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第四十話

 キュービーを見送った後、テトラとゼロを先頭に10人は迷路のような洞穴の中へ進入した。


 テトラは遠距離透視した映像の記憶を基に皆を誘導した。赤土の地面は崩れやすく、慎重に足場を選んで進んでいった。

 ドーム状に広がった場所にはレゴリスが堆積し、落ちれば先ほどのノザーのようには助けられないだろうと思われるほど、底知れぬ深い場所もあった。


 急斜面になった場所はロープを使って1人ずつ慎重に降り、レゴリスの中を進まねばならない場所は、透視できる者の指示に従って浅瀬をゆっくり進んだ。


 特に問題も無く順調に前進する中、テトラは胸がざわめいていた。ラビ達を襲った白いガグルの姿が、どこにも見当たらない。注意深く岩の隙間や壁穴を透視したが、1匹たりとも見つけ出す事ができなかった。それはヨルザやシングイも同じだった。


 「・・・静か過ぎて、気味悪い。」

 ある時、ジルが呟いた。


 「・・・・。」


 皆が同じ気持ちだった。何か嫌な事が起きそうな不安感が燻っていた。


 ついに、ラビ達が捕らえられている場所に辿り着いた。ライトで照らし出したその場の光景を見て、皆は顔を引きつらせた。


 「よくもまあ、こんなに貯えたもんだ・・・。」

 ゼロは、ライトの光を走らせながら呟いた。


 天井からレゴリスの溜まる地面にかけて張り巡らされた白い糸の束。その間に何十個もの大きな糸の塊が吊るされている。様々な大型ガグルが無残に糸で包められており、まだ生きているものが多かった。逃れようともがいている姿も見えた。


 「何か・・・寒くないか?」

 A.Jが腕を擦りながら言った。

 

 確かに、温度が低かった。洞窟の冷気に慣れた身体でも明らかに伝わる寒さだった。テトラの吐く息が白くなるほどだ。


 「・・・5人、まだ生きてますね。」


 ヨルザが呟いた。テトラより先に、彼が貯蔵庫全体を透視し切った。1人、間に合わなかった。アウラが消えていたのは、テトラの知らないハンターだった。


 「5人も生きてりゃ上等だ。」

 ノザーが言い捨てた。


 捕らえられている場所が離れているため、3方向に分かれることになった。テトラとゼロ、A.Jはラビとキダのもとへ。カフとヨルザはソルドの救出にあたり、シングイにリウォ、ユーリがトーゴともう1人を担当する事になった。ノザーとジルはその場に残り、見張りを務めた。


 それぞれのチームは、糸の合間を慎重に進んでいった。レゴリスで浸る地面には、いたる所に底無し穴のような深みがあった。

 ラビとキダが吊るされている真下まで来たテトラ達は、張り巡らされた糸を足場にして登っていった。糸は非常に頑丈で、滅多なことでは切れそうに無かった。


 糸を軋ませながらラビへと辿り着いたテトラは、彼の様子を窺った。一見、死んでいるようにも見えるが、微弱ながら確かにアウラが放たれている。キダはそのすぐ隣に巻きつけられていた。


 ゼロはナイフを取り出し、キダを巻いて固定させている糸を切り取り始めた。

 「硬いな・・・。」

 彼は舌打ちした。


 ラビに巻きつく糸を切り始めたA.Jも苦戦していた。

 テトラも牙の小刀で切り取り作業に加わった。


 小刀の切れ味はいいはずだが、テトラの腕力ではほとんど無意味だった。2人を早く地面に下ろして治療しなければならないのに、糸を切り取るだけで夜が明けてしまいそうだ。

 テトラは小刀を鞘に納め、治癒石を取り出した。吊るされたままの状態で治療する事にしたのだ。


 テトラは一旦透視を止めて一息ついた。そして、ラビの身体を透視した。大きな怪我を負っている箇所に、糸の上から治癒石を当てた。分厚く硬い糸を通して、何とか治癒石のエネルギーが肉体に到達した。完全には治しきれないが、応急処置にはなる。


 ゼロとA.Jが糸を切り取っている間、テトラはやれる所までラビとキダの怪我を治療した。長時間の透視と治癒石の使用で、テトラは精神の疲れを感じ始めた。早く洞窟を出て車に戻らなければ、精神力がもちそうにない。


 だが、糸はなかなか切れそうに無かった。テトラは蜜飴を口に含み、小型気銃を抜いた。そして、キダの上部に張られた糸の束に向かって1発放った。

 テトラの突然の射撃に、ゼロとA.Jは驚いてナイフを落としかけた。


 「・・・・。」


 気銃が命中した糸の束は、焦げ臭い煙を放ちながら見事に切れていた。普通の銃よりは消音なので、どこかに潜んで眠っているガグルが音で目を覚ます事はないだろうとテトラは判断した。


 「ゼロ、キダの身体を支えてて。」

 彼女はそう指示して、キダを固定している糸の束を次々と射撃し始めた。


 手荒で大胆かつ危険な方法だが、効率はいい。下手すれば自分達の足場となる糸も一緒に切れてしまう。テトラは打ち抜く糸の束を選びながら、時折足場を変えて射撃していった。

 手元が狂えばキダかゼロに当たってしまうような際どい場所も、テトラは迷わず狙った。あっという間にキダを取り巻く糸が切り取られた。

 ゼロはキダを肩に乗せて降りていった。ラビを固定する糸も同じように気銃で取り除き、A.Jが抱えて地面に降り立った。


 テトラ達がノザーとジルの待つ場所まで戻ると、一足速くカフが戻ってきてくつろいでいた。地面にソルドが寝かされている。


 「速いな。ヨルザは?」

 「もうひと組の方を手伝いに行ったよ。〝気刀(きとう)〟っていうの?彼の双剣、凄い切れるね。例の甲羅も切れそうだ。」


 テトラはヨルザが小振りの双剣を所持している事には気付いていたが、あれが気刀というものである事は知らなかった。気銃と同じように、カクを内蔵した武器に違いない。


 ソルドもある程度の治療は施されていた。ラビとキダも地面に寝かせ、テトラは3人の中で一番重症であるラビの治療を再開した。

 その間にソルドが唸った。直ぐにでも意識を取り戻しそうだ。


 驚いた事に3人の怪我は、ゼロと同じく全て急所を外れていた。糸で巻きつけられていたので出血もさほど酷くない。恐ろしく弱っているように見えたのだが、それはドームの温度が低いため、彼らの脈拍数が低下して冬眠に近い状態になっていたからだ。それによってさらに出血が抑えられ、また体力の消耗が最小限に止まっていた。


 テトラは気付いた。

 「餌を長期間保存できるように、わざと生け捕りにしたんだ・・・この冷気も、餌の鮮度を保つためにガグルが出してるに違いない。」

 「・・・・!」


 皆は顔を見合わせた。

 嫌な予感が走った。


 「それなら、このドーム内に例のガグルが・・・。」

 「集結しているはずだ。」


 テトラはA.Jの言葉を奪った。


 「これだけ通気口があって、ここだけ酷く寒いのは不自然すぎる。このドームのどこかに集まって冷気を放出してるとしか思えない。でも、いったいどこに・・・?」

 テトラは治療を中断し、岩壁や天井を再度透視した。だが、白いガグルの姿は無かった。


 ふいに立ち上がったカフはレゴリスの溜りに歩み寄った。

 彼はレゴリスの中に手を浸した。


 「・・・この下だ。」―――「!」


 テトラもレゴリスに手を沈めた。そして、直ぐに抜いた。白灰色の液体のようにきめ細かい砂は、氷のように冷たかった。

 「夜のうちにレゴリスを冷やしてドームに冷気を溜め込み、生け捕りにした獲物を糸で巻いて冷凍保存か・・・たいしたガグルだ。」カフは感心した。


 テトラはレゴリスの深みを透視した。レゴリスの中をねぐらにするとは考えもしなかった。普通、ガグルはレゴリスを嫌う。人間と同様、落ちれば一溜まりも無いうえ、レゴリスは彼らにとって不潔な糞尿だ。体内に蓄積されれば病気にかかる。


 テトラの視界はレゴリスの深みへと潜っていった。

 「―――っ!」

 塵の奥底に、身の凍る光景が広がっていた。レゴリスに沈んだ地底洞窟には、何千何万の白い甲羅が積み重なり、敷き詰まっていた。石のように身動きひとつしない。僅かに放たれる青白いアウラで、魂を持った生物である事が分かる。

 だが、そのアウラは冷たく無機的で、命ある生物の温かみは微塵も無かった。まるで、亡霊のようだ。


 その一部で、地底から天井へと伸びる白い糸の束が振動していた。テトラは、血の気が引いた。白い甲羅が、糸の束をよじ登ってきている。


 「まずい、早くここを出ないと―――!」

 テトラが皆を振り返った。


 その時、銃声と爆発音がドームに反響した。

 シングイ達の向かった方向からだ。


 「そこから離れろ!!」

 カフが鋭くテトラに警告してライフルを構えた。


 テトラは飛び退いた。糸束の上から、白いガグルが飛び降りてきた。カフは、それを空中で仕留めた。


 「ずらがるぞ!」

 ゼロがキダを片腕で抱え上げた。


 カフはソルドを、A.Jがラビを肩に担いだ。


 「でもまだシングイ達が・・・!」

 テトラは気銃を構えて迎撃の態勢をとった。


 張り巡らされた糸を伝って、白い甲羅がレゴリスの中から次々と姿を見せ始めた。岩壁を登って這い出てくるものもいた。ガラス玉のような8つの目を青く光らせ、4本の細長い足をせかせかと動かしてこちらへ迫ってきた。


 「待ってられねえ、俺達だけで撤退だ!!」

 ノザーが迫り来るガグルたちを銃撃しながら怒鳴った。


 侵入者に気がついた地底のガグルたちが目を覚まし、一斉に動き始めた。レゴリスを波打たせ、這い上がってくるガグルの数が見る見るうちに増していった。その目の光で、ドーム全体が青白く発光しているように見えた。


 テトラは気銃でガグルを射撃しながら、シングイ達を待った。怪我人を負っているゼロ達3人も、片手で銃を操って撃退した。ノザーとジルは銃を乱射しながら、少しずつ後退していった。


 「限界だ、下がるぞ!」

 ゼロが怒鳴った。


 テトラは、こちらへと走ってくる者達の影を捉えた。

 「戻って来た!」


 怪我人を背負ったシングイとユーリが、レゴリスに足をとられてふら付きながらこちらへ駆け戻ってくる。彼らの背後からも頭上からも、ガグルの群れが追いかけて来ていた。

 テトラ達は賢明に彼らを援護した。だが、大群の勢いは止まる事を知らず押し寄せてきた。


 テトラは胸元から筒を引き抜き、イスラを放った。

 「プレスだ、イスラ!」


 テトラの指示で、イスラはシングイ達に迫るガグルの群れに向かってプレスを放った。

 効果有り。糸の上に群がっていたガグルは麻痺してレゴリスの中へ落ちていった。イスラはシングイ達の行く手を阻むガグルの群れに向かってプレスを連打した。

 「今のうちだ!!」

 麻痺して転がるガグルを踏み越え、シングイとユーリがテトラ達のもとへ辿り着いた。


 「リウォとヨルザは!?」

 「足止めするために残った、先に逃げろと・・・!」


 ドームの奥から銃声と爆発音、ガグルの甲高い鳴き声が聞こえる。


 テトラがそちらへ向かおうとしたのをユーリが止めた。

 「駄目だ!あんたを絶対に死なせるなって連中が・・・。」

 「―――・・・っ!」


 洞窟は白い甲羅と青い目で埋め尽くされた。壁から地面から、波となって迫り寄るガグルの大群。

 「置いていくしかない!!」

 躊躇するテトラにA.Jが後退しながら怒鳴った。


 テトラは歯を食いしばった。そして、頭上をホバリングしているイスラを見上げた。


 「・・・イスラ、2人の応援に行って!お願いっ!」


 イスラは鋭く銀色に輝き、ドームの奥へ向かって猛スピードで飛んでいった。


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