失敗ポーション 上
「……297、298」
カレンさんが木箱にポーションの瓶を詰めていく。
私はそれをジッと見守っていた。
「299」
最後の一本をまるで希少なワインのようにそっと手に取り、カレンさんが私の顔を見上げる。
「せーの」
「「300!」」
木箱に詰め終わり、カレンさんが両手を上げた。
「やっ……たぁーっ! できたーっ!」
「おめでとうございますっ! やりましたねっ!」
ハイタッチしたり手を重ねてその場で飛び跳ねたりと、わたしとカレンさんは全身でその喜びを表現する。
『クアクアッ!』
クラモも羽根を広げて喜んでくれている。
「いやぁ~精霊祭用ポーション300本! ほんとに長かったぁ~! でも、ナギのお陰で今年は随分と余裕ができたわ。本当にありがとね」
「いえ、私の方こそ勉強になりました! ありがとうございます!」
カレンさんは積まれた木箱を見て目を細める。
「もう普通のポーションなら教えることはないわね、ナギの成長は嬉しいけど、ちょっと寂しい気もするなぁ……」
「カレンさん……」
「まあでも、ポーションだけだからね? まだまだ覚えることはたくさんあるんだから当分は私の弟子かな?」
「当分って! ずっと弟子ですから、もう!」
ふふっとカレンさんが笑う。
「それはそうと、家の方はどう? 順調?」
「はい! いま、アンリさんの手配してくれた業者の方が点検と修理をしてくれていて、この後、差し入れを持って見学に行こうと思ってます」
「そっかぁ、楽しみだねぇ、うんうん。じゃあ、今日はもういいから、新居の方にいっておいでよ」
「え、でも……いいんですか?」
「うん、業者に渡すだけだし、私もちょっと用事があるから」と、積まれた木箱に目を向ける。
「わかりました、じゃあ……遠慮なく」
「あ、そうだ、クラモも連れてく?」
返事をする前にクラモが私の頭の上に乗った。
「あはは、行きたかったみたいね」
「じゃあクラモ、行こっか?」
『クアッ』
「いいコンビじゃない。じゃあ、また明日ね」
「はい、ではお先に失礼します」
「はーい、お疲れさまー」
私はカレンさんに頭を下げ、クラモと店を後にした。
*
「まだお昼前だね、差し入れは失敗ポーションにしようと思ってさ」
『……』
「これなら疲れも取れるしいいかなって」
『クァ』
「へへ、でしょ? 栄養ドリンク的な感じで」
『クアクァ』
やばい、私、普通にクラモと話してる……。
100%わかってんのかと言われると自信はないんだけど、不思議とわかる。
頭で理解するというよりは、もっと深いところで。
話す時にいちいち考えたりしないように、自然にわかるというか……。
「なんだか不思議だなぁ」
そうこうしているうちに、噴水のロータリーに着いた。
「たしか、アンリさんがここから乗合馬車が出てるって……あれかな?」
横長で二階建てになっている馬車が停まっているのが見えた。
へぇ~、あれって上にも乗れるんだ。
馬車の前に並んでいる人達がいる。
あの人にちょっと聞いてみよっと。
私は最後尾に並ぶ若い男性に声を掛けてみた。
「あのー、すみません、この馬車って居住区行きですか?」
「ん? うわっ⁉ び、びっくりしたぁ……」
男性はクラモを見て驚いたようだ。
そりゃそうか、頭の上に魔鳥を乗せた女がいきなり話しかけてきたら驚くよね……。
「驚かせてすみません。クラモって言います、私の兄弟子で」
「……あ、兄弟子?」
いけない、余計に混乱させてしまったようだ。
「あ、えっと、賢い鳥なので尊敬の意味です、あはは……。それより、この馬車って居住区に行きますか?」
ちょっと、何言ってるかわからない誤魔化し方になってしまった……。
「ああ、居住区行きなら隣の馬車だね」と、男性が教えてくれる。
「ありがとうございます! 助かりました!」
お礼を言って、私は隣の馬車に乗り込んだ。
向かい合わせの長いソファのような座席がある。
私を入れて、乗客はお婆さんと小さな子供連れの女性、紳士風の男性の四人だけだった。
お婆さんと目が合い、私は小さく会釈を返した。
「あら、こんにちわ。かわいい鳥さんねぇ?」
「ありがとうございます、クラモっていいます」
『……』
「クラモさんね、羽根がとっても綺麗だわ」
『……』
クラモはまんざらでもなさそうな様子だ。
「ふふっ、喜んでると思います」
「そう、それは良かった」
お婆さんは目を細めて微笑んだ。
「居住区行き、発車しまーす!」
御者さんが大きな声をあげると同時に、馬車はゆっくりと走り出した。
しばらく馬車に揺られていると、小さな女の子が私の前に立ち、じっとクラモと見つめ合っている。
「……」
『……』
女の子が首を傾げるとクラモも同じように傾げる。
「……」
『……』
女の子がむむっと目に力を入れ、クラモに顔を近づける。
クラモもまた、同じように顔を近づけた。
さっきから人の頭の上で何をやってんだか……。
隣のお婆さんはウトウトと舟を漕いでいる。
女の子の母親も眠っているようだ。
「クラモっていうんだよー」
女の子に声を掛けてみる。
「……」
『……』
まったく聞いちゃいない……。
まあ、ふたりとも楽しそうだし放っておこうかな。
「くらもっ!」
女の子の声で、ビクッと隣のお婆さんが目を開く。
「くらもくらもくらもー」
『……』
「みかっ!」
女の子は自分を指さして言う。
たぶん、ミカちゃんって名前なのかな?
「ミカ? ちょっと、離れちゃだめでしょ……すみません、この子、何かご迷惑を掛けてませんか?」
ミカちゃんの声で目を覚ました母親が慌てて側に来る。
「いえいえ、この子の相手をしてくれてたんですよ」
『……クァ』
小さくクラモが鳴くと、ミカちゃんは目をキラキラと輝かせながら母親の洋服を引っ張る。
「くらもーっ! ママ、くらもーっ!」
「ほらぁミカ? 急に大きな声を出すと、他のお客さんがびっくりしちゃうよ?」
母親はミカちゃんの目線まで腰を下ろし、優しく言い聞かせながら頭を撫でる。
「うん、くらも……」
「くらも?」
私はミカちゃんのお母さんに、
「この子の名前がクラモって言うんですよ」と横から話しかけた。
「ああ、そうだったんですね。ミカは物心ついた時から鳥が好きなんです」
「へぇー、ミカちゃん鳥さんが好きなんだぁ?」
「うん、好きー」
「どういうところが好き?」
「きれいだからー」
「そうだよねぇ、鳥さんは綺麗だよねぇ」
車内がほんわかした空気に包まれていたその時――。
「うっ……」
突然、向かいの席に座っていた紳士風の男性が倒れた。
面白い、続きが気になると思ってくれた方……
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