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第六話

 テトラは彼が息をしていないのではないかと心配になり、狐の口元に耳を近づけた。安定した微かな寝息が聞こえた。


 彼女は安堵のため息をつき、気合を入れるために顔を手で強く擦った。透視をし続けているため、少し頭痛がしていた。特に生きた肉体の体内透視は、遠距離透視に並ぶ高度の霊能術であり、尋常では無い集中力を必要とする。


 テトラは、ホーグに渡された銃を透視した。銃身に数種類のパイが内蔵されおり、どうやらそれらを同時に発動させて爆発的なエネルギーを生み出し、そのエネルギーが圧縮されて銃口から矢のように発射する仕組みだ。そのため、パイマーの精神力の込め方によって放たれるエネルギーが増減する。


 ガグルが2体とは限らない。血の匂いを嗅ぎつけて、他から寄ってくる可能性もある。テトラの強いアウラもその要因となるはずだ。


 暗闇の都市遺跡に住まう亡霊たちの気配も感じられる。有害な悪霊は近くにいないようだが、油断すれば周辺にいる死霊たちに憑かれるだろう。巨大ガグルとの壮絶な死闘を終えても、長い夜の戦いはまだまだこれからだった。


 テトラは精神を集中させ続けた。度々、こちらへ寄って来ようとする亡霊が何人かいたが、白狐の耳から垂れる鈴を鳴らしてやると、いそいそと遠退いていった。


 定期的にホーグの具合を確かめた。アウラは少しずつ輝きを取り戻しているが、熱が高いのが気にかかる。テトラは羽織りの裾を切って水に濡らしたものを首筋にあてて冷やしてやった。この熱ではほとんど意味が無いが、やらないよりはマシだ。


 彼は少し震えてもいた。息が荒くなってきている。これから熱がさらに上がるに違いない。腕の腫れは治まっているが、やはり何かに感染したのだ。


 (霊湯エーテルを作るべきか・・・。)


 エーテルは水と治癒石、ハオマカビ(精神エネルギーを一時的に高めるカビ)、アルコールと人の血を材料にして作る。自己治癒力を高める働きがあるため病気にかかった時や、その予防として飲む薬湯の一種だ。

 彼女は潜伏中に、ホーグに貰った深緑色のチップにハオマカビが含まれている事に気がついていた。材料はそろっている。後は道具だ。


 テトラは深く眠っているホーグに心の中で謝り、彼の持ち物を透視で上から下まで確認した。


 (お、やっぱ持ってた。)


 白ズボンの太もも部分に付属されている隠しの中に、金属性の器が入っていた。火種となる火炎岩の欠片も添えられている。後は焚き木となる物が必要だ。あまり遠くまで探しに行くわけにはいかない。


 テトラはホーグからナイフを拝借して、徐に立ち上がった。彼女は巨大ガグルの前足に上り、そこから突起をつかんで額に上った。

 眉間の風穴を覗き込んだテトラは、思わず顔を顰めた。まだ乾ききらない生々しい血と肉塊が垂れ下がっている。彼女は胃のむかつきを我慢してその場にしゃがみ込み、穴の周囲からガグルの分厚く乾燥した灰色の皮を削ぎ取った。


 周辺に散らばる適当な大きさの瓦礫を集め、地面を掘って窪みを作った。その窪みの周りに瓦礫をめぐらせ、中にガグルの皮を敷いた。そこに火炎岩で火種を落とすと、ゆっくりと炎が起き上がった。

 水を注ぎ込んだ金属製の器を、鉄屑で固定するようにして火の上に置いた。湯が沸き始めたところでチップを砕き入れ、ナイフでかき混ぜて溶かした。そこに酒を加えて暫く煮詰める。


 その後、ナイフで掌を少し切って滴り出た血を数滴落として軽く混ぜ、一旦器を火から下ろした。そして水流石と治癒石を片手で握り締めて同時に力を放出させながら、1滴1滴時間を掛けて器の中に垂れ落としていった。それに再び火を通し、エーテルが完成した。


 テトラはナイフの先についているドロッとした青黒い液体を舐めて、小さな悲鳴をあげた。舌が痺れる苦さに、鼻につんとくるハオマカビの独特な臭い。そして、何とも言いがたいこの後味。この味は、彼女の幼い頃の記憶を鮮明に呼び覚ます。


 よく熱を出していた自分に、父親が作って飲ませてくれた霊湯の味だ。嫌がって飲もうとしないテトラに、父親は高価でなかなか手に入らない水飴を一口分用意して、エーテルを飲んだ後にそれを舐めさせてくれた。


 彼女は急いで火を砂で消し、周囲を窺った。炎は高濃度のエレムの塊であるため、ガグルが寄って来るのだ。危険が無いことを確認し、ホーグの容体を見た。

 彼はさっきよりも苦しげに息をしていた。アウラが乱れてもいる。意識はあった。背もたれからずり落ちようとするのを、足で懸命に堪えていた。


 「ホーグ、無理しないで横になればいい。」

 「・・・・。」


 テトラは怪しげな青緑色の湯気が立ちのぼる器を持って、ホーグの隣りに座った。


 「・・・こんな時に火を焚くなど、自殺行為だ。」

 そう非難するも、彼の息声には微塵の力も無かった。


 「エーテルだ。飲めるか?」


 テトラは彼を支えながら面をずらし上げ、口に器を触れさせた。そして僅かに開かれた口から少しずつ流し入れた。ホーグは飲み込めずにむせて吐き出した。

 テトラはエーテルを口に含み、彼の襟首を引き寄せて上を向かせた。


 「・・・・。」


 口移しでエーテルを流し込んでやると、飲み込む音が微かに聞こえた。数回に分けて飲まし、面を元に戻した。ホーグは再び眠りについた。エーテルには強い睡眠効果もある。テトラは彼を自分の膝に寝かせ、息をついた。


 透視の上、連続でパイを使ったために精神的疲労が限界にきていた。テトラの視界はどんどん暗く狭まってきていた。疲れて感覚が麻痺していく中、彼女は小型銃を握りしめて集中し続けた。







 時間の感覚が無くなった。

 この夜が、明けることなく永遠に続く気がした。


 (これが、ガグル・ハンターの生活か・・・。)


 テトラは、ぼんやりと父親の言葉を思い出した。



  ―――外での生活を軸とする彼らにとって、ひと時の安息が命取りになる。眠るときは岩を背に、食す時は銃を抱え、常に生と死の狭間を綱渡りしながら生きている。その体は傷だらけに、その心は渇き荒む。彼らはガグルと共に生き、ガグルと共に死ぬのだ。



 「母さんも、こうやって死んでいったのか・・・。」

 彼女は無意識に呟いた。


 「・・・俺はまだ死なん。」

 「!」


 熟睡しているとばかり思っていたホーグが、膝の上できっぱりと言い切った。独り言を聞かれて、テトラは恥ずかしさで顔を赤らめた。


 ホーグは欠伸をしながら起き上がり、周囲に視線をやった。そして、


 「ご苦労だった。休め。」


 と、偉そうな口ぶりでテトラに言った。テトラは安心したとともに、腹が立った。


 「ついさっきまで死にかけてた人が、よくもまあ。」

 「いつもの事だ。」


 「・・・本当に大丈夫か?」


 胡坐をかいて伸びをしているホーグに、テトラは心配そうな顔をして言った。だが心配する必要は無かった。彼のアウラは安定した輝きを取り戻し、熱も下がってきているようだった。自ら水流石を操って水分補給もしている。


 テトラは、彼の回復力の高さに呆れ果てた。極限まで精神力を使い果たした場合、普通なら数週間から1ヵ月はパイを使えなくなる。下手をすれば霊感を失い、一生を無気力に過ごす事にもなる。


 彼女は父親が経営していた病院でそういった患者の介護を手伝った事があった。先ほどまでのホーグの乱れて弱まったアウラが、その時の患者のモノに類似していたので、彼が霊感を失ったのではないかと危惧していた。


 何食わぬ顔で水を飲むホーグの横顔を見ながら、テトラは大きくため息をついた。そして、力が抜けたようにガグルの死骸へもたれ掛った。


 「・・・いつも、あんな無茶するのか?トランスだっけ。」

 「希にだ。」


 ホーグは銃剣の銃身後部を開け、崩れたカク(3~4種類のパイを接合させた装置)を取り除いていた。巨大ガグルに止めを刺した1発でエネルギー切れしたのだ。


 「あの白いサソリがホーグのファミリアなんだろ?自分から悪霊を憑かせるなんて、呆れて物も言えないよ。」

 「悪霊ではない。〝ジン〟ランクまで成長した〝(ムス)(リム)〟だ。」

 彼は涼しげに言った。


 「初めは〝ジャーン〟にも満たないただのサソリの霊魂だった。10年かけて育てた。もう少しすれば〝イフリート〟になる。」


 テトラは聞きなれない言葉に首をかしげた。


 丹念に銃剣の手入れをしたホーグは、新しいカクを装填させて暗闇に向かって微弱な光の弾を1発放った。テトラは驚いて、その方向を見た。


 犬程度の大きさをしたモノが地面に倒れ伏していた。黒い毛に覆われた丸い胴体とチューブのような長い口に、鳥類のような2本の足を持つガグルだった。


 「〝掃除屋(スイーパー)〟が集まり出した。登るぞ。」


 ホーグはそう言って立ち上がり、巨大ガグルの死骸によじ登り始めた。テトラも急いで彼の後に続いた。


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