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 息せき切って大広場に駆けつけた。

 クナイから場所は聞いていなかったが、大きな面倒ごとが起こるのは決まってここだ。

 案の定、噴水の近くに二つの人だかりができていた。

 見るからに這うほうの体で疲れ切った表情の五十名弱と、妙に女の比率が多いカラフルな集団。カラフルアニメ軍団の先頭に立つのは我らがシュート氏だ。

 便宜上、前者はレイド組、後者はタウン組と呼ばれている。

 あくまでも便宜上でありほんとうのところ前者は気狂いや自殺志願者、後者は腰抜けやニートと互いに侮蔑しあっていた。

 個人的にはタカ派とハト派で区別したほうがシンプルでわかりやすいと思う。

 一色触発とまではいかないまでも、両陣の険悪な雰囲気は瞭然だった。

 ぼろぼろ集団のなかにいくつかの見知った顔を見つけた。以前はそこそこ親しくしていたパーティーの面々だった。レイド組の初期メンバーである。

 むこうもこちらに気づいて居心地が悪そうに視線をそらしていた。

 この重苦しい空気と彼らの態度、どうやら重大な問題が起こったのは事実らしい。

 パーティーの代表格であるエドガに近づいた。つばの広いカウボーイハットでもしょぼくれた顔を隠しきれない。

「なんだ、ハンク。笑いにきたのか」

「そこまで物好きじゃない。それよりも何人か行方不明がでたと聞いたぞ」エドガの背後を見やる。古株のコミュニティは狭い。顔を見ればだれがいてだれがいないのかすぐわかる。「お前のところは大丈夫そうだな。いなくなったのはだれだ?」

「名前は知らない。後期テスト組のルーキーが二人。剣士と魔法使いだそうだ。退却の途中、どこかではぐれたらしい」

「マジか。よりによってルーキーか。まずいな」

 エドガはテスト開始当初から武闘派としてエクスデアで戦ってきたベテランだ。おれと違ってチームをかかえる甲斐性もある。

 彼がいれば最悪の事態はないと思っていたが……。

「いいたいことはわかる。いいわけはしたくないがあの自称団長どのが乱戦の途中でいきなり撤退をわめき始めてな。わかるだろ? あとは大混乱だ」

 エドガは心底気だるげにため息を吐いた。両陣の先頭で対峙する二人へとあごをしゃくる。

 シュートは長身長髪の騎士に詰めよっていた。

「バミュー。もう一度確認させてくれ。二人とはぐれたのは地下十二階で間違いないんだな?」

 バミューは金髪を手ではらい、ふんぞりかえるように腕を組んだ。

「我らは地下十二階まで踏破することに成功したといったのだ。軟弱なものどもがどこで後れを取ったかなど知らぬ」

「いるとしたら地下十二階付近の階層ということか。深いな。少人数ですばやく救出というわけにはいかないな。バミュー、迷宮の構造はどうだった?」

「複雑怪奇な迷路に無数の魔物がひしめいておったわ。いく手をはばむ邪悪なものはすべて我の剣の錆にしてやったがな」

「メイズタイプの構造か。迷いやすいから時間はかかるが、敵の殲滅は進行条件に含まれていないはずだ。それは幸か不幸か。バミュー、モンスターはどうだった? どんな種類のものがいた?」

「悪鬼、幽鬼、邪悪な巨人。ありとあらゆる魑魅魍魎が跋扈しておったわ」

「ゴブリンにレイス、ゴーレムか。乱戦になるな。ファイターにシューター、キャスターも必要か。あとレイスはまともに相手にしていたら時間がかかるから魔除けのポーションは必須だな」

 くそ。なんなのだろう。あの二人の会話は。

 噛みあっているのかいないのか。個性が強すぎて胸やけしてくる。

「ハンク。こっちに来てくれ」

 シュートに呼ばれてしまった。目ざとくおれに気づいていたらしい。

 あの空間に近づきたくないがそうはいっていられない。

「はぐれた二人を救助にいきたい。どう思う?」

 やはりそうくるか。バミューとのやりとりから察してはいたが。おれは腕を組んで鼻息を吐いた。

「どう思うもなにも。無茶だと思うね。どうするつもりだ?」

「今から急いで有志を募ろう」

「ミイラとりがミイラになるって言葉知らないか。頭数だけ揃えても今度はそいつらのだれかが行方不明になるだけだ」

「ファイター、シューター、キャスター、それぞれのスキルクラスをカンストしていてレベルが60以上のユーザーが二十人以上いれば可能なはずだ」

 カタカナばかりでわかりにくい。

 要するにベテランを集めて救出隊を結成しようということらしい。

 たしかにそんな神メンバーが揃えば可能だろう。しかしそもそもそんな都合のいい人間を集めることが不可能なのだ。

「そのユーザーはどこにいる? お前のお仲間でも連れていくのか」

 さっきまで主要メンバーづらでシュートに付き従っていたアスカとミミィは話の流れから危険を察したのか。後ろの集団に紛れて気配を消していた。

 お手軽なゴブリン討伐ぐらいならお供するが迷宮となると話が違うのだろう。

 シュートはいき先をうしなった視線をさまよわせて口惜しげにした。

 重苦しい静寂をやぶるようにエドガのパーティーが名乗りをあげた。

「おれたちがいく。少し回復すればすぐ戦える。お前らに尻拭いをさせるわけにはいかない」

「そうかよ。お前たちをいれても十人にもならない。返り討ちだな」

「ハンク……。相変わらずだな。皮肉屋で否定ばかりだ」

「悪かったな。だがこういう人間も必要だろ。もっと嫌なやつになってやろうか?」

 おれはエドガの左手をとって腕をあげさせた。

 革鎧の脇の部分が裂けて、赤黒い血がにじんでいた。

 その痛々しい裂傷に気づいた周囲の面々が息をのんだ。

 本来、エクスデアでユーザーは出血しない。装備が痛んだり身体が汚れたりするだけだった。

 しかしこのアプリに囚われてから一年経って、回復の薬や魔法が効きにくくなり、実際に怪我をするユーザーが現れ始めていた。

 そして怪我をすれば苦痛も感じる。

 おれはエドガの脇腹を小突いた。エドガはうめいてうずくまった。

「少し回復すれば戦えるって? あぶら汗だらだらでふざけたことを抜かすなよ」

 エドガの仲間たちが心配して駆けよってきた。

シュートがアスカを呼んだ。「彼にヒールをかけてやってくれ」

「無駄だ。そこまでいったら薬屋や癒し手ではだめだ。今すぐ医者にいけ」

「わかった。エドガたちは休んでいてくれ。行方不明者はおれとハンクでなんとかするから」

「なんとかするって……。いつまでアプリ気分だよ」

 シュートもあきらめがわるい。少年漫画の主人公のような人格者ぶりだ。

ここまでくると皮肉抜きでたいしたものだと思う。彼の周りに大勢の女たちが集まるのも納得だ。

 しかしもはやここは漫画のようなファンタジーでなければ、理想的な夢境の世界でもない。

 非現実的な理想主義者はお呼びじゃない。

「貴様ら勝手に話を進めるな。そもそも貴様らに助けを請うたおぼえはないぞ」蚊帳の外にされていたバミューが割ってはいってきた。

「あんたが助けにいくっていうのか?」

「違う! 救助の必要はないといっているのだ」

 バミューは芝居がかった動作で広場の一角を指さした。

 そこには今回の騒動の発端となった文言があった。

『迷宮を目指せ』

 石畳に刃かなにかで彫りこまれた荒い字体だ。広場に足を踏みいれればいやでも目につくほどでかい。

 エクスデアに囚われてから半年ほど経って、本気で絶望するものが増え始めたころ、突如としてその文字が現れた。

 おれは便所の落書きていどにしか考えていないが、タイミングがタイミングだけにそれがこの事態を打開する糸口なのだと勝手に解釈するユーザーは少なくなかった。

 ユーザーの二極化が表面化したのだ。

 強引な手段をとってでも現実世界への帰還を望むタカ派と、危険をおかすべきではないとするハト派だ。

 バミューはタカ派の代表のようなつらをしている。石畳に刻まれた言葉を神の啓示と妄信し、この虚構の世界でユーザーに与えられた唯一の目的なのだと最初に騒ぎたてた張本人だった。

「我らは機械に創造されしこの囚われの世界を解放するために戦っている。犠牲となった二人も危険を承知で立ちあがった戦士なのだ。戦士として軟弱だったとはいえ、その矜持を穢すような無粋は許さん」

「ほう。じゃあ見殺しにしろと」

「見殺しではない! 彼らは自由のために戦い、すでに旅立ったのだ。なんの行動も起こそうとせずこの虚構の世界で安寧を選んだ貴様らに我らの覚悟を冒涜する権利はない!」

 口角に泡をためてまくしたてるバミューの目は血走っていた。

 くそ。少し見ないあいだに症状はより深刻になっていやがる。

 この世界に囚われていくつか発見があった。

 その一つは、危険で特殊な環境におちいると変人は狂人に変貌するということだ。

 狂人はやがて狂信者へと進化する。

 そしてやっかいなことに狂信者は新たな信者を産む。

 バミューの背後では少なくないユーザーが敵愾心むきだしの表情でおれを睨んでいた。

 バミューはエクスデアがただのアプリだったころからガンぎまりキャラの面白人間として有名だった。自らが創造したバミューというキャラクターを徹頭徹尾演じきる稀有なタイプだ。

 おれがエドガとパーティーを組んでいたころは度々準レギュラーのように招集して笑わせてもらった。平穏な世界で浅くからむぶんにはこのうえない人物だった。

「我が配下の戦士を貴様らのような腰抜けが助けるなど笑止千万。貴様らはいつものようにままごとに興じていろ!」

 しかし滑稽も度がすぎると笑えない。逼迫した状況ではなおのことだ。

 もし裸の王様が暴君だったら誰もほがらかに笑ったりはしないだろう。

「安心しろよ。あんたが消えたときにはぜひそうさせてもらうから」

 腕を引っ張られる。今度はエドガがおれの手をつかんでいた。

 仲間に肩を借りて立ったエドガは昏い顔でかぶりをふった。

 はたと気づく。無意識に右手が腰の拳銃の銃把を握っていた。

 あぶないあぶない。ユーザー同士の殺しあいはご法度だった。

 バミューは顔を引きつらせて後ずさっていた。

 慄然とする周囲の面々の視線から逃れるようにおれは広場に背をむけた。

「ハンク。どこにいくんだ」

 シュートに声をかけられたが無視してその場をはなれた。

 ジェダイの騎士に狂信的な暗黒卿。

 そして誰ともなじもうとせず孤高をきどった危ない銃使い。

 まったく。愉快な状況じゃないか。

 うんざりだ。



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