シオンの頼み
*今回はヒロイン視点ではありません。
深紅の絨毯が敷き詰められた廊下が続く。
壁に掛けられた巨匠たちの絵画が、その威厳を誇るように並んでいた。
所々に飾られた花器や彫像は、どれも一級品。
この邸宅の主が、並々ならぬ財力の持ち主であることを雄弁に物語っていた。
これほどまでとはな……。
これが最近、頭角を現しているという御用達商人アンリ・ド・ラメールの邸宅か。
豪奢さで言えば高位貴族にも引けを取らない。いや、むしろ上回っているとさえ思える。
「殿下、何かお気に召したものでもございましたか?」
俺の表情を窺うように、アンリが愛想の良い笑みを浮かべながら尋ねてきた。
その姿は、まるで商売上手な商人というより、世慣れた貴族のようですらある。
彼の中性的な顔立ちも、そう思わせる要因のひとつだろう。
「いや、随分と羽振りが良さそうだと思ってな」
「私はもっと落ち着いた雰囲気が好きですが、お客様にはこういう派手な趣向がお好きな方が多いものですから。それに、何かあったときの保険にもなります」
「ふっ、ラメール家がそれを言うか」
「ええ、いくら着飾ったところで平民は平民ですから」
その言葉に、後ろで控えていたベクターが前に出ようとする。
「アンリ殿、殿下に向かってそのような――」
「構わん、へつらわれるよりマシだ」
俺はベクターを手で制した。
アンリ・ド・ラメールの率直さは、むしろ心地よいものだった。
この男は、自分の立場をよくわきまえている。
そして、その上で敢えて本音を漏らすことで、信頼を勝ち得ようとしたのだろう。
もし、自分が廊下の調度品に目を奪われるような素振りを見せていれば、アンリはきっと違う顔を見せていたはずだ。
華やかな品々の由来を語り、その価値を巧みに示唆しながら、最後には「殿下がお気に召すのでしたら」と、惜しみない献上を申し出たに違いない。
なかなかの策士だな、と私は内心で笑みを漏らした。
「こちらです、どうぞ」
アンリに通され、ソファに腰を下ろした。
ベクターは俺の斜め後ろで立っている。
「改めまして、シオン・アルヴォラリス殿下。この度は初めてお目にかかる機会を賜り、光栄に存じます。御用達商人のアンリ・ド・ラメールと申します」
言い終えると、アンリが深く低頭した。
つつがなく流れるような所作、この男には生まれ持った品があるな。
「今回、無理を言ったのは私の方だ。こちらこそ、貴殿に会えて嬉しく思う」
「勿体ないお言葉です」
絶妙なタイミングで、お茶が運ばれてくる。
使用人の教育も行き届いているな……。
「せっかくのお茶が冷めてしまう。ここからは、互いに堅苦しいのはやめよう」
俺が向かいのソファに手を向けると、アンリは小さく会釈をして腰を下ろす。
そして、ゆっくりと足を組み、形の良い口を開いた。
「では、恐れながら――殿下のような高貴な御方が、私のような平民に何用でしょうか?」
「貴様っ……!」
「ベクター! いい、黙ってろ」
「……失礼いたしました」
「噂に聞いてな、お前ならレッドクラスのポーションを用意できると」
「……これはまた、唐突なお話ですね」
アンリは紅茶カップをソーサーに置き、
「理由をお聞かせいただいても?」と返した。
「実は、ウチの騎士団で原因不明の流行病が発生した。治療法が見つからず、今も医者をかき集めて対応させているが回復の兆しがない。このままの状態が続けば、公爵領の治安にも関わってくる」
「なるほど……それは問題ですね」
「ああ、それで何か良い方法はないかと調べていたところ、錬金術師からレッドクラスのポーションであれば回復できるだろうと聞いたんだ」
「レッドクラスとなると……市場に出回るのは錬金術大会後か、もしくは、何らかの事情により手放された時ですね。そもそも、作れる錬金術師は限られていますし、注文をしたところでどれだけ待たされるかもわからないのが実情です」
「だろうな……。だから、お前に頼みに来た。アンリ・ド・ラメール、俺に力を貸せ」
「はあ……随分と過大評価していただいているみたいですね」
アンリは小さく頭を振り、目線を落とす。
「安心しろ、俺は受けた恩は必ず返す。それに、公爵家に恩を売るチャンスなど金では買えないと思うが?」
「しかし、どうやっても数は集まりませんよ?」
「構わん、一本でも良い。精鋭部隊さえ回復すればなんとか時間は稼げる」
「残念ながら確約はできませんが、私にできるだけのことはやってみましょう」
「おぉ! やってくれるか! ありがたい!」
「レッドクラスですので、相手の言い値になることはご承知おきください」
俺は「わかった」と席を立ち、
「金なら腐るほどある。お前の分もたっぷり乗せておくといい」とアンリに言った。
アンリが帰り道を先導する。
「シオン様、本当に信用して大丈夫ですか?」
ベクターが小声で耳打ちをしてくる。
「できることをやるまでだ」
「……」
不安がないと言えば嘘になる。
だが、アンリ・ド・ラメールは只者ではない。
父の代は名もなき町商会だったラメール商会を、わずか数年で王都有数の御用達商人へと押し上げた手腕を持つ。
この男で無理なら、他の道を探すまで――。
ふと、扉の開いた部屋の中に目を向けると、女性がふたりソファに座っているのが見えた。
一瞬だったが、ハッキリと顔が見えた。
あれは……間違いない。ヴォルホークを連れて薬草を摘んでいた少女だ。
幼さの残る顔と珍しい黒髪は忘れない。
アンリ・ド・ラメールとどういう関係だ?
彼女は錬金術師なのか……?
「殿下、どうかされましたか?」
「問題ない。後ほど公爵家から詳しい状況を報告させる」
「はい、畏まりました」
「よろしく頼む」
俺はそう言って、ベクターと帰りの馬車に乗り込む。
走り出す馬車に揺られながら、なぜか森で出会った少女のことが頭から離れなかった。
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