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第十五話

 やっとの事でヘルから離したテトラを連れて、キナは回廊を渡って女官専用の風呂場に向かった。


 「・・・ごめんよ。謝るから、もう泣かないどくれ。」

 泣き止まない少女を、キナは賢明に慰め続けていた。


 「・・・・。」


 テトラは泣きながら、ふと足元の建築材に目が行った。


 「そりゃ、びっくりするさ。もうヘル様ったら、いっつも自己中で自由奔放で身勝手なんだから。ま、そういうところが魅力的なんだけど・・・って、やだ、あたいったら何言ってんのよ、もう!」

 「・・・・木材だ。」


 「へ?」


 「この廊下の床、木製の板が張られてる・・・!!」


 テトラはその事に感動して、泣き止んだ。


 キナは目をぱちくりさせた。彼女は、その少女の単純さに呆れ果てた。


 「どこで手に入れたんだ?エスに木が生え残ってる場所があるのか!?」

 テトラは、顔を輝かせてキナに聞いた。


 「ふん、なかなか目敏いじゃないの。これはだね、北アクラシアから西にある〝バルタナ大陸〟の、〝ジョナの都〟ってコロニーから来た物だ。そこにも、こちらで言うパイマー的存在がいて、〝樹海の大精霊石〟っていう木を生やす事のできる有り難いパイで、森林作りに取り組んでんだってさ。」

 キナは得意そうに説明した。

 「へえ・・・!」

 母の本名も、ジョナだったなとテトラはぼんやり思った。


 〝女湯〟と書かれた暖簾を潜って脱衣所に入りながら、キナはさらに語った。


 「元々は、回廊と部屋の床も石だったんだけど、ヘル様がラシュトラに即位した時、向こうから献上品として送ってきたんだ。何でも・・・昔のよしみ、とか言って。昔っつっても、ヘル様が9歳の時の話だよ?」


 キナはしゃべりながらも、金属板で仕切られた空間でてきぱきとテトラの服を脱がせ、袖裾を捲り上げて急ぎ足で湯船へと少女を連れて行った。


 「ヘルは、たった9歳で今の位についたのか!?」

 テトラは驚愕した。


 「そうさ、歴代最年少の四天王だ!彼がバースに来たのが7歳の時で・・・昔のよしみって、昔って、ねえ。変な言い方。」

 鍾乳洞の壁に開いた横穴を利用して設備された岩風呂で、テトラはキナに湯をかけられながら、何気なく計算した。


 「7歳・・・9年前。あたしが、3歳の時・・・。」


 彼女は、9年前に起こった出来事を思い出して固まった。


 「ちょっと、話聞いてる??」


 キナは反応を示さなくなった少女の頬を軽く叩いた。それでもテトラは反応しなかった。1人でぶつぶつと言いながら考え事をしている彼女の顔を、キナは怪訝そうに覗き込んだ。


 「母さんが死んで・・・ジョナ?大、精霊石・・・しん・・・神獣っ!!」

 「うわぁ、びっくりした!あ、ちょっと、あんた、そんな格好でっ!!」


 テトラは、裸のまま風呂場から飛び出した。そして透視でヘルの居場所を探りながら、回廊を走り回った。キナは慌てて少女を追って走った。

 テトラは等々、〝男湯〟の脱衣所に走り込んだ。


 「あ、そこ、駄目だ!!待ちなっ!!こら―――っっ!!!!」


 「何だ、騒がしい・・・なっ!何、お前、素っ裸で・・・おわっ!!」


 アバターを外して上半身裸のヘルは、勢い良く飛び込んできたテトラに体当たりされて後ろに激しく倒れた。


 「・・・・っ!!」


 こげ茶色の癖毛、鳶色の目をした半裸の少年が、顔を赤らめて慌てて後ろを向いた。ナリだ。


 「なな、何だ、いったいコレは!!?」


 その場でヘルと今後の予定を確認し合っていたヨミが叫んだ。


 「きゃ―――っ!!も、申し訳ございません、この子が急に・・・!」


 テトラを追って脱衣所へ入ってきてしまったキナは、ヘルの鍛えられて引き締まった褐色の肉体を見て絶叫し、面を手で隠しながら嬉々として言い訳した。


 「ホーグ!!昨日倒した巨大ガグルの事、神獣って言ってたよな!!?」


 現状などお構いなしに、テトラはホーグ(ヘル)に詰問した。


 「!?」


 少女の言葉に、ヨミが大きく反応した。


 「あ、馬鹿!それを言うなっ!」

 ホーグは膝立ちしてテトラに羽織を被せながら、慌てふためいた。


 「ラ・・・ラシュトラ――――っ!!」

 「いっ!」


 ヨミの怒鳴り声に、ホーグは首を引っ込めた。


 「あ、貴方、貴方と言う御方は・・・・こ、この、大馬鹿者ぉ!!何度、言えば分かるのですか!!?今、神獣に手を出してはならないとっ!!!!」


 「そんな事、どうでもいい――――――っっ!!!!!!」

 「!?」


 激怒するヨミを上回るテトラの迫力ある叫び声に、皆は度肝を抜かれた。テトラは息を切らしながら、ホーグの琥珀色の瞳を直視した。


 「ホーグ、母さんは・・・!ジョ・・・レナは、神獣を倒して、それでその時に・・・・死んだんだろ?」

 「・・・・!」


 ホーグは困惑した表情で、黙ってテトラを見つめた。


 「答えろっ!!」


 テトラは噛み付くように問い詰めた。


 彼は、テトラから目線を逸らして呟いた。


 「・・・そうだ。」


 そして、その場に崩れるように座り込んだ。それにつられるように、テトラも座った。ヨミとナリ、キナは黙って彼らを見つめた。騒ぎを聞いて集まった2、3人の武官は、暖簾の隙間から何事かと中の様子を窺い見ていた。


 「・・・その時あんたも、一緒だったんじゃないのか?そうなんだろ?」


 テトラの質問で、ホーグはまるで責め立てられて怯える少年のような表情で視線を泳がせた。そして彼は、淡々と静かに語り始めた。


 「・・・8人でチームを組んでいた。皆、すぐ神獣に()られちまって・・・レナさんと俺だけになって・・・。」

 「・・・・。」


 「俺は、レナさんに〝逃げよう〟と言った。でも彼女は逃げずに、1人であの怪物に立ち向かって行った。俺は、動けなかった―――。」


 ホーグは、当時の回想の中へ落ちていった。



 『レナさんっ!』

 『うっ・・・。』


 『あれ・・・・ち、血が、止まらな・・・ちょっと、近くのコロニー行ってくるからな、しっかりしろよ!?』

 『い、いいんだ。もう、いい。』

 

 『な、に言ってんだ?大丈夫だよ、あともう1つ石があれば・・・。』

 『ど、うせ、間に合わない。いいから、そばに、いて?』

 『・・・・っ。』


 『あの、な、ホーグ。あんた、ハンターに、なるなら、こんな事で、泣いちゃ駄目だ。これから、もっと、辛い、事あるよ?そんな、な、泣き虫じゃ、やってけないぞ。それ、から・・・。』

 『分かったから、もう・・・しゃべるな。』

 

 『いいか、ら聞け・・・聖音(オーン)が、聞こえる奴、を探せ。北アクのバースになら、優秀な、れ、霊能者が、沢山いるから、きっと、その中にいる・・・う、神獣を倒して、その、腹に眠る、大精霊石を、使い続、ければ・・・エスは、必ず、生き返るっ・・・。』

 『・・・・!』

 

 『あんたに、なら、できる。オーンを追って・・・神獣を、たお、し・・・エスを・・・い、生き・・・か・・・・。』

 『・・・・レ、ナさん?嫌だ・・・逝くな!おれ、また独りになるよっ!逝かないでよっ!おれ嫌だよっ!!また、独りだけ・・・生き残るなんて・・・。』



 我に返った彼は、どこまで語ったかを暫し考え、テトラにレナの最期を説明した。

 「―――彼女は、神獣の最後の足掻きで致命傷を負った。治癒石を2つ使い切っても、血が止まらなかった。」

 「・・・・。」


 「あの時・・・あと1つ、手元に石があったら・・・・。」


 ホーグは自分の掌を、渇いた虚ろな目で見つめた。


 「・・・うっ!」

 「!?」


 ふいに彼は顔を顰めて、散切りの赤毛を両手で押さえた。


 「ああ、くそっ・・・シャイマンの要請だ。キナ、早くこやつに正装を。」

 「あ・・・は、はいっ!」


 キナは鼻をすすり、魂が抜けているような様子の少女を立たせて、その場を後にした。




 几帳で仕切られた衣装部屋の一角で、小袖姿のテトラは鏡台の前に無表情で立っていた。キナは櫃の中から、金糸の刺繍が施された朱色の束帯を漁り出し、手馴れた手付きで少女に着せた。


 「・・・あんた、鏡には映るんだね。あれよ、吸血鬼の伝説とかでは、影が無くて鏡にも映らないって言うじゃないか。よかったぁ、また悲鳴上げるとこだったよ。」


 キナはおどけるように明るく話しかけた。


 「・・・・。」


 テトラは無反応だった。


 「・・・辛いのは、分かるけどさ。その、レナさんって人は、自分の満足いく生き方をしたんじゃないか?それなら、こっちに残ってる人が、それを受け止めて元気出さないと、彼女が浮かばれないと、あたいは思うなぁ。」

 キナは、少女の物憂げな目を覗き込んで言った。


 「・・・・ん・・・うん。」

 テトラは女狐の細い目から視線を逸らして、小さく頷いた。


 キナに言われずとも、父親に彼女と同じような事を以前言い聞かされたテトラは、レナの死をすでに受け止めていた。ただ、彼女はホーグに残酷な事をしてしまったと思い、自分を責めていた。


 彼は、まだレナの死を受け止められていなかった。そうとも知らずテトラは、ホーグに酷な質問をして、彼に辛い過去を語らせてしまった。レナを思い、心細く寂しげな表情を見せた彼は、当時動けなかった自分を強く責め、治癒石を3つ持っていなかった事を限りなく悔いていた。


 その上、テトラは過去の記憶に飲み込まれていく彼の精神内に、勝手に入ってしまった。自分に読心術が使えることを、テトラは先ほど初めて知った。彼女が見たのは、恐怖と悲しみ、孤独に満ちた少年の視界だった。


 目の前で、口にガスマスクをつけた長い金髪の女性が、深みのある緑色の瞳でその少年を見つめながら何かを言い聞かせていた。少年は血まみれの手で、彼女の腹部に大きく開いた穴を賢明に押さえていた。泣いているのか、視界が酷くぼやけて揺れていた。


 女性は、皮手袋をはめた手で少年の顔に触れながら、呆れ笑うように目尻を下げ、それから真剣な目で何かを伝えた後、ゆっくりと目から生気が消えていった。少年は彼女を抱きしめ、その身体から抜け出して散っていく光に向かって何かを叫んでいた。そして視界は暗くなった。


 「・・・馬子にも衣装。」

 「!」


 几帳の間に、小麦色の狐面の少年がいつの間にか立っていた。


 「ナリ!先に声かけてから、入りな。」


 キナは、テトラの襟足に残る金髪を器用に結い上げながら、ナリを横目で睨んだ。


 ナリはだるそうにテトラに近づき「ほら。」と、白イタチのアバターを彼女にさし出した。


 「いつまでも素顔でいられないだろ。見苦しいったらない。」

 「・・・どうも、ありがとう。」


 失礼で無愛想な彼に、テトラは丁寧に礼を言った。ナリは鼻で笑って、立ち去ろうとした。


 「あ・・・これ、貰っていいのか?それとも、何かと引き換え?」

 「・・・・。」


 彼は質問に答えず、ため息を残して部屋から出て行った。



 「可愛くない子・・・まあ、貰っときな。あの子、腐るほどアバター持ってんだから。」

 「アバターって腐るのか?」


 テトラは真面目に聞いた。


 「・・・喩えに決まってるじゃないか!それくらい沢山持ってるってこと。ナリは、アバター収集に凝ってんだ。珍しいのを手に入れるために、敵対関係にある〝(なん)アク(南アクラシア大陸)〟のコロニーにまで出向くくらいだからね。相当のもんよ。」


 テトラはアバターを手に持って眺め回した。見た目ほど重くはなかった。表からは無理でも、裏面からなら透視することができた。針金を骨組みにして粘土で覆い、乾燥させて焼いたものの上に、何層もの塗料が塗られているようだ。


 彼女はさっそく顔につけてみた。キナが後ろから留め金をつけるのを手伝った。冷やりとした滑らかな感触が皮膚を覆った。それはテトラの顔で型を取ったかのように、彼女の顔に吸い付くように納まった。


 何とも言えぬ、不思議な感覚だった。まるで、テトラを待ち侘びていたとでもいうように、白イタチは鏡の中で満ち足りた表情をしていた。


 「あら、ぴったりじゃないか。流石はナリの見立てだね。伊達に収集家やってる訳じゃなさそうだ。」

 「・・・・。」


 テトラは暫くの間、白イタチの青い目と見つめ合った。




 正装したヘルに連れられて、テトラは社の奥へと回廊を渡っていった。白と紫を基調とした束帯を纏ったヘルは、白い髭の生えた天狐(てんこ)(千年を生きた妖狐)のアバターをつけている。

 彼はずっと黙りこくったまま、テトラの足の速度に合わせて前を歩いた。テトラは少し気まずく思い、先を急ぐ彼に話しかけた。


 「あの・・・さっきは、ごめん・・・なさい。」


 ヘルは立ち止まってテトラを振り返り、首をかしげた。


 「そ、の、悪い事、聞いたかなって・・・。」

 テトラはしどろもどろで付け加えた。


 「そのアバター、ナリが?」

 「え・・・あ、うん。」


 ヘルは前に向き直り、裏庭へと出る階段を下りていきながら「俺にも触らせてくれなかったのに・・・。」と、ぼやいた。


 「そ、そうなのか。」

 「何でも大層な価値のあるモノらしい。よく知らんが。」


 「・・・・。」


 話を逸らされたのか、許してくれたのかよく分からないまま、テトラは彼の後を追った。



 鍾乳石に囲まれた薄暗い裏庭の奥に、細く急な石階段が岩壁の高所まで続いていた。その上には石の御堂が建てられている。

 ヘルに続いて階段を上ろうとした時、テトラはふと階段の左横の地面に目が行った。洞窟の濡れた岩床に、正方形の小さな両開きの鉄扉が設置されていた。取っ手には頑丈そうな鎖とえび錠が掛けられている。


 「・・・・。」


 テトラが一心になってその扉を見ていると、ヘルが階段から下りてきた。


 「・・・あの中には何が?」

 テトラは扉を見つめたまま、小声で彼に聞いた。


 「何か、感じるのか?」

 「・・・・。」


 質問に答えず扉を見下ろしているテトラを、ヘルは自分の方へ向けさせた。そして屈んで彼女の顔を覗き込み、「いいか、よく聞け。」と低い声で脅すように言った。


 「あの扉には、絶対に触れるな。何かを感じても、何かが聞こえても応じてはならん。それ以上、透視もするな。約束できるな?」


 テトラは、天狐の尖った赤銅色の目に開いた穴の中で、鋭く光る琥珀色の瞳を見つめながら恐る恐る頷いた。

 ヘルは暫く、白イタチの丸い目の穴に潜む紺碧色と淡い黄緑色の瞳を見据えていた。そして、彼女の頭を軽く撫でて石階段を上っていった。テトラは後ろ髪を引かれながら、ヘルについて行った。


 鉄柵扉を開けて真っ暗闇の御堂内に入った。ヘルは両脇に立つ松明に火炎岩で火を灯した。赤々と燃える炎の光は、狭い堂内を隅々まで照らし出した。堂の奥を見て、テトラは一瞬びくっとした。


 大理石の椅子に、人と等身大の傀儡(くぐつ)がうな垂れて座っていた。あまりにも良く出来ていたので、テトラは透視せずにはいられなかった。


 「!?」


 彼女はあとずさった。


 それは、蝋で塗り固められた本物の人間の死体だった。内臓を抜いて乾燥させている。


(ミイラだ。ミイラを、人形の骨組みにしてる・・・!)

 テトラは一気に青ざめた。


 ヘルはその傀儡の前に跪いて両袖を面の前で組み、頭を垂れた。そして、後ろのテトラにも同じようにするよう首で指示した。テトラは、うろたえながらも従った。


 どこからともなく生温い風が吹き込んできた。それは松明の炎を揺らして、すぐに静まった。


 「・・・四神束ねしバースのナビ、主神シャイマン・シバ・アイオン。ラシュトラ、バースに帰還せし事を御報告申し上げるべく参上し仕りまする。」

 ヘルはその傀儡に一礼した。


 テトラは袖の上から白イタチの目を覗かせて、傀儡を窺った。


 「!」


 傀儡から、強いアウラが放たている。



 傀儡の指が動いた。そして、ぶるっと身震いして首をもたげた。金色の鬼面が前方に跪くヘルを捉え、牙の生えた口が徐に動いた。


 「・・・・ラシュよ。其れより先に、わしに申す事があるのでは無いのか?のう・・・ラシュトラ・ヘルよ。」

 傀儡は、顎をカクカクさせながら太く濁った音声でしゃべった。


 「密に社を抜け出し禁制を犯した我が愚行、何とぞ御許しを。」


 傀儡の出っ張った腹部から、白く透けた細い帯状のものがテトラの横を通って外へと伸びている。


 (・・・魂の緒だ。幽体離脱してきたシバって人の生霊が、人形を霊媒にしている!)


 「・・・何故だ?何故、そう焦る?南アク・アマゾナス戦を制すれば、その後存分に狩ればよいと、以前から何度も、何度も・・・!この、わしが・・・・っ!!」

 傀儡のシバは、関節を軋ませてわなわなと震えた。


 「・・・・っ。」

 ヘルは身構えた。


 「言うておろうがっ!!!!この、ド糞餓鬼がぁぁぁっっ!!!!!!」


 テトラは、その怒声で飛び上がった。


 「お前の耳は節穴かっ!!?それとも、脳味噌足りとらんのかぁ!!?ああ!??あと2、3ヶ月だ!!!!たかが2、3ヶ月の我慢がならんと申すのかっっ!!???しかも、わしに黙って東軍の全権を〝ヴィルダカ・セト〟に託すとは、どういう了見だ、くらぁぁぁっっ!!!!!!例え、数日数週間でもっ!!てめぇの部隊を、てめぇが手放してどうするよっっ!!!???そんなに、早死にしてぇのかっっ!!????ならば、わしがこの手で捻り潰してやらあぁぁ―――――っっっっ!!!!!!!!!!」


 シバは椅子から上半身を乗り出し、燃え上がる炎のような怒気のアウラを放って手足をバタバタさせながらヘルを捲くし立てた。

 どうやら、胴体をベルトで椅子に固定されているため、そこから立ち上がって離れる事ができないようだ。


 「・・・お、御言葉ですが、ナビ。私が指揮していたファミリア戦は、ほぼ制圧したも同然で、人事部隊についてはダカの方が上手(うわて)かと・・・。」

 シバが息をついている隙に、ヘルは怯えながらも早口で意見した。


 「ド阿呆っっ!!!!甘い、甘い、詰めが甘――――いっっ!!!!!!だから、お前はまだまだ半人前なのだっ!!あれが制圧だとっっ!!??冗談も休み休みに言えっっ!!!!そしてダカ・セトが、お前を上回る要素は一切において無いっっ!!!!在るとすれば図体のデカさぐらいだっっ!!!!!!」


 ヘルは苦笑いした。

 「買い被り過ぎですよ。私はまだダカの半分しか生きていない身で、彼の豊富な経験をもっと尊重すべき・・・。」


 「歳も経験も関係あるかぁっっ!!!!よくもまあ、そのような戯け事がぬかせたもんだな、ああっっ!!???そうだ、その口だっ!!警備状況を確認するために一旦バースに帰還するっつて、それをわしが許したのが馬鹿だった・・・っっ!!!!あぁ、ヨミがついておるとばかりに・・・イリはどうしたっっ!!???お前の監視につかせた上級アイオンのイリはっ!!??」

 シバは限界まで身を乗り出し、ヘルに問い詰めた。


 「あ・・・彼女には暫くの間、ね、眠って頂いております。」

 ヘルは恐縮しながら正直に答えた。


 「な、な、何をぉ・・・よ、く、も、わしの、大事な娘にぃぃ・・・・っ!!!!」

 シバは半物質(エクトプラズム)を鬼の口から垂れ流しながら、怒りの頂点を越えて半笑いで唸った。


 「シャイマン・シバ。事実、私は貴方から休戦中の1ヶ月を休息期間として頂いたのです。それを、私がどう使おうと構わないでしょう?狩りへ出たのは、身体が鈍ってはならないと考えたからです。それをイリが邪魔するので、やむを得ず催眠をかけさせてもらいました。」

 ヘルは開き直ったように、強気で主張した。


 「・・・きゅ、休息であろうっ!??休戦中の休息期間に、神獣と、一戦交える馬鹿がおるかっっ!!???」


 「ここに。」

 ヘルは即答した。


 「くぅ――――――――・・・・っっ!!!!」


 シバは鬼面の額をぺちっと叩いて、天を仰いだ。彼はそのまま脱力して背もたれに寄りかかった。


 「・・・明日、馬鹿セトがバースに帰還する手筈だ。5日以内で戦線に戻れ。2週間後には、もう一戦向こうから仕掛けて来るはずだ。その前に先手を打つ。それが終わったら・・・好きにせい。」


 シバは、ヘルとのやり取りで精根尽きたのか、ぐったりとした力の無い声で言い渡した。


 「・・・御意。」

 ヘルは深く頭を下げた。


 暫く天井を向いていた傀儡は、何かに気付いたようにふと顎を下げ、鬼の目を鋭く光らせてヘルを見下ろした。そして、冷ややかな口調で彼に聞いた。


 「イシュラか。イシュラの〝テフ〟が、お前を急かせておるのだな?」

 「・・・・。」


 質問に答えないヘルを、シバは鼻で笑った。

 「まあよい・・・其の方、前へ。」

 シバに急に声をかけられ、テトラはどうしたらよいか分からずヘルの背に視線を送った。ヘルは、彼女に前に出るよう首で合図して後退した。テトラは袖で顔を隠したまま、おずおずと前に出た。


 「・・・・。」


 シバは少し首をかたむけて、暫くの間黙ってテトラを見据えていた。そして、彼は考え深げに鬼の顎を擦りながら、静かに言った。


 「・・・・地下への入出許可を与える。この場をもって、お前は初級アルコンだ。そうさな・・・〝キラ〟と命名しよう。早々に必要書類を用意し、中枢部へ郵送せよ。後の事はラシュトラに任せる。励め。下がってよい。」

 「・・・・!」


 テトラは戸惑いながらも深くお辞儀し、ヘルの隣まで下がった。


 「ヘル、わしがお前の身勝手な行動になぜ目を瞑るか、今一度よく考えるがよい。くだらん理想のために無駄死にして、わしを失望させるな・・・お前はまだ若いのだ。」


 シバはそう言い残し、傀儡から離脱して突風を巻き起こしながら去っていった。その風で松明の炎がかき消され、堂内は暗闇に包まれた。





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