婚約破棄された令嬢はアイスブルーの瞳に奪われる
「ミリシア・ウッドストック侯爵令嬢、お前との婚約を破棄する! 私はソフィア・スカーレット男爵令嬢と結婚をする」
学園最後の卒業パーティーの壇上でそう高らかに声を張り上げるのは王太子ヘルベルト・マーティン様。周囲はざわついています。
「……わたくしに何か至らぬ事がありましたでしょうか?」
私は在籍中も卒業パーティーの会場でも節度を守って学園生活を送って来たつもりです。
交友関係も良好で学園生徒の殆どの方と知り合いになり騒動とは無縁と思っておりました。
ヘルベルト様の傍にいるソフィア様と侯爵家のトールズ様は軽蔑の眼差しをわたくしに向けてくるのです。
そして壇上下の一角に多数の有力貴族達に囲まれた第二王子のアルベルト様がいます。
お祝いの言葉を言いに来たところで断罪が始まったてしまったのでこちらにも戸惑いが伝わってくるほどです。
「当然だ! ミリシア・ウッドストック、私はソフィアと真実の愛を見つけたのだ。」
「真実の愛?」
「そうだ、この期に及んでとぼけるとは見損なったぞ! やはり噂通りの悪辣で非情な女の様だな、そんなお前に私の妃は務まらない。もう一度言おう! お前との婚約を破棄する!!」
王太子ヘルベルトは拳を高く上げ勝利の狼煙を上げて宣言して見せた。
そのすぐ傍で腕に手を回していたソフィアは実にうっとりとした表情でヘルベルト様の顔を見上げていました。
「わたくしが、その方を虐めた事はありませんが?」
身に覚えがない私は首を傾げます。
ソフィア様は何か勘違いをしているのではないでしょうか、或いは虚偽かしら。
ソフィア様の支持者が勝手に動いた事も考えましたが知り合いが少ない彼女にそんな支持者がいるとは思えません。
孤立していた彼女をヘルベルト様が気に掛けていたようなので安心していましたが、まさか恋仲になっていたとはわたくしの不注意でした。
「良いだろう。ならばお前が何をしたのか説明してやろう!」
ヘルベルト様が説明してくれるみたいです。
「まずソフィアの優秀さに嫉妬し教科書を破いたのだ」
ソフィア様は学年2位だったので優秀なのは認めます、私は恥ずかしながら学年4位でした。ちなみにヘルベルト様は学年286位と後ろから数えた方が早かった程です、卒業が怪しかったのですがソフィア様に助けられて何とか卒業までこられたのですからソフィア様に感謝こそあれど恨みや憎しみなどあろうはずもありません。
当然教科書を破くなど考えた事もありませんわ。
「アンリ、それは本当かしら?」
私は卒業パーティー会場に居たアンリに訪ねました。
彼女は家柄は伯爵家で学園の風紀を乱さない様に尽力したとても素晴らしい人物です。
「破られて机に置かれていたのは確認しています。ですが、すぐに予備の教科書に取り替えられていました。それにその様な事が起きない様に教科書は持ち帰る様にと言われていたにも関わらずソフィア様は常に机の中は教科書で一杯でした」
「ソフィア……」
「だって……教科書を入れると鞄が重たいですもの……」
「……それだけではない。ソフィアの私物を隠したと言うではないか!」
ヘルベルト様は気を取り直して言葉を続けます。
私物は学園に持ってきてはいけない決まりがあったはずですが。
「アンリ、私物の持ち込みは禁止されていたわよね?」
「はい、学業に必要ない物は持ってきては行けない決まりになっていましたが流行の香水を持ち歩いていたと聞いております。ちなみに香水は先生が拾得物として預かっているはずですから卒業パーティーが終わりましたら取りに行かれるとよろしいと思いますよ」
「ソフィア……」
「ヘルベルト様だって良い匂いって言ってくれたから私嬉しくなって……」
それはそれほど接近する事があったのでしょうか。
わたくしは目を細めます。
「くっ……騙されないぞ! お前は階段からソフィアを突き落としたというではないか!」
「わたくしはその様な事はした事がありませんわ」
これは本当に見覚えの無い事ですわね。
それにそんな事が起こっていたのなら当然アンリのところに話が言っているはずですわ。わたくしは彼女の方を見ると首を横に振っていました。
「トールズ。お前は見たのだろう?」
勢いを取り戻してヘルベルト様はトールズ様の方を見ました。
「ああ、間違いない。ソフィア令嬢が階段を駆け上がっている時に上に居たミリシア嬢は注意をした素振りをして突き落としたのだ! さらにだ! 階段の踊り場で倒れている彼女に対して慈悲のない言葉を投げかけたのだ!」
会場の皆がざわめき立ちます。
その雰囲気に気を良くしたのかヘルベルト様の顔色に生気が戻って行きます。
「そうだ!! これで分かっただろう!! この性悪女め!!」
「ヘルベルト様……階段を駆け上がる事は規則で禁止されています。ソフィア様は捻挫で済みましたが打ち所が悪ければそのまま亡くなってしまう事もあります」
「くっ、それが狙いか! やはりお前は嫉妬して殺そうとしたのだな!」
思い込みとは怖い物ですどうしてそう捉えてしまうのでしょうか。
それだけ彼女が魅力的だという事なのでしょうか。
「わたくしは注意しただけです。その直後に踊り場に倒れてしまったので『言ったでしょ』と言葉かけた事が不快だったのでしたらお詫びいたします。もちろん医務室にもお連れ致しましたわ」
その部分は確かに配慮が足りなかったかもしれないのでわたくしは素直に謝罪をしました。
「……本当か?」
「……はい」
わたくしは扇子を開き口元を隠します。
今のわたくしは頬が吊り上がっているでしょうから。
「ミリシア、この婚約破棄は無かった事に出来ないだろうか?」
「ヘルベルト様!?」
「仕方ないだろう!? これは虚偽だ! ミリシアは何も悪い事をしていない。いいね、僕とソフィアは何でもなかったこのまま卒業してそれで終わりだ」
「そんな! 私はヘルベルト様を愛しています! このまま離れるなんて出来ません、私を愛していると言ってくれた言葉は嘘だったのですか」
「っソフィア、今その言葉を言ってはいけない」
「何故ですか! あの性悪女を排除して私を妃にしてくれると言って下さったではありませんか」
「ヘルベルト様、大勢の場で婚約破棄した事実は隠す事は出来ません。頭が悪い貴方が最初にわたくしに相談して頂ければお父様に掛け合い話し合いの場所を設けたと思いますが」
「なら設けて下さい! ヘルベルト様はあなたを愛していないのですから」
わたくしは男爵令嬢が目上の許可なく言葉を発した事は不快感を示しましたが不問と致しましょう。
「婚約破棄をする前でしたら設ける事が出来ましたが、もうそれも叶わない事でしょう」
「どういうこと?」
「この騒動でヘルベルト様を見限る貴族が多くなるという事ですわ、それに第二王子であるアルベルト様もいらっしゃいます、いまだ王位をどちらに譲るか決めかねている国王様にとってはまたとない事でありましょう」
それに他の貴族達がこの機会を逃がすわけもありません、第一王子派の支持者が第二王子派に乗り換える事も安易に想像できます。
「何よ、あなただって婚約破棄されれば婚期を逃した女になるんだから」
苦し紛れの言い訳でしょうか。
「確かに傷物にされた事は汚点として残り続けるでしょう……しかし新たな婚約者を探す事が許されているのですよ」
「何!?」
「何を驚いているのでしょうか、近隣国でここ数十年婚約破棄の蛮行が絶えない事を重く見た国王様が、婚約破棄がなされた場合は新たな婚約者を充てると法案を通したのはヘルベルト様も知っているはずですわよね?」
わたくしがそれ知ったのは学園に入ってからでしたが。
ヘルベルト様ならその前から知っていたはずです。
それとも運命の人と出会って忙しかったヘルベルト様は読む暇がなかったとでも言うのでしょうか。
「そんな物は知らない! デタラメだ!」
「それは僕が本当だと言ってあげるよ」
先程からこちらにアイスブルーの瞳を向けていた第二王子アルベルト様がヘルベルト様の言葉に答えました。
「兄さんは法案に全く興味が無いからね、知らないのも無理はないよ」
「嘘だ!」
「兄さん見苦しいよ。この件は父上にも報告する、連れて行け」
アルベルト様の指示で学園の警備員に連れて行かれるヘルベルト様とソフィア様とトールズ様。
共犯者となってはいますがトールズ様は最後までヘルベルト様を信じて就いてきたのに卒業パーティーで裏切られるなんてかわいそうですわね。
トールズ様には確か婚約者がいたはずですがと、私はその方を見ますと涙ながらに会場を後にしているのを見つけました。
「兄さんが……ヘルベルトが申し訳ない事をしました。改めてご卒後、おめでてございますミリシア先輩」
「ありがとうございます。アルベルト様」
「お詫びと言っては何ですが、良かったらこの後……お茶に行きませんか?」
「あら、彼女達はよろしいのですか?」
会場内には入って来ませんが2年の子達が私に嫉妬の目線をじりじりと浴びせています。
「あはは……逃げる口実だと思ってお願いします。先輩」
そう言ってわたくし達は断罪が行われた卒業パーティーの会場を後にするのでした。
貴族御用達の喫茶店に入りケーキと紅茶を頂きます。
「彼らは相応の裁きが下るはずです、あなたを貶めようとしたのですから」
「そうでしょうね。しかし、あの二人が……真実の愛と言う物が本当なら平民に落ちたとしてもやっていけるでしょう」
ヘルベルト様とソフィア様は市井に落とされるだろうけど真実の愛が本当にあるならそれを見てみたいと思う。だからしばらくは二人がどうなるかを見守るつもりです。
「それで……僕を次の婚約者に選んでもらえませんか?」
わたくしはその言葉に口をただただ開けるしかなかった。
「えっと、分かっています? わたくしはもう婚約破棄をされた傷物です」
「もちろんわかっているよ。僕はずっと兄さんの影で先輩を見て来たんだ、学園に入ってからは、何故兄さんはこんな素敵な人が居るのにあんなどこの馬の骨ともしれない令嬢と仲良くしているのかと」
私はその真剣な青く光るアイスブルーの瞳に心奪われていくようです。
「……すぐには決められないわ……」
「ゆっくりで良いですよ、僕が卒業する頃にあなたを名前で呼べることを楽しみにしています」
その後ヘルベルト様とソフィア様は平民落ちが決定して市井で慎ましい生活を送っていると聞きます。
トールズ様は次男に家督争いで負けて辺境の田舎貴族の婿養子になったと聞いています。
次の卒業パーティーで婚約発表の噂があるとか無いとかそれはまた別のお話。
終わり。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
女性主人公でテンプレ的な婚約破棄ものを書きました。
難しかったですが楽しく書けたので良かったと思います。
評価を頂ければ幸いです。
それでは、また次回作でお会いしましょう!
4/11(月):誤字報告ありがとうございます。
4/19(火):またまた……誤字報告ありがとうがざいます。