ポーションの行方
あれから一週間。
アンリさんに紹介してもらった家のことが頭から離れない。
「う~……はやく住みたいよぉ……」
うつ伏せにベッドに横になり、毛布に顔を埋める。
あのポーションが売れればカレンさんに連絡をすると言ってたけど……。
まあ、さすがにそんな簡単には売れないよね。
それに、売れたとしても金三千枚……。
あの家は友人価格でも一万二千枚だとアンリさんは言っていた。
一応、頭金を入れれば、残りは分割でも構わないと言ってくれたけど……。
まさか、異世界でローンを組むことになるとは。
でも、コツコツポーションを作れば、十分返せる額だし、何よりあの家に住むことができたらQOL爆上がりなんだけどなぁ……。
――コツコツ。
「ん?」
物音に顔を上げると、窓の向こうにクラモの姿があった。
「え? クラモ⁉」
――何かあったのかも知れない。
慌ててベッドから降りて窓を開ける。
「どうしたの⁉ もしかしてカレンさんに何か⁉」
『クアーッ!』
見ると、クラモの首輪にはポーチが付いていて、どうもそれを開けろと言っているようだった。
「えっと、開けるね?」
そっとポーチを開けると、中に手紙が入っていた。
「私宛かな……」
――――――――――――――――――――――――――
ナギへ
おはよう。
アンリから連絡があったわよ~。
早く知りたいと思ってクラモに頼んだの。
じゃあ、お店で待ってるね。
カレンより
――――――――――――――――――――――――――
「や、やったぁああああ――――――!!!」
私は大急ぎで支度を済ませると、
「クラモ! 先に行ってて!」と部屋を飛び出した。
階段を一段飛ばしで駆け下りる。
「ごめんなさーい!」と、上ってくる宿泊客の横をすり抜け、階段の残り三段をジャンプして一階のフロント前に着地した。
「ちょっとナギ、そんな急いでどうしたんだい?」
洗濯物を抱えたテレサさんが、呆れたような顔で私を見る。
「家が! ごめん、急ぐ! あ、パンもらうね!」
「い、家? あ、もうっ! 食べながら走るんじゃないよ! まったく……」
籠の中に入っていた小さなバゲットをテレサさんに向かって旗のように振り、私はカレンさんの店に向かって走った。
「やばいやばいやばい×100! 家だ、家だ、マイホーム!」
人混みの中をするすると走り抜ける。
すぐに大きな影が私を追い抜いていく。
不思議に思って空を見上げるとクラモが飛んでいた。
「あ、クラモ」
私が出てくるのを待っててくれたんだと思うと嬉しい。
「おぅ、ナギ! ずいぶん急いでるなぁ」
露店の準備をしているヴェルターさんが声を掛けて来た。
「はいっ、急いでます!」とだけ答える。
ぽかーんとするヴェルターさんのことは気にせず、私は走った。
カレンさんの店の前に、白い馬車が止まっているのが見えた。
あっ! あの馬車……アンリさんが来てるのかな?
その時、バサバサッとクラモが私の頭の上に舞い降りてくる。
『クァクァ』と小さく鳴く。
「待っててくれたんだよね、ありがとう」
私はクラモの背中を少し撫でた後、店の前で少し息を整えてから扉を開けた。
――カラン、コロン。
「おはようございまーす」
「あら、早かったわね。クラモもありがとう」
「おはようございます、ナギさん」
カウンターを挟んで、カレンさんとアンリさんが立っていた。
「早い方が良いと思いまして。無事、ポーションの売却が完了しました。こちらが販売証明書と、ギルド金庫の入金証明書になります」
アンリさんが両方の証書を広げて見せ、封筒にしまってから私に手渡してくれた。
「わぁっ! ありがとうございますっ!」
卒業証書みたいにして受け取り、ホクホクしていると、
「あの家に決めるつもりですか?」とアンリさんが私に尋ねてきた。
「そうですね、もう殆どそのつもりなんですけど……」
「何か心配事でも?」
アンリさんが俯く私の顔を覗き込む。
ち、近いっ! 顔ちっさ!
ていうか、何て綺麗な肌……うわぁ睫毛も金色なんだ。
このビジュなら何時間でも見ていられるかも……。
おっと、うっかり違う世界に行きそうになってしまった。
「金三千枚だと、ローンを組むことになるのかなって考えてまして……」
「ああ、なるほど。まあ、ローンでも悪くないとは思いますけどね。手元に資金を残しておける利点もありますよ?」
「なるほど、そういう考え方もありますよね」
「ただ、あのポーションは金五千枚で売れましたので、半分を頭金で入れてもらえれば、月々のお支払いはナギさんの想定よりも安く抑えられると思いますよ」
「えっ⁉ ご……五千枚っ⁉」
「はい、タイミングが良かったんです。ちょうど困っておられる方がいらっしゃったので。いやぁ、ナギさんは強運の持ち主ですね」
てことは、当初の予定通り三千枚を頭金にしても二千枚も残るんだ。
うーん、別に豪遊したいわけでもないし、二千枚は私には多すぎるかも?
手元に五百枚あれば十分だと思うし……そうだ、四千五百枚を頭金にしよう。
「アンリさん、四千五百枚を頭金にします! あの家、私に売ってくださいっ!」
私の勢いにアンリさんが一瞬たじろぐ。
「そ、それはもちろんですが……他の物件は見なくてもいいんですか?」
「はいっ! あそこ以上の物件はないです!」
家を買うということは、生活を買うことと同義。
条件面や立地など、もっと良い家があるのかも知れない。
でも、私はあの家に運命を感じた。
正確にいえば、あの素晴らしい浴室に……。
こういうのは理屈じゃないっ!
私の直感があの家を買えと告げているのだ!
アンリさんはチラッとカレンさんの方を見て、
「わかりました。まあ、あれだけの浴室があるのはあの家だけですし、ナギさんに住んでいただけるのでしたら、喜んでお譲りしますよ」と私に手を差し出した。
「ありがとうございます! 絶対に大切にしますっ!」
白魚のようなアンリさんの手を握り絞め、私は固く誓いを立てた。
「ふふっ、では、月々のお支払いや新居の改装などは、また後日」
「はいっ、よろしくお願いいたします」
「良かったわね、ナギ」
「はいっ! 準備ができたら一番にお見せしますね!」
「ありがとう、手伝えることがあったら何でも言ってね……アンリ、いつまで手ぇ握ってんの?」
「あっ! す、すみません」
私は慌てて手を離した。
「僕はもう少しそのままで良かったんだけど」と、アンリさんがボソッと呟く。
「――えっ?」
一瞬、思考が止まり、その言葉の意味を考えようとした瞬間、
「アンリ……? ナギは駄目だって言ったわよね?」と、背後から聞こえる恐ろしげなカレンさんの声で現実に引き戻された。
「ちょっと来て、外で話しましょ」
「いたたたつ……ちょっ、カレン! 僕は親切にしてるだけじゃないか!」
アンリさんの耳を引っ張り、カレンさんが私から引き離す。
その姿がなんとも不思議で思わず笑ってしまう。
「ちょ、ナギさん! 笑ってないで何とか言ってやってください!」
「クラモ、ポーション作ろっか?」
『クアッ』
「あぁっ! 待って、ナギさぁ――――んっ……!」
――カラン、コロン。
ふふっ、完璧に思えるアンリさんも、カレンさんには弱いのよね。
さぁて、これから忙しくなるぞ。
新居の準備もあるし、精霊祭用のポーションもまだまだ作らなきゃ。
「よーしっ、がんばろう!」
『クァー!』
期待に胸を膨らませ、私はポーションを作り始めた。
明日も12時、よろしくお願いします!
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