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第九話

 「人望あるんだな。」


 砂塵混じりの風を受けて目をしょぼつかせながら、テトラは何気なくホーグに言った。


 「・・・くだらん。俺を恐れておるだけだ。」

 ホーグは冷淡に否定した。


 「どす黒い腹の底で何を思っておるのか知れたものか。見るに耐えん醜いアウラを振り撒かれては堪ったものではない。反吐が出そうだ。」

 「・・・・。」

 テトラはホーグの毒舌に絶句した。



 程なくして、塵の海の海岸に到着した。テトラはボードから血相を変えて飛び下りた。

 「キトラ・・・。」

 銀色の海竜が打ち上げられていたはずの場所に、その巨体の姿は跡形も無く消え去っていた。周辺の赤い砂地の上に、鳥に似た小さな足跡が残っている。テトラは、その場に崩れるようにして座り込んだ。


 「海竜とかいう生物のお陰で、昨晩スイーパーの数が分散された。礼を言うよ。」

 「・・・・。」


 ホーグは塵の波打ち際まで行き、屈んでレゴリスの中から何かを拾い上げた。それは、象牙のように白く長い海竜の牙だった。彼はぼんやりと塵の海を眺めているテトラの前にそれをさし出した。


 「・・・ほれ、売ればいい金になるぞ?」


 テトラの顔を覗き込みながら、ホーグは意地悪を言った。


 「・・・・。」


 テトラは反応を示さなかった。ホーグはため息をついて彼女の隣にボードを着けてしゃがみ込んだ。彼は海竜の牙をいじりながら、前方に広がる景色を見渡した。



 白灰色の海、漂う白い砂塵、スモッグでくすんだ重たげな空。微かに吹く乾き切った風が2人の衣を揺らす。


 「・・・水生生物が、よくもまあここまで辿り着けたものだ。頭が下がる。」

 ホーグは独り言のように言った。


 「・・・・。」


 左右の色が違うテトラの瞳から、いつの間にか涙が流れ出していた。無言のまま、遠い目をして泣く彼女の頭を、ホーグは牙の先で軽く突いた。


 「気をしっかり持て。」

 「・・・・。」


 「覚悟して来たのではないのか?キトラとやらは、お前のために死ぬ覚悟をしておった。使命を成し遂げ、何の未練も無くあやつは逝ったぞ。」

 「・・・・っ。」


 テトラは懸命に涙を堪えようとしていた。それでも、唯一の友を失った悲しみが止めどなく胸元から湧き上がってきた。


 「例えようの無い美しい魂だった・・・あれを背負って生きるなら、もっと太って力をつけろ!そのような貧弱体質でどうする?情けない顔しおって。」


 ホーグは牙の先で、涙で濡れたテトラの頬をくすぐるように突いた。無視をする彼女をしつこく何度も突いた。テトラは、怒り顔でそれを払いのけた。それでも彼は突いた。余りにも鬱陶しく白狐に横から突かれて、テトラは思わず吹き出した。


 「・・・・。」


 泣いているのか笑っているのか分からない様子の彼女を、ホーグは暫く黙って見つめた。テトラは鼻をすすり、溢れ出る涙を手の甲で拭った。拭っても拭っても、涙は頬をつたって流れ落ちた。


 ホーグは咽び泣く少女の背中をぎこちなく擦った。それでも泣き止まらない彼女の頭を、今度は乱暴に撫でた。テトラは、彼の不慣れで不器用な触れ方に再び吹き出した。


 「・・・・。」


 テトラは大きく息を吐いた。すると彼女の腹が大きな音を立てた。それにつられたように、ホーグの腹も鳴った。


 2人は顔を見合わせて力無く笑った。


 「・・・腹が減って死にそうだ。」

 ホーグは立ち上がり、テトラに手を差し伸べた。


 「目障りな獣どもから昼食用の乾パンでも分捕るとしよう。あわよくば干物も手に入る。」

 テトラは、ホーグの粗雑な言い方に呆れ笑いながら彼の手をとった。


 

 獣どもから分捕った質素な食事を済ませた後、ホーグは高機動車の座席で転がり居眠りをし始めた。テトラは彼に治癒石を借りて、車の陰に隠れて炎症した皮膚を自分で治療した。

 その後、ボンネットの上に座って巨大ガグルの解体作業を見物した。気持ちのいいものでは決してなかったが、始めて見る壮大な作業風景はテトラの好奇心を刺激して止まなかった。


 黒くてかっている鱗は一枚一枚梃子で取り外し、岩のような突起は斧で溝を入れた後に、ロープをかけて下から数人で引っ張り折った。硬くて取り外せない部分は爆薬を使い、砕き取った。そうして分厚い灰色の皮を露出させた後、刃物で切れ目を入れて板状に剥ぎ取っていった。男たちは罵声をとばし、悪態をつきながら赤黒い肉塊を切断し、大量の内臓を引きずり出した。


 トラネコ少年のリウォは作業には加わらず、少し離れた場所から不必要に指示をとばしていた。男たちは鬱陶しそうにしながらも、彼に対してある程度の敬意を払っているように見える。


 テトラは、突起を引きずりながら隣を通り過ぎようしたシングイを呼び止めた。


 「あの子はパイマーなのか?随分と偉そうだけど・・・。」


 テトラは小声で彼に聞いた。

 シングイは首を傾げて、手振り身振りで何やら彼女に伝えた。


 「?」


 テトラは彼の意図を懸命に捉えようとしたが、よく分からなかった。


 「・・・伝えたい事を、頭の中で思い浮かべてやれ。」

 ホーグが車内から眠たげな声で助言した。


 テトラは言われた通り、頭の中でパイを操る少年の姿と疑問をイメージした。すると、シングイはうんうんと頷いてみせた。


 (あなたもパイマーなんだろう?なぜ、彼とこうも違う?)


 テトラの悪気の無いぶしつけな質問に、シングイは困った。

 彼は窓枠を叩いてホーグに助けを求めた。


 「ん?ああ・・・(いいぞ、作業を続けてくれ)。」


 ホーグに了承を得たシングイは満足そうに頷いて、テトラの前からのしのしと歩き去った。


 「仕事の邪魔をするな。お前も少しは寝ろ。」

 ホーグは大きな欠伸をしながら、不満足そうにしているテトラに言い聞かせた。テトラはボンネットから座席へ飛び乗り、ホーグを叩き起こした。

 「なあ、シングイはパイマーなのに、なぜリウォって子と違って力仕事してるんだ?」


 ホーグは鬱陶しそうにため息をつきながらも説明した。

 「・・・パイマーは、力量や特殊能力によっていろいろと階級がある。シングイは目も耳も不自由な分、アウラの感知や透視能力、精神感応(テレパス)のうち〝読心術〟が誰よりも卓越しておる。だが、ファミリアやパイを操る能力は低い。

 一応はパイマーだが、低次元(アルコン)・パイマーの下の次元外(バオド)・パイマーに属する。で、リウォはアルコンだ。その差は大きい・・・まあ、コロニーに着けばよく分かるよ。」


 「あの子、それほど強いアウラを感じないけど。シングイの方が霊感強そうだ。」

 テトラは正直に思ったことを口にした。


 それを聞いたホーグは可笑しそうに笑った。ちょうど車の横を通りかかったラビが、彼の笑い声を耳にしてひどく驚き、こちらの様子を窺い見た。

 そして、見てはいけないものを目撃してしまったかのように、こそこそと足早に立ち去った。


 「確かにその通りだ。リウォ(あいつ)は・・・親が、お偉いさんなのだよ。」


 納得したテトラは、ホーグの横に座ってうとうととし始めた。ホーグは彼女に寄りかかられて少し戸惑い、さも迷惑と言わんばかりに大げさなため息をついた。






 テトラは突然ホーグに叩き起こされた。


 「じきに着く。」


 彼はなぜか機嫌が悪そうだった。


 いつの間にか、テトラは彼の膝を枕にして熟睡してしまっていた。眠たげな目をこすりながら、彼女は揺れる車内を見渡した。

 目の前に座るトラネコのリウォが、彼女におぞましく燃え上がる敵意のアウラを向けていた。テトラは小さく悲鳴をあげて固まった。


 「・・・・。」


 リウォはテトラを暫く睨みつけ、鼻息荒くそっぽを向いた。テトラは何が何だかよく分からず、徐々にムカついてきた。彼女はその腹立たしさをぐっと堪え、窓枠から頭を出して外を見渡した。



 3台の車は、夕刻の迫る黄土色の砂漠を走っていた。空にスモッグはかかっておらず、赤みの強いオレンジ色に染まっている。灰色の砂塵が舞っていた都市遺跡の姿はどこにも無い。まるで、それが夢か幻だったのではないかと思われるほど、眠っているうちに景色は一変してしまっていた。


 ふいに、テトラは時間の感覚がおかしいことに気づいた。夢か現実か、夜に車の中で食事を取らされた記憶がある。


 「・・・あたし、どれくらい寝てた?」

 「1日半。1回は起きたけど。」


 床で胡坐をかいている片腕の男、ソルドが答えた。テトラは目を瞬かせた。思っていたよりも疲れていたようだ。


 「・・・座っておれ。」

 危なっかしく身を乗り出すテトラを、ホーグが苛立たしげに注意した。


 テトラは不機嫌な彼に反抗して、さらに身を乗り出した。砂の混じる渇いた風が、彼女の華奢な身体を攫わんばかりに吹き付ける。

 車が一瞬大きく揺れ、テトラが危うく外に投げ出されそうになったのを、ホーグは俊敏に片腕で支えた。


 「・・・・。」


 ホーグは、青い顔をして大人しく座席に座ったテトラの頭を、拳で軽く小突いた。テトラが膨れっ面で睨むと、彼は少し笑った。


 その光景を見ていたリウォは、怒りでわなわなと震えた。同じ高機動車に乗っているウサギのラビと鷲頭のトーゴ、ソルドは顔を見合わせた。そして3人は急に吹き出した。


 「こりゃあ、たいした小娘だ!!」

 ラビは座席の上で笑い転げながら、なぜかテトラを褒めた。


 「嬢ちゃん、コロニー着いたらすぐアバター買えよ!?」

 トーゴは笑いながらも忠告した。


 ソルドは爆笑しながら車の床を片手でバシバシと叩いていた。

 「これ、いいネタになるぜ!こっち乗ってよかったぁ!!」


 運転手のゲオも堪えきれずに笑い出した。


 苦しそうに腹を抱えて大笑いする男たちを、テトラは呆気にとられて眺めた。その隣でホーグは、彼らに冷ややかな視線を送った。リウォは首筋を真っ赤にして、知らぬ顔をした。


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