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世界最果てのリリーファー  作者: 庵才くまたろう
1/22

異層迷宮:???????

今回より新作書かせていただきます庵才くまたろうです。

宜しくお願いいたします。

「なんっ、なんだよ一体……っ」


 少年の背中を伝う汗が火照った体に嫌に冷たく響いてくる。もうどれくらいの距離を走っただろう。辺りの景色が変わり映えしないせいか、目を覚ました時の位置からどの程度移動したのかすら分からない。少年は”何か”に追われるという人生で初めての経験の真っただ中だった。

 目を覚ましたのは、鬱蒼とした木々に覆われた見覚えのない森の中だった。うつ伏せで気を失っていたせいか頬には湿った土が張り付き、鼻先を付く草木の臭いに思わず顔をしかめてしまう。

 自らの状況を把握しようと辺りを咄嗟に見回せば、頭を覆う木々の隙間から僅かに光源が見える。

 上空にぽっかりと浮かびあがり辺りを爛々と照らすそれは、太陽というにはあまりにも歪だった。青白く静かに光るそれからは冷酷なまでに一切の熱を感じられない。あれが自らの世界で当り前のように昼間を照らしている太陽とはあまりにも似て非なるものだということは直感的に理解できた。

 少年が襲われたのは、今自分が立っている場所が元居た世界とはあまりにも違うということをそんな謎の球体によって突き付けられた直後のことだった。

 突如、横なぎの衝撃に突き飛ばされる。大きめの木に背中から打ち付けられてしまった衝撃で口から小さな呻き声が漏れる。

 木々がなぎ倒されたその空間から”何か”が静かにこちらを見つめていた。

 瞬間、少年はその何かとは真逆の方へと勢いよく駆け出していた。彼は本能的に悟ったのだ。あの場に居たら自分は奴の獲物でしかないということに。生きるために、彼の体は瞬時にその場を全力で立ち去る判断を下したのだった。

 あれからどれぐらいが経っただろうか。打開策が、見当たらない。

 周りを見渡せば、種類も分からない生い茂った木々が目に入る。記憶にある近い光景を探ればブラジルのジャングルを想起させるその光景に、少年は改めて今自分が置かれている現状の異常さを突き付けられた。現在姿を隠している木陰も、いつ奴にバレるか分かりはしなかった。疲労からか腰を下ろした地面が、まるで強力な磁石のようにくっついて立ち上がることを許してくれそうにない。思わず握り締めた拳には、茶色く僅かに湿り気を帯びた土が握られていた。

 その時だった。ドンッ、と僅かに大地が震えたのが地面に下ろした腰から全身に伝わってくる。


「あいつだ……」


 ドンッ。先ほどよりもさらに近く、その振動がまるで鎌を持った死神が迫ってくるかの如く少年に死期を告げようと近づいてくる。ドンッ。それでも何の因果かこんなところにいるが、体に僅かに戻った力が、命をここで終わらせることを許してくれそうにはなかった。


「あいつの気さえ逸らせれば……」


 恐怖に固まる体になんとか喝を入れながら、先ほどの光景を思い返す。巨体から生える大きな腕。まるで巨木のような腕を振り被る。抉れた地面、薙ぎ払われる木々、生まれる風圧。


「いや、よく生きてるよホント……」


 突然目の前に現れた理不尽を改めて思い返し、四肢が未だに五体満足なことを以前は思ってすら居なかった神に向かって感謝する。


「でも、いつまでもこのままって訳には」


 呟きが言い終わるか否か、まさにその時だった。

 頭上の空間が突如開け、燦燦と輝く謎の光源が木々に遮られることなく明確な形を持って姿を現す。隠れるように身を潜めていた巨木たちは途中からぽっくりと折れており、光源から差し込む光は辺りの地面を円形に照らし上げていた。


「グァアアアアアアアアアアアア!!!!!」


 まるで空が震えるような叫び声だった。

 距離にして30メートルほど。円形の地面の中心にいるそれは、明確な殺意を持ってこちらを鋭い眼光で射抜いてくる。

 足が、竦んだ。こうして対峙するのは直前の出来事を含めて二度目だが、明るい場所でその姿を確認するのは今回の邂逅が初めてだ

 一軒家を優に凌ぐであろう二足歩行のその巨体はドス黒い筋肉質に包まれていた。その表皮は中空の光源の光を浴び僅かに光沢を帯びている。猛烈な威圧感を与えてくるそれから伸びている電柱ほどの大きさの右手には、先ほど辺りを薙ぎ払ったであろうと思われる棍棒のような何かを握り締めていた。奴の巨体で小さく見えたが、その棍棒ですら少年の背丈を軽く超える長さを誇っている。

 特筆すべきはその体にお似合いの獣のような顔つきだった。狼やハイエナを彷彿とさせる鋭く先へと伸びた鼻。口元からは顔の半分ほどの長さになろうかという鋭い牙がギラついている。 

 そして、何よりも少年の口元を付いたのはそれをまさに異形足らしめんとする頭頂部に生えている鋭い二本の角だった。


「角って鬼かよ……」


 その姿に、少年は自らの知識にある空想上の生き物の名前を口にする。まさしく、その姿は鬼と呼ぶに相応しい形相だった。


「ガアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」


 自らの領域を侵された故か、それともただ単純に獲物が視界に入ったが故か。先ほどよりもさらに鋭い咆哮が響き渡る。

 死ぬ。

 少年の脳裏を過ったのはそんな僅かな二文字だった。等しく生命に訪れる終焉。それが今、少年の目の前に迫ろうとしていた。


「訳が分かんねぇけどさ……」


 目の前の異形、迫りくる生命の危機。そんな状況が、少年の中の何かに熱を灯す。


「とりあえず死ねないんだよなぁ……俺はさ、”約束”があるからさ……」


 だが、いかにその魂が震えようと、ただの平凡な少年に目の前の異形を退けるほどの力はない。異形は、未だに切り開かれた大地の中心でこちらを静かに見つめている。下手な動きをした瞬間、その巨腕から放たれる一撃により原形をとどめることなくその身は打ち砕かれるだろう。

 チャンスは一瞬。少年は、ただその時を待った。

 時間にして20秒弱。程なくしてその瞬間は訪れた。空間を、一陣の風が薙いだ。木々の間縫うように吹き込んできた風が土ぼこりを巻き上げる。異形の視線が逸れる。


「今……だっ!?」


 覚悟はしていたはずだった。隙さえあれば逃げ切ってやろうと意気込んでいた。だが、その覚悟は目の前の土ぼこりのように吹き飛んでいく。

 少年の覚悟を打ち砕いたのは、目の前の光景があまりにも想定するものとかけ離れていたからだ。

 抉れ上がる地面。吹き飛ぶ異形。鬼が、宙に浮いていた。


「次から次へと何だってんだよホントによ!」


 先程とは比べ物にならない衝撃が辺りの景色をさらに一変させる。その光景の中心で、鬼が宙を舞っていた。打ち上げられた鬼は中空で身動きを取れないまま、直後何処からともなく現れた”何か”に地面に打ち付けられた。


「ギョォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


 先程の異形の咆哮が空間を震わせるものであるのならば、新たに現れたその異形の咆哮は、世界が震えた錯覚を覚えさせるものだった。

 グリフォン。鷲を彷彿とさせる上半身と大型の羽、そしてライオンの様な四足歩行の屈強な下半身。神話に現れる伝説上の生き物によく似たそれは一瞬にして鬼の体を二つに引きちぎった。

 辺りに無残に破棄捨てられれる先ほどまでこちらの命を狙ってきていたそれは、既にピクリとも動く気配はない。鋭い殺意を放っていた目には既に力はなく、片方の角は根元から折れどこかへと消え去ってしまっていた。


「おいおいおいおい……新顔登場ってか……流石に死んだんじゃねぇか」


 大翼を優雅に舞わせ中空を一度大きく弧を描くように旋回するとグリフォンはその巨体を地面へと降ろす。地面に横たわる鬼がまるで赤子のようにも見えてしまうサイズ感に先ほどまでの覚悟が一瞬にして霧散する。

 まるで蛇に睨まれた蛙のよう。いや、今の現状に至っては蛇というには余りある狩人と蛙というには蛙に失礼なほどに無力な獲物。この場においては弱肉強食のピラミッドにて頂点と最底辺だった。

 いよいよ追い込まれた現状に嫌気が差す。何を持ってこんなところで死ななきゃならないんだ。知らない土地で目を覚ましたと思った直後に鬼に追いかけられ、追い詰められたと思った今度は鬼より巨大なグリフォンに命を狙われている。先程からこれでもかと襲い来る理不尽にいい加減苛つきさえ覚える。


「だぁあああああああ!!!!俺はこんな訳わかんねぇところで死ねねぇんだよぉおおお!!」


 大地を踏みしめ先ほどの咆哮に負けまいと声を張り上げる。震えてた足が僅かに力を取り戻すのが分かった。

 蛙の思わぬ抵抗に驚いたのか、グリフォンはこちらを見つめていた目を僅かに細める。


「お前がなんなんのか、この世界がどこかなんて知らねぇけどなっ!俺は死ねねぇんだよ!だからお


前がどんだけ強かろうとな……俺は惨めに逃げ切ってやるからな!」

 吐き捨てるや否や踵を返すと少年は背中側に広がっている密林の方に向かい全力で駆け出す。突然の出来事にあっけに取られ、彼を追うグリフォンの初動が一瞬遅れた。直後、グリフォンの視線の端に焦げ茶色の何かが横切る。

 グリフォンの意識がそちらに移る。それは、少年が先ほどまで鬼の意識を逸らすために必死に握りしめていた最後の抵抗だった。

 少年の方へと視線を戻せば、密林の奥へと消え去ろうとしている背中が目に入る。その姿が見えるや否や、突如グリフォンのその猛々しい翼が急速に赤みを帯びていく。ジリリと辺りには何かが焦げ付くような臭いが漂い、グリフォンを包んでいた周囲の空気が急速に膨張を始める。


「何とか撒けそうか?」


 草花や木の根に足を取られないように気を使いながら、されど迅速に森の奥へと駆け抜けてく。少年の右側が吹き飛んだのは、自らの渾身の駆け引きへの懸念の言葉を呟いた直後のことだった。


「はっ!?」


 まるでシミュレーションゲームにてその場面のオブジェクトだけを綺麗に取り払ったかのように、少年に並走するように右手2メートルほどの空間がどこまでも直線状に薙ぎ払われている。直後、駆け抜けて行く少年の鼻を付いたのはわずかに何かが焦げるような異臭だった。


「火ぃ吐けるなんて聞いてねぇよ!っつかなんちゅー威力してんだよあれはよぉ!!」


 攻撃が逸れていなければ今頃自らの肢体は真っ黒に焦げ付いていたどころか、消し炭さえ残っていなかったかもしれない。

 頬を伝う汗が先ほどよりも幾分冷たく感じた。直前まではもしかしたら、なんてことを思っていたが今の攻撃でその希望も一瞬にして焼き払われる。

 どれくらい駆け抜けただろうか。時折空間を震わせるグリフォンの咆哮と木々が豪快になぎ倒される音が後方から響いてくる。飛行も可能なのだろうが、獲物を確実に仕留めるために目視が出来る選択を選んだようで地面を蹴る音と振動がリアルタイムに伝わってくる。

 息も絶え絶え、悲鳴を上げる足に何とか力を入れ続けてきた少年の視界が開けたのはその後すぐのことだった。突如、視界に眩しい光が飛び込んでくる。どうやら森を抜けたらしく辺りには乾いた地面が広がっていた。


「っ……!?」


 一瞬、時が止まったかのような錯覚を覚えた。

 それほどまでに、視界に飛び込んできた光景はあまりにも美しすぎた。緑広がる草原は下が湿地帯になっているらしく時折細く流れる川が広がっている。遠くの方には名も知らぬ大山脈が広がっており、その頭にはうっすらと積雪が見て取れた。

 遠くの方では大型の草食獣らしき生物が闊歩しており、更にその向こう側には乾いた砂漠地帯が広がっていた。

 なぜ少年がそれほどまでに遠くの景色を目にすることが出来たのか。それには明確な理由があった。


「終わった……」


 少年の立ち位置から30メートルほど先が、すっかり消え去っていた。先ほどまで駆け抜け続けていた森は切り立った岩盤の台地の上に位置しており、 この途方もなく広い空間においてはある種の隔離空間と化していた。抜け出すには、地面が霞んで見えるほどの高さから決死のスカイダイビングを行うしか抜け出す術はない。

 状況の最悪さに思わず現実から目を逸らそうとする間に、気づけば狩人も森を抜け少年の背後に静かに佇んでいた。


「せめて最後は見晴らしのいい位置で死ねて光栄だな。なんて……あああ誰でもいいから助けてくれ

ぇえええ!!!!!」


 正直やけくそに近い叫びだった。こんな場所に助けが来るはずもない。ということは少年が一番よく分かっていた。見知らぬ土地に突然投げ出され、目の前に突如現れた作り話の中でしか見たことが無いような化け物に襲われて、命からがら逃走を図ったかと思えば辿り着いた先は某サスペンスドラマもびっくりの見事なまでの崖っぷち。こんな状況で、何でもいいから叫びたくなるのはある種しょうがない感情なのかもしれない。

 それでも、どんなに願ったところで奇跡というものは起きなくて、グリフォンのその猛々しい羽は先ほどのように再び熱を帯び始める。その姿に少年は何度も横を掠り続けた火球を思い起こす。あの事前動作が、先ほどの攻撃を生み出した予備動作だということに瞬時に辿り着く。

 灼熱が迫る。

 少年は静かに目を閉じると、訪れるその瞬間に静かに想いを馳せた。生きてきたこれまでのことが脳裏を過る。いい思い出は無かったけれど、それでもいい人生だったと、今はそう思える。


「やっぱ死にたくねぇよぉ!!!!!!!」


 それでも、生物たるもの惨めに死を受け入れるつもりはなかった。なんとか体を捩り火球を躱そうと全力を尽くす。しかし、想像以上の大きさのそれは身を捩った程度で躱せるような代物ではなかった。

 全身の皮膚を焼き尽くさんばかりの熱量が迫りくる、まさにその瞬間だった。


「こちらシグレ。ターゲットを発見いたしました。これより要救助者の安全を確保します」


 突如、少年と火球の間に小さな人影が割り込んでくるのが目に入った。

 耳に入ったのは少女の声だった。耳に付けた恐らく通信機に向けて小さく何やら呟いている。

 その人影が小さく腰を下ろしたかと思えばその少女は自らの腰からぶら下がっている一振りの刀の柄に右手を添えた。

 直後、辺りを駆け抜けたのは一迅の風だった。

 迫りくる火球は中心から真っ二つに切り裂かれ、一つは中空に、一つは目の前の地面へと進路を変えた。前方で地面へと激突した火球による衝撃で少年の体は近くの岩へと打ち付けられる。


「よく持ちこたえられましたね。もう大丈夫です」


 意識を手放す直前、少年の記憶に残っているのは上半身と下半身に両断されているグリフォンとその姿を背にしながらこちらに駆けてくる少女の優し気な声だった。

ということで一話という名のプロローグでした。

次回もはやめにお届けできるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします。

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