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第三十話

 露店販売には、ガグルの皮や毛を使って仕上げた服や鞄、都市遺跡で発掘されたのであろう機械製品や古びた金属製の様々な道具が山積みされていた。何の肉か疑わしい干し肉も売られていた。


 商人達は皆、護身用の銃や短剣を腰に提げ、魔除けの装身具を無駄なほど身につけていた。彼らは、身なりのいい3人の姿を捉えるなり愛想よく声をかけ、時折商品を持って近寄ってきた。


 ランタンと連なった電球の明かりに照らされた瓦礫に埋もれる商店街の中で、3人の姿は酷く目立った。物陰からの鋭い視線を感じながらも、テトラたちは商品を物色する事を純粋に楽しんでいた。


 上空を舞う醜い姿をしたインプたちの数はバースよりも少なく、商店街の中に降りてくるものはいなかった。商人達の魔除けが利いているようだ。特に岩塩や銀製品を取り扱った店の周辺は、インプの影がひとつも無かった。


 ヨルザは銀製品に、リウォは不気味なアバターが大量に吊るされた店に時々気をとられながら、何かを探し求めて先を急ぐテトラに周囲を警戒しつつ付き添った。


 「・・・あった!」

 「!?」


 テトラが急に走り出したので、リウォとヨルザは慌てて彼女を追った。テトラは屋台の合間を縫うように走っていった。その後を賢明に追う2人は、テトラが意外に足の速い事を知って驚いた。


 「何なんだよ、いったい・・・。」

 とある屋台の前で立ち止まったテトラを、リウォは睨みつけた。


 テトラはお構いなしに、アウラを爛々と輝かせて屋台を見つめていた。


 「・・・蜜飴を、透視で探してたんですか?」

 ヨルザは屋台に目をやり、拍子抜けしたように呟いた。


 袋詰めにされている琥珀色の飴を一心に見つめながら、テトラは頷いた。

 「太陽蜜は、精神力の回復にいいんだ。シングイがあの状態だといけないから。それに明日、広範囲で遠距離透視するから絶対必要だよ。」

 「・・・・。」


 リウォは値札を覗き込んだ。

 「5粒で300セル・・・急に値上がりしたな。」


 「ここんところ、キュービーの数が激減したんですわ。」

 屋台の主が憂鬱そうに言った。

 「バオドじゃあ太陽蜜は貴重な栄養源です。乱獲が原因か、はたまた別のガグルに生息地を奪われたのか・・・とにかく、困ったもんですよ。」

 「・・・・。」


 テトラは袖から数珠状の酸素石を取り出し、リウォを見つめた。彼は舌打ちして、袖から小振りの水流石を1つ取り出した。


 10個詰めの蜜飴を2袋買い、3人は来た道を戻り始めた。


 「?」


 テトラは、廃棄物の山に囲まれた暗い空き地に集まる黒尽くめの人々に気付いて立ち止まった。穴だらけのドラム缶で火を焚き、ドブネズミの死骸と古い書物を手にして何やら怪しげな儀式を執り行っている。


 「悪魔崇拝者だ。」

 リウォが軽蔑の眼差しを向けて呟いた。


 「―――エスは神に見離された。」「!?」


 突如、背中に声をかけられた3人は驚いて飛びのいた。彼らのすぐ後ろに、黒山羊のアバターを被った黒尽くめの男がいつの間にか立っていた。


 「・・・・。」


 リウォとヨルザは身構えた。


 黒山羊の男は警戒する2人を全く気に留めず、その後ろにいるテトラを見つめていた。彼は黒い手袋をはめた手をゆっくり前に出し、指を鳴らした。

 何も持っていなかったはずの手の中から突如、一輪の赤い花が出現した。テトラは目を瞬かせた。


 「どうぞ。」


 花を差し出され、テトラは手を伸ばして受け取ろうとした。

 ヨルザが、すかさず男の手を払いのけた。


 「!」


 地面に落ちた赤い花は、一瞬にして黒い煤となって消えた。黒山羊はヨルザにふっと笑いかけ、彼の横を通り過ぎながら囁いた。


 「・・・〝カグヤ〟の若旦那に御伝え願いたい。〝黒の魔術師ニコ〟が地獄から戻ったと。」

 「―――・・・!」


 ヨルザは、黒い目を見開いて凍りついた。


 「ヨルザ?」

 リウォが怪訝そうに尋ねた。

 「ニコって誰だ?地獄から戻ったって・・・。」


 「・・・・。」


 ヨルザは答えず、空き地の集団を観察しているテトラの手をとって広場へと続く道を早足で歩み始めた。


 「おい、放っといていいのか?連中、何かやらかす気だぞ??」

 リウォは慌ててついてきながら、険しい口調で言った。


 「ここは南の管轄。東官吏が口を挟む場ではありません・・・それに、僕らでは相手にならない。」 ヨルザは早口で言い返した。

 「・・・・っ。」

 「君の話していた情報が確かなら、中枢の息がかかった者たちに違いない。とりあえず、兄上には〝使い魔〟を送っておきます。」


 リウォは、横目でヨルザを見ながら、

 「・・・ははーん、さては家系の裏事情だな?カグヤ一族の暗黒面と、地獄より帰還した黒魔術師ニコか。」と面白がるように呟いた。


 それを聞いてヨルザは立ち止まり、リウォを見据えた。

 「名門〝ヤマト〟の恥さらしが関する所ではありません。」


 「ああ?何だとてめぇ、もっぺん言ってみろ!この、悪魔に魅せられた汚らわしい〝魔族〟の末裔がっ!!」

 リウォは、ヨルザの胸倉をつかんだ。


 「実の親にも見捨てられた落ちこぼれの放蕩息子。あの世の〝聖人〟も、君のような無能者が血族に出た事を嘆いておいででしょう。」

 ヨルザは涼しい顔をして毒を吐いた。


 「や・・・止めろよ、2人とも。」

 テトラは何が何だか分からずうろたえながら、険悪な雰囲気の2人をなだめた。


 (・・・絶好のポジション。)


 屋上に潜む人影が、目下の若者3人を窺い見てマスクの下で舌なめずりした。

 狙撃銃のスコープを覗く片目には、金髪少女の頭が映りこんでいる。逸る気持ちを抑え、男は慎重に引き金に指を添えた。


 (恨むなら、官吏どもを恨んでよ・・・。)


 ここぞというタイミングで、男は引き金を引いた。サイレンサーを取り付けた銃口から、弾丸が少女の後頭部に向かって放たれた。


 その時、思いもよらぬ邪魔が入った。


 「!??」


 言い争う2人をなだめていたテトラは、物陰から突進してきた何者かに体当たりされた。それと同時に、銃弾がテトラの肩を掠めて地面に着弾した。


 地面に倒れたテトラは何が起こったのか理解できず、激痛の走る肩を手で押さえて突進してきた相手を見つめた。

 それは、ガスマスクをつけた貧しい身なりの幼い少年だった。少年は灰色の目を大きく見開いて銃弾が降ってきた事に驚き、慌ててその場から走り去った。


 「リウォ、あそこだっ!」


 ヨルザが、鉄筋コンクリートの小高い建物の屋上を指して鋭く叫んだ。屋上の男は舌打ちして、建物の屋根を飛び越えて逃げ去ろうとした。


 「逃がすか!」


 リウォは背負っていたクロスボウを素早く構え、1発撃った。放たれた矢は、建物の軒に降り立った男の太ももに命中する。


 男が足を引きずりながらも建物の陰に逃げ込もうとした。ヨルザは腰から細い銀の棒を抜き取り、その先に取り付けられている落雷石から電撃を放った。

 それを直撃した男は、身体が痺れて地面に落下した。それでもなお、もがいて逃げようとする男のもとに駆けつけたリウォは、腰に下げた刀剣を抜いた。


 「生身の人間を寄越すとは、舐められたもんだぜ・・・!」

 リウォが止めを刺そうとしたので、テトラは慌てて止めた。


 「駄目っ!!」「!?」


 「な・・・何が〝駄目〟だ!?お前を殺そうとしたんだぞ!!?」


 リウォは黒いフードジャケットを着た男に刀剣の先を向けたまま、後ろのテトラに怒鳴り返した。フード男は、駆け寄ってきた少女の血まみれの肩をちらりと見て満足げに目を細めた。


 「情け深い子だね・・・良心が痛むよ。」

 と、ガスマスクの下で冷酷に笑った。


 「・・・・?」


 テトラは、眩暈がして地面にしゃがみ込んだ。


 「キラ!?」

 うずくまるテトラに、ヨルザが駆け寄った。


 「念のため、銃弾に猛毒を塗っておいた。大型ガグルもイチコロさ。」


 ヨルザは、ナイフと治癒石を取り出した。


 それを見て男は呆れ笑った。

 「無駄無駄。もう全身に毒が回ってるよ。苦しみはしない、一瞬で逝ける。」

 「・・・・っ。」


 テトラは、頭を垂れて身動きひとつしなかった。ヨルザは怒りと憎しみの入り混じった目で男を睨みつけた。


 「・・・解毒剤は?」

 「ある訳が無いだろ。」


 「て・・・てめぇ!」

 リウォは男の腹を思い切り蹴り飛ばした。


 男は腹を押さえて咽た。リウォは刀剣の柄を力の限り握りしめて振り上げた。


 「止めろっ!!!!」―――「!!?」


 テトラが叫んでリウォを制した。フード男は、度肝抜かれて少女を凝視した。


 「な・・・何で・・・。」


 テトラは息をつき、ゆっくり顔を上げて男を見つめた。


 「・・・〝ハオマ草〟の毒汁なら、あたしには効かないよ。」

 「!?」


 男はたじろいだ。


 「そ、そんな人間、いるわけが・・・。」

 「あんた、ガグル・ハンターだろ。」


 テトラの言葉で、男は固まった。


 「何で、殺し屋みたいな事やってんだ?何か訳があるのか?」

 「・・・・。」


 「・・・うあああっ!!?」「!?」


 ふいにテトラが弾かれたように立ち上がって大声を上げたので、皆はびくっとした。


 「な、な、無いっ!!」

 「な、何が!?」


 テトラは、自分の腰を見渡して手探りしながら慌てふためいた。


 「キ、キトラの牙が・・・無い!どど、どうしようっ!!?さっきの子だ、すられたぁぁっ!!!!」


 肩の怪我も忘れて、頭を抱えて半泣きになってうろたえるテトラを、皆は呆気にとられて見つめた。


 「お、落ち着け。とりあえず、こいつをどうにかしないと・・・。」

 「それより牙だっ!!ヨルザ、お願い、一緒にコロニー中を透視して探してぇ!!」

 「は・・・はあ。」



 「・・・トラブル起こすなって、言っただろ。」

 車に戻ってきた若者たちを見て、ユーリが大きくため息をついた。


 「おい・・・肩、血まみれじゃないか。いったい何して・・・そいつは誰だ?」

 先に車に戻って来ていたA.Jは、テトラと縄で縛られたフード男を代わる代わる見た。


 「物取りに襲われました。で、彼が犯人。」

 ヨルザは、事実を捻じ曲げて簡潔に説明した。


 「で、捕まえた訳だ。」

 ユーリは迷惑そうに唸った。

 「よし、気が晴れるまで殴ってどこぞに捨てて来い。」


 「そうしたいのは山々なんですが、彼女が・・・。」


 「彼は訳ありのガグル・ハンターだ。事情を聞き出すまでは気が晴れないから、それまで放すわけにはいかない。ヨルザ!早くヤミに知らせを送って、牙だ、牙探しだ!出発までに牙を取り返すんだ!!」

 テトラは地団太を踏んだ。


 「はいはい。」

 ヨルザは苦笑いした。


 「そういう事なので、彼を暫く車に置いて下さい。リウォ、見張りを頼みます。」

 フード男はリウォに連行されて荷台に乗せられた。


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