弟子の告白
「う……うぅ……み、水……」
頭がガンガンする……。
完全に二日酔いだわ……。
水差しからグラスに水を入れ、一気に飲み干す。
「ぷはーっ……」
昨日は一杯だけと言いつつ、明け方まで飲んでしまった……。
それもこれも、お酒が美味しすぎるのがいけないんだよね。
甘酸っぱくて、フルーティーな薫り。
癖がなくて、スッと染み渡るような……。
「うぷっ……」
危ない危ない……当分、お酒は控えないと。
そういえば元の世界では、あんなに楽しく誰かと飲んだ記憶がないな。
会社の強制打ち上げや接待がほとんどだったし、当然っちゃあ当然なんだけど……。
「いけない、支度しなきゃ!」
慌てて着替えを済ませ、一階へ駆け下りる。
「おや、寝坊かい?」
「あ~……ちょっと昨日、飲み過ぎてしまって……」
「ははは! そうかい、ちょっと待ってな」
そう言って、テレサさんが、カウンターの奥からショットグラスくらいの小さなコップを持ってきた。
「酔い覚ましさ、飲んでいきな」
「ありがとうございます!」
コップを受け取り、グイッと一息に飲み干す。
口の中に、ほんのり苦味が広がった。
「いってきます!」
「気を付けるんだよ」
「はぁーい!」
小走りでカレンさんの店に向かう。
この賑やかな王都の雰囲気にもだいぶ慣れてきた。
ビーフンっぽい謎の麺料理を出している屋台のお兄さんが、私を見て軽く手を上げる。
「おっ、ナギー、今からかい?」
「はい! ちょっと寝坊しちゃって……お昼、寄りますね!」
「おぅ、がんばんなよー!」
クラモを頭に乗せて採取に行ってから、店の近くにある露店の人が挨拶をしてくれるようになった。
やっぱ、あれ目立つもんね……ちょっと恥ずかしい。
でも、お陰でお昼の楽しみもできたし、この調子で色々な人と仲良くなれるといいなぁ……。
「おはようございまーす!」
お店に入ると、カウンターの奥からカレンさんが顔を出した。
「おはよ。どう? 大丈夫だった?」
「へへ、二日酔いでちょっと寝坊しちゃって……。あ、テレサさんに酔い覚ましをもらったんで、いまはスッキリしてますけどね」
「よかった。ちょっと飲ませ過ぎちゃったかと思って、心配してたのよ」
「ありがとうございます! カレンさんこそ大丈夫でした?」
「ええ、私はコレがあるからね」
ニッと笑って、ちいさな小瓶を見せる。
「何ですか、それ?」
「カレン特製酔い覚まし。ナギも飲んだでしょ? テレサのところに卸してるの私だから」
「そうだったんですか⁉ どおりで……良く効くなぁって」
「まあ、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
『クアッ』
奥からクラモの鳴き声が聞こえる。
「あ、ナギが来たから呼んでるわね。じゃあ、始めましょっか?」
「はい、お願いします!」
エプロンを着けて作業部屋に入ると、窓際のクラモと目が合った。
「おはよー、クラモ」
『……』
ぷいっとそっぽを向くクラモ。
うっ……なぜに?
「照れてんのよ。さっきまで窓から外を覗いて、ナギが来るのを待ってたくせに」
『――クアックアックアッ!』
カレンさんの言葉をかき消すように、クラモは鳴き声を上げてカウンターの方へ行ってしまった。
「あはは! ほらね? 大丈夫、気に入られてるから」
「だといいんですけど……」
「さてと、どうしよっか? ちょっと一回自分でやってみる?」
「えっ⁉ いいんですか……?」
「うん、何事も実践あるのみだしね」
「私、やりますっ!」
よしっ! 作り方はちゃんと覚えてる……。
手順通りにやれば、私にも作れるはずだ!
「じゃあ、私見てるから、早速やってみよっか?」
そう言って、カレンさんは近くの椅子に腰を下ろした。
私は大きく深呼吸をして、意識を集中する。
慌てず、カレンさんの動きを思い出して……。
まずは、器を用意。
麻袋から陽泉花をざる一杯に移す。
このくらいかな……。
陽泉花の花の付け根に親指を乗せ、ぐっと押して花を分離していく。
うん、良い感じにできてる。
急がず、丁寧に花を分離させ、器の八分目だったかな。
たしかこのくらいだったはず……。
で、魔鉱石の粉を用意して……。
水は器に七分目。一気に入れずに少しずつ入れてっと……。
粉は大さじに6杯半。
1杯入れたら水を入れ、溶けたら次を入れる。
ゆっくり……ゆっくり……。
段々と陽泉花の花が地水に溶けていく。
よしよし、順調……!
最後まで水を入れ粉も溶かし終えた。
そのまま、ゆっくり木のヘラでかき混ぜていく。
もう、ほぼ陽泉花の花は溶けて消え、僅かに花びらの欠片が残っているくらいだ。
「もう少し……」
だが、いくらかき混ぜても花びらの欠片が残ったままだった。
「ど、どうして……」
その時、椅子に座って、じっと見ていたカレンさんが立ち上がった。
「うん、わかったわ。一旦、そこでストップして」
「は、はい!」
「いい? 水を入れて粉を入れる時ね、ナギの場合は、水の量が一定じゃないのよ」
「水の量……」
「そう、器に七分目の水。魔鉱石の粉は6杯半よね?」
「はい……」
「水はちょうど均等になるように注ぐの。だから、水も七回目に注ぐときはそれまでの半分の量になるようにしないとね」
「なるほど……!」
あれ? 私って鑑定が使えるんだよね……?
なら、鑑定を使えばちゃんとできてるかわかるんじゃ?
いや……でも、何かずるしてるみたいで気が引ける。
ちゃんと自分でできるようになりたいし……。
でも、一回、どんなものか試してみたい気もする……。
「どうしたのナギ?」
「あ、いえ、その……カレンさん、前に鑑定の話をしてたじゃないですか」
「えっと……そうだっけ?」
「はい、ちょっと気になるというか、どんな感じなのかなぁって思いまして……」
「そうねぇ、私の師匠が鑑定持ちだったんだけど……」
おぉっ! さすが師匠の師匠!
「人によって違うみたいね」
「え……」
「んー、師匠は素材の効能がわかるって言ってたかな。あと、他人のスキルが見える人や、物の価値が見える人、中には自分に対する好感度が数字で見える、なんて人もいたみたいよ」
てことは、私も使ってみないと、何が鑑定できるかわからないのか……。
「なんで急に?」
「あ……いえ、その……」
どうしよう……言うべき?
カレンさんには隠し事をしたくない……。
でも、言っていいのかどうか……。
どういう影響があるか予想ができないのが怖い……。
もし、もし万が一今の関係が……。
「ナギ、もしかして……鑑定持ちなの?」
思わず肩がビクッと震えてしまった……!
「あ、その……私……」
ど、どうしよう……私……カレンさんに嫌われるのだけは嫌だ……!
カッと背中が熱くなり、目に涙が溜まっていく。
だめだ! 落ち着いて……冷静に!
ど、どうすればいいの?
考えれば考えるほど、焦ってしまい、指先もかすかに震え始める。
その指を見て、さらに動揺してしまう。
「こ、これは、ち、ちがくて……」
その時、ふわっと優しい香りに包まれた。
「え……」
「――ナギ、大丈夫。ごめんね、大丈夫だから」
気付くと、カレンさんが優しく私を抱きしめていた。
「カレンさん……」
「あのね、ナギ。私はナギがどんな能力を持っていたとしても、何も変わらないわ」
カレンさんは私の目を見つめる。
「羨ましいと思ったり、驚いたり、すごーい!って嬉しくなったり? んー、あとは誰かにナギのこと自慢したくなったりすると思うけど……」
「でも、絶対に嫌いになったりしないよ」
「カレンさん……」
「だって、私はナギの師匠なんだからね」
そう言い終えると、カレンさんはもう一度私を抱きしめ、頭を撫でてくれた。
何でこんなに優しくしてくれるんだろう。
はあ……もう、この沼から抜け出せそうにない。
カレンさん……格好良すぎるよ……。
もう言ってしまおう……。
全部打ち明けて、私を知ってもらおう。
その上で私は、カレンさんの弟子として、これからの関係を築いていきたい……。
私はそう決意し、勇気を出して口を開いた。
「カレンさん、私……実は……鑑定が使えるんです」
面白い、続きが気になると思ってくれたら……
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