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第三話

 「ホーグは何歳?あたしは12だ。」

 「無益な質問だ。見えんな、もっと太れ。」

 

 ぞんざいにあしらわれる事は分かってきたが、テトラは彼とのやり取りを楽しんでいた。


 「声からすると・・・18!」

 「残念だったな、16だ。」


 テトラの知らないうちに、ホーグは小型のランタンを取り出して足元を照らしてくれていた。話に夢中になって建物の中がひどく暗い事にさえ気付いていなかったテトラは、しんと静まりかえった廃墟を改めて見渡し、背筋が寒くなるのを感じた。そこには幾つかの霊の気配があった。


 「・・・いい線いってるじゃないか、残念なもんか!その鈴は何か意味があるのか?」

 「退魔の鈴だ。雑魚の悪霊が寄って来ん。」


 「へえ、いい音色だな。」

 テトラは腕を伸ばして銀の鈴を指先で揺らした。


 「触るな、鬱陶しい。」



 10階くらいまで上がった所に、下から投げ入れた円盤がポツリと転がっていた。床の破損状態は、先ほど上ってきた場所より酷くは無かった。ホーグは下調べをしていたのだ。

 彼は円盤を拾い上げて腕輪に戻し、外壁が崩れ落ちた所から外を見渡した。テトラも真似をするように外を見た。


 建物の中よりは僅かに明るいが、夜の暗闇がすぐそこまで迫っている。彼女は真下を見下ろして、少し足がすくんだ。下から見たよりも高く感じる。


 ホーグはランタンをテトラに渡し、道具入れから瓶を取り出してコルク栓を抜いた。そして、その中に入っているモノを床に慎重に落としていった。それは赤い粘液だった。

 彼はその液体で小さなサークルを描いた。次に緋色のパイ(火炎岩)を取り出し、そのラインの上で火花を散らした。円の上を一瞬にして火が走り、赤い粘液から金色に発光する物質に変化した。


 「中に入れ。」


 テトラは円の中に入った。ホーグは円内に肩膝を立てて座り込み、ワイヤーの長さを調節した。中心の窪みを押すことで自動巻取りするようだ。テトラはランタンを床に置き、座り込んでその作業を眺めた。


 調節が終わった後、ホーグは袂から小さな綿袋を探り出してテトラに投げて寄越した。

 「?」

 「何枚か食え。」

 袋を開けると、どす黒い深緑色のチップが詰まっていた。テトラは恐る恐る一枚つまみ出してかじった。そして彼女は小さく悲鳴を上げた。

 「苦いが無心で飲み込め。体にいい。」

 テトラは息を止めて一気に3枚ほど口の中に放り込み、ほとんど噛まずに飲み込んだ。吐きそうになりながら、袋をホーグに返した。


 彼も数枚取り出し、面を少し上げてその隙間からチップを口に入れた。テトラはホーグの顔を覗き込もうとしたが、彼はすぐに面を戻してしまった。


 「・・・その面、ずっと被ったままなの?そんなに汚染が酷いのか?」

 「・・・・。」


 ホーグは質問に答えなかった。



 彼は、ワイヤーを巻き取っている時から一時も外から目を放さないでいた。彼が神経を研ぎ澄ませているのを、テトラは痛いほどに感じ取っていた。

 だが彼女は、ホーグの集中を邪魔するように質問し続けた。


 「その細い目、穴あいてる?視界が悪くないのか?」

 「・・・・。」

 「アバターは全部、そんな不都合そうな形状をしているのか?何でもっと便利なモノに改良しない?白狐に魔除けの効果があるとか、そういう理由?」


 ホーグは黙りこくったままだった。

 懲りずにテトラは、さらに別の質問をした。


 「ホーグに、家族は居るの?何でハンターになろうと思ったの?」

 「怖いよな。」


 外を凝視したまま、彼は短く呟いた。


 「・・・・。」


 彼の言う通り、テトラは序々に怖くなってきていた。ホーグに悪いと思いながらも、沈黙することが不安でならなかったのだ。


 「つき合わせてすまん・・・霊能者にとって視界の良し悪しなど取るに足りんことは、お前も重々承知であろう。アバターの形体は様々で、それぞれ自分の好みのモノをつけておるな。俺が今被っとるのは正確に言うと、地上用のアバター型ガスマスクだ。白狐に特別な意味は無い、メーカーの趣味だ。アバターを外す状況は、個人差はあるが限られておる。」


 急に多弁になったホーグに、少し戸惑いながらもテトラは催促した。


 「なぜ?」

 「呪い殺される事を恐れているからだ。殺したい者の顔を憎悪と共に、自らが所有する使役霊(ファミリア)に鮮明なイメージとして送り込み、物騒な事にソレらを暗殺者として何匹も解き放つパイマーがおるのだよ。」


 「ファミリア・・・?」

 「それも知らんのか。霊に魂の呪縛をかけて飼い育てたモノだ。自分の精神エネルギーや、その他の霊魂を喰わせて強化していく。大半のファミリアは単純で知能が低い。だからこそ、一旦洗脳されれば何処までも目標を捜し求める。送り込まれた顔を見つけ出し、そやつの息の根を止めるまでな。

 アバターはそれを阻止するためのものだ。ファミリアはアバターを認識することが出来ない。何故かは知らんがな・・・それに、アバターには透視を不可能にする特殊な塗料が塗られておる。」


 (それで見えなかったのか・・・。)


 テトラは心の中で納得した。彼女はホーグに出合った瞬間から、彼の顔を透視しようと何度か試みていた。霊感の強い彼女にとって近距離での透視は簡単なことだった。にもかかわらず、ことごとく失敗していたのだ。


「―――例えばこの白狐のイメージを送ったとしても、ファミリアはパニックを起こすだけだし、俺の素顔を記憶させたのならアバターを被っている限り、阿呆なファミリアは俺を見つけ出せんという事だ。」


 ホーグは、リング状の小さな金の耳飾りをつけた耳元で、鈴を無意識的に指で弄びながら淡々と静かな声で語った。鈴は彼の手の中でくぐもって乾いた音を出していた。


 「ホーグは、ファミリアを飼ってるのか?」

 「無論。何かと恨みを買っとるから、自己防衛の一手段としてな・・・狩りにも役立つ。」


 「・・・あたしの居たコロニーでは、パイマーを恨んでもハンターを恨むやつは居ないよ。パイマーはコロニーから一歩も出ずに威張り散らかしてるだけだけど、ハンターは休む事無く外へ狩りに出て・・・いつもぼろぼろになって帰ってきた。死ぬ人も多かった。」

 「それはここでも変わらん。」


 「パイマーでハンターなんてすごく珍しいよ。こんな危険な仕事しなくたって、パイマーとしてコロニー内で充分生活していけるだろ?」


 「・・・この職が性に合うんだ。」

 「・・・・。」

 

 テトラは、いつの間にか催眠を掛けられたかのようにリラックスしていた。自分の不安定なアウラが、これまでに無く落ち着いて安定しているのが感じられる。


 彼女は白狐の横顔を見つめた。ランタンの青白い光が、赤と紫のラインで描かれた狐の顔を妖艶に照らし出している。

 この世のモノとは思えないその妖しい美しさに、彼女は魅了されていた。一瞬でも目を放せば、ふっと消えて居なくなってしまいそうで、彼女は瞬きさえも出来なかった。


 「・・・―――来た。」

 「!!」


 夢うつつの状態になっていたテトラは、彼のその一言で一気に現実へと引き戻された。緊張が体を拘束するのを感じた。


 ホーグは舌打った。

 「・・・前よりでかくなってやがる。予想以上に成長が早いな。」


 ガグルが視覚として捉えられる位置に居るわけではない。彼はガグルが放つアウラを感じ取り、〝遠距離透視〟して測量したのだ。テトラにも、その巨大なアウラがひしひしと伝わっていた。


 それは、彼女がこれまで感じたことの無い圧迫感だった。自分の存在が、まるで蟻のように思われる。全身に鳥肌が立ち、自然と体が震え出した。恐怖や不安といった言葉では表しきれない。それらを通り越し、感覚が麻痺したような不思議な気分だった。


 興奮剤を打ったように心臓が激しく鼓動し、体内を流れる血が速度を上げて循環する。眩暈を起こすほど、自分が肉体を持つ個体だということを感じた。心地よくさえあった。絶大な存在感に飲み込まれることで、塵のような自分の命を強く強く実感した。


 その命は、自分に逃げろと警告する。逃げて生き延びろと。それが、普段は曖昧で虚ろな〝生〟を、確実なモノであることを生々しく体感させる。


 そこには理性と本能の葛藤は無く、ただ在るのは奮い立つ命―――





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