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第二十二話

 泣き疲れていたテトラは、昼食もろくにとらず昼寝した。それが本格的な睡眠となり、彼女の目が覚めた時は部屋で女官たちが寝付いていた。


 「・・・・。」


 尿意を催して、ごそごそと這い起きたテトラは、薄暗い回廊を渡って急いで裏庭の厠へと向かった。


 用を足し、今度は空腹に苛まれた。ひもじい思いをしながら来た道を戻ろうとした時、ふと彼女の足が止まった。


 「?」


 テトラの耳に、何かが聞こえた気がした。彼女は冷やりとした空気の立ち込める裏庭に佇んで、耳を済ませた。

  「・・・・。」

 テトラの足は、自然と裏庭の奥へと向かった。



 御堂へと続く細い石階段の左横。濡れた地面に設置された正方形の鉄扉。その中の細い階段の下、そこから続く暗く長い通路の奥から、それが聞こえてきた。


  ――――あの扉には、絶対に触れるな。何かを感じても、何かが聞こえても応じてはならん。それ以上、透視もするな。約束できるな?


 ヘルの言葉が脳裏に浮かんだ。

 だが、テトラはその〝声〟に応じずにはいられなかった。


 「・・・お腹、空いたのか?」

 テトラは無意識に呟いていた。


 「そっか・・・何で、閉じ込められてるの?」


 透視するテトラの視線は、その声の主に誘い込まれるように暗い通路の中を進んでいった。暫く行くと、通路の奥にある大きな石扉に突き当たった。その扉と周囲を囲う石壁には、不気味な形の赤い文字が書き綴られていた。


 「十個も封印術を?そんなに、悪い事したの・・・?」

 テトラは姿の見えない相手と会話し続けた。


 「・・・駄目だ、ヘルに怒られる・・・そりゃ今は居ないけど・・・・。」


 石扉の中を透視しようとしたが、彼女の力でもそれ以上奥の透視は出来なかった。


 「あたしには、無理だよ・・・方法を、教える?駄目だよ、扉には触るなって言われてる・・・・名前はキラだ・・・そうか、マモン。うん、話し相手ぐらいはするよ、寂しいもんな・・・あ、でもヘルには内緒な。応じるなって、言われたから・・・。」


 テトラはいつの間にか扉の前でしゃがみ込んでいた。


 「・・・ううん、明日買いに行くんだ。初めてのファミリア・・・12歳で、初級アルコンになったばかり・・・そうなの?すぐ気付いたよ・・・試験とか難しそうだ・・・ホント?・・・あ、でも入れ墨するのは嫌だ。すごく痛そうだもん・・・うん、綺麗だとは思うけど。」


 テトラは知らないうちに扉に乗り上げて、鎖を弄っていた。


 「へえ、四天王って凄いんだな・・・・うん、知ってる。キナに聞いた・・・マモン、怒ってないの?ヘルが、あんたを閉じ込めたんだろ・・・・シバ?そうか、彼が術をかけたのか・・・。」


 テトラは、何気なく錠を指でなぞっていた。


 「キラ!」―――「!」


 背後からの鋭い声で、テトラは我に返った。彼女は錠に触れていた手を慌てて引っ込め、立ち上がって振り返った。オレンジ色の髪をした白装束の赤鬼が立っていた。


 「・・・そこで、何をしている?」

 シニは、低い声で詰問した。

 「・・・・っ。」

 彼女の気迫で、テトラは喉が詰まって何も言えなかった。


 シニは暫くテトラを見据えていたが、短くため息をついて「こっちにおいで。」と優しい口調で手招きした。


 おずおずとテトラは彼女に歩み寄った。シニはしゃがんで、テトラの顔を覗き込んだ。


 「いいか、二度とあの扉に近づくな。あそこには、途轍もなく恐ろしいバケモノが封印されている。人を惑わせ、喰らう魔物だ。以前、東官吏の1人が封印を破り、大変な騒ぎになった。解き放たれた魔物が、地下で何十人もの人を喰い殺したんだ。封印を破った犯人が、その第一犠牲者となった。」

 「・・・・!」


 「多種多様な声色の会話術を使って、人の〝欲望〟という弱みに付け込み陥れる。それが、マモンだ・・・もう二度と、応答するな。今度やったら、ヘルに御報告する。わかったな?」


 テトラは、青い顔で何度も頷いてみせた。

 シニはふっと笑い、テトラの頭を軽く叩いた。


 「腹でも減って起きだすころだと思ったんだ。一緒に夜食、食べるか?」


 シニは手に持つ籠をテトラの前で揺らした。

 テトラは輝く目を大きく見開いて頷いた。


 「よし。高い所は平気か?」

 「平気!」


 テトラは元気に答えた。シニは「だと思った。」と笑いながら言い、テトラを連れて回廊を渡っていった。


 「シニ、こんな時間に何してたんだ?」

 「夜番だ。武官が数人ずつ交代制で毎晩行っている。ヘルや中級アイオン達が遠征に出ている今は、特に警戒が必要なんだ。」


 社に沿った岩壁の際に、見張り台が高々と聳え立っている。シニは、テトラに梯子を先に登らせ、その後に付き添った。


 警鐘の取り付けられた見張り台の頂上で、2人は夜食にありついた。テトラは麦飯を握って焼いたものを頬張りながら、手摺に身を乗り出して社と地底湖を見渡した。存分にその絶景を満喫した後、胡坐をかいて茶を飲むシニの隣で、テトラも同じように胡坐をかいて茶を飲んだ。


 鬼面を外したシニは、細面の精悍な顔立ちをしていた。彼女の両目は、テトラが見たことのない不思議な色の瞳をしていた。淡く明るい黄色。人間の目とは到底思えない、妖しく光るレモン色の瞳に、テトラは暫く見とれた。


 「・・・この間、社にファミリアが侵入して官吏が犠牲になったってヘルが言ってたけど、よくある事なのか?」テトラは眉を顰めて聞いた。


 「2週間前だ。どこぞの阿呆がイフリートを2体送りつけてきてな、社に入ったばかりのアルコンが、逃げ遅れて5人殺()られた。」

 シニはサソリの姿揚げをかじりながら、平然として恐ろしい事実を気軽に語った。


 「社内はまだマシな方さ。地下都市では毎日、ファミリアの餌食になって死者が出る。今も、騒ぎがあって大ホールにナラ達が出向いているところだ。」

 「・・・過酷だな。」


 テトラは暗い顔でぽつりと呟いた。シニは少し笑った。


 「慣れれば、たいした事無い・・・人の死に慣れる、なんて非情だと思うだろうが、慣れなきゃやってけないさ。」夜食を食べ終えた彼女は、鬼面を被りながら言った。


 肩にかかる髪を紐で結いながら、「どうする?部屋に戻るか?」とテトラに聞いた。テトラは完全に目が覚めてしまっていたので、シニの夜番に付き合う事にした。


 「シニは、いつから東に?」

 テトラは、シニの残したサソリを恐る恐る摘み上げながら聞いた。


 「5年前からだ。」

 シニは立ち上がって社を見渡しながら話した。


 「ヘルがラシュトラに即位して数年間は、東官吏の入れ替わりが激しかったんだ。その機に便乗するかたちで、ヤミやヨミもほぼ同時期に就いた。」

 「ヘルがいっぱい辞めさせたのか?」


 「それもある。だが主な原因は、中枢の上級アイオン達の嫌がらせだ・・・毎晩のように、ファミリアの襲撃があったんだ。それで、元々居た東官吏はほぼ全滅した。キナは、その中の数少ない生き残りだ。」

 「・・・・。」


 「まあ、気持ちは分かるさ。9歳のラシュトラだぞ?不満も出て当たり前だ。今となってはヘルを恐れて、彼の不在中を狙って時々思い出したように騒動を起こす程度に治まっている・・・ホント、東に来て暫くの間は毎日が地獄だったよ。」


 テトラは、シニの話を聞きながら無意識にサソリをかじっていた。意外に芳ばしくて美味しい事を知った。


 「・・・それまではどこに居たの?」

 「南の見習い武官だった。ヤミもそうだ。」


 「大変な時期だと分かってて、わざわざ東に転職したのか?そこまでして、東の社に入りたかったの?」

 「・・・・。」


 シニは暫く黙っていた。

 当時の事を思い出しているようだった。


 テトラは、彼女の傍に立って見張りを真似した。


 「そうだな・・・。」

 シニは静かに語り始めた。


 「東へのこだわりは無かった。ただ、ヘルがラシュトラだから東に来た。」

 「・・・・。」


 「本当の事を言うと・・・以前はオレもヤミも、ヘルの事を嫌ってた。9年前にひょこっと現れたかと思いきや、前ラシュトラで現ナビのシバ・アイオンに可愛がられて、2年後にはラシュトラだ。自分らと、さほど年齢差の無い年下の餓鬼がだぞ?面白くねえさ。」


 「うん。」

 テトラは相槌を打って話を促した。


 「だけど・・・・まあ、いろいろあって東に移る事を自分たちで決意した。と言っても、そう簡単に12、3のアルコンが東に転職できる訳が無い・・・約1年間、死ぬ気で修行したさ。

 ヤミは〝言霊〟、オレは〝霊具〟の(すべ)を体得する事に専念した。あの嫌味で生意気で自由奔放なチビ狐に御近づきして、刺客のファミリアどもから御守りするためにな。今じゃあ、ガグル狩りにまで手を貸す始末さ・・・いつの間にか、彼がオレたちの生き甲斐になっていた。」


 「・・・・。」


 「・・・こんなどうしようもねえ時代に、生き甲斐を持って生きられるってのは奇跡みたいなもんだ。」


 シニはそう言って、暢気に欠伸した。彼女のクールな話しぶりに、テトラは引き込まれていた。


 「何か、かっこいいな・・・!」

 「?」


 テトラは、少し大人になった気分がした。恍惚とした表情のテトラを見て、シニは怪訝そうに首をかしげた。


 「・・・あ。」


 シニは何かを思い出し、テトラに改まって向き直った。


 「オレ、お前に一度ちゃんと・・・・っ!!」―――「!?」


 シニは、テトラの背後に突如降り立った影を捉え、反射的に彼女を鉄板の床に突き飛ばした。それとほぼ同時にシニの腹部を、何者かの刀剣が勢いよく貫いた。


 それは、一瞬の出来事だった。


 「シ・・・っ!!」


 テトラは何が起こったのか直ぐには理解できず、床の上に転がったままその光景を見上げた。

 

 シニは鬼面の下で大量の血を吐きながら、目の前に立つ襲撃犯を睨み付けた。剣の柄を持つ骨の手、黒く長いローブ。フードの中に潜んだ人間の頭蓋骨に、窪んだ両目の中で爛々と輝く紫色の光。


 その骸骨は、湾曲した刀剣をシニの胸から引き抜いた。シニの腹と背中から、鮮血が溢れ出る。白い衣が、一気に赤く染まった。


 テトラは頭の中が真っ白になった。シニは、黒いローブを纏った骸骨を睨みながら膝をつき、床に倒れふした。


 テトラの全身を流れる血が凍りついた。


 「シ・・・シニ・・・。」


 骸骨はテトラを見下ろした。本来の獲物を前にして、植え付けられている憎悪が激しく燃え上がった。一点の曇りも無い殺意を向けられ、テトラはただ呆然として骸骨を見上げることしかできなかった。


 骸骨は、紫黒色のアウラを全身に燃え滾らせながら、血の滴る刀剣をテトラに振りかざした。


 「・・・う・・・う、うあああ―――――っっ!!!!」


 テトラは声の限りに叫んだ。

 骸骨は、刀剣の刃を勢いよく振り下ろした。

 

 テトラは刀剣が自分の身体を切り裂かんとする刹那、アバターをつけず部屋を出た事を後悔した。自分がアバターをつけずにこの場に居たから、シニが死んだ。そして今、時分も死のうとしている。


 刀剣の刃が、テトラの顔面に振り落ちた。強い衝撃を感じた。痛みが伝わる前に、テトラの意識は暗闇の中へと急降下していった。


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