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 地下迷宮の入口から五十歩ほどはなれたところに都合のよさそうな空き地を見つけた。

 遺跡と森の境界線だ。じゅうぶんに視界を確保できて、依託射撃にちょうどいい倒木もある。

 かがみこんで五発入りのクリップ型弾倉を倒木の上にならべる。ライフルを構えて首を左右に倒した。湿った音が鳴った。目を閉じて深く息をつく。

 ジーナが迷宮入口からでてきた。そのままおれの隣まで飛んでくる。

「首尾は?」

「いわれたとおりに置いてきたよ」

「お仲間のレイスは?」

「しばらくのあいだ消えてもらったよ」

「上々だ」

「ほんとうにうまくいくの?」

 ジーナが顔をのぞきこんできた。不安そうな言葉とは裏腹に楽しげだ。いたずらをする子供のような感覚なのだろう。いい気なもんだ。

「さあな。たぶんこの世界で初めての試みだから。だめなら逃げ帰るだけさ」

 ややあって、地鳴りが響いた。

 地下迷宮での爆発だ。木々が揺れ、老朽化した遺跡の壁が剥落した。

 二回目の地鳴り。さきよりも近く、大きい。尻が痺れて弾倉の一つが足許に落ちたがおれは拾わなかった。

 心せよ、悪しきものが近づく気配がする、というやつだ。

 出口に殺到する怪物たちの跫音と絶叫がここまで聞こえた。

 三回目。地鳴りというよりもほとんど爆音だった。

 同時に地下への入口から淡い緑色の煙が噴きだした。

 その煙から逃れるように無数の怪物が次々と地下から這いだしてきた。

 ゴブリン、オーク、コボルト、人食い狼に巨大グモ。二十を超えた段階で数えるのはやめた。ちょっとした百鬼夜行だ。

 モンスターのどれもが弱りきった様子でもだえ苦しんでいた。ひっくり返って事切れるクモがいれば、錯乱したオークが斧を振りまわしそれで斬殺されるゴブリンもいた。彼らからしたら叫喚地獄だろう。

「うわー。うじゃうじゃね」ジーナは倒木にしがみつきかぶりつきで見つめていた。

「耳、ふさいだほうがいいぞ」幽鬼の聴覚がどうなっているのか知らないがいちおう忠告した。

 コボルトがおれを発見してわめき始めた。それを合図にモンスターの群れはいっせいに迫ってきた。

 その突進もおぼつかない。瀕死の身で健気なことだ。

 先頭のコボルトの脚がデッドラインにたっした。

「南無阿弥陀仏」口のなかでつぶやく。

 瞬間、地面がふくれあがり、赤黒い火花と紫電をともなって爆ぜた。

 感知反応型の爆雷魔法が封入された大型薬瓶を埋めておいたのだ。色気のないいいかたをすれば対人地雷だ。

 でかくて高価なだけはある。たった一発で先頭集団は灰燼と化した。

 たすき掛けにした革帯から小型の薬瓶を抜いて投擲する。

「手榴弾」べつに警告する相手はいないがついノリでおれは叫んだ。

 爆発魔法のマジックポーションだ。魔法をまったく習得していないおれのような変態ユーザーは魔法が封入された薬瓶を多用する。

 おれはそこにひと手間くわえていた。たとえば爆発薬瓶は外殻に釘などの寸鉄がぎっしりつまった麻袋を使うことで凶悪な破片手榴弾に変貌する。

 弾着と同時に炸裂し、高速で飛散した鋭利な破片が密集するモンスターの身体をきり裂いた。

「おかわりだ」追加で爆発薬瓶を二発投げた。

 粉塵と血煙のかすみのなか、動いているモンスターは十をきっていた。

 ライフルを構える。近いやつから照準し、撃針を落とす。

 狙いは頭部ないし体幹のバイタルゾーン。すでに弱っているモンスターの動きはのろく、仕留めるのは容易かった。

 一匹のゴブリンが目に留まった。その顔面は敵意という題で造られた彫刻のようだった。そいつは脚を失いながらも這ってきているのだ。

 ジーナがいっていたように人間を殺す装置として機能しているだけなのだろう。いつかのゴブリンのように逃げだすほどの可愛げがあれば心も痛むが、はっきりいって生物として同情に値しない。

 こうなったらもはや思慮が介在する余地はない。一刻も早く楽にしてやるべきだろう。おれも怪物銃殺機構として、ただただ素早く精確に死体を量産する。

 撃つ。撃つ。撃つ。

 槓桿を引いて空薬莢を飛ばした。クリップ弾倉を薬室に咥えこませて弾丸を押しこみ、槓桿を戻して閉じる。

 多種多様な怪物が色とりどりの血だまりをつくり果てていた。

 屍山血河の壮絶な静けさのなか、落ちたクリップが足許の空薬莢にぶつかり、甲高い金属音が響いた。

 仏壇の偲りんの音色というには情緒に欠けるが、神妙な気分にはなる。

「終わったかな」立ちあがり迷宮の入口にむかった。

「あの、ハンクくん。だいじょうぶ?」ジーナが恐るおそる話しかけてきた。

「おれはだいじょうぶだよ。怪我はない」

「いや、そうじゃなくて。別人みたいだったよ」

 まあ、殺しあいだからしょうがない。昔の詩人もいっている。ひとたび戦いの嵐が肌に吹きすさぶなら虎のように振る舞うがいい。

 暗視のポーションをあおって、地下迷宮に踏みいった。

 石造りのうすら寒い回廊。迷宮の名にふさわしく迷路のように入り組んでいる。

 本来であればたった一つの階下への道を求めて右往左往することになるのだが、宙を舞うウエディングドレスについていけば迷うことはない。

「敵がいたら教えてくれよ」

「わかったわ。……でもたぶんこの階にはいないかな」

 通路のそこここにはモンスターの死骸があった。土くれになったゴーレムの残骸がちょっとした小山のように道をふさいでいて踏み越えていかなければならない場所もある。

「効果てきめんだな」

 強力な毒魔法と時限式爆発魔法。それらの薬瓶を組みあわせることで毒ガス爆弾が完成する。

 毒ガスの持続時間は三分ほどで今はもう無害だが、短時間といえど密閉空間で浴びつづければどんなモンスターでも助からない。

 おれの作戦はシンプルだ。まずジーナに地下三階層ぶんほど偵察してもらう。

 調べてもらうのはモンスターの数とおおまかな構造、あと一番大事な要救助者の有無だ。

 ユーザーがいなかった場合は偵察でえられた情報をもとに毒ガス爆弾の数と作動時間をきめて、ジーナに置いてきてもらう。

 あとは一方通行の迷宮出口に罠を仕掛けて待つ。

 爆弾が破裂し、毒ガスから逃れた生き残りを一網打尽にする。

 名づけてバルサン作戦。

 戦争での毒ガスの使用は条約で禁じられているが、あいにくこの世界に交戦規約はない。

 モンスターの虐殺現場と化した迷宮を難なく進み、地下四階への階段まで到達した。

「ジーナ。偵察たのむ」

「あいあいさー」どこで憶えたのか。愛しの幽鬼はおどけた調子で挙手の敬礼をしてさらに深い闇へと消えていく。

 この作戦はモンスターから敵対されない協力者なくしては成立しない。つまりエクスデアがアプリだったころは不可能な攻略方法だ。

 チートとかグリッチといわれかねない行為だが、知ったことか。

 テストプレイに当選したときに署名させられた大仰な利用規約もプライバシーポリシーも、目覚められなくなった時点で反故になっている。

 運んでもらう爆弾を用意していたらジーナが帰ってきた。

「早かったな。もしかして見つけたのか?」

「うん。地下六階に人間が二人いたよ。迷路の行き止まりの倉庫に隠れてた」

 そこではぐれたのか。自力で戻ったのか。なんにせよ想定していたより浅い階層で助かった。クソ重い背嚢だが容積は無限ではない。持ってきた爆弾にもかぎりがある。

「どんな様子だった?」

「あまり近づけなかったからなんとも。でも一人は怪我をして斃れていたね」

「よくないな……」

 ジーナが二人を連れてきてくれれば話が早いのだが、モンスターと話せるなんて考えるユーザーはおれのほかにいない。

 追い詰められたところにデイライト・レイスが現れたとあってはどうなるか。想像にかたくないだろう。

 それに動けないという一人を連れ帰るためにはほかのモンスターはどうしても処理しなければならない。

「とりあえず四階と五階をかたづけよう」

 おなじ手順でモンスターを一掃する。今いる地下三階にも毒ガス爆弾を設置しておれは地下二階まで退避する。

 上の浅い階層と違って出口まで遠い。複雑な迷路のなかで死のガスから逃げおおせるモンスターは一匹も現れなかった。

 こうなるといよいよおれの出番はない。

 モンスターを直接的かつ一方的に殺しているのはほとんどジーナということになる。当人はそのあたりの葛藤とは無縁であるようで助かるが。

「それでどうするの?」

 眼前には第六階層への階段。

 そう、問題はここからだ。助けを待つ人間がいるので得意の毒ガスは使えない。

「二人がいる倉庫は遠いのか?」

「残念ながら一番奥だね」

「しゃーないな。ここからは派手にいくしかない」

 おれは背嚢からありったけの時限式薬瓶を取りだした。

 もう毒にも爆発にもこだわる必要はない。多種多様な攻撃魔法が封入された薬瓶は色だけ見ればカラフルできれいだった。

「うそ。もしかして突っこむの?」

「ああ。お前がな」

「はい?」

「この薬瓶をモンスターがいるところにできるだけ多く仕掛けてきてくれ。おれは爆発のあと、敵が混乱しているところに突入する」

「……いまさらだけどわたしの労力多いよね。ここまできたらやるけどさ。ハンクくん、友達いないでしょ」

 血も涙もないことをいう。幽鬼だから血はないかもしれないけれど。

 恋愛ゲームでぐんぐん好感度がさがっていく感覚。ミリアンとのやりとりの推移を思いだす。

 彼女も最初は丁寧だったのに、親しくなるにつれおれへの態度がぞんざいになっていった。

 この世界で自我に目覚めた女NPCは全員ツンデレ属性なのか。

 おれは頭のなかで秒数をカウントしつづけて時限式薬瓶のタイマーをセットしていく。ジーナは両腕に薬瓶を抱えてせっせとなん往復もした。

「ジーナ。もういい。時間切れだ」薬瓶もほとんど使いきった。

 ジーナは膝に手をつき息をあげていた。純白のドレスではしたいない。というか足がなくても疲れるらしい。不安そうな顔でこちらを見あげる。

「いわれたとおりに置いてきたけど、あれでどれぐらい殺せるかわからないよ」

「人事を尽くして天命を待つ。あとは野となれ山となれだ」

「だめでも骨ぐらい拾ってあげる」

 幽鬼にいわれても笑えない。

 おれは得物を散弾銃に持ちかえた。ぺしゃんこになった背嚢と文字どおり無用の長物になったライフルを置いていく。

 銃床を切りつめた散弾銃に肉厚の銃剣を着剣する。先台を引いて初弾を装填した。石の回廊に金属の擦過音が殷々と響いた。

 ややあって、轟音が迷宮を震わせた。

 最初の薬瓶はわかりやすいように爆発魔法のものを選んでいた。

 号砲一発、よーいドンだ。

 眼下の闇に飛びこんだ。



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