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第十話

 それから間もなくして、彼らのコロニーが目前に姿を現した。


 地下水脈の通るワジ(枯れ河)に建てられている大規模な居住区を目の当たりにしたテトラは息を呑んだ。その巨大コロニーは、頑強な二重防壁がめぐらされた重々しい鉄の要塞であった。


 「どうだい、驚いただろ?北アクラシア最大のコロニー〝バース・ヒルスタン〟だ。」

 ラビは胸を張って説明した。


 「周辺にある12の小・中規模コロニーを統轄している。いわば北アクラシアの首都だ。」


 3台の車は巨大な石のアーチをくぐった。中には幅の広い堀があり、そこには水ではなくレゴリスが溜められていた。石橋を渡ると内側の鉄扉に突き当たり、そこで積荷検査を受けた。


 門番たちが皆ガスマスクをしている事に気付いたテトラは、眉を顰めた。


 「ここも汚染が酷いのか?」

 「酸素が薄い。」


 ホーグが短く答えた。彼は何やらピリピリしている。


 「大気中に充分な酸素がある場所なんてエスの地表には無いさ。ホント何も知らねえんだな。いったいどこの出身だ?」


 ラビは怪訝そうにテトラに聞いた。

 彼女は俯いて答えなかった。


 「・・・ん、まあいいや。」


 ラビは機嫌の悪いホーグを窺い見た。


 「ホーグよ、そんなにイラつくな。コロニー内が嫌いなのは知ってるが、おめえがこの嬢ちゃん拾ってきたんだから、責任持って・・・。」

 「言われんでも分かっておる。」


 ホーグはラビの言葉をぶっきらぼうに制した。


 「・・・・。」

 「・・・ホントは、あのままベルーガで次の狩場に行くつもりだったんだ。4日前やっとのことでここを抜け出したのに、とんぼ返りになったもんだから機嫌悪ぃのさ。」


 トーゴは、困惑しているテトラに囁いた。



 検査役の男は、テトラたちが乗る車を覗き込んだ。テトラは自分が検査に掛かるのではないかと緊張したが、彼はホーグの姿を捉えた途端あとずさり、慌ててお辞儀をして引き下がった。ホーグは素知らぬ顔をしていた。テトラは目をぱちくりさせた。


 「〝四天王〟が乗っておられると、楽なもんだねぇ。」

 ソルドはクックと笑った。


 扉が重たげな音を立てて開かれた。3台の車はその巨大な鉄の口に飲み込まれるように入って行った。


 車は大通りを徐行で進んだ。左右には錆びついた鉄屑を繋ぎ合わせたような造りをした幾つもの工場が立ち並び、その上に聳え立つ太く長い煙突の先からはもくもくと煙が立ちのぼっている。その煙がコロニーの上空を覆い隠しているため、辺りは薄暗かった。


 通りの端に座り込む惨いほど痩せ衰えた物乞いが、こちらに恨めしそうな視線を送った。それは1人や2人ではなかった。ガラクタのように古びた酸素マスクを口につけて廃棄物の山を漁る彼らは、通り過ぎる車をまるで死人のように生気の無い憂鬱な目で追った。


 「・・・ひどい。」

 テトラは無意識で呟いた。


 「キューブの中の酸素を買えるだけまだマシさ。酸欠で死じまう連中だって大勢いる。」

 ラビは近寄ってきた物乞いを追い払いながら言った。


 「アクラシアでは、酸素石と水流石を(セル)として扱っている。それでパイマーから酸素と水を買うんだ。キューブってのは、この面の中にも仕込まれている。充分な酸素に満たされた地下都市に通ずる小型空間移動装置のことだ。

 俺たち地表の人間は、定期的に年貢を納めて地下から酸素を買っている。酸素ボンベより値段は張るが、ボンベを背負ってちゃあ仕事にならんからな。」

 「・・・・。」


 水底コロニーで暮らしていたテトラは、悲惨な地表の暮らしを知って言葉を失った。



 3台の車は工場地区を抜け、窓の無い密閉されたブリキ造りの建物がひしめき合った商店街に入った。トレーラーともう1台の高機動車の乗車員たちは、こちらに手を振って挨拶した。そして2台はわき道に逸れていった。


 テトラたちを乗せた車は、大通りをどんどん進んで行った。その通りに人影は無かった。その代わり、様々な形をした何匹もの霊体が巡回していた。


 「・・・気にするな。コロニー全域の監視を務める〝魔導師〟のファミリアだ。」

 白く透けた霊体を目で追っていたテトラに、ホーグが静かに言った。


 「えっ、霊が見えるのか・・・!?」

 ソルドが驚いてテトラに聞いた。

 他の者も酷く驚いた様子で彼女を凝視した。


 テトラが頷くと、車内は騒然となった。


 「人が悪いぜ・・・何でもっと早く、霊能力者だって教えてくれなかったんだ?」

 トーゴは脱力した。


 「納得した。人嫌いのホーグが何の利益も無い難民救出なんて・・・よほどの美女か、霊感を持った使える奴でも無い限り助ける訳無いからな。」

 リウォはテトラを睨みながら嫌味ったらしく言った。


 「姿を消してやがる〝小悪魔(インプ)〟が見えるなんて相当強いな。勿論、パイも操れるんだろ?」


 ソルドの質問にテトラは頷いた。


 「即、アルコンは決定だな。これから友好なお付き合いを頼むよ?」

 ラビは指で金銭を表す仕草をした。


 コロニーの中心部にある石造りの大きな建物の門前で車は停車した。


 「到着しましたぜ、旦那方。」


 ゲオはそう言いながら車から降り、側面へ回って車の扉を開けた。

 皆は重たい腰を上げて下車した。


 「また外出る時は声かけてくれよ、ホーグ?」


 そう言ってホーグの肩を親しげに叩くゲオに、ホーグは冷淡に鼻笑いした。


 「ベルーガが手に入ったからには、もうお前に用は無い。ラビ、後で使いを寄越す。」

 「へいへい。しっかりやれよ、嬢ちゃん。下は、上より過酷だぜ?」


 ラビの意味深な言葉に、テトラは首をかしげた。


 「ホント、さっきは貴重なもの見せてもらったぜ。あれだけ笑ったのは久々だ・・・くくっ。」

 ソルドは思い出し笑いした。


 「じゃあな。また会う事があれば、よろしく頼む。」

 トーゴはテトラに握手を求めた。彼女は戸惑いながらもそれに応じた。


 「・・・おい、さっさと着いて来い。」


 リウォと共に建物の方へ向かうホーグが、車の前でもたついているテトラを苛立たしげに呼んだ。テトラは状況がよく把握できないまま、2人の後について行った。


 「・・・・彼らは?」

 「は?」


 リウォは馬鹿にした口調でテトラに言った。


 「ここからはアルコン以上のパイマーじゃなきゃ入れないの。あと入場許可証を持つ高位商人か、あるいは相当額のセルを払わないとな。」

 「・・・・。」


 テトラは、複雑な思いで後ろを振り返った。

 車はUターンして、もと来た道を戻っていった。


 「・・・どこで暮らすかは、お前が決めればよい。ただ、とりあえずはナビにお前を会わせる必要がある。」

 ホーグは、不安げな表情のテトラを安心させるように穏やかな口調で言った。



 石階段の上には、重たげな碧瓦葺(あおがわらぶき)を支える朱塗りの太い石柱が立ち並ぶ。その奥に、荘厳な彫刻の施された白い石の門柱と鉄の門扉が立ちはだかっていた。


 扉の前で槍を持った2人の門番と、幼子を背負った貧しい身なりの女性が言い争っているのが見えた。


 「酸素がもうじき切れるんです!どうか、中へ入らせてください!」


 酸素マスクをつけている若い母親は、門番に哀願していた。


 「何度言えば分かるのかな?許可証もセルも無いバオドを中には入れさせない。とっとと消えてくれ。」

 シンプルな白いアバターをつけた黒装束の門番は冷たくあしらった。


 「どうか、どうかご慈悲を・・・せめてこの子だけでもっ!」

 「駄目、駄目。ああ、もう鬱陶しいな。」


 その光景に衝撃を受けたテトラは、平然と門に向かおうとするホーグの袖をつかんで彼を止めた。


 「入れて、あげられないの・・・?」

 「・・・・。」


 「駄目に決まってるだろ。入れたって、中で喰い物にされるだけさ。」


 冷血なリウォの言葉に、テトラは強く憎悪を抱いた。


 「―――決まってる?これが当たり前なのか?これが、ここでの日常か?」


 低く冷たい声で、テトラは無意識に呟いた。


 「・・・・っ!!」


 リウォは、彼女の凄まじいアウラで息ができなくなった。そのアウラは、周囲が凍結するのではないかと思われるほど冷たく、押し潰されるのではないかと思われるほど重圧感があった。


 「・・・・。」「!」


 テトラは、ホーグに頭を撫でられて我に返った。

 彼は無言のまま、門に向かって歩いていった。



 「あまりしつこいと、ファミリアに喰わせるぞ?それとも、ここで突き殺されたいか!?」

 一方の大柄な門番が鼻息荒く怒鳴った。

 「ははっ!その方が酸欠で死ぬよりは楽かもな。」

 もう1人の門番が愉快そうに笑った。


 「そ・・・まだ2歳になったばかりなんです!お願いします!どうか、この子だけでも入れてもらえれば、私は喰われようと突き殺されようと構いませんっ!!どうか・・・お願い・・・!」

 母親は懇願し、泣き崩れた。


 「・・・ん?何だ、お前??」


 近づいて来る白狐に気付いた大柄な門番は、威嚇するように槍を彼に向けた。


 「ア・・・・ば、馬鹿っ!無礼な真似をっ!!」


 もう一方の門番はホーグを見るなり、慌てて大柄な門番の頭を殴った。そして急いで片膝をついて頭を垂れ、袖口を額の前で合わせて顔を隠した。


 「な、何とぞお許しを!ヘル・アイオン!!」

 「へ・・・アっ!?」


 大柄な門番は奇妙な声を出し、あとずさって同僚と同じように跪いた。


 若い母親はアイオンと聞いた途端に顔を真っ青にして、石床に額を打ちつけて平伏した。背中で眠っていた幼子は目を覚まし、あどけない表情で何事かと周囲を見渡した。


 「この者、職に就きまだ間もない身ゆえ、ご無礼を・・・。」

 「どうでもよい。」


 言い訳する門番をホーグは冷淡に制した。


 「門を開けろ。それが務めであろう。」

 「はっ!」


 門番2人は俊敏に立ち上がり、鉄扉を押し開けた。


 「ほれ、開いたぞ。」


 ホーグは、足元でぶるぶると震えている女性に声をかけた。


 「・・・ハ、ハイ?」女性は下を向いたまま、裏返った声を出した。


 「入れ。俺が許可する。」

 「ホ、ホーグ!?」


 後ろからリウォは驚愕の声を上げた。

 「本気で言って・・・!」


 「ナリよ。ここからはその名で呼ぶなと、何度言えば分かる?」

 ホーグは低く静かな声で威圧的に言った。


 「・・・お許しを、ヘル。」

 リウォは顔の前で袖口を合わせた。


 「いつまで床に貼り付いておるつもりだ?急いでおる。早く入ってくれ。」

 「は、はいっ!!」


 女性は慌てて立ち上がり、床を見たまま屈み腰で扉の中へ入っていった。



 その一部始終を後方で見ていたテトラは、これまでに無く唖然とした。間抜けな顔をしている彼女を振り返り、ホーグは言った。


 「馬鹿馬鹿しいだろ?これが北アクラシアのコロニーだ。」


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