変わった心
「あーえーと本気にしたら、どうする、の?」
沢城達のぽかん、とした目が注がれる。
1秒後には軽く笑われた。
「そんなの罰ゲームでしたぁって言えばいいんだよ」
「こらこら、言い方。罰ゲームなんだって説明して告白して、謝るってことで、やろう」
また沢城は爽やかにフォローしている。
目くばせしながらニヤニヤ、本当に、大丈夫なんだろうか。
バクバク心臓が痛い、気持ち悪い、嫌な予感が背中に粘着する。
とりあえず、俺がわざと負ければ少なくとも心は傷つかずに済む。
でも、ババ抜きでどうやってわざと負けたらいいんだ……。
沢城達の表情をよく見てババを引けばいいのか?
とにかく、やるしかない。
数分後……――。
おかしい、一向にババが回ってこない。
沢城以外の2人は分かりやすいぐらい顔に出ているが、沢城はずっとニコニコ爽やかに笑っている。
「よし、上がりっセーフ!」
緊張からか大きく安堵の息を吐き出している。
残ったのは俺と沢城。
くそ、ババを持ってるのは沢城だった、顔色ひとつ変わらない。
「ほら、どうぞ」
早く引けとばかりに2枚を向けてくる。
どっちがババだ、どっちだ。
正解を引いてしまったら、沢城がビリになってしまう。
なんとか阻止しないと……。
じっくり考えて目の前の2枚を睨む。
「そんなに罰ゲームが嫌なんだね、心ちゃんに告白したくないんだ?」
「え……は?」
「俺は平気だよ、心ちゃんに告白して間違って付き合うことになっても、まぁ問題ないかな」
「……は、はぁ」
分からない、こいつの本心が全く読めない。
俺だって、多分、問題ない、でもまた揶揄われたら、心が……。
瞼を強く閉ざして、神に祈りながら1枚を掴んだ。
抜き取る。
ゆっくりと視界を広げて、指先を見ると……ババじゃ、ない……。
沢城の薄気味悪い笑みが一瞬だけ、すぐに悔しがるように笑う。
「あぁー負けた!」
「よし、じゃあ早速罰ゲームいっちゃおう! 中庭だろ掃除当番。行こうぜ」
何が負けた、だよ。
「お、俺は、もういいよ」
「春斗も来いって、俺の雄姿を見てよ」
沢城……お前は一体何がしたいんだ?
強引に中庭へ連れていかれ、周りは珍しい組み合わせに驚いている。
「心ちゃんって春斗君のご近所さんだよね、いつもどんなこと話してるの? 幼馴染? 話してるところ見かけないけど、休みの日は何してるの? あ、そうだ心ちゃん、化粧に興味ない?」
別クラスの中庭当番と話をしている心がいた。
学校のどこにもでもよくいる女子、だと思う。
かなりの質問攻めに、
「え、あ、その、わた、わたし、隣だけであんまり、その化粧は……あの」
どこを見ていいのか分からなくなって、焦っている。
「いつでも声をかけてほしいな、心ちゃんと春斗君のこと聞かせてね」
俺は別に、関係ない、多分。
どうしていいのか分からず棒立ちしていたら、2人の会話に堂々と割り込む沢城達。
「ちょ、ちょっとなに沢城君」
「ごめーん、ちょっと心ちゃんに大事な話があるんだ」
「え……あ、えっ」
沢城達の後ろにいる俺と目が合う。
そのせいでもっと焦って、パニックになっていく。
「うん、ごめんね心ちゃん、いきなり呼び止めて」
女子は怪訝な顔をしてる。いきなりのことで、そりゃ驚くだろう……立ち去るついでか、俺に微笑んだ。
沢城の優しい声に心はおどおどしながら頷く。
「え、な、ど、どうして……え」
すまん、心、俺は黙るしかない情けない奴だよ。
「実は俺、心ちゃんのことずっと好きだったんだよね」
あ、れ? 事前に断りをいれるんじゃなかったのか? なにいきなり普通に告白を始めてるんだ。
平然と……少し照れたような演技なんかして。
心はキョロキョロ目を動かす。
突然の告白に驚いている。
「わ、わた、わたし、でも、でも……」
「俺、本気、なんだよね。心ちゃんは俺の事どう思ってる?」
真剣なトーンで呟く。
口がぱくぱく動く。
沢城みたいなイケメンだったら誰だってなびく。
頬を赤らめている心は、もじもじと指先を絡めた。
「う、う、わた、わたし……ぇも」
「なーんちゃって!」
言い終える前に沢城は明るい声色で遮った。
ピタッ、と止まる。
「好きなわけないじゃん君みたいなチビ女、実は罰ゲームでしたっ。心ちゃん反応面白いし、変な行動とか多いし、ちゃんと喋れないでしょ、そんなのと付き合う奴なんかいないって……ごめんね、いきなり罰ゲーム扱いしちゃって。ゲームに参加してくれた春斗君も嫌がってたよ」
頭の中で繰り返される沢城の言葉。
嘲笑う沢城達は帰りにどこへ寄ろうとなんて会話をしながら出ていく。
ピタリ、と心は動かなくなった。
周りは冷ややかな目で沢城達の背中を見た後、ただ「可哀想」と呟いていつもの日常へ。
「…………」
見ていられなかった。
なんて声をかけたらいいのか分からなかった。
心は微動だにせず、中庭で立ち尽くす。
「…………」
慰めの言葉すら思いつかず、俺は早足で逃げるように帰った……――。
翌日、心は、
「おはよう、春斗君。すっかり寒いね」
俺の隣を歩く。
「お……はよう」
真っ直ぐ道を見つめている。
こんなに近くにいるなんて、珍しい事だった。
あまりにも違う態度に戸惑い、挨拶以上に何も喉から出てこない。
昨日のことを切り出すことさえ、できなかった――。