第八話
十字路の中に、2台の高機動車と1台の大型トレーラーが砂埃を上げながら入ってきた。
スイーパーの死骸を踏み付けながら、巨大ガグルの死骸に沿わせて駐車した3台の車から、続々とアバターを被った十数人の男たちが降りてきた。
皆、露出の多い古びた穴だらけの衣服を纏っている。その布切れのような服は、砂と血で汚れたホーグの装束の方がまだましなほどに酷いものだった。
鳥、ネコ、犬や猪など様々な動物顔の日焼けした男たちは、漆黒の巨大な塊の周りを囲んで口々に感嘆の声を上げた。
ガスマスクだけの者も数人交ざっているが、テトラにとっては馴染みの無い異様な光景だった。まるで何かの祭りか儀式のようだ。
「信じられねえ、マジでやりやがった!」
「こりゃ、ぶったまげた!この怪物をひとりでだぞ、とんだ酔狂だ!!」
男たちは興奮した様子で黒い鱗を叩いたり、蹴ったりしながらホーグの偉業を絶賛した。
「やったな、ホーグ!オレはお前さんならやると思ってたさ。」
「よく言うぜ、〝黒〟に5万セル張ったくせに!」
テトラはホーグの陰に隠れて、男たちのやり取りを観察した。
「スイーパーからよくここまで守ったもんだ。これはいい防具になる。」
「油脂も大量に抽出できそうだ・・・はあ、この肉が食えたらなあ。」
「阿呆、中毒起こして死んじまう。」
「これで、都市遺跡の発掘作業も捗るな。他コロニーが嗅ぎつける前に貴重な資源は運んじまおう。」
「違いねえ。」
「ラビ。約束通り、ベルーガは寄越せよ。」
ホーグは、目下の背の低いウサギ男に向かって催促した。
「はっ、このイカレ野郎め!くれてやるさ、大事に扱えよ!?」
ラビはさも口惜しそうに、しゃがれた太い声で怒鳴り返した。
「うっひゃあ!見ろよ、このどでかい風穴!惚れ惚れするね。」
巨大ガグルの額に上ってきたトラネコ顔の少年が弾んだ声で称賛した。
彼だけは、ホーグとよく似た形の鳶色をした装束を纏っていた。ホーグが左耳に2つ、右耳に1つずつ嵌めている金の耳飾りと同じものを、その少年は左耳に1つ嵌めてもいた。他の男たちと比べ物にならない良い身なりであり、さほど日焼けもしていなかった。
その少年はホーグの後ろに隠れているテトラに気がついて「・・・誰だい?」と、警戒した声色でホーグに聞いた。
「拾った。」
ホーグは短くあっさりと答えた。
少年は顔を見せようとしないテトラを不審がるように暫く窺っていたが、
「はあ・・・まあいいや。おい、始めようぜ!」
と、男たちに声をかけて身軽に飛び下りていった。下で騒いでいた男たちは、トレーラーからガグル解体用の道具を下ろし始めた。
「どんな手を使った?高熱ガスを吐いた後が無いぞ。」
鷲頭で大柄の男が十字路を見渡しながらホーグに聞いた。
「雷鳥を喰わせて、腹の中を麻痺させたのだ。」
「・・・なるほど、高次元・パイマーにしか出来ねえ技って訳か。」
鷲男は少し恨めしそうに納得した。
「雷鳥の後でトランスか!?また、無謀な事を・・・よく平気だったな。」
解体器具を組み立てながら、その会話を聞いていたトラネコの少年が呆れ果てたように言った。
「しかも・・・イフリート級のジンでだなんてキチガイにも程があるぜ。」
「もう奴とはこれで最後のトランスだ。魂を喰われかけた。」
ホーグは涼しげな声で縁起でもないことを言った。
「見納めたかったよ。辛気臭い顔して見物は駄目だって言うからシェルターで待ってたけど・・・余裕そうじゃないか。心配して損した。」
そう言って拗ねる少年にホーグは鼻で笑った。
「勘弁しろ。今回ばかりは、それだけ覚悟しておったって事だ。」
「・・・・。」
「おい、ラビよ。早く例の物を。」
ホーグは作業中のウサギ男に再び請求した。
「そう急ぐな!ったく、気の短けぇ小僧が。」
ラビは毒づきながら作業を一旦中断し、トレーラーから白い楕円形のボードを抱え下ろした。最後部に何らかの動力装置が設置されており、平たいボディの後方には幾つかのペダル、前方には片足のみのビンディングが取り付けられている。
「何なんだ、あれ?」
テトラはホーグの後ろから少し顔を覗かせて聞いた。
「あれ、嬢ちゃん知らねえのかい?ホバーボード〝ベルーガ・ジャッド〟だ。反重力装置で砂上を浮いて走るボードさ。蓄電可能の太陽電池、エネルギー放出を調整して速度を自由自在に操れるパワートラッカー付き。最高速度80ノット、高さ約2mまでなら上空飛行も出来―――・・・!?」
巨大ガグルから下りて近寄ってきたテトラの姿を捉えたラビは、驚愕した。
「お、おい、お前!何でマスクしてない!?死にてえのか!!?」
慌てふためくラビの声を聞いて、黙々と作業していた男たちが一斉にテトラを見た。全員が困惑し、警戒した。猟銃を手にする者もいた。
「・・・こいつ、影が無い。」
トラネコの少年が低い声でぼそりと言った。
ラビはテトラの足元を見て、息を呑み飛び退いた。
「ほんとだ・・・・無い。〝影無し〟だ!」
一瞬の沈黙。
そして、動物顔の男たちは騒ぎ出した。
「何なんだよ、こいつ・・・人間か?」
「気味悪い・・・何か、変な疫病じゃねえだろうな!」
「ゆ、幽霊じゃないのか?」
「新手のファミリアかもしれんぞ・・・!!」
男たちは敵意と憎悪のアウラをテトラに向けた。
テトラはショックを受けながらも、これが自分に対する人の正常な反応なのだと認めざるを得なかった。
「ホーグ、拾ったって・・・何考えてんだ?ふざけんじゃねえ、すぐに始末すべきだ!!」
少年が喚いた。
「リウォの言う通りだぜ。元々いかれてんのは承知してるが、あんたの奇行にはもうついていけねえ・・・!」
鷲男は落胆したようにはき捨てた。
「他コロニーの差し向けじゃないだろうな?」
「おい、お前、何か言ってみろよ!?」
男たちは遠巻きで、テトラに向かって威嚇した。
険悪な空気の中、ホーグは暢気に頭を掻いて地上に降り立った。
「そう殺気立つな。キダ、銃から手を離せ。」
「・・・・。」
猟銃を握りしめていた猪顔の男は、刺々しいアウラを放ちながらも銃を離した。
「リウォ、お前はこいつのアウラをどう捉える?」
ホーグは穏やかな声で少年に聞いた。
「どうって・・・。」
リウォは言葉に詰まった。
「シングイよ、何か言ってくれ。」
ただ1人、背を向けて黙々と作業を続けていた男が、ホーグに呼ばれてふいと振り返った。そして、つぶらな獣の目でテトラを見据えた。
その男は顔面だけではなく頭全体に、ネズミのようなモグラのような、何かよく分からない茶色い毛の生えた動物の頭部をすっぽりと被せていた。
「・・・・。」
全員が彼に注目した。ごくりと唾を飲む者もいた。
シングイは暫くテトラを観察した後、またふいと丸い背を向けて作業を再開した。
「・・・特に危険ない。夕刻までに出発するだろ?ささと済ませるぞ。」
彼は、ぼそぼそと極めて聞き取りにくい訛った音声で話した。
男たちは互いに顔を見合わせて固まった。
「・・・〝口無しのシン〟がしゃべった。」
ラビは放心したように呟いた。
「は、話せたんだ・・・・って、そんなの関係無ぇ!影が無いんだぞ!?得体の知れないモノをコロニーには入れさせない。長も許す訳がない・・・!」
気をとり直したリウォは、皆に威厳を見せるような口振りで断言した。
「そ、そうだ、その通りだ!」
「こんな不気味なヤツを連れて帰ったりしたら、何か悪ぃ事が起こるに違いねえ!」
金縛りから解けた男たちは、口々に賛同した。
ホーグは至ってマイペースで、ホバーボードのビンディングにブーツを固定させている。
「おい、聞いてんのかよ?ホーグ!!」
「怒鳴るな、頭痛が酷いんだ。」
ホーグは静かにリウォを制した。
「・・・・。」
エンジンをかけると、白いボードはふわりと浮いた。ホーグはベルーガをゆっくり前進させ、男たちの合間を縫うように低速で走り出した。
「・・・影が無い事が、それほどに不気味か?」
誰に聞くでもなく、ホーグは言った。
「当たり前じゃねえか、普通じゃねえ!」
ラビがきっぱりと答えた。
ホーグは鼻で笑った。
「お前には男としてあるべきモノが無いではないか。それも、普通じゃねえ。」
それを聞いて、男たちは意味深に笑った。
「なっ・・・ホーグ!!」
ラビは首を真っ赤にして叫んだ。
ホーグは知らぬ顔で、すいすいと器用にスイーパーの死体を避けながら走り続けた。皆、その姿を追うように頭を揺らした。
下品な笑い声を立てている猪男の前を通り過ぎながら、ホーグは彼に言った。
「キダ、お前は内臓が幾らか足りておらん。」
「・・・・!」
皆がはっとしてキダを見た。
「悪趣味な奴め、勝手に人のハラワタを透視するな!」
キダは怒鳴りながらも、1人ぐふぐふと笑い続けた。
「ソルドには右腕が無い。シングイには目も鼻も、耳も髪も無い。」
「・・・・。」
ソルドと呼ばれた片腕の犬男は、皆に注目されて居心地の悪そうに、左手でぼりぼりと頭を掻いた。シングイはお構いなしに、黙々とスイーパーの腹を割いてパイを取り除いている。
ホーグは、メンバーの中でただ1人黒髪の、ガスマスクを顔全体に覆った男の前で停止して首を軽く傾げた。
「ゲオは、甲斐性無しだと美人の女房に逃げられた。」
「放っとけ!あんな尻軽女、こっちから願い下げだ!!」
ゲオは吐き捨てた。
男たちは大笑いした。
「リウォは落ち着きが無さ過ぎる。もう13だろ?」
ホーグは馬鹿笑いしているリウォの前を通り過ぎながら、彼のこげ茶色の癖毛を軽く撫でた。リウォは恥じ入るように俯いた。
「根性無しだしな。」
鷲顔の男が合の手を入れると、
「お前は脳無しだ、トーゴ。」
ホーグは人差し指で頭を突きながら、哀れむように彼に言った。
どっと笑いが沸き起こる。
「のっ・・・笑うんじゃねえ!どたまかち割るぞっ!!」
ホーグは軽々とトーゴの攻撃をかわして、暫くゆっくり走り続けた。そして、
「俺は・・・狩り以外何も無いイカレ野郎だ。」
感情の無い声で、自らを貶した。
「・・・・。」
「誰しも無いモノを持って生きておる。影が無く、マスク無しの少女がそれほどに恐ろしいか?」
淡々とした口調でホーグは皆に聞いた。
「・・・・。」
テトラに再び視線が集まった。
皆は、細く小さな少女を黙って見つめた。
「物騒なアウラをその子に向けることは俺が許さん。ナビには、俺から話をつける。文句のある奴は?」
明るい口調で冷ややかな気迫を放つホーグに、口答えする者などいなかった。
「・・・解体作業を進めてくれ。野暮用を思い出した、ちょいと失礼するよ。」
ホーグはテトラを手招きし、駆け寄ってきた彼女にボードに乗るよう首で指示した。テトラが後ろに乗り込むと、彼はボードを勢いよく発進させて十字路を後にした。