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睡蓮を摘むならば  作者: 平間太郎
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第一章 鏡面の姉妹

「アリアちゃん。いらっしゃい」


 テントを尋ねると柔らかく出迎えてくれたのは班長のレイナだった。まぁこの班に関して言えば窓口として表に出るのは彼女の他にいないのだが。

 中へ潜りこむとハーブ系のお香を焚いているのかツンとした温かい香りが鼻孔を刺激する。レイナはアリアにクッションを手渡すと間仕切り代わりのカーテンの奥へ消えた。


「タイラーはあの調子?」


 カーテン越しに投げかけられた言葉は彼女の髪のようにふわふわとアリアの鼻先をくすぐる。


「は、はい。おかげさまで」

「それはよかったわ。てっきり説教で機嫌を損ねて自分のテントに居辛いからこっちへ遊びに来たのだと思ったけれど」


 レイナは会話をほぐしながらお茶を淹れ、アリアの前に差し出した。レイナの予想は同じくタイラーと長い付き合いになるアリアにも予想が出来ることで、この後テントに戻ったら実際にそうなっているんじゃないかと嫌な予感が頭を過る。

 そんな紫色の感情を吹き飛ばす為にありがとうございますと小さく返しお茶に口をつけた。


「ライラちゃんよね。呼んでくるわ」


 そう一言、レイナは先程の様に奥へと消える。手間をかけさせてばかりで申し訳なく思う反面、こちらの思考を先読みして行動するレイナに少なからずアリアは尊敬の念と憧れを抱いていた。十年後には彼女のように恰好よく温かみの溢れ、色気のにじみ出る大人になれるのだろうかと期待と不安が入り混じる。


「アリアー? あっ、アリアの匂いだ!」


 レイナのお茶を味わっていると奥から彼女の肩に手を当て少女が騒ぐ。今にもアリアに飛びつきそうな勢いだが、瞳は閉じたままレイナの肩を借り一歩、また一歩と歩みを進めようやくたどり着いた。手を差し出すと勢いよく握り返し、ライラは同じ高さに腰を下ろす。


「久しぶり! 元気だった?」

「久しぶりって言っても最後に来たの一昨日だよ? ライラこそ元気だった?」


 アリアの頬に手を当て体温を感じながらライラは言葉を続ける。


「えー。だって私はテントに籠りっきりなんだよ? 暇で暇で! それにレイナは客待ちで外に行っちゃうしもう一日が長いんだよまったくー。だーかーら元気は有り余ってる!」


 眉が上がったり下がったり、口がすぼんだり開いたり。表情はコロコロと変わり、自然と耳を傾ける二人を笑顔に変える。

 しかしここはレイナ班のテント。彼女の他にも二名傷病者が存在し、僅かだがカーテンの奥から寝息が聞こえていることに幾ばくか不安を感じた。そんなアリアにこのテントの主はふっと表情を緩める。


「大丈夫よ。みんなライラちゃんの騒がしさには慣れているから」

「騒がしさって何? 酷くない!?」


 背後から思わぬ攻撃にライラは素早く半身を返して応戦した。


「ライラちゃんずーっとアリアちゃんの話してるの。私がテントに戻ってきたらすぐによ?」

「だってかわいい妹だもん! そりゃ話すよねー!」

「こんなに似ている姉妹なんて本当にかわいいわ。双子って素敵ねぇ」


 レイナの言葉にライラはニッと大きく歯を見せて笑顔を作る。

 昨日思い出した通り、自身のはじまりは森の中で今正面にいるライラと駆け回って遊んでいたことだと記憶している。もちろんアリアだけではなく、レイナやライラ、タイラーをはじめ誰しもが生まれて間もないころの記憶を保持していない人間がほとんどだ。もしその頃の出来事を知りえたいと願うならば当時を生きていた人物に聞くしかない。

 アリアにとってそれを知る人物こそがレイナだった。二人は小さな籠の中にそれぞれ毛布でくるまれ、魔女の集落付近に捨てられていたところを彼女と当時の魔女たちが保護してくれたと聞いている。


「ずっと言ってるけど多分私の方がお姉ちゃんだと思う」

「アリアが!? ないない! 私のがお姉ちゃんっぽいって!」


 何日経過していたかは知らないが、夏季前節とはいえ幼子が森に放り出されて無事なわけがない。当然当時から裕福でない集落の経済状況を顧みず彼女らは必死に二人を看病してくれたそうだ。成長するにつれて、つむじの位置、利き腕、好みや話し方全てが鏡写しの様な双子。所帯を基本的に持たない魔女たちの愛情は彼女らに存分注がれた。


「どこが?」

「……胸とか?」


 クエスチョンにアンサーを返すとそれと同時か早いか、ライラの両手がアリアの双丘へ延びる。アリアも負けじと手を伸ばし彼女の胸を触るが、触れば触るほど発達の無さにお互いの傷を抉りあい痛み分けとなる。どこをとっても似ている彼女たちを見分ける術はライラの首に刻まれた忌々しい烙印と、光を失った両の目だけだった。

 がっくりと肩を落とす少女二人に見守っていたレイナは告げる。


「心配しなくてもちゃんと成長するから心配しないの」

「えー、レイナ小っちゃいのにそれ言う?」

「……ライラちゃん?」


 小首をかしげるライラの言葉にレイナは手を腰に当てた。だが、声色はあくまで穏やかなままで、普段アリアが与り知らないところで築いた信頼関係なのだろうと少しだけうらやましく思う。

 そんなやり取りにアリアが微笑むと様子が見えないはずのライラも同じく微笑を浮かべた。


「あ、そうそう。これ」


 座り直した時に感じた違和感からその存在を思い出し、アリアはポケットから一枚の布を取り出しライラへと手渡す。


「何これー?」


 紙袋を両手で音を立ててその姿かたちを確かめる妹。誘導して包みを開けさせるとごく細い糸で編まれた正方形の布が姿を現す。

 聖肉祭で多く用いられる赤と黄色、それに緑の色を多くあしらった民族的デザインだ。


「スカーフだよ。腕とか足に巻いたり腰につけたり出来るやつ。聖肉祭のお土産」


 本当の目的はその忌々しく刻まれた烙印を隠すため――とは言えない。そんなアリアの心情を知ってか知らずかライラはスカーフをするりと首に巻いて見せた。


「どうどう? 似合う?」

「えぇ。とってもかわいいわ」

「えへへ、ありがとうアリア!」


 テントに吊るされた頼りないランプの灯りさえ届かぬ暗闇の中、彼女は笑顔でくるくると回る。さながら城下町でたまに行われる新作服の発表会の様だ。それも長くは続かずピタリと止まると注意深くスカーフを指でなぞる。


「あ、これ刺繍がついてるんだね。ほうほう……これはダリ織りですな!」

「すごいわ。触っただけでわかるのね」


 端から端まで丹念に何往復もし、その模様を頭の中に描いている様子にレイナは感嘆の声を上げる。


「ライラは織物が好きなので。最初は絹のスカーフにしようと思ったんだけどこっちの方が好きかなーって」

「いやぁさすがアリア。私の好みを分かってますなぁ」


 未だ両手はスカーフをなぞったままライラは体を左右に揺らす。振り子のように一定の間隔で揺れるセミロングの髪が小さな灯りを反射して見せた。


「ライラのことだからね。なんとなく分かるよ」

「ほんと良いわねぇ双子って。いつでも繋がってるみたいで」


 二杯目をお茶をライラのカップに注ぎながら彼女は小さく呟く。

 アリアの言葉は半分が冗談であり、半分が本心だった。昔からなんとなく、虫の知らせとまでは語らないが彼女の異変を告げられる前に察知することが多々存在した。逆もまた然りで、理由は双子の不思議なシンパシーが落としどころと集落では語られている。


「そういえば、レイナさんって兄妹いるの?」


 集落に身を寄せる、つまり魔女になった背景には誰しもが光に晒せぬ一物を抱えている。普段明るく振る舞うタイラーも、毅然と振る舞うエリンにも、物静かなユニにも平等に与えられた試練なのだ。薄氷の様にその直上駆けたらすぐさま割れてしまう程繊細な過去。

 それに直結しかねない質問はご法度という不問律を、ライラはいとも容易く破って見せた。


「いるわよ。妹がね」

「へー! 仲良かった? あっ、でも言い辛かったら好きなお肉の話にしよう?」


 興味は絶えない、けれども相手を気遣う、しかし興味が先行してしまう。保守的なアリアは聞いている身ながらじんわりと手のひらに汗をかいてしまった。


「仲は悪くなかったと思うけど……」


 レイナがテントを払い空を見上げると月が頭上まで足を伸ばしていた。この冷気で湿気は姿を消し、瞬く星の輪郭は大樹の様にくっきりと強調されている。視界の端に靄が掛かるような眠気と温い空気に当てられていた意識が星のように鮮明さを取り戻した。


「もう遅いし今度にしましょう?」

「そうみたいです。すみません遅くまで」


 家族の話題を避けるための行動かと疑るアリアと、それを歯牙にもかけない様子のライラ。レイナの眉はいつものように平行を保っている。


「私は構わないのよ。でもアリアちゃんは明日もタイラーのお世話があるでしょ?」

「ははは、お世話って……でもそうですね。面倒見なくちゃいけません」


 慣れない冗談に照れくささを感じ、少しだけ頬に熱が籠った。きっとそれは優しく体内から熱を発するお茶のせいだと自分に言い聞かせる。


「またいらっしゃい。ライラちゃんはそろそろ寝ましょうね」

「はーい、んじゃアリア、またね!」


 スカーフを触りながら手を振るライラに合図を返し、レイナに一礼を交わして彼女らのテントを後にする。

 テントから漏れる灯りすら無く、アリアは急激な孤独感に苛まれた。もしかしたらこの闇の中、呼吸するのは自分一人なのではないかと。冬季も中盤に差し掛かり生気を失った森で先程テントの中からそうしたように空を見上げてそれを誤魔化す。

 早く、体が冷えないうちに。足早に自分の匂いが染みついたベッドへ潜るべくそう遠くない向かいでまだ明るいテントへ駆け出した。

 きっと初説教を食らったパティをタイラーが意地悪く茶化しているのだろう。

 夜は、続く。

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