第七話
「1時間の辛抱だ。ちょいと力貸して貰えるか?きついなら寝てもいい。」
「うん、どうしたらいいの?」
「巨大ガグルに寄ってくるスイーパーを気銃弾で駆除だ。当たらんでも音で逃げる。足や尾に寄り付くヤツは放っとけ。兎に角、胴体を守ればいい。」
巨大ガグルの背中に生えた太い突起の先に、身軽に飛び乗ったホーグは早口で説明した。
テトラは小型銃をしっかりと握りしめ、近づいてきた1匹のスイーパーに向けて1発放った。それは、スイーパーの赤く光るひとつ目に見事に的中した。
「ほう、いい腕だ。」
ホーグは気銃弾を細かく連射させながら、目下で喜んでいるテトラに言った。
「流石は、レナさんの娘だな。」
「!!」
テトラはその言葉を聞いて跳び上がるほどに驚いた。
「何で、分かった!?何で、知ってる!?会った事があるのか!!?」
「ガキんとき短期間だが世話になった。この業界の人間なら、誰でもその名を知っておる伝説的なガグル・ハンターだ。北の湖から来た金髪白肌で、亡き母親がハンターだったとなると彼女の子に決まっておる。ほれ、来たぞ。」
「・・・・!」
巨大ガグルの腹にチューブ先の吸盤を貼り付けようとしているスイーパーを、テトラは慌てて射撃した。
「ただレナさんには影があったし、パイマーでもなかったがな。」
ホーグは突起の上を飛び越えながら、巨大ガグルの左右から続々と集まってくるガグルたちを次々に仕留めていった。
「・・・影が無いのは、生まれつきじゃない。霊感もだ。」
「へえ、そうかい。1回死にかけた後から、とか?」
テトラはまたしてもホーグに驚かされた。
「そうだ。すごいな、何で分かった?」
「臨死体験のある奴には、けったいなのが多いからな。」
「ホーグもそうなの?」
「俺の霊感は生まれつきだ。まあ、何度か死にかけた事はあるが・・・。」
「うん、ホーグってすごく変だもん。きっとそれが原因なんだよ!」
テトラは確信したように大きく頷いてみせた。
「・・・・。」
2人は何匹ものスイーパーたちを射撃していった。テトラは、疲れきっていた自分にこれだけの力が出せることに少し驚いていた。
ホーグが復活した事による安心感や喜びといったプラスの感情が、精神力を生み出す肥しになっているのだ。それに透視しながら撃たなくとも、連中の目から放たれる赤い光で、正確な位置を知ることができた。
「・・・救われたな。」
ある時、ホーグがぼそりと呟いた。
「何が?」
「予想より、数が少なくて済みそうだ。」
少ないとはいっても、赤い目はいたる所から湧くように現れていた。テトラは巨大ガグルのだらりと垂れた尾を見やった。
スイーパーたちが黒い鱗に吸盤を密着させ、エレムを吸っている。硬い鉄鎧のような鱗が見る見るうちに無残に崩れ落ち、レゴリスと化していた。
「何か変な感じ。数時間前は、あたしがコイツに喰われかけたのに、あんなに小さいガグルに喰われるなんて・・・嫌な気分だ。」
「・・・解体屋が到着するまで、仕留めた獲物を他のガグルから守るのもハンターの仕事だ。放っておくと貴重な鱗や皮、骨も全部塵にされちまう。俺たちは、ガグルに生かされておるのだ。」
ホーグは少し息を切らしながら、淡々と言った。
その後もスイーパーの数はぐんぐんと増した。テトラは小型銃を持つ手が震えだしていた。疲れで気銃弾の威力も衰え、的中率も落ちている。
ホーグも疲労困憊といった様子だった。たまにふら付いて突起の上から落ちそうになりながら、それでも巨大ガグルの腹の左右に寄り付くスイーパーたちを、根気強く蹴散らした。
巨大ガグルの長く太い尾は数十分でほぼ完全に消滅し、3対の足も僅かな骨を残して白灰色の塵が舞っている。鼻先もまた、いつの間にか姿を消した。
神々しいまでに力強く巨大だったガグルが、己の指先にも満たないスイーパーに群がられて崩れ果てていく光景は、侘びしく切ないものだった。やりきれない思いに駆られながら、テトラは懸命に気銃弾を放った。
徐々に、辺りが明るくなり始めた。砂塵に覆われた空が白み、暗い灰色から少しずつ暗闇を遠のけていった。それはまるで焦らされているような、ゆっくりとした変化だった。スイーパーたちの数もそれに比例して減っていった。
周囲の廃墟がはっきりと見える程度まで明るくなったところで、残りのスイーパーたちは細長い2本足をしゃかしゃかと動かせながら、瓦礫の陰に消え去った。
ホーグは大きなため息をついて突起から背中の窪みに下り立ち、その場にどさっと座り込んだ。テトラも放心状態で彼の横にへたり込んだ。2人は暫く黙りこくったまま見つめ合った。
ふいに、白狐の裏でホーグが微かに笑った。
「・・・酷い顔だ。」
テトラの白い肌と金髪は泥まみれで、元々からぼろぼろだった羽織もさらに酷く解れていた。小さな声で可笑しそうに笑っているホーグにつられて、テトラも笑った。
「面なんて卑怯だ・・・あんただって酷い顔してるくせに。」
「ああ、もう限界もいいところだ。へとへとだよ。」
ホーグはそう言いながらも笑い続けた。
「何だよ!わ、笑い過ぎだ!」
肩を震わせて笑うホーグが不気味に見えてきたテトラは少々戸惑った。
「・・・すまん。命懸けの賭けに勝ったんだ。これでベルーガは俺の物。」
「はあ?ベルーガ!?何の話だよ、賭けって・・・。」
困惑するテトラを尻目に、ホーグは気持ちよさげに伸びをした。
「お前がいて助かった。あ、俺に手を貸した事は頼むから言わんでくれ。」
「言わんでって、誰にだ?」
「今から来る連中にだ。ほら、聞こえてきた。」
ホーグに促されて耳をすませると、遠くから砂の上を重たげなモノが走る音が微かに聞こえた。それは徐々にこちらへ近づいて来ていた。