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 初めまして。よろしくお願いいたします。





 柔らかい温かな光が差し込む。それは、気品あふれる和室に朝の訪れを伝える大自然からの報せ。

 その広い和室の中心部に、布団にくるまりスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立てる存在がいた。


 

「ん……ん~……」



 その存在は温かな陽の光に照らされて少し眉をひそめる。それからほどなくして……うっすらと瞼を開けた。



「ん……。もう、朝……」



 彼女はそう囁くように言った。その声色は微かながらも、透き通るような風鈴の音を思わせ、清涼な風が吹いたようだった。


 彼女は寝ぼけまなこで上体を起こし、まだ眠そうに眼をこすっている。その際に、目を見張るほどの金色の長い髪がさらさらと肩から流れ落ち、朝日を反射させキラキラと周りを輝かせる。

 ぴょこっと頭から立ち上がった黄金の狐耳は元気そうにぴょこぴょこと動き、一目では数え切れないほどの尻尾を背からゆらゆらと揺らすその姿はまるでこの世のものではないかのように神秘的で神聖な存在感を放っていた。



「ふぁーぁ……。今日でちょうど十年目……。時が経つのは早いわね……」



 彼女はその美しい紅の瞳で辺りを見回して独りごちる。その様子にはどこか秘めたる哀愁が漂っている感じがした。



「ふぁ……ん〜っ。やっぱりまだ眠いわね。二度寝でもしようかしら」



 そう、言うやいなや。彼女はパタンと倒れる。




『きゅい――――っ!!!!』




「いたタタタタタッ!?!」




 そんな二度寝を決め込もうとした彼女に猛烈に抗議する存在が1つ。その小さな手を使ってぺしぺしと叩く。


「分かった分かったっ。起きればいいんでしょ起きればっ」


「きゅい!」


「はぁ……。もう相変わらず頭が硬いんだから……仕方ないわね……」


 丸っこい小動物に促され嫌々ながらも布団から這い出す。

 ようやく彼女は年期が入り、色がくすんだ畳にその足を踏みだした。






 そんな彼女。






 人間なのか……? と、問われれば“否”と答えることになるだろう。誰もが羨む整った顔立ちにすらっとした手足、シミ1つないきめ細かい柔肌とバランスの良い体躯。どれをとっても一級品でまるで神様が直々に形作ったかのような容姿を持つ彼女は……前述の通り、人間ではない。

 人と共通している箇所の他に、“金色の毛並み”と身体中に走る“赤色の紋”。そして、彼女の腰辺りから出て一際存在感を放っている“9本の尻尾”。

 そう、何を隠そう。彼女はこの世界で呼ばれること“狐の神獣”――――『キュウビ』、その者であった。




 


    ◆◆◆






 赤と黄色が織り交ざる風景。あたり一面に広がる紅葉はそよそよと流れる朝風につられて涼やかなメロディを奏でていた。そんな折、鮮やかな景色の中で唐突に水が地面にぶちまけられる音が響く。




「――っ。……はぁっ。……冷たーいっ」




 ここは彼女が住処にしている“(やしろ)”の庭園。古典的な仕組みの井戸から水を汲み上げ、汗がかき少しほてった身体にその水を頭から豪快にかける。


「ふぅ~。スッキリ」


 彼女は清々しい表情をして空を仰ぐ。今日は雲1つない晴天だ。天高く舞う鳥を視界に収めて、そのまま深呼吸をする。まだ少し朝の冷たさが残る空気を肺いっぱいに満たして、内側の熱と共にそれを吐き出す。次いで、水滴を飛ばすようにぷるぷると顔を振った。

 少し犬っぽい仕草をした後、慣れた手つきで桶に水をくみ、顔をすすいでいく。濡れた髪が肌に張り付き、それを少しうっとおしそうに払いながらも水浴びを続けていく。


 彼女は毎朝の日課である鍛錬を終えてここで汗を流していた。まあ、鍛錬と言っても簡単なものだ。本当は朝から疲れることはしたくないのだ。言われているからしているだけで。


 ここに来てから早十年。時がたつのはあっという間だな……と、しみじみとじじくさいことを思いながらも、手慣れたルーティンを行っていく。

 今日は確かに特別な日ではあるが、それはただの個人的な理由からのものだ。今日もまた、いつもと変わらぬ日常をおくるのだろう。と、そう信じていた。





「――――っ!! そこっ!!!」






 突如、彼女の視線が鋭くなったかと思うと、おもむろに立て掛けてあった“赤い刀”を抜き放って草むらのある一点に投擲する。素晴らしいコントロールで刀は吸い込まれるようにして草むらの中に入っていった。すると……。






『ぎゃぼんっっ!???!?!?!?』






 と、珍妙な叫び声が聞こえ、次いでドサッと何か‟重み”のあるモノが倒れるような……音がする。



「ほんっとに懲りないわねっ! “貴女”はっ!」



 心当たりがあるらしい彼女は額に青筋を浮かべて叫ぶ。その怒りのまま叫んだことで、乾きっきていない髪から水滴が飛び散った。



「いや~っ! まさかまさかバレるなんてっ。いっそのことスルーしておいてくれたらよかったのにぃ~。私はキュウちゃんエネルギーを補給したいだけなのに~ひどいなぁ」



 その草むらから勢い良く飛び出してきたのは、地球で言うところの高校生ぐらいの少女。しかしして、彼女は所謂ギャル系の少女で顔は整い間違いなく美少女と言えるものだったが、如何せん和風な情景が広がるこの場所では妙に浮いてしまい、そのうえ額に深々と刺さったままの刀が彼女の奇怪さを十全に物語っていた。


「はぁっ?? なによその得体の知れないエネルギーはっ!?」


「なにしらないのっ!? わが愛しの子。キュウちゃんから絶え間なく溢れ出る癒しエネルギーのことだよ!! それを取り込めばどんな不安も心配も憂鬱も一瞬にして吹き飛ばしてくれるぅ!!」


「どこの危ない薬物よ!!」


「薬物なんてとんでもないっ。これは未知なるエネルギー!! 世界を構成する理そのもの!!!」



 両腕を広げ、天を仰ぐ姿は狂人のそれだった。

 テンションの高い人が近くにいると逆に自分は冷静になるというが、それが今のケースなのだろう。

 なに言ってんだこいつ……と、キュウビはテンションが増々ヒートアップしていくギャルを冷めた目で見ながら……そう思った。


「それにしても、覗いている The・HENTAI!! を迎撃するなんて! 成長したねっキュウちゃん! ()()として!!」


 キュウビの素晴らしさを語っていた彼女は突然こちらを振り返り、まくしたてるように言う。


「なっ!? う、うっさいのよ!白々しいわね!! 勝手に()にしたのは貴女でしょうがっ! そもそも覗かれていたら誰でも怒るでしょっ。てか、変態って自覚してるならやめなさいっ!」


 明らかに動揺したキュウビはそれを誤魔化すかのように一気に捲し立てる。が、それを見逃すほどそいつは甘くなかった。


「あれあれ~? どうしたのかな? なにか慌ててるような気がするなぁ〜? ありゃりゃ? キュウちゃんの顔が赤くなってきた! ああっ、可愛い! 赤くなって必死に誤魔化そうとするキュウちゃん可愛すぎるっ。 あ、やべっ鼻血が……」


 そんな一層煽ってくる彼女。そして対照的に表情の闇をどんどんと濃くしていくキュウビ。


「あ! もしかして怒ってる? まあまあ、押さえて押さえて、ストレスは美容の天敵だよ~? あ、ストレスならいい発散方法があるけど教えてあげよっか??」


 と、少女は火に油を注ぐ。


「げんきょうは――――――」


「うん?」





「元凶は貴女でしょうがぁっっ!!!!」






 ズボッ!!







 堪忍袋の緒が切れたキュウビは目の前の少女の額につき刺さっていた刀を勢いよく引き抜いた。







「ぎゃぼんっっ!?!?!?」






 流石にダメージを受けたらしい少女はまたも変な奇声をあげ、見事に額から鮮血を吹き出してドサッと地面に倒れる。




「ふんっ。自業自得よ」




 倒れた彼女を横目にキュウビは鮮血を拭き、慣れた手付きで刀を鞘に収めた。







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