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第十二話

 柱と柱の合間に吊り下げられた丸い照明器具の仄かな明かりに照らされる幅の狭い列柱廊を、3人は赤鬼官吏たちに付き添われて歩んでいった。


 程なくして、豪華な銀の門扉に突き当たった。扉を囲む石壁には、様々な動物の絵画とレリーフが施されている。


 官吏が門の端にある小さなレバーを引くと、銀の扉が開き始めた。それと同時に、どこからとも無く、重たげな低い鐘の音が響いてきた。それを合図に、重奏の音楽が地下の都に鳴り渡った。


 先に扉から出た官吏の1人が、地下神殿の前方にある広場に向かって鋭く叫んだ。


 「四天王、ラシュトラ・ヘル・アイオンの御通りだ!控えよ!!」


 その場で屯していた商人と都民、官吏たちが一斉に様々なアバターをこちらへ向け、左右に大きく退いて平伏し、跪いた。


 ヘルは気だるそうに外へと歩み出ながら「耳障りだ、止めさせろ。」と、官吏に向かって低く唸った。


 「仰せのままに。」


 官吏は小型の無線機を取り出して、簡潔に演奏停止を指示した。音楽が鳴り止むまでに数秒とかからなかった。


 ヘルの指示で、テトラは彼のすぐ後ろ脇について外に出た。その後ろをナラと数名の赤鬼の官吏が左右に少し幅を持って付き従った。


 神殿の黒い石階段を下りながら、テトラは前方を見渡した。彼女にとって、その町並みは異国そのものだった。

 鉄と石で建てられた瓦屋根の建造物が所狭しにひしめき合い、白や黄色、赤の提灯がその合間を縫うように連なっている。何本もの鉄柱と煙突が、霊体の飛び交う真っ暗な天井まで聳え立ち、岩を支え、そのまま地上へと伸びている。

 地下都市の中央に、輝く大きな泉が見えた。その泉から×の字に、太い水路が町中を通って岩壁の穴まで走っている。


 突如、石階段の脇から男がこちらへと駆け寄ってきた。テトラは驚いて、ヘルの背中に張り付いた。


 「東の(ぬし)ラシュトラ、どうか(なにがし)御社おやしろに・・・!」


 すかさず官吏が湾曲した刀剣を抜き、躊躇無くその男に切りかかった。

 テトラは思わず悲鳴を上げた。


 「止せ!」


 その男の胸が切り裂かれる間一髪のところで、ヘルの鋭い一声が官吏を一時停止させた。


 刀剣の刃を胸に押し当てられた状態で固まっている猿面の若い男は汗を掻き、息を荒げながらも一歩たりとも身を引こうとはしなかった。それどころか、前のめりになってヘルを睨むように見つめている。


 ヘルは彼を暫く見据え、


 「・・・下がれ。」

 と、官吏に命じた。


 命令を受けた官吏は赤い鬼面の金色の目で、猿面を睨み付けながら刀剣を納めて引き下がった。猿面の男は、素早くその場に跪いて顔を両袖で隠した。


 「手短に語れ。」


 「あ・・・有難き御言葉!某、カゲはバオド・パイマーより上級アルコン・パイマー試験合格後、西の(ぬし)〝バクシャ〟ヌト・アイオン・パイマーの下に仕えるも、不当な扱いを受・・・。」


 「俺の前でその名を口にするな。且つ、諄い。」


 ヘルは天を仰ぎ見て、凄味のある声で吐き捨てた。どうやら彼の癪に障ったようだ。


 「―――・・・っ!」


 猿男はヘルの怒気にたじろぎ、頭を深く下げて袖に隠した。


 先ほどの官吏が刀剣の柄を握りしめ、(あるじ)の指示を待った。テトラは、その緊迫した空気で身体が強張った。彼女は祈るように、ヘルの袖を強く握りしめた。


 ヘルは、自らの怒りを静めるように俯いて大きく息を吐いた。


 「アルコンは不要。初級アイオンに受かってみせろ。」


 それを聞いてカゲは勢いよく頭を上げた。

 そして、勇み立つように言い切った。


 「必ずや!」


 猿男のカゲは一礼し、その場から俊足に立ち去った。



 テトラは大きく胸を撫で下ろした。


 「・・・歩き辛いのだが?」


 ヘルは、しがみ付いたままの少女を柔和に諭した。テトラが慌てて手を離すと、ヘルは彼女の頭を軽く撫でてから歩き出した。


 「・・・・。」


 その光景を見ていた官吏たちは、不可解なモノでも目にしたかのようにお互い顔を見合わせて、軽く首を傾げた。


 階段の下に、人が引く派手な屋形が待ち構えていた。

 「・・・正門から戻ると大袈裟で敵わん。」と、ヘルが小声で呟いたのをテトラは聞き逃さなかった。


 簾が持ち上げられ、ヘルは大儀そうに屋形へ乗り込んだ。そして、振り返ってテトラの乗車に手を貸そうとした。

 それには流石に、赤鬼官吏の1人が黙ってはいられなかった。


 「大変恐縮ながら、バオドの手を取るなどといった四天王らしからぬ行為を中級アイオン、ヨミの名において黙視する訳にはゆきませぬ。そなたも、身の程を弁えなされ。馴れ馴れしく東方を司りし神、ラシュトラの御体に触れるとは何たる罰当たりな・・・!」


 赤鬼顔のヨミは怒りで声を震わせながら、テトラを見下ろした。


 「ヨミ、お前もバオド出身であろう。俺となるとバオドどころか、バース圏外の辺境地生まれだ。忘れたか?」


 「・・・し、しかし!」


 「それ以上の口出しは許さん。」

 ヘルは凄んだ。


 「・・・・っ。」


 ヨミは顔を袖で隠して引き下がった。ヘルの手を借りて屋形に乗り込むテトラを、官吏たちは後ろから不服げに睨めつけていた。


 2人を乗せた屋形は、官吏たちに囲まれながら都の中央へと向かった。テトラは側面の物見を開けて外を窺い見た。提灯の柔らかな光に照らされた美しく華やかな町中は、地上都市とは大きくかけ離れていた。

 通りに連なる多種多様な店は、どれも開放感のある構造をしており、派手な銅の看板ときめ細かい鎖暖簾が、てらてらと金属性の輝きを放っている。のぼりが立てられた道脇で平伏す人々は皆、身なりが良かった。裕福な暮らしを営んでいる事に違いない。


 だが、テトラは彼らのアウラに生き生きとした輝きが無い事に気づいた。彼女は、神殿前で別れた男たちの事を思い浮かべた。

 巨大ガグルに感嘆の声を上げ、車の中で馬鹿笑いしていた彼らのアウラは、熱く燃える生気に満ち溢れていた。日々の生活に苦しみながらも、彼らは生きることを精一杯楽しんでいた。


 地下都民たちのアウラは冷たく陰険で、それなりの霊感はあるようだが、荒れ果てて乱れた貧相なモノだった。その生気の無さは、地上の物乞い達に類似してもいた。


 テトラは、ホーグがコロニーを嫌う理由が何となく分かった。コロニー外で渇いた砂漠の風を受けながら、あの騒々しい獣たちと軽口をたたき、品の無い冗談を言い合っている方が、よっぽど気持ちが良いに違いない。


 「!」


 テトラは、物見の外側を歩くナリ(リウォ)と目が合った。


 彼は、屈辱と悲しみのアウラを放っていた。暫く彼女を見上げていたが、何も言わずにふいっと前に向き直った。


 「・・・・。」


 テトラは複雑な思いをしながら、物見を静かに閉じた。



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