミカー、ごめんね、もう大丈夫だから」
ミカちゃんは嬉しそうにお母さんに抱きついている。
きっと怖かっただろうに、ちゃんと我慢して偉いぞ。
すっかり顔色の良くなった男性が、
「あの、ポーションをありがとうございます、後日、お代をお支払いしますので良かったら連絡先を教えていただけませんか?」と、私に尋ねてきた。
「あ、えっと……私は『錬金工房カレンG』のカレンさんに師事しています。その失敗ポーションもカレンさんにいただいた物ですから、お代はいただけません」
「カ、カレンG⁉ もしかして、あのカレンですか⁉」
目を見開いて男性が興奮気味に言う。
「えっ? あ、あのカレンとは……」
「いやいや、錬金術師大会初の女性優勝者にして、あの天才錬金術師アレイスター・グリズリーの秘蔵っ子だと言われているカレンですよね?」
え? カレンさんって……そ、そんな凄い人だったの⁉
「恐らく、そのカレンさんです。ごめんなさい、私は王都に来て日が浅いのでまだ知らないことが多くて……」
「こちらこそ申し訳ない、つい興奮してしまって……あ、では後日、工房の方へお礼に伺わせていただきます」
「あ、はい、でも、本当にお気になさらず」
私が答えると、男性は人当たりの良い笑みを浮かべて会釈をして席に戻った。
嫌味が無くて感じの良い人だ。
元の世界で何度か顔を合わせた一流の営業マンのような雰囲気がある。
きっと仕事のできる人なのだろう。ホントに何事もなくて良かったなぁ。
それに、私が人助けができるなんてね。
本当にこっちに来てからは驚くことばかりだなぁ。
「ねぇお嬢さん、このポーション、とっても興味深いわ」
マリーさんが、さっきまで男性が飲んでいた瓶を手に取りながら言う。
「失敗ポーションっていうのは、なかなか珍しい呼び方ね?」
「あはは、他に呼び方が思いつかなくて……」
「ふぅん、私はマリー、あなたお名前は?」
「あ、申し遅れました、ナギといいます」
知性を感じさせるマリーさんの眼差しに、思わず背筋が伸びた。
「ねぇナギ、もし良かったら、この失敗ポーションを私の診療所にも納めてもらえないかしら?」
「えっ⁉ でもこれ、失敗作ですよ⁉」
「ええ、わかってるわ。でも、効能が穏やかな分、子供や高齢の方にも使いやすそうだもの。値段の相談もさせてもらいたいわ」
思いがけない話に私は言葉を失う。
いずれ栄養ドリンク的な感じで売ろうと考えていたけど、こんな形で認められるなんて。
「なるほど……そういう使い方もあるんですね」
「薬ってね、必ずしも強い効果が良いってものじゃないの。体に優しく穏やかに効く。そういうものだって大切なのよ」
マリーさんは瓶を私に返しながら、優しく微笑んだ。
「わかりました、カレンさんにも相談してご連絡しますね」
「ありがとう、そうしてもらえると助かるわ。クラモもありがとうね」
『クアッ!』
マリーさんの言葉に、クラモが嬉しそうに鳴く。
「居住区、まもなく到着でーす!」
御者の声が聞こえ、馬車がゆっくりと減速していく。
窓の外に見える景色が、少しずつ変わっていた。
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