貴族御用達商人
カレンさんについていくと、見たこともないような豪邸の前に辿り着いた。
「ナギ、ゴールドαはちゃんとある?」
「は、はいっ、ここに……」
私は上質な紫色の布で包んだゴールドαの瓶を見せる。
「よし、じゃあ行くわよ」
「ちょ、カ、カレンさん⁉ ストップ!」
カレンさんの服をぐっと掴む。
「ん? どうしたの?」
「いえ、せめてここが誰のお屋敷なのか、心の準備ができれば……」
「ああ、ごめんごめん! ついついナギなら平気かなって思っちゃって」
てへっと笑みを浮かべるカレンさん。
コホンと咳払いをした後、豪邸に手を向ける。
「ここは貴族御用達商人のアンリ・ド・ラメールのお屋敷です!」
貴族御用達商人って……なんか凄い人?豪商的な?
「アンリさんって呼べばいいんですか? それともラメールさんの方が?」
「んー、ラメールかな。私はアンリって呼ぶけど最初はラメールの方が良いと思う」
「ラメールさん……はいっ、わかりました!」
「じゃあ、行きましょう」
* * *
執事らしき男性に案内され、私とカレンさんは応接室のふかふかのソファに腰掛けて、ラメール氏を待っていた。
テーブルには高級そうなティーセットと、美味しそうなクッキーが用意されている。
紅茶を頂きながら、この豪邸の豪華さに感心していると、開け放たれた扉の向こうから話し声が聞こえてきた。
――誰か来たようだ。
「では、私の方で探してみましょう」
「そうしてもらえると助かる」
スッと横切った背の高い男性と一瞬、目が合った気がした。
あれ? あの人、どこかで見たような……?
「ナギ、どうかした?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「――やあ、お待たせ」
それからしばらくして、応接室に颯爽と現れたのは、背の高い美形の紳士だった。
いや、女性と見間違えてもおかしくないくらい整った顔立ち……!
切れ長の目に透き通るような白い肌。
プラチナブロンドの長い髪を後ろで一つに纏めている。
「ご無沙汰ね、アンリ」
「はあ、カレン……月に一度は顔を出せって言ったよね?」
あれ? なんだかすごく親しげな雰囲気……。
「私も色々忙しいのよ」
「……で、そちらは?」
うっ……なんて眼力……。
何もされてないのに、緊張して照れてしまう!
「あ、は、初めまして、ラメールさん! 私はナギといいますっ!」
とにかく失礼のないよう、深々と頭を下げた。
「アンリでいいよ」
アンリさんは短く答え、カレンさんに目を向ける。
「私の弟子なの、とっても優秀なのよ」
「弟子? カレンが?」
「どういう意味よ!」
「どうって……あれだけ、僕には一人が良いって言ってたじゃないか」
え、そうだったの⁉
もしかして、カレンさん、無理してくれてるんじゃ……。
「余計なこと言わないで。それより今日は相談があって来たの」
「相談? カレンが僕に?」
「いいから、とにかくこれを見てちょうだい、ナギ?」
「あ、はい!」
私はテーブルの上にゴールドαを置き、包んでいた布を丁寧に外した。
「――⁉」
アンリさんの表情が引き締まる。
「これは……手に取っても?」
カレンさんが私を見やる。
私は「どうぞ」と瓶を差し出した。
「……鑑定」
アンリさんは呟いた瞬間、大きく目を見開いた。
「これは……カレンが?」
「いいえ、ナギが作ったの」
驚いた顔で私を見るアンリさん。
アンリさんも鑑定が使えるんだ……。この感じだと、物の鑑定ができるのかな?
「……これを彼女が?」
「品質は言わなくてもわかるでしょ?」
「ああ、で、これを僕にどうしろと?」
「売却先を紹介して欲しいの。それと、王都で家を探してるんだけど、良い物件があったら教えて」
「……用件はそれだけ?」
「ええ、それだけ」
数秒の間、カレンさんとアンリさんが無言で見つめ合う。
先に口を開いたのはアンリさんだった。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら……まあいい、ポーションの方はちょうど探している客がいる。かなり身分の高い方だから、金払いも問題ないだろう」
「さっすがー! アンリってホント有能よねぇ~」
屈託なく言うカレンさんを見て、アンリさんは小さく溜息をついた。
この二人、もしかして……。
元恋人? いや、そういうのとはちょっと違うかな。
「あの、お二人は……昔からのお知り合いなんですか?」
一瞬の間の後、アンリさんは髪をかき乱しながら、カレンさんを諌めるように見た。
「はあ……。カレン? ナギさんに言ってないのか?」
「あはは……バレた?」
「え?」
「ごめんナギ。これ、弟なの」
「えっ⁉ お、弟さん……‼」
スッと私の前に立ち、優雅に会釈をしてくれた。
これだけ美形だと、まるで映画のワンシーンみたい……!
「いつも姉がお世話になっております」
「い、いえ! とんでもない! 私がお世話になってますんでっ! 絶対に!」
あわあわしてしまい、自分でもよくわからないことを口走ってしまう。
「ふふっ、ナギさんは面白い方ですね」
え、笑みがもはや凶器……!
姉弟揃って美形すぎじゃない?
「い、いえ……そんな……」
「家をお探しだと伺いましたが、ラメール家でも幾つか物件を所有しております。どのような家をお考えですか?」
「あ、えっと……浴室付きの家を探してるんです」
「浴室ですか……」
「はい、もしなければ、改装して作ることも視野に入れて……」
「なるほど、そういうことでしたら、腕の良い大工がいますから何とかなるでしょう」
「本当ですかっ⁉ あ、でも……予算はどのくらい必要なんでしょうか?」
「そうですね、いまの相場ですと……これくらいかと」
アンリさんは私に指を4本立てて向ける。
4本……金4枚? いや40枚?
いまいち金銭感覚がわからないな……。
「金4000枚ってところでしょうか」
「――ぶふっ⁉」
紅茶を吹き出しそうになる。
「ちょっと、大丈夫?」
カレンさんが背中をさすってくれる。
「すみません、大丈夫です……ちょっと驚いてしまって」
「金4000なら、まあ妥当じゃない?」
カレンさんがさらっと言う。
「いや、4000って……」
「大丈夫でしょ、アンリ、それいくら?」
カレンさんがポーションに目を向ける。
「……そうだね、最低でも3000は」
「さ、さんぜんっ……⁉」
そんなに⁉
あんな簡単に作れちゃったんだけど……いいの⁉
「当然です。並の錬金術師には作れないものですからね」
「えっ……そうなんですか⁉」
心配そうな顔で私を見ていたアンリさんが、カレンさんに言った。
「カレン、いったい彼女に何を教えてるんだ? 何も知らないじゃないか」
「い、いや、それはだって、まだ教え始めたばっかりだし……ねぇ?」
「そ、そうなんです! 本当に最近弟子になったもので……」
「あのさ、昨日や今日、錬金術師になって作れるようなものじゃないよ?」
「いえ、その、自分、作れてしまって……すみませんっ!」
営業時代の性か……。
なぜか直角お辞儀で謝罪をする私。
「あはは! やっぱりナギって面白い!」
なぜか、ツボに入ったカレンさんが楽しそうに笑い出す。
「……とにかく、一度、物件を見て回りましょうか」
「はい、よろしくお願いします!」
「そんなに堅苦しくなさらずに、カレンの弟子なら身内同然ですから」
天使のような笑顔で言うアンリさん。
「アンリさん……ありがとうございます」
本当にありがたい……眼福です。
「駄目よアンリ、ナギは渡さないからね?」
カレンさんが私をぐいっと引き寄せた。
「……」
アンリさんは無表情でカレンさんを見つめている。
「カレンさん、そんな渡すも何も……」
「そっか、残念。ナギさん、すごく僕の好みなんだけどなぁ」
突然くだけた口調で告げられ、私は思わず目を見開いた。
これまでの丁寧な物腰が嘘のように、アンリさんは意味ありげな笑みを浮かべながら、じっと私を見つめている。
「へ?」
え? 嘘でしょ? こんなイケメンが……⁉
こ、好み……ってことは、好意的とかそういう……⁉
「ほら、アンタの趣味はわかってんのよ、絶対に駄目だからね? わかった?」
カレンさんがアンリさんに釘を刺す。
駄目じゃない……カレンさん、駄目じゃないですぅ……。
私は平静を装いながら心の中で泣く。
「わかったよ、仕方ないね。じゃあ、ナギさん、これからもよろしく」
「……よ、よろしく……お願いします」
思っていた以上に、異世界での恋愛はハードルが高そうです。
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