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睡蓮を摘むならば  作者: 平間太郎
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第一章 狼と狐

「ご機嫌麗しゅう。アレクサンドリア国王」


 まるで演劇の様に大げさな抑揚で長いテーブルの先にいる老人に彼は語りかけた。

 周りは黒鋼の鎧の護衛六人に固められた彼は年齢の割に色濃い隈を備えた目を歪ませる。


「いかがですか、先日ご相談した件は」

「あー、ん? はて、誰だったか・・・…」

「おやおや、かつては賢王として名を轟かせていた方とは思えぬお姿ですなァ」


 弱り切った怨敵を目の前にリンドブルム共和国王、ルーは破顔した。今なら勝てる。疑念が確信に変わった瞬間だった。先代から長きに渡るこのグルグ大陸の覇権を争う戦いに終止符を打つ時がやってきたのだ。彼の脳裏にはけたたましく開戦を知らせるラッパが鳴り響きこの強国を征服しろと急かしている。自然と右足が細かく地面をノックした。

 あぁ、やっとだ。やはり密偵を忍ばせたのは正解だった。先の聖肉祭において少しの騒乱はあったもののアレクサンドリア王は老いたとの報告は間違いのない情報だ。ここは詰めに詰めて詰めまくる。

 次の一手をどう打とうか思案しているとクレイラの脇を固める側近が強くと彼を睨んだ。


「私が代わりにお答えしましょうリンドブルム王」


 そう身を乗り出したのは側近の中でも一際大柄な男、キエラだった。この男の存在をルーは知っている。

 国交断絶から十数年後のこと。父親、つまりは前リンドブルム王が招いた使いがこの男。物心がついて間もない子供だった自身の頭を撫でたことを記憶している。家系がそうさせているのかは知らないが当時から王家の裏でちょこまか何やら動いていることに気付いているのだぞ。


「まず技術提供と引き換えに関税を引き下げるとのご相談ですが……お断り致します」

「ほう! 思い切ったな狐め」


 その薄っぺらい、盾すら満足に持てなさそうな体と吊り上った目に狐と形容したが、デカいのは上背と野心だけか。いや、それさえ大きければ十分か。


「良いのか。その気になれば武力で解決出来るのだぞ」

「結構な自信の様で。ですが心配ご無用、アレクサンドリアは富国ですから」

「自信がなければこうも言うまい」


 長い机の狭間でお互いの腹を探り合う。しかしどちらも抱えているのは漆黒よりも深い闇だ。


「……今日はここまでにしよう。帰るぞ」


 ルーは黒鋼の従者にそう告げると差し出されたぶどう酒を一気に飲み干す。


「追って連絡しよう。それまで寝首をかかれぬようにな」

「お言葉を返しましょう。努々今日の発言をお忘れなきよう」


 最後まで表情の変わらないキエラを肩越しに一瞥し、マントを翻してルーはアレクサンドリア城を後にする。

 足取りは軽く今にもステップを踏み出しそうな勢いだ。


「ここは壊さぬようにせねばなァ」


 美しい温かみのあるレンガ道を歩く。数か月後、遅くとも次の冬季後節までには決着がつく。そうなればこの城下町も自らの配下ということを想像してしまえば、踊りださずにいられるだろうか。


「こうしてみれば美人もなかなかに多いではないか。いやはや素晴らしい町だよ」


 この富国を落とすため、自身が王座に就いてからはひたすらに力を求めた。

 町がどれだけ油にまみれようと、その温度を失おうとただただひたすらに力を求めた。

 事実を見てみろ。国民は何も言わずに彼に着いてきている。恐怖による征服などせずとも、目の上のたんこぶであるアレクサンドリアを滅ぼそうと国民は一丸となっているのだ。士気は上々、戦力も十二分。落とせぬ道理がない。

 十数メートルまで高さを誇る正門を後にし、振り返れば存在感を放つ城がそびえる。ルーはその城に狙いを定めて、再び破顔した。


「覚悟しろよ。アレクサンドリア」





「その願いで金貨十枚? またやったのか!」


 正座し言葉を受け止めるタイラーの後ろ姿が普段より小さく見えた。その前に仁王立ち、タイラーより一回り背の低いエリンの細い左目から覗く瞳は怒りの炎で燃えている。


「殺しの依頼で十枚が相場、それ以上は複数人の殺しや面倒な手順を踏まないといけない時だけだと散々言ってきていると思うが」

「いや、あのおっさん金すげぇ持ってたんだよ! もうこんなでかい袋にジャラジャラって感じで! それにアタシとパティが動いたんだから二人分ってことでさぁ」


 タイラーが大げさに身振りで依頼者の裕福さを伝える。しかしエリンは短い髪すら煩わしいというように左目にかかりかけた前髪を首を振って直し、再び大きく動く彼女を見据えた。


「客が金を持っていようが持っていなかろうがこちらから要求するのは変わってはいけないとこれまで何度も何度も……」

「ただいまー。戻ったわよ」

「何の騒ぎだい?」


 テントの入り口から様子を伺っていたアリアの背後からキキとグリフが姿を現す。グリフの手にはお土産の甘菓子が握られていた。はい、とそれを一つつまみ口元に差し出されたアリアはそのまま口で受け取りながら今日の昼間の出来事を二人にたどたどしく伝える。。


「へぇ。分からなくはないけどエリンにあれだけくどく言われてるのに……タイラーもまぁ懲りないわね」

「なにより……パティが正座させられているとは珍しい」


 この集落でタイラーが大なり小なり騒ぎを起こさない日は少なく、静かに一日を終えた日などは翌日の天気の心配をしてしまう程だ。他の班員に影響が出ないよう説教専用のテントを一つこしらえようかという話が以前上がったほどである。

 タイラーだけの説教ならば日常に溶け込んでしまうが、今回キキ達の他にも後ろに控えるギャラリーが増えているのはグリフの指摘する通り、優等生であるパティが一緒に説教を受けているということが原因だろう。


「そしてパティ……客の願いに口出しをしたそうだね」

「……えぇ」


 ついに矛先がパティへ向く。背筋は伸びきっており、後姿からは確認できないがしっかりとエリンの目を据えているに違いない。凛とした空気を纏っていた。


「君は一番の新人だ。だがしっかりとした教育を受けているし、言われたことは守ってくれるという信頼をこの半年間で私は持っている」

「光栄ですわ」

「だが。聞けば今回客の挑発に乗って自分から願いを進言した。間違いはないかい」

「……えぇ」


 誰かがごくりと唾を飲む音が聞こえた。その唾液が胃の中へ吸い込まれたであろう頃、エリンの左手が閃光の様にパティの頬を打つ。乾いた音がテントに響き、アリア自身もびくりと肩を震わせた。背中に張り付いていたユニはいつの間にか腰に手を回しており、彼女の顔が背中に強く押し付けられる。それでもなお、パティはエリンを変わらず見つめていた。


「……まずタイラー、これで四回目、もう一度だけ言うよ。客に料金をふっかけることを禁止しているのはその客伝いに魔女の仕事は高価格だという噂が街に広まる恐れがあるからだ」

 視線は座るパティから小さく座る若き班長へとゆっくり向けられる。

「確かに今日は得をしたかもしれない。だけど貧しい客が敷居の高さでここへ来るのを尻込みしてしまうかもしれない。長い目で見たら赤字なんだよ。わかるかい」

「……あぁ。分かってるつもりだよ」


 あくまで不服。その態度が全面に押し出された返事にエリンはピクリと眉間を震わせたが、深く息を吐く。


「そしてパティ。君がしたことは君自身に危険が及ぶかもしれないことだ」


 説教を注視しているアリアに不意に刺激が与えられる。左肩を人差し指で突くのはグリフだった。


「決まりは知っているけど、あれってどういう意味で言ってるの?」

「あぁ、それは……」


 自身は魔女ではなくとも十六年という歳月を集落で過ごせば自ずと理解は深まる。口を開きかけたアリアを遮るようにキキが視線をエリンに向けたまま口を開く


「今日話したでしょ。魔力切れ対策よ。自ら不可を上げに行くなって話」


 わかったかと問いかけるように目を合わせるキキにグリフは目を細める。


「そこに繋がるのか、なるほどね……でも今私はアリアに説明して欲しかったんだけど」

「悪かったわねでしゃばって」

「ほんとだよ」


 グリフとキキの掛け合いは長年の夫婦の様で軽快かつユーモアに溢れている。そんな彼女らに表面は笑顔を取り繕いつつも少しだけ心にすきま風が吹いた。


「私たちは生きるんだ。明日も明後日も来年も再来年も。出来るならば平穏に長く私はこの集落のみんなで生きていたい。その為にはこれ以上レイナの負担を増やすわけにいかない、皆で協力しなくちゃいけないんだよ」


 エリンの激しい怒気をまとった静かな言葉にタイラーは頬を掻きながら悪いと呟いた。今の体の様に小さく短い言葉。パティも静かに言葉を受け止めているようだった。


「今回の君たち二人の行動はそれを著しく損なう恐れがある行為だ。よって明日はテントから外出禁止。私の哲学書を貸すからそれを読むこと。以上!」


 そう言葉を残すとエリンは大股でタイラー班のテントから抜け出した。ギャラリーには一瞥もくれず、一直線に自身のテントへと足を運ぶ。


「いやぁ久々に雷落とされたなぁ」


 ぐんぐんと小さくなっていくエリンの背中から視線を戻すと、テントの中央でタイラーが足を放り出しぼやいている姿が見えた。


「パティは初めてか? ビビっただろぉ」


 彼女なりに妹と呼称する班員を気遣っているのだろうが、反省の色が微塵も感じられないその姿に思わずため息が漏れる。


「いえ……当然のこと、ですわ……」


 未だ足を崩さず地を見つめるパティは対照的に相当なダメージを受けているようだ。アリアは靴を脱ぎ揃え、その背中に歩み寄る。


「おっ、アリア見てたのか」

「うん。えっと、パティちゃん、お、お疲れ様?」

「おいおい、アタシには労いなしかよ」


 こういう場面ですっと言葉が口をつかないことが私の弱点なのだろう。人との距離感を図り間違えて失礼を働くことが彼女にとって何よりも怖いことだった。いや、本当に怖がっているのはそれを境に関係が変わってしまうことなのかもしれない。


「ありがとうアリア。大丈夫ですわ……ただちょっと嬉しかっただけ」

「嬉しかった?」

「えぇ。あれほどまでに怒られたことは人生で初めてでしたの」


 目を細める姿は憧憬に向けられていたのだろう。手を小さく握り思いを馳せる裕福な暮らしは他の誰にも想像することは出来ない。


「お邪魔するわ。みんな、ご飯よ」


 ふと、背後から漂う胡椒の香りに鼻が反応した。振り向くと、班長が一人レイナが微笑んでおり、その手には大きなお盆が握られていた。


「レイナが飯当番ってことは……?」

「……おにく!」


 タイラーが勢いよく立ち上がり、ユニと顔を見合わせる。両手を握り上下させるユニは満面の笑みを浮かべていた。アリアはレイナからお盆を受け取るとそれぞれに配膳をしていく。


「ご飯はおかわりがあるから欲しい人は私たちのテントに来てね」

「おう! いただきます!」


 タイラーの大きな声を合図に週に一度の肉に舌鼓を打つ。パティは笑顔を浮かべていた。

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