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第四十二話

 「・・・お、気がついたか。」



 ゼロの声が近くで聞こえた。


 「・・・・。」


 テトラはぼんやりとした頭で、暗い洞窟の天井を見上げた。何がどうなって気を失ったかは、直ぐに思い出した。


 「―――・・・サラマン。」

 テトラはぽつりと呟いた。


 その時、


 「!?」


 テトラの視界に、火の玉が飛び込んできた。


 彼女は飛び起きた。

 「・・・?・・・!?」

 火の玉は、テトラが意識を取り戻した事に喜び、跳ねるように彼女の周りを回った。


 「え・・・サラマン!何で?何で!?」

 テトラは訳が分からなくなった。


 「暴れるだけ暴れた後、黒い岩になって動かなくなった。そこから、もとの白い煙が出てきて、あんたの所に戻って来たんだ。」と、ノザーが説明した。


 「・・・・。」


 ムスリムは退化しないと、テトラは聞いていた。一度イフリートにまで育ったムスリムが、ジャーンに逆戻りするなどあり得ない。

 不可解ではあるが、サラマンが以前の姿に戻った事にテトラは安堵し、嬉しく思った。


 テトラは、はっとして洞窟を見渡した。

 「ガグルは!?こんな所で休憩してて大丈夫なのか!?あたし、どれくらい気を失って・・・リウォと、ヨルザは?」

 「30分程度だ。ガグルは、もう完全に撤退したよ。あんたのファミリアのお陰でな。それで・・・休憩がてら、ここで暫く彼らを待つ事になった。出口は直ぐそこだ。」A.Jが答えた。


 ゼロとシングイが、トーゴともう1人の怪我人の手当てをしていた。テトラは治癒石を手にして、それに加わった。


 テトラが気を失っている間に、ソルドが意識を取り戻していた。岩壁を背もたれにして座り、ラビ達の様子を見守っていた。


 「リウォ、戻って来るよな・・・あいつ、意外と根性あるしさ・・・。」

 ソルドが弱々しく呟いた。


 「俺ら助けに来て・・・死ぬなんて、そんな間抜けな話あるかよ。」

 「・・・・っ。」


 あの白いガグルの大群は、テトラ達を生け捕りにして保存食にするつもりは無いようだった。排除すべき敵として、襲い掛かって来ていた。捕まれば、間違いなく止めを刺されるだろう。

 シングイもテトラも、精神が限界に近かった。ここから2人の様子を透視するだけの力は残っていない。


 テトラが気を失ってしまったことで、イスラとの精神的繋がりが切れてしまった。精神力が足りないため、離れた場所にいるイスラの魂をテトラの精神で縛り直す事ができなかった。別れる前、テトラの思いを受け取ったイスラが、今も自発的にリウォとヨルザを援護してくれていると信じるしかない。


 出来る限りの治療を終え、テトラは重たい頭痛が襲う頭を押さえて砂地に転がった。サラマンが、心配するようにテトラの顔を覗き込んだ。テトラは、力無く微笑んだ。


 「・・・不甲斐無い主でごめんな。イスラの所に行きたいなら、行ってもいいよ。」


 テトラがそう呟くと、サラマンは自ら封筒の中に飛び込んだ。テトラのもとに居るという意思表示だ。


 「ありがとう・・・。」


 テトラは心からサラマンに感謝しながら、筒の蓋を閉じた。



 それから1時間が経過しても、リウォとヨルザは戻ってこなかった。蜜飴を舐めて寝転がっていた事で、幾分精神力が回復したテトラは、起き上がって小型気銃に新しいカクを装填した。そして頬を叩いて気合を入れ、立ち上がった。


 「2人を連れ戻しに行く。先に車に戻っててくれ。」


 それを聞いてカフがため息をついた。

 「・・・そうくると思ったよ。」


 カフは銃弾と手榴弾をゼロ達から分けてもらい、テトラに同行する事を無言で示した。


 「シングイ、もう一息だ。皆の誘導を頼んだよ。」

 シングイは、力強く頷いた。

 「日の出までに戻らなかったら出発してくれ。」

 テトラはユーリを見て言った。


 「・・・東官吏には、何でこうも早死にしたがるガキがそろってんだろうな。」ノザーが独り言のように呟いた。


 「リウォとヨルザは生きてるよ。生き抜く自信があるから2人は残ったんだ。」

 「・・・・。」


 透視して彼らの様子を確認するまでも無い。無駄に精神力を消耗するだけだ。2人は必ず生きている。テトラは、そう信じることにした。



 

 


 約2時間前。

 

 侵入者を排除すべくガグルの大群は糸を這い登り、2人の少年に攻め寄った。銀の翼竜はそれをプレスで払い落とし、彼らを援護した。


 ヨルザは浮遊石で足場となる糸の束を身軽に跳び変えながら、両手に持つ光り輝く刀で迫り来るガグルをなぎ払い、時には糸を叩き切ってガグルを地面へと落した。

 その直ぐ近くでリウォは、ユーリから譲り受けたサブマシンガンと手榴弾、そして自前のクロスボウと刀剣を素早く持ち替えながらガグルを撃退した。


 「リウォ、〝爆矢〟の残数は!?」

 「6本だ!先に上がるぞ!」


 リウォは浮遊石をうまく扱えないため、一旦武器を閉まって糸を這い上がっていった。ヨルザはガグルの足止めをするため下に残り、リウォが充分な高さまで登るのを見届けた後、浮遊石で一気に上へと飛び上がった。


 それを見計らい、リウォは糸で巻きつけられた大型ガグルにクロスボウを向けた。爆矢が放たれ、大型ガグルに突き刺さった。

 ガグルがそこに登ってきたと同時に起爆石が爆発し、糸と大型ガグル諸共吹き飛んだ。腹を見せて落ちる何匹ものガグルに、リウォは的確にサブマシンガンを打ち込んで止めを刺した。彼の隣に忍び寄ったガグルを、瞬時にヨルザが気刀で真っ二つに切り裂いた。


 いくら振り落とし、仕留めても、ガグルは数限り無く2人を目掛けて押し寄せてきた。リウォとヨルザは入れ代わり立ち代り、上へ上へと登っていった。


 「300は逝ったな。」

 リウォは弾切れになった銃を投げ捨てた。


 「ヨルザ、そろそろでかいの1発頼むぜ!」

 「簡単に言ってくれますね・・・。」


 ヨルザは、ぼやきながらも胸元から封筒を取り出した。

 開かれた筒から、青い煙が噴き出した。


 「トランス!」


 ヨルザの一声で、煙は彼の口から体内へ入り込んだ。ヨルザは目を瞑ってうな垂れた。そして、彼の身体から青い光が放たれ始める。見開かれたヨルザの瞳は、青く発光していた。


 糸を伝って迫り来るガグルの群れ。ヨルザは、両手の気刀に力を込めた。刀身が鋭く輝き、放電して燃え上がった。

 ヨルザは尋常ならぬ早業で糸と糸を飛び越えながら、火花散る刀身で見境無しにガグルを切り捨てた。太い糸の束を一撃で叩き切り、何十匹ものガグルを一気に振るい落とした。


 「うは、おっかねぇ・・・。」

 目下で荒れ狂うヨルザを見て、リウォは身震いした。


 ジャーンを憑依したヨルザは暫くの間、イスラの援護を受けながらガグルの大群を乱撃した。数百のガグルが彼の気刀で仕留められ、レゴリスの中へと散っていった。その間に、リウォは糸で埋め尽くされた天井まで上り詰めた。


 洞窟の天井には所々に穴があり、その上に続く巣穴に出ることができそうだ。リウォとヨルザはそれを狙っていた。下はガグルの大群で埋められているため、上に進むしかないと判断したのだ。


 「ヨルザ、上に出られる!その辺にして来いっ!」


 先に上階の開けた洞窟へと登り出たリウォは、穴から下を覗き込んでヨルザを呼んだ。


 ヨルザは限界まで足場となる糸を切り除き、ガグルが登ってくるのを阻んだ。そして、リウォが顔を見せている穴へと向かって勢いよく跳び上がった。


 「うわ!」

 リウォは慌てて頭を引っ込めた。


 穴から飛び出てきたヨルザは、洞窟の床に着地した。その後すぐ、イスラが飛んできた。ヨルザは息を荒げながら「・・・離脱。」と呟いた。彼の腹から、小さな青い発光体が飛び出した。それを封筒に戻し、崩れるように座り込んだ。


 リウォは穴の下を覗き、ガグルの様子を窺った。ヨルザの猛攻が効いたのか、ガグルはそれ以上追って来ないようだった。

 だが、いつまた襲ってくるか分からない。リウォは、肩で息をしながら力無くうな垂れているヨルザを立ち上がらせ、その場を離れた。


 岩壁の狭い横穴に身を隠し、2人は暫く休息をとる事にした。イスラは、彼らの直ぐ近くにある岩の上に降り立って、見張りを務めるように周囲を見渡していた。


 「ナポワ、無事に逃げたかな・・・。」

 リウォは、イスラを見ながら呟いた。


 「・・・イスラが、僕たちから離れようとしないのは、彼女の意思が働いている証拠です・・・心配ありませんよ。」

 ヨルザは蜜飴を舐めながら、気だるそうに言った。


 「はやく戻らないと、あいつなら、きっとおれ等を探しに来るぜ?」


 それを聞いて、ヨルザは苦笑した。


 「ええ、間違いなく。どこか出口を見つけないと・・・。」

 とは言っても、ヨルザに透視する力は残っていなかった。悪魔を召喚して偵察に出す力も無い。ランタンの光を頼りに、洞窟の中をさ迷い歩く訳にもいかない。


 だが、進むしかない。ヨルザは双剣の柄底を外してカクを装填し直した。ブーツ底の浮遊石も崩れてしまったので、ストックに取り替えた。


 その作業を見ながら、リウォは「(わり)いな・・・。」と呟いた。


 「・・・・?」

 「お前に、負担をかけさせて。」


 ヨルザは、きょとんとした。そして笑い出した。


 「僕、一応あなたより年上なんですけど。」

 「・・・・。」


 顔を顰めて俯くリウォを見て、ヨルザは彼の心中を察した。


 「・・・リウォは、強いですよ。剣や弓の技術は狐の中で一番だし、体術だって僕では相手にならない。霊感の弱さを気にする事はありません。」

 「・・・・。」


 「らしく無いなぁ、調子狂うじゃないですか。僕がこんな事言わなくたって、あなた自身がよく理解していると思ってましたが?」


 「5歳の時・・・。」

 リウォは唐突に話し始めた。


 「ソーマ酒を飲んだ。」

 「・・・・!」


 「ヤマト本家に、無能者が生まれたなんて前代未聞だ。落ちこぼれどころか、障害児扱いさ。おれは思った・・・霊感が無いと、生きる意味が無いのと同じなんだってな。

 だから、死ぬ覚悟で飲んだ。で、僅かながらの霊感を得た。でも、やっぱりおれはヤマトにとって忌み子だった・・・。」

 リウォは虚ろに淡々と、消え入るように語った。


 ヨルザは彼を見つめ、黙って話を聞いていた。


 「3年前、親父は大金払っておれを東の社に置いていった。おれは、必死こいて稽古に励んだ。生きる意味を得ようとした・・・だけど、空しくなる一方だった。

 ある時ホーグに、狩りに誘われて、バオド仲間ができて・・・生きてるって実感を得た。自分の存在理由が、できた気がして・・・。」


 リウォは、息を切らせた。


 「・・・リウォ?」

 ヨルザは、深く俯いているリウォの顔色が酷く悪い事に気付いた。冷や汗もかいている。


 ヨルザは嫌な予感がした。彼は、岩壁にもたれているリウォの上体を少し前に押し倒し、背中を覗き込んだ。


 「――――っ!」


 鳶色の衣が、黒く染まっていた。そこから大量の液体が地面に流れ出ていた。ヨルザは血の気が引いた。トランスの反動で、暗闇透視できないほど精神力が低下していたため今まで気がつかなかった。


 リウォは背中から、致死量に達するほど流血していた。


 「な、なぜ、黙ってたんですか・・・!?」


 リウォは大量出血のショックで身体が強張り、痙攣していた。ヨルザは彼を慎重に横に寝かせ、治癒石を取り出した。


 「・・・・っ。」


 治癒石を持つ手に力が入らない。ヨルザはローブを脱いで裂いた。それをリウォの背中から腹にかけて巻きつけ、きつく縛った。


 道具入れからハオマカビの粉末を入れた小瓶を取り出し、掌に粉を振り落とした。そしてマスクを外し、一握り分の粉を一気に口に含んで飲み込んだ。


 再び治癒石を手にし、ハオマカビの効能が利き始めるのを待った。直ぐに身体が熱くなり始めた。一時的に精神力が上昇したヨルザは、リウォの背中の怪我を体内透視しながら治癒石を当てた。


 背中の深い刺し傷は、内臓を大きく損傷していた。

 (僕がトランス中に、刺されたに違いない・・・くそっ。)


 治癒石が砕けた。

 まだ血は溢れ出していた。


 ストックの治癒石を最大放出させた。

 それで何とか内臓出血は止まった。


 3つ目の治癒石を使って傷口を塞いでいる途中で、ハオマカビの効果が切れた。

 ヨルザは、酷い眩暈と吐き気に襲われた。ハオマカビの副作用だ。堪らず、マスクを外して嘔吐した。


 トランスとハオマカビの連続で無理やり精神力を上げたヨルザは、一気に無気力に陥った。朦朧とする思考の中、震える手でマスクを口に戻した。

 そして彼は地面にうずくまり、死んだように動かなくなった。


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