露店のヴェルターさん
早速、ポーションの量産体勢に入り、私は黙々と作業を続けた。
「よし……」
二十本を作り終える頃には、だいぶ慣れてきた。
見た目にも、陽泉花の花びらの欠片が溶けきらないようなミスはない。
水の量も意識せずに調整できるようになってきているし、間違えそうな時はちゃんと違和感を感じる。
「――鑑定」
――――――――――――――
名称:ポーション
品質:★★★☆☆
効能:軽度の裂傷や熱傷、感染症など幅広い改善効果をもたらす。
――――――――――――――
よし! これで連続三本目の星三つ!
良い調子だな~!
これはポーションマスターと呼ばれる日も近いかも?
なんてホクホクしていると、店番をしていたカレンさんが作業部屋に戻ってきた。
「あら、調子良いみたいね?」
「はい、へへへ」
「この調子でお願いね」
「お任せください!」
ぐぎゅるるるる……。
「あ」
「あはは! そうね、そろそろお昼にしましょうか?」
は、恥ずかしい……まるで食いしん坊キャラみたいだ。
「何にしようか? どこか食べに行く?」
「んー、あっ! 近くの露店でもいいですか?」
「うん、いいけど……また、ヌードン?」
「うへへ、あれ癖になりますよねー」
あのビーフンっぽい麺料理は『ヌードン』と言って、メジャーな大衆料理らしい。
ヌードンを出す店は多いのだが、近くの露店はかなり人気があるという。
「確かにね、私も好きよ」
「じゃあ決まりですね」
カレンさんが、窓際に佇むクラモに声を掛けた。
「クラモ、お留守番お願いねー」
「おみやげ買ってきますね」
兄弟子はチラッと私達を見て、
『クアッ!』とだけ鳴いて答えた。
* * *
お昼時の王都はとても賑やかだ。
このくらいの時間から夕方にかけてが一番人通りが多くなる。
ピークタイムってやつは世界が変わっても同じなのだ。
「んっ……はぁ~、良い天気ね」
カレンさんが伸びをしながら言った。
「そうですねぇ」
のんびりとした時間。
やることはたくさんあるけれど、強制的にやらされるわけじゃない。
自分がやりたいと思って頑張っているから、何も辛くない。
時間に追われることも、元の世界の仕事ならストレスになったと思うけど、今は逆に良い緊張感を与えてくれるスパイスになっている。
それに、この空気。
何て表現すればいいんだろう……。
でっかい。
そう、とにかくこの世界の空気は器が大きい。
おおらかで、なんでも許容されるというか……。
大陸感っていうのかな?
初対面でもだいたい友達、みたいな雰囲気がとても心地よい。
「どうしたの? ご機嫌ね?」
「そ、そうですか?」
カレンさんに言われて、思わず自分の顔を触る。
「こっちに慣れてきたからかな? いい顔になってるよ」
「え、私ってそんなにひどい顔してましたか?」
「ううん、ひどくないよ。ナギは最初から可愛かったけど、いまはもっと可愛くなったって話」
「あ、ありがとう……ございます」
うひゃぁ~、て、照れるなぁ~。
「おっ! ナギじゃん! いらっしゃい!」
「ちょっと、ヴェルター! 私にも愛想使いなさいよね?」
カレンさんがヴェルターさんに指を指して冗談っぽく詰め寄る。
「も、もちろんですよ、カレン先生! やだなぁもう、あはは!」
錬金術師として独立しているカレンさんは、元の世界でいうところのお医者さんみたいな扱いを受けていて、先生やさん付けで呼ばれることが多い。
「ったく、私はいつものね。ナギは?」
「私は……チーズヌードンで!」
「OK、すぐ作るよ」
私とカレンさんは露店の側にあるテーブル席に座った。
ヴェルターさんは手際よく野菜を切り分けている。
この世界……カレンさんをはじめ、容姿が整った人が多い。
ヴェルターさんも元の世界だったらモデルとかになれそうだし、そういえば森で会った人もドラマで出てきそうなイケメンだったなぁ。
異世界を普通に受け入れちゃってる感じとか、それが原因かも?
現実味がないというか、どこか映画でも見てるような気分になっちゃってんだろうなぁ……。
「ナギってさ、いつの間にか知り合い増えてるよね?」
「そうですか?」
「うん、好き嫌いの激しいブロンやテレサ、あのクラモまでナギナギって……。最近じゃ、ヴェルターまで手懐けちゃってるし……」
「カレンさん、その表現はどうかと……」
「お待たせー、チーズヌードンとフィッシュヌードンね」
「おっ、来た来た! さ、食べよ食べよ~」
「美味しそう~!」
ちょっぴり焼けたチーズの匂い……。
もちっとした麺に絡むチーズと濃厚なソースがたまらない……!
「はふ……はふ……」
「うん! 最高、今日もイケてる!」
カレンさんがヴェルターさんに向かって親指を立てる。
「カレン先生に言われると嬉しいね~、お、そういや、精霊祭の準備はどうです?」
「うん、なんたって今年はナギがいるからね! 安心してるわ、ね?」と、私に向かって微笑む。
「ふぇっ⁉」
慌ててチーズヌードンを飲み込む。
「へぇ~、ナギ凄いじゃん!」
「あの、あんまり期待されると……プレッシャーというか……」
「自信持って。あれだけ作れてるんだから、あとは数をこなして体に覚えさせるだけよ。精霊祭が終わるころには、普通のポーションは卒業かな?」
「ほ、ほんとですかっ!」
「おぉ~やったじゃんナギ。どんどん出世してウチのヌードンを広めてくれよな」
「あんたは自分で努力しなさい」
カレンさんに言われて、ヴェルターさんがおどけながら肩をすくめた。
「ふふっ。あ、そうだ、ヴェルターさん、クラモにおみやげ作ってもらえますか?」
「ああ、OKOK、持ち帰り用ね」
ヴェルターさんの器用なところは、魔鳥用のフードも即興で作れてしまうところだ。
なんでも、元冒険者なので魔物や魔鳥などの生態に詳しいのだとか。
「ほいよ、傷むから夕方までに食べさせてくれよ? ヴォルホークの好きな兎肉を果実ソースで和えて、人肌に温めてある。隠し味は炒ったチアンの実だ」
「わぁ、さすがですね! ありがとうございます、クラモが喜びます!」
ヴェルターさんからクラモ用のおみやげを受け取る。
胡麻に似たチアンの実の香ばしい匂いが漂う。普通に美味しそう……。
カレンさんもどれどれと覗き込む。
「ほんと、器用なものねぇ……その特技をもっと活かせばいいのに」
「ははは、こんなのは冒険者なら誰でも思いつくもんだし、オレは気ままな露店が性に合ってるんですよ」
「ふぅん、そうなのね。まあ、私達からすれば、ヴェルターがここで露店をしてくれていた方がいいんだけどさ」
「ですね」と、私も同意する。
「またまたぁ、そんなこと言ってもお代はまけませんよ?」
「あら残念、じゃあ行こっか?」
「はい」
二人でわざとそっけなく席を立つ。
「ちょちょ、ひでぇなぁ……もう」
カレンさんが、苦笑するヴェルターさんにお代を払う。
「冗談よ。ありがと、美味しかったわ」
「美味しかったです、また来ますね」
「おう、まいど。またよろしく~」
店からの帰り道、カレンさんがクスッと笑う。
「ヴェルターって、からかいがいがあるわよねー」
「そうですね、何だか憎めないというか。ふふっ」
「はぁー美味しかった。さ、急がないとクラモ怒ってるかな?」
「ふふふ、これがあれば大丈夫です」
私は手に持っていたおみやげを見せた。
「だよね?」
カレンさんと顔を見合わせる。
二人で笑いながら、賑やかな王都を歩く。
ほんと、毎日がこんなに充実していて良いんだろうか……。
澄み切った青空を見上げて、私は目を細めた。
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