人間の本質Ⅶ
VSザルディンです。
「僕の仲間に何をしたぁ!!!」
怒りなのか苛立ちなのか。
ザルディンは思いのままに叫びながら、中央へと向かってくる。
「んだよ。そんな叫ばなくたって良いだろ?」
対するバルトラはどこ吹く風。カナリアの時と変わらぬ飄々さで、ザルディンの嫉妬にも似た怒りを完全にスルーしていた。
「ちぃっ!!言わせておけばどうのこうのと……」
「大体、俺はさっきの奴に何かした覚えはねぇぞ」
ただの試合をしただけなのだが、この男の目にはそう映っていなかった。
「黙れぇ!そうやって僕を騙して、カナリアみたいにさせるんだろ!」
「はぁ?変わったことなんて一つも」
「うるさい!カナリアは……、あの子は変えられてしまったんだ!!君によって!」
(やべぇ。こいつ俺の言うことがまるで耳に入らなくなってる)
バルトラからすれば、試合の前後でカナリアが変わった点など見当たらない。
(まぁ、ポッと出の奴よりも数年関わってきたあいつの方が、何かが違うのは分かるんだろ)
だが、もし彼女の何かが変化していたとして。
その変化は、激しい敵意を向けるほどマイナスに変化したものなのだろうか。
(少なくとも、魔導について正しいことを教えたのは間違いないと思うんだが)
発展会というには、あまりにもお門違いな内容。既存の技術をハイクラスに教えてもらうだけなど、いつもやっている授業と変わらない。
他人への理解が最も重要な魔導において、他者からの一方的な教示は、発展のはの字も生み出さない行為である。
(ま、こんな考えてもしょうがねぇ。今のあいつに何を言っても逆効果だしな)
元はと言えば、三人に突っかかった理由はもっと単純だった。
ここでうだうだ能弁を垂れても仕方がない。
頭の中でグルグルと回っていた思考を止め、目の前の相手を見据えた。
「そうか。じゃあ、お前も変えてやるよ」
相手が実力行使ならば、こちらも応えるまで。
持っていた槍を再び構え、バルトラは挑発する様に指を二回、自身の方へと向けた。
「ぐぅぅ……!!!貴様ぁ……!!!」
勿論、今のザルディンにはただの利敵行為にしか映らない。
自身の腰に下げたインベントリから、乱暴に取り出したのは___とても長い棒だった。
(棒、か。こりゃまた面白いな)
「今、ここでお前を殺す!!」
冷静さのかけらもなくなった横暴な口調で、ザルディンは棒を構える。
「じゃあ引き続き、私が審判しますねー」
再び審判を買って出たアラヤは、呑気に鼻歌を歌いながら中央に立った。
「じゃあ、ルールはさっきと同じで良いですね?」
「決まっている!」
「良いぜ」
「じゃ!試合開始〜」
その場に似つかわしくない合図で始まった、第二試合。
最初に仕掛けたのは、意外にもバルトラだった。
(どんな技術を使ってるのか、見せてもらうぞ!)
鳩尾を狙って、最小の動きと最短のルートで突く。
槍を扱う者からすれば完璧とも言える一撃を放った先にあったのは、ザルディンの身体____ではなく、先ほどまで真っ直ぐだったはずの棒。
それが三つに分離し、絡まって槍の切先を捕えていた。
(分離機構を持つ棒!ニコルの魔導機に似てるが……うぉっ)
「馬鹿が!!」
槍を捕らえたまま、ザルディンはバルトラを地上へと叩きつけた。
「ははは!!どうだい?僕の天上の鉄棍は!あ、もう動けなくなって聞こえてないか」
既に勝利を確信したかのようにテンションが上がったザルディンは、追い打ちをかけるように地に伏せたままのバルトラを踏みつける。
「僕たちに喧嘩を打ったらこうなる事くらい、予想が付かなかったのかなぁ?カナリアにはまぐれで勝てたとしても、そこで運が尽きちゃったみたいだねぇ!
……でも、そのまぐれでカナリアは変わっちゃった。
その責任は、取ってもらわなきゃいけないよ」
両手で持っていた天上の鉄棍を左手で持ち、残った右手でおもむろにインベントリから取り出したのは、小型のナイフだった。
「君みたいな実力の差が分からない人はさ、負けたという結果だけじゃ納得しない奴らが大半なんだ。だから僕は、そんな君たちに痛みを持って結果を知らせてあげるようにしてるんだよ。
まぁ、そいつらはみんな、もうここには居ないんだけどねっ!!!」
研がれた鋭利な刃が、背中の中央__心臓のある位置へと迷いなく振り下ろされる。
「なんてことをっ!!」
思わずマルファが叫んだその時。
「おいおい。ここは未開拓地域じゃねぇんだぞ。人を殺すなんて真似はやめとけよ」
ザルディンが持っていたはずのナイフは、手元から消えていた。
「っ!何が」
言い終わるよりも早く、バルトラは槍を手から離し、素早く身体を畳んで掌底でザルディンの顎目掛けて振り上げた。
「ふがっ……!」
突然の事で動揺していたザルディンには、防御するという手も思いついておらず、立ち上がる勢いも利用したバルトラの掌底をモロにくらって倒れこんだ。
「一回ジジイにこれやられて、しばらくは立てなかったんだ。やればできるもんだな、ってか、聞こえてんのかこれ」
思わず大丈夫かと声をかけたくなるほど、ザルディンは白目を剥いて気絶していた。
「おーい審判。多分こいつ、今日一日は動けねぇけど、俺の勝ちって事で良いよな?」
「はいはいー。ちょっと待ってくださいね」
ほいほいっ、と言いながらザルディンの元へと向かい、アラヤは試合ができる状態かどうか、ザルディンの身体をツンツンして確認する。
「うーん。しっかり脳震盪が起きてるから動けそうにないな」
「なんか言ったか?」
「いえ。戦闘できる様な状態じゃなさそうなので、この勝負もバルトラさんの勝ち!ということで」
カナリアの時とは違う、ほぼ一撃での決着。そして目の当たりにしたザルディンの凶行を前に、声援を送っていた生徒たちは静まり返っていた。
(そりゃそうだよな。多分だが、最後まで俺みたいに反抗的だった奴は裏でやってたんだろ。ここにいる奴らはそこまでの対応じゃなくて良かった奴らってとこかな。でもこいつの魔導機、もっと見たかったな。金剛刀とは違って打撃がメインだし、リーチの延長が主目的じゃなくて、いざという時の絡め手にする事が目的に見えた)
勝手に魔導機の構造やらなんやらを考えていると、伸びているザルディンを近くにいた生徒たちに運ばせ終わったアラヤから声が掛かった。
「あのー。一応あなたの勝利は決まったんですが、私とやりません?」
「え?別に良いけど。なんで?」
(てっきりやらなくていいならやらないって感じに見えたんだが、見当違いだったか)
「いやー。その強さに惚れちゃったというか、やってみたいというか」
「?まぁ良いけど」
「ちっ!!アラヤの奴……」
真の理由が分かったカナリアは、思わず舌打ちするが、バルトラの耳には届かない。
「やったー♪」
了承の返事をもらったアラヤは、わざとらしく喜んでバルトラへと近づき、バルトラにだけ聞こえる様な声で呟いた。
「あなたも同じなんでしょ?」
「ん?何がだ」
「いいえ何でも。じゃあ早速始めましょうか!」
(よく分かんねぇ奴。なんかやりづれぇな)
ニコニコでバルトラの対角に移動した彼女は、自分でルールを述べ始める。
「さっきとルールは変わりません。戦闘不能になるか、降参するかのどちらかで勝敗を決めましょう」
「おう」
「ふふっ♪楽しみですね」
その笑顔の裏にある隠された何かを、バルトラはまだ理解できない。
いかがでしたか?
もうちょっとザルディンは耐えても良かったんですが、こういうやつはスカッとした方が皆さん好きでしょう?




